ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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【神間陰謀編】第4章「懐かしき故郷と黒い影」

82話 彼女のルーツ

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 机の上に、少しだけ黄ばんでしまった資料を並べる。
 ヴィータは朝から出かけたようだ。来客の応対をしている間にいなくなったらしく、書斎に戻ったときには「心配なので様子を見てきます」と机に置き手紙が残されていた。
 僕は書斎で仕事をしようと思っていた。そのはずなのだが……なぜか、今机に広げたのはそれとはさほど関係もない資料だ。

「終わりましたよ、クリムさん」

 資料に目を通そうとした瞬間、トゥリヤの声が聞こえてきた。普段被っている時計の装飾のついた帽子を脱ぎ、廊下に向けてぱっぱと埃を払ってから入ってきた。

「何かわかったの、トゥリヤ?」
「全然ですね。お役に立てなくて申し訳ないです」

 僕が来客に応じている間、トゥリヤには牢獄の奥を調べてもらっていた。ヴィータが現れた、廊下の突き当たりにある鉄格子の扉だ。
 何の前触れもなく開いた扉だったが、今は何をどうしても開かない。奥には謎の黒い「何か」が立ち込めているらしく、扉の隙間から若干漏れ出ることがある。
 普段僕も近づかないところなので、詳しいことはわからない。なので、仕事の合間を縫って来てくれたトゥリヤに頼んだわけなのだが……。

「そもそも、牢獄の奥はおぞましくて近づきがたいんです。正直、内部まで調べるのは至難の業ですよ」
「あの黒い何かの正体は?」
「からっきしです。闇の魔力にも似ていますが、どうも性質が異なるようで。なんか漏れ出てますけど、前からあんな感じでしたっけ?」

 扉から何かが漏れ出るようなことは一切なかった。この現象が起きるようになったのは、少なくともヴィータが現れた後だ。
 何かしら関係があることは明白だが、本人がいない以上聞き出すこともできない。今の僕らでは牢獄の奥の秘密を暴くことはできなさそうだ。
 ユキアから預かった小瓶の付着物の解析もしたいところだが、あれもヴィータに頼んだ方がいいかもしれない。どうも、僕らの知る普遍的な物質ではないようなのだ。
 それに、調べなきゃいけないことができてしまった。

「クリムさんは、何をしているんですか?」
「今日、来客があってね。そのときに話してて思い出したんだ」

 僕は僕で、思い立ったことがあった。



 ────時は、今日の早朝に遡る。
 朝早くに、呼び鈴が鳴らされる音が聞こえた。最近妙に来客が来るなぁと思いつつ、デウスプリズンの入口を開けた。
 彼女は冷や汗を大量にかきながら、たった一人で扉の前に立っていた。

「……どうしたんだい」
「話がある。入れてくれないか」

 とてもじゃないが断れる空気ではなかったので、彼女を迎え入れ客室に案内する。
 ヴィータも陰から僕の様子を見ていたので、メアが来たことは知っていた。彼女のことだから、余計に首を突っ込んできたりするつもりはないようだった。

「まずいことになった……このままじゃ、大変なことになる」

 メアの顔は青ざめていて、普段の様子とは打って変わって取り乱している。

「何かあったのかい? まずいことってどういうこと?」
「…………」

 僕が言葉をかけると、途端に黙り込む。顔を俯けたと思ったら、またゆっくりと上げた。

「……あいつが、戻ってきたらしい。クリム、どうにか排除できないか」

 ようやく落ち着いたと思ったら、物騒なお願い事をされた。色々と突っ込みどころが多かったので、順番に尋ねる。

「あいつって誰?」
「アスタのことだ。ヴィータの兄がキャッセリアに来た」
「君は会ったのかい?」
「いや。今はユキアと一緒にいる、ということは知っている」
「誰から聞いたの? というか、まずいってそのことなの?」

