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第5章「神々集いし夢牢獄」
91話 昔の夢
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僕が駆けつけるときは、大体すべてが終わった後だ。このときもそうだった。
見知った街は、悲劇の舞台となっていた。僕は街まで侵攻してきた数多の魔物を斬り捨て、地面に転がった死体を踏まないよう気をつけながら、街を駆けていた。
建物や地面の損傷が著しい場所があった。石畳が激しく抉れた部分に溜まった血の池に、見知った女性が倒れていた。
「アリアっ!!」
翼がひどく切り裂かれ、両手剣の刃が折られていた。僕がアリアを抱き起してすぐに身体が動き出し、青と緑のオッドアイが苦しげに開かれた。
「クリム……来てくれたんだ……」
「〈光よ、我が友の傷を癒せ〉!!」
アリアを光の魔力で包み込み、回復を試みる。しかし、治りが異様に遅かった。見ただけではわからないが……傷が深すぎるみたいだ。
「私じゃ、クロウを止められなかったよ……あのひと、いつの間に変わっちゃったんだね……」
「喋らないで! 傷を早く塞がないと……!」
「ごめん……でも、喋ってないと気が落ち着かないんだ……」
なかなか塞がらない傷跡は特徴的なものだった。ただ血が流れ出ているだけではない、流れ出す血が通常よりも黒い。
「……クロウの固有魔法って、こういう感じなんだね……説明されるだけじゃピンと来なかったんだけど、呪いって結構厄介だね……」
きっと、戦いの最中に固有魔法を使われたのだろう。アーケンシェン同士が本気でやり合った結果が、この有様だ。
僕の力では、傷を治すことはできないかもしれない。それでも、魔法は止めなかった。
「ねぇ……私たちって、本当に神様なのかなぁ……」
ふと、アリアがそんなことを呟く。気が気でない僕は、自分の耳を疑った。
「お話の中の神様は、もっと万能で絶対的な存在だったのに……私たちは、そんなものよりずっと程遠いね。人間よりも強いって信じてたけど……これじゃあ、人間と変わらないよ……」
力なく笑うアリアは、自分が知る中で一番弱々しい姿だった。仲間であり、家族でもあるひとが、ここまで傷つくのを見たくなかった。
「あとさ……さっき戦ってたときに、クロウに力奪われちゃってさ……取り返せるかわからないんだ。できるなら、クリム……あなたに取り返してほしいんだけど……」
「やるよ。クロウは僕が止める。だからアリア、元気になって」
魔法の効果が思うように現れないまま、アリアの瞼が重たそうに閉じられようとしている。慌てて力のない手を握った。
「あはは……私、もうダメみたい……」
「っ、嫌だ! 死なないで、アリア!!」
「ごめんね、クリム……ダメな、おねーちゃんで……ごめん、ね……」
そこからは、もう彼女の言葉を聞くことができなかった。
あれから何か喚いていたけれど、もう覚えていない。ただひたすら、あの出来事だけは忘れたかった。
こう思わずにはいられない。せめて、僕が身代わりになれたらよかったのに────と。
世界が一度暗転したかと思ったら、見慣れた灰色の天井が目に入る。
目頭が熱い。起き上がったら涙が一筋こぼれた。胸の苦しみを振り払うようにベッドから降りて、出かける支度を始める。
「おはようございます、クリム」
起きてきたヴィータが書斎に入ってきた。ガラスペンを懐に入れ、忘れ物がないか確認する。何も問題はなかった。
すぐに外出しようと思ったが、ヴィータと何も話さず出るのもどうかと思った。それでもなんとなく声をかけられない中で、先にヴィータが話しかけてきた。
「今日は珍しく、夢を見ました」
「夢?」
「昔の夢ですよ。あなたにとっては面白くないものですが」
いつも通りの感情の見えない顔から、僅かに和やかなものを感じ取った。いつもより空気が柔らかい。
もしかすると……彼女はいい夢を見られたのかもしれない。
「あなたも、昔の夢を見たのですね」
「どうしてそう思うの?」
「涙の跡、拭い切れていませんよ」
はっとして、服の袖で目元を擦った。ヴィータの顔が気になって恐る恐る目を向けたが、手に持っていた哲学書を開いてベッドの縁(定位置)に座っている。
「今日は、カトラスのところに行くのですよね」
「あ、うん。武器のメンテナンスを予約してたから」
「気をつけてくださいね」
書斎のドアを開け、廊下に出る。ドアを閉じようとしたときには、ヴィータはもう既に読書にふけろうとしていた。
デウスプリズンの外は、よく晴れていた。雲一つなく、日差しが熱く感じられる。
夢の中で見たキャッセリアは戦火に包まれ、神々の死体や血で薄汚れていた。それが今は、悲劇があったのかさえ信じられないくらい平和な街に変わっている。
悲しい記憶を覆い隠すのは、案外簡単だ。多くの時間と犠牲があれば。
「……最近、昔の夢ばかり見るな……」
神隠し事件が終結したばかりのときも、クロウの夢を見た。あのときもだいぶ苦しい思いをした。少し前までは事件が頻繁に起こっていたから、単純に疲れが溜まっているせいかもしれないが。
