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【神間陰謀編】第4章「懐かしき故郷と黒い影」
81話 Black Crystal
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「ああいうの、余計なお世話って言うんですよ。今のお兄様、はっきり言って気持ち悪いです」
図書館から出て扉を閉じた直後に放ったのは、刺々しい非難の言葉だった。ヴィータは大股でずんずんと歩き、図書館からアスタを引き離していく。
アスタは俯きながら、彼女をじっと見つめていた。睨みつけているわけではなく、ぼんやりと眺めるような形だった。
「いくらなんでも薄情すぎるよ、ヴィー」
「わたしはいつだってこんな感じです。それより、少し否定が続いたからって、拗ねるのやめてくれませんか。うざいんですけど」
「────ヴィーにはわかんないよ」
無理やり掴まれていた腕を乱暴に振り払い、冷たく言い放った。立ち止まって顔を上げるアスタは、怒り狂っているというよりも何かを訴えようとしている顔つきになっていた。
「ヴィーだって気づいてるんじゃないの? この箱庭がおかしいことに」
「……どういうことです?」
「何か重要なものが意図的に隠されている。恐らく、今代の最高神であるアイリスの仕業だと思うんだけど」
夜空が宿る瞳が、燃えるクローバーの瞳を俯瞰しながら見つめている。真っすぐな視線に嘘偽りを感じるわけもない。ヴィータは深くため息をつくも、アスタの言い分に言及する。
「……確かに、わたしも認識はしていますよ。アイリスの姿かたち、見覚えがあるんです」
「うん、そっくりなんだよ」
「お兄様が大好きだった女神に、ですよね?」
続けた言葉を聞いてすぐに、アスタは顔を俯かせて閉口する。ヴィータはそれを見て合点がいったらしく、わざとらしくため息をついた。
「だから、急に奇行に走ったわけですね。それは吹き飛ばされますよ」
「き、奇行じゃないもん!」
「それはともかく。他にも色々とわからないことは多いです。なぜ世界が複数の箱庭という形に分断されてしまったのか、なぜこの箱庭には人間がいないのか……とか」
「というか、ヴィーはそもそも今までどこにいたの?」
「デウスプリズンの最奥に封じられていました。あれの……」
「えぇ!? 一体誰がそんなひどいことをしたの!? そいつ絞めなきゃ────」
アスタの言葉の途中で、ヴィータははっと背後を振り返った。その視線の先には何もいなかったが、周囲をぐるぐると見回し銀の魔導書を手にする。アスタは、そんなヴィータの行動に首を傾げた。
「どうしたの、ヴィー?」
「下がってください、お兄様!」
腕を広げ、アスタを背に追いやり後退する。次の瞬間、先程まで二人が立っていた足元に黒い結晶のようなものが複数本突き刺さった。鋭利な結晶は深く地面に刺さっており、付近の草花を緩やかに枯らしていく。
「やっぱり生きていたか」
頭上から声が降ってきて、まもなく主が舞い降りる。六本の大きな黒結晶を翼のように背中に浮かばせ、宙を飛んでいる子供だった。
紺色の装束に身を包み、首と顔以外の四肢はすべて白い包帯で覆われている。深い藍色の髪で右目が隠れており、琥珀に似た金色の目には×の模様が宿っていた。
「うわ。嫌な奴来た」
「同感です」
苦虫を噛み潰したような顔で金色の短剣を取り出し、子供へと刃を向けるアスタ。涼しい顔ながら警戒心を露わにするヴィータは、その隣で魔導書を開く。
「なんでここにいるの? ────シファ」
シファと呼ばれた子供は、浮いたままだが二人とほぼ同じ位置にまで降りてくる。浮いていたときにはよく見えなかった顔は、二人を嘲笑っていた。
「ちょっと前に起きた騒ぎから、なんとなく気配を感じていた。特にヴィータ、おまえつい最近になって、封印を破って出てきたんだろ」
「気づいていましたか。別に封印自体はまだ維持されているんですけどね」
「ていうか、キミが生きてるってことはアイツも生きてるってことでしょ? どこにいるのか教えろっ!」
短剣を構え直し、人間離れしたスピードでシファに詰め寄る。しかし、あらかじめ浮いていたため上昇することで避けられ、勢いを失ったアスタは地面に転びそうになった。
「まったく、相変わらずだなおまえらは」
