ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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【神間陰謀編】第4章「懐かしき故郷と黒い影」

86話 影を塗られた親友(2)

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「〈風よ、我が敵を斬り裂け〉!!」

 影の一つに向かって風の刃を放ち、胴体を真っ二つにする。しかしそれも一瞬で治ってしまい、光線が襲いかかってくる。
 生まれた影もメアと同じく、魔銃と闇の魔法を行使してくる。光線をひたすら回避し、魔法が発動したら防壁を使えばなんとか防げる。隙を見て攻撃を叩き込むも、本物ではない影にはそもそも攻撃が効いていないようだ。
 おまけに、なんとなくだが……メアが妙な術を使ってからというもの、身体がだるくて重いのだ。戦っている時間が経てば経つほど、身体の重さが増していく。二人で一体の影を相手にしているシオンとソルも、どこか体調が悪そうだ。
 本体である影となったメアは、アスタただ一人へと狙いを定めていた。

『まずは一番厄介な貴様から排除してくれる!! 虫けらはその後だ!!』
「しつこーい! 『〈Argo Navisアルゴナヴィス〉』!」

 ただひたすらアスタを追いかけ回してくる影に向かって、金色の小型の船を何度も放つ。大半は銃で壊されるも、避けきれなかった船がいくつか掠る。
 少し気の毒だが、メアはアスタに任せることにした。僕とシオンたちで影を片づけなければいけない。

「くそっ……強すぎるだろこいつら……!!」
「援護するよ。〈風よ、我が敵を刹那の檻に閉じ込めよ〉!」

 魔力を収束させ、風で影を包み込むように剣を素早く振りかざす。渦となった風は影を飲み込み、何度も斬り裂く。魔法が解けるまでは影は出てこられない、いわばこれは風の牢だ。
 この短い間に何か作戦を考えるべく、シオンとソルを影から離れたところに呼び寄せる。

「クリム、メアに取りついてる影のこと知ってるの?」
「ああ、君たちがいない間にキャッセリアに現れた、特級の魔物だよ。倒したはずなのに復活したらしい」
「うわ、マジかよ……そんなこと滅多になかったのによぉ」

 闇雲に戦い続けていてはキリがないし、こちらの体力が尽きてしまう。復活した原因を探るのはまた今度にするとして、生み出された影を倒してメアに集中する方法を考えるとしよう。
 シオンはふと、扉付近に倒れたままのミラージュに近づいていく。何かと思えば、彼女の身体を勢いよく揺らし始めた。

「おいっ、オバサン! あんたが育てた子だろ、手伝え!」
「うぅっ……あいつの話をしないでちょうだい!」

 怒鳴り声とともに、むくりと起き上がり立ち上がる。頭を抱えてだるそうにしているが、思ったよりも怪我は軽そうだ。

「ミラージュ、だっけ。あなたにも今回の事件の責任はあるよ。手伝ってもらわないと困る」
「っ、あたしが悪いって言うつもり!? 確かに、放置してしまったのは悪かったと思うけど……」
「そうだぞ! カルデルトにも言われてただろ、ちっとは協力しろや!」

 怪我人に戦わせるのは気が引けたが、人手は多い方がいいかもしれない。何せ、今の敵は三人。しかも個体ごとの強さが高い。

「そういえば、撃たれたんじゃなかったの?」
「あらかじめ備えていた小さい鏡で防いでいましたの。ドレスの内側に入れていましてよ」

 どうやら、変幻自在な薄い鏡を入れていたらしい。自分の武器である鏡から作ったとかなんとか。ミラージュが背後に鏡を出現させたのを見たソルが、「ねぇ」と話しかける。

「神幻術でメアを押さえられる? 恐らく、僕たちの神幻術じゃろくにダメージは通せない」
「はぁ!? あたしに命令しないでくれる!?」
「オレからも頼むよ、オバ……じゃね、オネエサン」

 ミラージュの神幻術は見たことがなく、僕には何とも言えない。だが、少なくとも僕の神幻術では屋敷自体が無事では済まない。
 シオンに手を合わせて懇願されたタイミングで、ミラージュははぁ、と深くため息をついた。

「……では、時間を稼いでください。詠唱に時間がかかりますの」

 それは百も承知だ。
 再び影が襲いかかる。ガラスの剣を再び握りしめ、影に斬りかかる。とにかく、ミラージュの神幻術の発動準備が終わるまで耐える。

「魔に堕ちし鏡よ、我が命に従い砕け散れ。我が渇望を塞ぐ悪しき者に融解せし罰を与えよ」

 ミラージュの背後に浮かぶ鏡が輝き、影と同じようにもう二つ鏡を作る。鏡面が詠唱とともに眩しく輝き、何筋もの亀裂を生み出す。
 詠唱が終わり、片手を影たちへと突き出す。そのタイミングで、僕たちは影から一気に距離を置いた。

「────『鏡蝋壊幻燈スぺクルム・ファンタズマゴリア』!!」

 分裂した鏡面が大きな音を立てて破裂する。鏡片が空中に散らばるも、地面に落ちることなく影たちへと素早く飛んでいく。
 影が欠片を避けようとするも、ソルが影たちを〈ヴェントゥス・チェインバインド〉で魔力の鎖を作り拘束する。追尾する欠片たちは容赦なく影へと突き刺さった。声にならない絶叫を上げるも、欠片は自ずと溶け出して固着する。
 シオンが戦斧で二つの胴体を真っ二つにする。「クリム!」という声が合図だった。僕はガラスの剣を振りかざし、影を一刀両断する。
 影は声を枯らし、闇の中へと崩れ消え去った。残りは、黒く染まったメアだけになった。