まだしばらくは平和なままでいてくれないかな、と空を仰いだ。
見知った街は、悲劇の舞台となっていた。僕は街まで侵攻してきた数多の魔物を斬り捨て、地面に転がった死体を踏まないよう気をつけながら、街を駆けていた。
建物や地面の損傷が著しい場所があった。石畳が激しく抉れた部分に溜まった血の池に、見知った女性が倒れていた。
「アリアっ!!」
翼がひどく切り裂かれ、両手剣の刃が折られていた。僕がアリアを抱き起してすぐに身体が動き出し、青と緑のオッドアイが苦しげに開かれた。
「クリム……来てくれたんだ……」
「〈光よ、我が友の傷を癒せ〉!!」
アリアを光の魔力で包み込み、回復を試みる。しかし、治りが異様に遅かった。見ただけではわからないが……傷が深すぎるみたいだ。
「私じゃ、クロウを止められなかったよ……あのひと、いつの間に変わっちゃったんだね……」
「喋らないで! 傷を早く塞がないと……!」
「ごめん……でも、喋ってないと気が落ち着かないんだ……」
なかなか塞がらない傷跡は特徴的なものだった。ただ血が流れ出ているだけではない、流れ出す血が通常よりも黒い。
「……クロウの固有魔法って、こういう感じなんだね……説明されるだけじゃピンと来なかったんだけど、呪いって結構厄介だね……」
きっと、戦いの最中に固有魔法を使われたのだろう。アーケンシェン同士が本気でやり合った結果が、この有様だ。
僕の力では、傷を治すことはできないかもしれない。それでも、魔法は止めなかった。
「ねぇ……私たちって、本当に神様なのかなぁ……」
ふと、アリアがそんなことを呟く。気が気でない僕は、自分の耳を疑った。
「お話の中の神様は、もっと万能で絶対的な存在だったのに……私たちは、そんなものよりずっと程遠いね。人間よりも強いって信じてたけど……これじゃあ、人間と変わらないよ……」
力なく笑うアリアは、自分が知る中で一番弱々しい姿だった。仲間であり、家族でもあるひとが、ここまで傷つくのを見たくなかった。
「あとさ……さっき戦ってたときに、クロウに力奪われちゃってさ……取り返せるかわからないんだ。できるなら、クリム……あなたに取り返してほしいんだけど……」
「やるよ。クロウは僕が止める。だからアリア、元気になって」
魔法の効果が思うように現れないまま、アリアの瞼が重たそうに閉じられようとしている。慌てて力のない手を握った。
「あはは……私、もうダメみたい……」
「っ、嫌だ! 死なないで、アリア!!」
「ごめんね、クリム……ダメな、おねーちゃんで……ごめん、ね……」
そこからは、もう彼女の言葉を聞くことができなかった。
あれから何か喚いていたけれど、もう覚えていない。ただひたすら、あの出来事だけは忘れたかった。
こう思わずにはいられない。せめて、僕が身代わりになれたらよかったのに────と。
世界が一度暗転したかと思ったら、見慣れた灰色の天井が目に入る。
目頭が熱い。起き上がったら涙が一筋こぼれた。胸の苦しみを振り払うようにベッドから降りて、出かける支度を始める。
「おはようございます、クリム」
起きてきたヴィータが書斎に入ってきた。ガラスペンを懐に入れ、忘れ物がないか確認する。何も問題はなかった。
すぐに外出しようと思ったが、ヴィータと何も話さず出るのもどうかと思った。それでもなんとなく声をかけられない中で、先にヴィータが話しかけてきた。
「今日は珍しく、夢を見ました」
「夢?」
「昔の夢ですよ。あなたにとっては面白くないものですが」
いつも通りの感情の見えない顔から、僅かに和やかなものを感じ取った。いつもより空気が柔らかい。
もしかすると……彼女はいい夢を見られたのかもしれない。
「あなたも、昔の夢を見たのですね」
「どうしてそう思うの?」
「涙の跡、拭い切れていませんよ」
はっとして、服の袖で目元を擦った。ヴィータの顔が気になって恐る恐る目を向けたが、手に持っていた哲学書を開いてベッドの縁(定位置)に座っている。
「今日は、カトラスのところに行くのですよね」
「あ、うん。武器のメンテナンスを予約してたから」
「気をつけてくださいね」
書斎のドアを開け、廊下に出る。ドアを閉じようとしたときには、ヴィータはもう既に読書にふけろうとしていた。
デウスプリズンの外は、よく晴れていた。雲一つなく、日差しが熱く感じられる。
夢の中で見たキャッセリアは戦火に包まれ、神々の死体や血で薄汚れていた。それが今は、悲劇があったのかさえ信じられないくらい平和な街に変わっている。
悲しい記憶を覆い隠すのは、案外簡単だ。多くの時間と犠牲があれば。
「……最近、昔の夢ばかり見るな……」
神隠し事件が終結したばかりのときも、クロウの夢を見た。あのときもだいぶ苦しい思いをした。少し前までは事件が頻繁に起こっていたから、単純に疲れが溜まっているせいかもしれないが。
まだしばらくは平和なままでいてくれないかな、と空を仰いだ。
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