「そうですね。『〈Camellia Peccator〉』」
魔導書を持っていない片手を前方に突き出し、シファの頭上に光り輝く椿を生み出し落下させる。着弾しシファのすぐそばで爆発するも、ほとんど傷は負っていない。金色のカードを数枚展開させて放つも、ヴィータは身を翻してすべて回避していく。
「当たっても痛くねーよ、ザーコ!」
「想定内です。お兄様」
ヴィータの言葉に背後を振り向いた瞬間、金色の短剣がシファの喉元を突き刺した。そのまま地面に倒され、黒結晶の翼が砕け散り消滅する。
短剣を無理やり引き抜かれ、鮮血が噴き出した。刃にまとわりつく鮮血を振り払いながら、アスタは冷然とした顔でシファを見下ろす。
「教えろって言ってるじゃん。どうせ死んでないんでしょ」
「……かはっ。わざわざ喉元狙わなくたっていいだろうがっ!?」
鮮血を吐き出したときには、喉元の傷はほとんど再生していた。ゆっくり身体を起こそうとするも、右足で胸のあたりを勢いよく踏みつけられる。
「で。今度は何を企んでるの?」
「教えるかっての。『《Xeno Alis》』」
再び黒結晶の翼が現れ、一部が砕けて欠片となる。砕けた欠片がさらに分割され、すべてアスタの身体の至る所へと突き刺さった。踏みつける力が弱まった隙に、シファは身体を浮遊させて危機から脱する。
「いっ……たぁ……」
「お兄様!」
「へっ、ざまーみやがれ。あーばよっ」
「待ちなさい、シファ!!」
血相を変えて追い詰めようとするヴィータだったが、黒結晶の翼をはためかせて空の彼方へと飛んで行ってしまう。アスタが胸を押さえてその場に膝をつき動けなくなり、ヴィータは彼の元へ駆け寄った。
「大丈夫ですか、お兄様!」
「うん、ちょっと毒が回っただけ……これくらいならすぐ治るよ」
自身に突き刺さった黒結晶の欠片を引き抜き、握りつぶして砕く。突き刺さっていた部分の肌が黒く変色していたが、徐々に回復していった。
「とりあえず、デウスプリズンに戻りましょう。クリムにもある程度報告しておかないと」
「あっ、それならボクも話をしなきゃ!」
「何を話すんですか……? 別にいいですけど」
アスタの傷はまたたく間に再生したので、すぐに立ち上がりデウスプリズンへと向かった。
「ああいうの、余計なお世話って言うんですよ。今のお兄様、はっきり言って気持ち悪いです」
図書館から出て扉を閉じた直後に放ったのは、刺々しい非難の言葉だった。ヴィータは大股でずんずんと歩き、図書館からアスタを引き離していく。
アスタは俯きながら、彼女をじっと見つめていた。睨みつけているわけではなく、ぼんやりと眺めるような形だった。
「いくらなんでも薄情すぎるよ、ヴィー」
「わたしはいつだってこんな感じです。それより、少し否定が続いたからって、拗ねるのやめてくれませんか。うざいんですけど」
「────ヴィーにはわかんないよ」
無理やり掴まれていた腕を乱暴に振り払い、冷たく言い放った。立ち止まって顔を上げるアスタは、怒り狂っているというよりも何かを訴えようとしている顔つきになっていた。
「ヴィーだって気づいてるんじゃないの? この箱庭がおかしいことに」
「……どういうことです?」
「何か重要なものが意図的に隠されている。恐らく、今代の最高神であるアイリスの仕業だと思うんだけど」
夜空が宿る瞳が、燃えるクローバーの瞳を俯瞰しながら見つめている。真っすぐな視線に嘘偽りを感じるわけもない。ヴィータは深くため息をつくも、アスタの言い分に言及する。
「……確かに、わたしも認識はしていますよ。アイリスの姿かたち、見覚えがあるんです」
「うん、そっくりなんだよ」
「お兄様が大好きだった女神に、ですよね?」
続けた言葉を聞いてすぐに、アスタは顔を俯かせて閉口する。ヴィータはそれを見て合点がいったらしく、わざとらしくため息をついた。
「だから、急に奇行に走ったわけですね。それは吹き飛ばされますよ」
「き、奇行じゃないもん!」
「それはともかく。他にも色々とわからないことは多いです。なぜ世界が複数の箱庭という形に分断されてしまったのか、なぜこの箱庭には人間がいないのか……とか」
「というか、ヴィーはそもそも今までどこにいたの?」
「デウスプリズンの最奥に封じられていました。あれの……」
