ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

文字の大きさ
78 / 276
【神間陰謀編】第4章「懐かしき故郷と黒い影」

77話 受け入れられないもの

しおりを挟む
 ……眠い。
 昨日は満足に眠れなかったというのに、結局いつも通りの時間に起きた。尋常じゃない疲労に寝不足が重なり、非常に身体がだるい。

「おはよー、ユキ! 朝ご飯食べよー」

 目を擦りながらリビングに向かうと、彼がいた。昨日と同じように、家に残った食材を使って簡単な朝食を作った。トーストと目玉焼きだけだ。
 それでもアスタは喜んでくれる。単純なときは、本当に単純なのだ。
 朝食中に、アスタと今日やることを話す。私はキャッセリアの案内も兼ねて、今日一日彼に付き合うことにした。

「とりあえず、ヴィーに会いに行きたいんだ。いつまでも会わないわけにはいかないしね」

 早めに準備を終えて、アスタを連れてデウスプリズンに向かう。今日もキャッセリアは晴天に恵まれ、陽光のおかげで空気が温かい。



 デウスプリズンの前にやってきて、呼び鈴を鳴らして少し経ってから、ヴィータが出てくれた。

「あら、ユキア。おはようございます……って、お兄様?」
「や、やあヴィー。元気そうで何よりだよ」

 えらく引きつった顔で、軽く手を振るアスタ。ヴィータは僅かに目を見開いて、そのまましばらく硬直していた。
 ────と思ったら、次の瞬間に頭を引っぱたき、うつ伏せに倒すと同時に頭を踏みつけた。

「い、痛い痛い! ヴィー痛いよー!」
「一体どこをほっつき歩いていたんです? またわたしを置いていくつもりだったんでしょう? どの面下げて戻ってきたんですか、ええ?」

 げしっ。げしっ。心なしか鈍い音が聞こえてくる。
 自分やステラよりも小さく見える子供が、子供の頭を無表情で踏みつけている。恐ろしいを通り越して、血の気が引いた。

「ヴィ、ヴィータ? もうその辺りにしといたら?」
「なんですか。わたしとお兄様の事情に口を挟まないでくれません?」
「そんなつもりはないよ。無事はわかったんだし、許してあげてもいいんじゃないって」
「……まあ、そのとおりですね。この場で無様な姿を晒しても仕方ありませんし」

 私の説得を受けて、足をどけてくれた。頭をさすりながら立ち上がるアスタは、踏まれた後頭部を
さすりながら目に涙を浮かべていた。

「で、四日間も何をしていたんです? ユキアが目覚めない間、ふらふら遊んでいたんですか?」
「違うよ! ボクはボクで調べものしてたの!」

 ヴィータたちが箱庭を去った後、クロウリーやその仲間を尾行していたことを伝えるアスタ。話を聞いているうちに、興奮していたヴィータは徐々に落ち着いていった。

「……それならそうと、事前に伝えてくれればよかったのに。心配したんですよ」
「うん。それはごめん」

 頭を下げたアスタに対し、ヴィータはほんの少しだけ微笑んだ。昨日は随分と気が立っているように見えたが、こうして巡り会えたおかげで幾分か気が楽になったようだ。

「クリムは何してるの?」
「来客と話してますよ。用があるのでしたら呼びますが」
「いや、いいよ。仕事の邪魔しちゃ悪いし」

 クリムの忙しさは、キャッセリアに生きる者なら大体知っている。最年少ながら多忙なのは周知の事実だ。

「お兄様、白の宮殿にはもう行かれましたか?」
「宮殿? 行ってないけど」
「でしたら、最高神アイリスに挨拶してきたらどうですか。会わないままでは、キャッセリアにいづらいでしょう」

 ヴィータは既にアイリスと知り合いだった。彼女を知っているのなら、アイリスも兄の存在くらいは認知しているだろう。会うだけならそれほど大変でもない。
 デウスプリズンに行ってからの予定は考えてなかったし、このまま宮殿へ直行することにした。

「ヴィーは来ないの?」
「わたしは忙しいんです。お兄様と違って」

 そう言い残して、建物の中へ戻っていってしまった。さっきよりは怒っていなさそうだったが、まだ少し機嫌が悪そうだった。



 その足で繁華街を通り、白の宮殿へ向かった。他の神に奇異な目で見てくることに、私は気づいている。
 アスタは私についてきながらも、不思議そうに周りを見ていた。

「ねぇ、ユキ。どうしてみんな見てくるのかな」
「知らないよ」

 大方の原因はあんたでしょうが。まあ、神隠し事件から生きて帰ってきたこととか、他にも色々考えられるものはあるけれど。
 宮殿に入ってすぐのエントランスホールに入ると、見知った顔を見つけた。向こうが、私たちの方に歩いてきていた。

「あ、ユキア! 元気そうでよかった!」
「久しぶり、アリア」

 モップを片手に、アリアが手を振ってきた。私も軽く手を振り返した。
 アーケンシェンという高貴な立場にいる彼女には、昔戦い方を教えてもらった。使っている武器種が若干違うものの、私にとっては彼女は師匠みたいなものだ。
 アスタの存在に気づくと、彼女はにーっこりと笑いかけた。