 聞けば聞くほど、得も言われぬおぞましさが伝わってくる。会ってもいないのになぜ知っているのか、まったく理解できない。
 しかし、彼女はきょとんとした様子で小首をかしげた。

「私は、ユキアの親友だ。何だって知っているに決まってるだろ」

 絶句した。
 矛盾しているか否かとか、そう言う問題ではない。明らかにおかしいことを言っているのに、本人は普通そうにしている。何か歪なものを感じたのだ。

「……ストーカーの真似事はよした方がいいよ」
「そう言われても無理はないかもな。あいつは自分のやっていることを認めていない分、私の方が自分の立場を理解できているよ」

 侮辱されているはずなのに、なぜか勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
 おまけに、さらにこちらを驚かせるようなことを言ってくる。

「ヴィータは、アスタの妹らしいな。あいつに邪魔をされても困るし、適当に説得して兄から離せないか」
「そんなことできないよ。せっかく再会できたのに」
「────お前はキャッセリアに生まれた神よりも、よそから来た化け物の方を優先するのか?」

 鋭く睨みつけてくるメアの声は冷たかった。息を呑み、心を落ち着けようとするが、向こうは矢継ぎ早に続ける。

「早々に追い出してくれると思ったのに、何もしてくれないんだな。お前には二回も失望させられたよ」
「……何が言いたい?」
「ユキアに少しでも害を加えようものなら、私はそいつを許さない。徹底的に追い詰めて、ユキアが受けた分以上の苦しみを味わわせてやるんだ」

 ……何を考えているのかわからない。僕の理解の範疇を超えているとしか思えなかった。一体、いつからここまで歪むようになってしまったのだろう────
 とにかく、彼女を現実に戻さなければ。この時の僕はその一心だった。

「君は神隠し事件の中で、アスタの力を見たんだよね?」
「それがどうした?」
「僕は妹であるヴィータの力をこの目で見た。あの兄妹は人間どころか、神すらも超越した存在だ。そんな彼らを君の手で排除できるわけが……」
「できると答えたら────どうする?」

 マゼンタの瞳が爛々と輝いているように見えた。にんまりとした薄笑いは、歪んでいる。
 それを見て一瞬にして呆れ返る。若者の無知さから来た発言だと思った。

「……バカげている。冗談も大概にしてよ」
「強くならなきゃいけないんだ。もうすぐ『力』が手に入る。そうすれば、あいつらなんて簡単に殺せるよ」

 顔を俯かせ、切羽詰まったようにぶつぶつ呟いている。やはり言葉の意味がわからない。どこか壊れているんじゃないかとも思った。
 落ち着かせようと立ち上がろうとしたが、先に彼女が部屋の扉へ移動していた。

「まあ、お前にアスタたちを殺せるとは思えない。けれど、まだ期待はしているんだ」
「……何?」

 振り返った彼女の目に光はなかった。いつもよりも目がどす黒く見えて、不気味だった。

「────お前は面白い。それは私が一番よく知っているからな」



 結局、僕から良い返事をもらう前に、メアはデウスプリズンを出ていった。
 話を一通り聞いたトゥリヤは難しい顔をしたまま、腕を組み考え込んでいる。

「えーっと……つまり、どういうことですか?」
「まとめるとね。メアはユキアを守るために、アスタたちを排除しようとしているってだけの話さ」

 同族を殺すことが公に許可されている神は、本当に数少ない。
 僕の役目は、罪を犯した神を裁き、この世界の調停を行うこと。相手が罪人ならば、命を奪い平和を守る権利がある。
 つまり、条件さえ揃えば、僕は罪人を殺す権利を得るわけだ。それをメアは知っている。

「そ……それってまずくないですか!?」
「まあね。正直、僕はあまり心配してないんだけど」

 薄情者と思われても仕方ないかもしれない。だが、少なくとも僕はヴィータの力を目にしている。特級の魔物相手に牽制できる力量の持ち主なのだから、兄も同様にメアに消されたりすることはないだろう。
 さすがに、彼女の「力」とやらについては戯言だろう。そんな簡単に力を手に入れられるなら苦労はしない。

