ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

文字の大きさ
92 / 276
第5章「神々集いし夢牢獄」

91話 昔の夢

しおりを挟む
 僕が駆けつけるときは、大体すべてが終わった後だ。このときもそうだった。
 見知った街は、悲劇の舞台となっていた。僕は街まで侵攻してきた数多の魔物を斬り捨て、地面に転がった死体を踏まないよう気をつけながら、街を駆けていた。
 建物や地面の損傷が著しい場所があった。石畳が激しく抉れた部分に溜まった血の池に、見知った女性が倒れていた。

「アリアっ!!」

 翼がひどく切り裂かれ、両手剣の刃が折られていた。僕がアリアを抱き起してすぐに身体が動き出し、青と緑のオッドアイが苦しげに開かれた。

「クリム……来てくれたんだ……」
「〈光よ、我が友の傷を癒せ〉!!」

 アリアを光の魔力で包み込み、回復を試みる。しかし、治りが異様に遅かった。見ただけではわからないが……傷が深すぎるみたいだ。

「私じゃ、クロウを止められなかったよ……あのひと、いつの間に変わっちゃったんだね……」
「喋らないで! 傷を早く塞がないと……!」
「ごめん……でも、喋ってないと気が落ち着かないんだ……」

 なかなか塞がらない傷跡は特徴的なものだった。ただ血が流れ出ているだけではない、流れ出す血が通常よりも黒い。

「……クロウの固有魔法って、こういう感じなんだね……説明されるだけじゃピンと来なかったんだけど、呪いって結構厄介だね……」

 きっと、戦いの最中に固有魔法を使われたのだろう。アーケンシェン同士が本気でやり合った結果が、この有様だ。
 僕の力では、傷を治すことはできないかもしれない。それでも、魔法は止めなかった。

「ねぇ……私たちって、本当に神様なのかなぁ……」

 ふと、アリアがそんなことを呟く。気が気でない僕は、自分の耳を疑った。

「お話の中の神様は、もっと万能で絶対的な存在だったのに……私たちは、そんなものよりずっと程遠いね。人間よりも強いって信じてたけど……これじゃあ、人間と変わらないよ……」

 力なく笑うアリアは、自分が知る中で一番弱々しい姿だった。仲間であり、家族でもあるひとが、ここまで傷つくのを見たくなかった。

「あとさ……さっき戦ってたときに、クロウに力奪われちゃってさ……取り返せるかわからないんだ。できるなら、クリム……あなたに取り返してほしいんだけど……」
「やるよ。クロウは僕が止める。だからアリア、元気になって」

 魔法の効果が思うように現れないまま、アリアの瞼が重たそうに閉じられようとしている。慌てて力のない手を握った。

「あはは……私、もうダメみたい……」
「っ、嫌だ! 死なないで、アリア!!」
「ごめんね、クリム……ダメな、おねーちゃんで……ごめん、ね……」

 そこからは、もう彼女の言葉を聞くことができなかった。
 あれから何か喚いていたけれど、もう覚えていない。ただひたすら、あの出来事だけは忘れたかった。
 こう思わずにはいられない。せめて、僕が身代わりになれたらよかったのに────と。



 世界が一度暗転したかと思ったら、見慣れた灰色の天井が目に入る。
 目頭が熱い。起き上がったら涙が一筋こぼれた。胸の苦しみを振り払うようにベッドから降りて、出かける支度を始める。

「おはようございます、クリム」

 起きてきたヴィータが書斎に入ってきた。ガラスペンを懐に入れ、忘れ物がないか確認する。何も問題はなかった。
 すぐに外出しようと思ったが、ヴィータと何も話さず出るのもどうかと思った。それでもなんとなく声をかけられない中で、先にヴィータが話しかけてきた。

「今日は珍しく、夢を見ました」
「夢?」
「昔の夢ですよ。あなたにとっては面白くないものですが」

 いつも通りの感情の見えない顔から、僅かに和やかなものを感じ取った。いつもより空気が柔らかい。
 もしかすると……彼女はいい夢を見られたのかもしれない。

「あなたも、昔の夢を見たのですね」
「どうしてそう思うの?」
「涙の跡、拭い切れていませんよ」

 はっとして、服の袖で目元を擦った。ヴィータの顔が気になって恐る恐る目を向けたが、手に持っていた哲学書を開いてベッドの縁(定位置)に座っている。

「今日は、カトラスのところに行くのですよね」
「あ、うん。武器のメンテナンスを予約してたから」
「気をつけてくださいね」

 書斎のドアを開け、廊下に出る。ドアを閉じようとしたときには、ヴィータはもう既に読書にふけろうとしていた。
 デウスプリズンの外は、よく晴れていた。雲一つなく、日差しが熱く感じられる。
 夢の中で見たキャッセリアは戦火に包まれ、神々の死体や血で薄汚れていた。それが今は、悲劇があったのかさえ信じられないくらい平和な街に変わっている。
 悲しい記憶を覆い隠すのは、案外簡単だ。多くの時間と犠牲があれば。

「……最近、昔の夢ばかり見るな……」

 神隠し事件が終結したばかりのときも、クロウの夢を見た。あのときもだいぶ苦しい思いをした。少し前までは事件が頻繁に起こっていたから、単純に疲れが溜まっているせいかもしれないが。
 まだしばらくは平和なままでいてくれないかな、と空を仰いだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

魔法筆職人の俺が居なくなったら、お前ら魔法使えないけど良いんだよな?!

川井田ナツナ
ファンタジー
俺は慈悲深い人間だ。 だから、魔法の『ま』の字も理解していない住民たちに俺の作った魔法筆を使わせてあげていた。 だが、国の総意は『国家転覆罪で国外追放』だとよ。 馬鹿だとは思っていたが、俺の想像を絶する馬鹿だったとはな……。 俺が居なくなったら、お前ら魔法使えなくて生活困るだろうけど良いってことだよな??

処理中です...