「えぇ!? 一体誰がそんなひどいことをしたの!? そいつ絞めなきゃ────」
アスタの言葉の途中で、ヴィータははっと背後を振り返った。その視線の先には何もいなかったが、周囲をぐるぐると見回し銀の魔導書を手にする。アスタは、そんなヴィータの行動に首を傾げた。
「どうしたの、ヴィー?」
「下がってください、お兄様!」
腕を広げ、アスタを背に追いやり後退する。次の瞬間、先程まで二人が立っていた足元に黒い結晶のようなものが複数本突き刺さった。鋭利な結晶は深く地面に刺さっており、付近の草花を緩やかに枯らしていく。
「やっぱり生きていたか」
頭上から声が降ってきて、まもなく主が舞い降りる。六本の大きな黒結晶を翼のように背中に浮かばせ、宙を飛んでいる子供だった。
紺色の装束に身を包み、首と顔以外の四肢はすべて白い包帯で覆われている。深い藍色の髪で右目が隠れており、琥珀に似た金色の目には×の模様が宿っていた。
「うわ。嫌な奴来た」
「同感です」
苦虫を噛み潰したような顔で金色の短剣を取り出し、子供へと刃を向けるアスタ。涼しい顔ながら警戒心を露わにするヴィータは、その隣で魔導書を開く。
「なんでここにいるの? ────シファ」
シファと呼ばれた子供は、浮いたままだが二人とほぼ同じ位置にまで降りてくる。浮いていたときにはよく見えなかった顔は、二人を嘲笑っていた。
「ちょっと前に起きた騒ぎから、なんとなく気配を感じていた。特にヴィータ、おまえつい最近になって、封印を破って出てきたんだろ」
「気づいていましたか。別に封印自体はまだ維持されているんですけどね」
「ていうか、キミが生きてるってことはアイツも生きてるってことでしょ? どこにいるのか教えろっ!」
短剣を構え直し、人間離れしたスピードでシファに詰め寄る。しかし、あらかじめ浮いていたため上昇することで避けられ、勢いを失ったアスタは地面に転びそうになった。
「まったく、相変わらずだなおまえらは」
「そうですね。『〈Camellia Peccator〉』」
魔導書を持っていない片手を前方に突き出し、シファの頭上に光り輝く椿を生み出し落下させる。着弾しシファのすぐそばで爆発するも、ほとんど傷は負っていない。金色のカードを数枚展開させて放つも、ヴィータは身を翻してすべて回避していく。
「当たっても痛くねーよ、ザーコ!」
「想定内です。お兄様」
ヴィータの言葉に背後を振り向いた瞬間、金色の短剣がシファの喉元を突き刺した。そのまま地面に倒され、黒結晶の翼が砕け散り消滅する。
短剣を無理やり引き抜かれ、鮮血が噴き出した。刃にまとわりつく鮮血を振り払いながら、アスタは冷然とした顔でシファを見下ろす。
「教えろって言ってるじゃん。どうせ死んでないんでしょ」
「……かはっ。わざわざ喉元狙わなくたっていいだろうがっ!?」
鮮血を吐き出したときには、喉元の傷はほとんど再生していた。ゆっくり身体を起こそうとするも、右足で胸のあたりを勢いよく踏みつけられる。
「で。今度は何を企んでるの?」
「教えるかっての。『《Xeno Alis》』」
再び黒結晶の翼が現れ、一部が砕けて欠片となる。砕けた欠片がさらに分割され、すべてアスタの身体の至る所へと突き刺さった。踏みつける力が弱まった隙に、シファは身体を浮遊させて危機から脱する。
「いっ……たぁ……」
「お兄様!」
「へっ、ざまーみやがれ。あーばよっ」
「待ちなさい、シファ!!」
血相を変えて追い詰めようとするヴィータだったが、黒結晶の翼をはためかせて空の彼方へと飛んで行ってしまう。アスタが胸を押さえてその場に膝をつき動けなくなり、ヴィータは彼の元へ駆け寄った。
「大丈夫ですか、お兄様!」
「うん、ちょっと毒が回っただけ……これくらいならすぐ治るよ」
自身に突き刺さった黒結晶の欠片を引き抜き、握りつぶして砕く。突き刺さっていた部分の肌が黒く変色していたが、徐々に回復していった。
「とりあえず、デウスプリズンに戻りましょう。クリムにもある程度報告しておかないと」
「あっ、それならボクも話をしなきゃ!」
「何を話すんですか……? 別にいいですけど」
アスタの傷はまたたく間に再生したので、すぐに立ち上がりデウスプリズンへと向かった。
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