「は、はぁ……これで片付いたかしら……」
「まだメアを止められてないだろ!」

 一度神幻術を使えば、しばらくは魔力を多く消費する攻撃は行えない。ミラージュには休んでもらうとして、僕とシオンたちでメアを止めにかかる。
 が、その必要はなさそうだった。

『くっ……影が……!?』

 身体から黒が剥がれ落ち、メアの姿が元に戻っていく。俄然意識は魔物に乗っ取られているようで、瞳の黒ずみは戻っていない。
 表情から余裕が消えてきている隙に、アスタが攻撃を畳みかけていく。何度も斬りつけ、魔力のような何かでできた斬撃を飛ばすも、すべて銃身で防がれる。それでもアスタは警戒を崩さぬまま、徐々に距離を詰めながら攻撃を続ける。
 やがて、メアの顔に疲弊の表情が浮かぶ。魔物の方は血の気が多くても、身体自体に限界が近づいているようだった。

「さっさと出ていけっ! 『〈Remotioリモーティオ〉』!!」

 一瞬の隙に身体を翻して肉薄し、うっすらとした光をまとう金色の短剣を腹へ突き刺した。
 その瞬間────血が流れだすはずの腹から、真っ黒な霧のようなものが噴き出す。

『くそっ、またしても────ああああああぁぁぁぁぁ!!』

 断末魔は、僕とヴィータで対峙した特級の魔物そのものだった。既にメアから切り離されたようだ。黒い霧が霧散していき、天井へと昇っていく。
 どうも、アスタが使った術では魔物を消滅させることはできないみたいだ。

「待って、あのままじゃまた逃げられちゃう! 誰か倒して!」
「よっしゃ、オレに任せろっ! 煉獄より現れし裁定の炎よ────!」
「あ、シオン……」

 戦斧をしまい、魔力を足元に集中させて飛び上がったシオン。彼の身体は薄っすらとした炎と電撃の魔力で包まれており、黒い霧と館全体を強く照らした。まとった魔力は、雷火でできた龍へと姿を変えていき、部屋いっぱいに巨大化していく。

「今こそ、我が命に応じ顕現せよ! 『変幻律雷炎イグナイテッド・ディアボロス』!!」

 龍が雄叫びを上げ、空気が震える。そして霧を一気に飲み込む勢いで迫り、ついには壁ごと突き破った。心なしか、穴が開いた壁の向こうの夜空が、火花と黒煙で濁って見える。
 シオンが床に降り立つのと同時に、甲高い悲鳴が耳をつんざいた。

「きゃあああああぁぁ!!! あたしの館がああああぁぁぁ!!!」
「えーと……シオン、これはちょっとやりすぎだよ……?」
「あ……」

 アスタでさえ引くのも当然だ。僕もドン引きとしか言いようがない。元々住めたものじゃない状態だったが、これで住む機能が失われたようなものだ。そもそも、燃えやすい屋内で火炎の神幻術を使うものじゃない。

「えーっと、あー……オバサン、ユキアを出してくれ!」
「オバサンはやめなさい!! まったく、覚えておきなさいよ……!」

 プリプリ怒りながらも、ミラージュはユキアが眠る姿が映し出される鏡の収納ケースへ歩いていき、鏡面に触れた。その瞬間に輝きを放ち、人型の光となる。
 鏡像が消えるのと同時に、光が床に横たわった状態になり、ユキアそのものとなっていく。

「ユキ! 大丈夫!?」
「う、うう……」

 鏡の中に幽閉されていたにもかかわらず、目を覚ますのは早かった。目をこすりながら身体を起こし、僕らをぼんやりと眺めていた。

「あれ、私何してたんだっけ……」
「一応無事っぽいな。ったく、油断したから捕まったんだぞ、もうちょっと警戒しろ」
「なんですって!? あ、あれは仕方なかったじゃない!」

 シオンの売った喧嘩をすぐ買うくらいには回復したようだ。命に関わるような怪我もないようだし、本当に無事でよかった。
 目の前の危機が去ったのはいいものの、メアはアスタに刺されたっきり、倒れたままだ。ユキアが親友の異変に気づかないはずもなかった。

「あれ……メア? どうし────」
「近づいちゃダメ!」

 素早い勢いでユキアを引き止めたのはアスタだった。メアの身体が僅かに動き出し、やがてゆっくりと身体を起こす。髪が乱れ、顔はひどく疲れ切っていたが、瞳の異様な黒ずみは消えていた。

「え……アスタ……? 私は……ううっ、あああああああああッ!!!」

 突然、声が枯れる勢いで叫びだす。目を極限まで見開き、何かを抑えつけるように自分の身体を抱きしめていた。叫びに呼応するように、辺りに黒ずんだ波動が立て続けに放たれる。
 メアに近づけるわけもなく、僕らは彼女を取り囲むようにして立ち尽くすしかなかった。

「ど、どうしたの!? しっかりして!!」
「なんで……? クリム、みんな! メアから離れて!!」

 血相を変えたアスタによって、出口の扉付近へと押し戻される。ユキアはメアに向かって必死に手を伸ばそうとしていたが、シオンとソルに捕まり遠ざけられていく。
 身体を絞るような勢いで抱きしめたと思ったら、今度は頭を両手で押し潰すように抱えだし、天井を仰いで絶叫する。黒ずんだ闇が空間を満たしていく。
 言葉にならない叫びばかりを上げていると思ったら、だんだんと何を叫んでいるのかわかるようになってきた。

「う、ううぅッ……死に、たく、ない……死にたくない死にたくない死にたくないッ────!!!」
「メア、落ち着いて!! メアあぁ!!!」

 狂ったように叫び、喚き、泣いている。こちらが声をかけても無駄みたいだ。
 ユキアたち幼なじみは、ひたすらメアの名を呼ぶだけだった。
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