「君がヴィータのお兄さんだね。私はアリアラス・ウォーレイス。アリアでいいよ」
「う、うん。ボクはアスタ。よろしく」

 またアスタの顔が引きつっていた。初対面相手なら余程の理由がない限り気さくに話しかけられるだろうに。
 ……といっても、相手が気持ち悪い笑みを浮かべていたら無理もないか。

「ふふ、君ちょっと可愛いねー。おねーちゃんと遊ばないー?」

 両手の指をわしわしと動かし、私の後ろに立っているアスタににじり寄ろうとしてくる。その様がどう見ても変質者そのものだったので、黙って片手剣を召喚して刃を振り上げた。

「うわっ、危ないなぁ!? 嘘だよ、嘘!」
「あんたの場合は冗談にならないから悪質なのよ! いい加減やめなさいよ、その悪癖!」
「だから手出さないってばー!」

 両手を挙げて降参の意思をアピールしてきたので、剣を収めたが騒ぎ続けている。
 今になって思ったが、私の知り合いは変な奴が多い。男の子好きのアリアといい、女の子好きのノインといい、幼子を付け狙おうとする変質者が混じっているから対処が面倒だ。

「────あら、アリアラス様。お仕事を放棄なさって何をしているのです?」

 ぎゃーぎゃー騒いでいるアリアの元に、一人の女性が近づいてきた。まとめあげた暗めの金髪に、艶やかな漆黒のマーメイドドレスをまとっている。見たことのない女だ。
 アリアは彼女に気づくと、慌てて平静を装った。

「や、やっほーミラージュ。仕事終わったの?」
「これからですわ。年下の神の仕事くらい、きちんと把握していただけます? 曲がりなりにも、誇り高きアーケンシェンでしょう?」
「あははー、ちょっとふざけすぎちゃったかなー。ごめんごめん」

 苦笑いしながら軽い感じで謝るも、反省の色を感じないのは私だけだろうか。相手に睨まれているにもかかわらず、アリアは陽気な態度を崩さない。
 ミラージュと呼ばれた女は、大きくため息をついてから、今度は私の方に向き直る。

「あなたも大変ですわね。上に立つ者がこんなだと、苦労ばかりでしょう?」
「ま、まあ……ええ……」

 表面上だけは笑っているように見えた。女は「ごきげんよう」と挨拶をすると、そそくさとその場から去っていった。
 宮殿はいろいろな神が各々の用事を済ませに来るから、知らない者に会うことも珍しくないが、なんだか今の神は少し雰囲気が怖かった。私が宮殿に来る機会はそこまで多くないが、また会ったらどう対応しようかな……。

「それより、ユキア。ここに来たってことは、アイリス様にご用?」
「そんなところ。今いる?」
「うん。ついてきて」

 踵を返し、二階へ繋がるエントランスホールの階段を上っていく。



 アイリスの部屋の前に立つ神兵がアリアに気づくと、私たちに譲るようにして退いた。
 ノックしてから、「失礼します」と扉を開ける。中にはアイリスだけがいて、机で何か作業をしていたようだ。

「アイリス様、お客人ですよ」
「む? アリアにユキアか。それと、お主は……」
「アスタっていうらしいです。ヴィータのお兄さんで、ユキアと仲がいいみたい」
「アリア!? 余計なこと言うな!」

 お兄さん、ってところまでで充分でしょうが、と睨みつけてアピールしたが、あちらはニヤニヤとしながら目をやってきた。

「ほう、ヴィータの兄か。妾はアイリス・エンプランツェじゃ。キャッセリアを治める最高神じゃ。よろしく頼むぞ」

 机から立ち上がり、アスタの前に近づいたアイリスが手を差し伸べた。しかし彼の方を見遣ると、手を握らず呆然としていた。驚いて固まっているように見える。

「……ね、ねぇ。ボクたち、前に会ったこと、あるよね?」
「は? 何を申しているんじゃ、お主?」
「う、嘘はやめてよ。ボクのこと覚えてるでしょ? ねぇ────」
「無礼者!!」

 呆然とした目のままゆらゆらとアイリスに近づくと、一瞬で横にふっ飛ばされた。アイリスが杖で叩いたのだ。
 幸い調度品などは壊れず、壁に叩きつけられただけだったが、アスタはしばらく動こうとしなかった。
 やがて、力ない笑い声が聞こえてくる。

「……あは、ははは。ひどいよ……なんでこんなことするの?」
「い、いきなりなんじゃ、お主!? 頭が狂っておるのか!?」
「…………ごめん。勘違いだった。帰るね」

 空気が凍りつき、その場の誰もが唖然としている間に、彼は立ち上がって部屋を飛び出した。
 これが会って数秒の出来事だとは、到底思えなかった。

「……アイリス様と知り合い? だったわけじゃなさそうだし……変なのー」
「ぐぬぅ……アスタと言ったか? 覚えておれ!!」

 アイリスがかんかんに怒り出し、こちらに矛先が向けられそうになる。私は慌てて、彼の背中を追いかけるため部屋を退出する。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...