「それより僕が気になっているのは、なぜ彼女があそこまで歪んでしまったのか、ということなんだ。普通に育っていたら、あそこまで物騒なこと考えないと思うんだけど」
「……そういえば、この資料は結構前のものですよね」

 机の上に広げた資料は、十年から五十年近く前の記録だ。キャッセリアの出来事の記録は、主に僕やトゥリヤが共同でやっている仕事だが、これは僕自身がまとめた記録だ。
 当時の神からの情報などを元に、概要だけをまとめた資料を手にする。

「【世話神の育児放棄 密かに増加傾向】」

 トゥリヤが読み上げた通り、これは神々の「育児放棄」についての記録だ。
 キャッセリアで築き上げられた社会の仕組みは、人間の箱庭のものと似ているところもあれば、まるっきり違う部分もある。その異なる部分で主なものが、「世話神制度」と呼ばれるものだ。
 神は、生み出された当初は幼児の姿だが、ここから十数年の月日をかけて見た目が成長した後、見た目にほぼ変化がなくなる。生まれて二十年が経過するまでは、先に生み出された神の元に預けて育てさせる────それが世話神制度と呼ばれるものである。
 この制度には、生まれたばかりの神に道徳や倫理を教えるといった目的があるが……そんな中、与えられた役目を放棄する神も存在するわけである。

「メアさんの世話神ってどなただったんですか?」
「……ミラージュ・シュピーゲル。育児放棄を平気で行うことで有名な女神だったんだ」

 ミラージュ────彼女は特殊な鏡と固有魔法を用いて「複製」を行う女神だ。個々の力や体力は神よりも劣り、何かと消費してしまう神兵を複製させ、供給を保つ役割などを担っていたはずだ。
 一応顔を合わせたこともあるし、忙しいんだろうなと思っていたが、それで世話神としての役目を放棄するものだろうか。

「……メアさんが、ミラージュさんも殺したがっているって可能性はないですか? 虐待されて恨んでいると思うんですけど」
「殺したいならもうとっくに殺しているはずだ。彼女は正直、今のメアの性格を形成した一因に過ぎないと思う」

 僕は机に広げた資料にもう一度目を通した。大人の神に放っておかれ、誰もいない道をうろうろと歩いている少女の写真が映っている。後ろ姿で俯き、おどおどしていそうな子だ。
 そしてもう一つ、広げてあった資料の中からとあるものを手に取った。世話神とは関係のない、また別の事件についてまとめたものだ。

「十年前、子供たちが集う場で事件があった。トゥリヤ、わかるよね?」
「当時、グレイスガーデンに通っていた子供が一人で起こした『グレイスガーデン殺傷事件』ですね。突然暴れ出して、武器を発砲したり蹴り飛ばしたりと暴力を振るって……死者一名、重軽傷者十八名が被害に遭いました。あれもひどい事件でしたね」

 さすが、時の神は歴史について誤りなく覚えていて素晴らしい。
 神の子供たちが通う学校にも等しい、「グレイスガーデン」という施設で発生した事件。近年のグレイスガーデンは一クラスにつき二十人ほどの子供たちが所属しているらしいが、その大半が重軽傷を負った挙げ句、死者も出た。キャッセリアの三百年の歴史の中でも、珍しい部類に入る痛ましい事件だ。

「当時、あの事件の調査を担当したのは僕なんだけど、今でも信じられない話だよ」
「犯人って……確か」
「メア・シュナーベルだ」

 事件をまとめた資料には、幼い頃のメアの写真が大きく載せられている。大人になった今よりもずっと穏やかそうで、何も知らない者からしたら「こんなおとなしそうな娘が殺傷事件なんて起こすはずはない」と思うだろう。
 事件の前後でメアの身に何かあったのは確かだ。そうじゃなければこんな事件など起こさないだろう。今も昔も、愉快犯になるような子ではない。

「ちょっと、ミラージュに話を聞きたいね。まだ仕事しているだろうけど、夜はどこにいるのかな」
「多分、カルデルトさんの方が詳しいと思います」
「そうなの?」
「どうやらお知り合いのようですよ。行きつけの酒場でよく話しているらしいです」

 よりにもよって飲み仲間かよ……って、呆れている場合じゃないな。
 なんだかろくな付き合いじゃなさそうだと思ったが、よい手がかりを得られたかもしれない。

「カルデルトさん、今日も飲む予定があるそうです。もしかしたら会えるかもしれませんよ」
「でも、ちょっと待って。ヴィータが帰ってこないと、ここを離れられないんだけど」
「その心配には及びません」

 書斎の扉を開け放つとともに、ヴィータが現れた。何の前触れもなかったせいか、トゥリヤが「わあっ!?」と大げさに飛び跳ねた。

「ヴィータさん!? 今帰ってきたんですか!?」
「ええ。わたしのお兄様も連れてきました」
「朝からついていってたんじゃなかったの?」
「そろそろ夕方でしょう。一度帰ってきた方がいいかと思ったので」

 彼女の背後には、同じ背丈くらいの子供がいた。星の模様を瞳に宿しており、まるで瞳そのものが夜空のように煌めいていた。それだけで、自分たちとも人間とも違う存在だと認識させられる。
 ヴィータの背後から前に出たその子は、なぜか怒っているようだった。何か怒られるようなことしたっけ。

「キミ、いくらなんでもヴィーを封印するなんてやりすぎじゃないの!?」
「……はぁ?」

 先に自己紹介じゃないのか、と思ったがそれどころじゃない気がした。何か誤解されている。トゥリヤも「それは違います!」と援護射撃してくれるが、相手は聞く耳を持たない。
 ヴィータは子供の肩を後ろから叩き、自分の方に振り向かせた。

「お兄様、クリムは封印については何も知りません。わたしを封印の礎にしたのはまた別の人物ですよ」
「え……? そうなの!? 早く言ってよ!?」
「先走るお兄様が悪いです。まあ、きちんと話をしておかなかったわたしも悪いんですが」

 なんだかよくわからないが、お互い様ということだったらしい。安心した。

「え、えっと……ボクはアスタ。早とちりしちゃってごめんなさい」

 アスタが、僕らの前にやってきて深く頭を下げた。単なる誤解だったのだから気にしないで、とこちらが頭を上げさせると、僕とトゥリヤを交互に見た。なんだか不思議なものを見るような目をしている。

「誤解が解けたならよかったです。僕はトゥリヤ。こっちはクリムさんです」
「……トゥリヤ? と、クリム?」
「よろしく。アスタ」

 しばらくは目をパチクリさせていたが、やがてにっこり笑った。

「うん、これからよろしく。アイリスは無理だけど、キミたちなら仲良くできそう」
「え? アイリス様に会ったんですか?」
「会ったよー。ちょっと喧嘩しちゃったけど」
「ええええぇぇぇ!? なんでですか!?」
「教えなーい」

 トゥリヤが大げさにパニクっているが、さすがに僕も驚いた。アイリス様に仇なす奴は本当に珍しい。僕だって、数えるくらいしか知らないというのに……。

「わたしは書斎で過ごします。もしクリムが外に出るなら、申し訳ありませんがおバカなお兄様を連れて行ってください」
「ヴィー、ボクはバカじゃないよ!」
「あ、そうだヴィータ。証拠品についてちょっと調べておいてほしいんだけど」
「わかりました」
「ちょっとぉ!? スルーしないでよヴィー!」

 ヴィータに小瓶を渡し、外出の準備を始める。トゥリヤがいるし、カルデルトの晩酌の時間には間に合うだろう。
 アスタが小瓶を興味深そうに見ていたが、ヴィータはまるっきり無視していた。仲がいい……と言っていいのかな?
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