ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第5章「神々集いし夢牢獄」

96話 牢獄での日常

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 デウスプリズンでの食事の仕方は、ヴィータが住むようになってから少し変わった。
 今までは、運び神によって一人分の弁当しか運ばれてこなかった。当然、一人しか住んでいなかった者が二人になったことで、弁当も二つ届くようになった。
 しかし、その変化自体は小さいものだ。問題は、ヴィータが来てから食事する場所が変わったということだ。
 今まで、僕は書斎の机で食事していた。しかし、今は別の部屋に弁当を持ち込み、一つのテーブルで向かい合って食べるようになった。

「今日の献立は……ハンバーグですか。オーソドックスですね」

 弁当の蓋を開け、特に表情を変えることなくそんなことを呟くので、違和感が半端なかった。

「それでは、いただきます」
「……いただきます」

 手を合わせ、挨拶をしてから食事を始めた。
 特に使っていなかった空き部屋をヴィータのために用意したのだが、食事のときは毎回僕もここに来なくてはいけなくなったのだ。
 好きに使っていいとは言っておいたものの、部屋自体はあまり改造もされておらず、家具も最低限しか置かれていない。大量に設置された本棚以外は。どこから仕入れたのか知らないが、いつの間にか大量に本が納められている。

「……ねぇ、ヴィータ。どうして毎日、この部屋で一緒に食事しようとするんだい?」

 ハンバーグをナイフとフォークで切り分けながら尋ねた。すべての音が止み、静寂が訪れる。

「別にダメとは言わないけど、ここはヴィータの部屋なんだよ。僕のことなんて気にせずに、一人で────」

 言葉の途中で、魔弾らしき光が真横すれすれを通り過ぎた。一瞬のうちに、背後の壁から衝撃音が響き、建物が僅かに揺れる。
 後ろを見なくてもわかった。現に、目の前で魔導書を開いている無表情の子供がいる。

「こうでもしないと、あなた他人と話そうとしないでしょう。そういうのわかるので」
「えぇ……これでも前よりは良くなったと思うんだけど……」
「まあ、あなたのためというよりは、わたしのためでもあるんですがね」

 魔導書をしまい、再びハンバーグを食べ始める。本気で痛めつけようとしたわけではなさそうだ。
 しばらくお互いに黙って食事に専念していたが、先に沈黙を破ったのはヴィータだった。

「わたし、お兄様よりも一人の時間が長かったんです。現代もそうですが、古代のときも同じでした。そのせいでしょうか……こうして誰かと食事をしていると、少し落ち着くんです」

 いつの間にか、彼女の食事の手が止まっていた。そんなことを話す彼女を意外に思う。

「えっと、つまり寂しいってことかい?」
「違います」

 即座に入った否定は、どこか意地を張っているようにも思えた。
 ふと、彼女の兄であるアスタのことが脳裏に浮かんだ。友達思いで感情豊かな子供だけど、アスタはよくユキアと一緒にいるところを見かける。それ以前に、二人は一緒に住んでいるんだっけな。ヴィータの猛反対を押し切って。

「まあ、肝心のお兄さんがあんなじゃ、仕方ない気はするけどね」
「お兄様がお友達と遊び歩いているのはいつものことです。今に始まったことじゃありません。別にお兄様がいなくたって、わたしは全然平気です」
「……やっぱり意地張ってる」
「今度は眉間にアストラルの魔弾をぶつけられたいですか?」

 防ぎきれるかわからないものをぶっ放してくるのはやめてほしいので、早々に降参しておいた。



 食事を終えて、僕は書斎に戻った。ヴィータは自室で読書をしているかと思いきや、僕の後をついてきた。自分の部屋があるのに、たまにこうして書斎に来て読書をすることがある。しかし、今日は僕のベッドを陣取ることはなく、とあるものを懐から取り出した。

「例の証拠品に付着していたもの、調べておきましたよ」

 ヴィータの手のひらには、紺色に近い液体が付着した空っぽの小瓶が乗せられていた。元々は神隠し事件の被害者であるシュノーが持っていた、事件に繋がる貴重な産物である。

「わたしの予想通り、これの液体にはアストラルが多分に含まれています。これを、被害者が持っていたんですよね?」
「そうだよ。本人の話だと、気がついたら持ってたらしいんだけど」

 それを聞いたヴィータは、黙って考え込んだ。
 シュノーとレノは今、カルデルトから戦うのを止められているらしい、詳しい理由は聞いていないが、予想はなんとなくついている。

「黒幽病については、先日話しましたね。これを持っていた被害者……シュノーとやらも、先日のメアのようになっていた可能性があります」
「……確かに、前にセルジュから聞いた話だと、シュノーは暴走状態にあったらしいけど」
「完全にメアと状況が同じだったわけではないと思います。異なるのは、魔物がとりついたことによるものか、この『薬』によるものか、でしょう」

 アストラルが含まれた「薬」……そんなものを飲んだら、神とておかしくなるに決まっている。魔物にとりつかれただけでも、神の身体が壊れる可能性があったというのに。
 こんな危険なもの、一体誰が作り出したというんだ?

「それと以前、ユキアから箱庭で拾った『魔物の欠片』なるものを渡され、これも分析しました」

 次に見せられたのは、乳白色の石の破片だった。以前、事件の被害者たちから話を聞いたとき、このような石をまとった魔物を討伐したことを話された記憶がある。

「ただ、こちらは今となっては、普通の石同然です。何も気配は感じられないです」
「そうなのかい。でも、それは確かに魔物の一部だったんでしょ?」
「そうですね。この石自体は何の変哲もありませんし、人為的に魔物が作られていたのかもしれません。強大な魔物を作り出し、挙句の果てに薬まで使って……やはり、観測者が関わっているとしか思えませんね」

 小瓶を虚空に透かしながら呟いたくヴィータは、ふとこちらを向いた。そして何気なく切り出す。

「そういえば。以前、あなたはクロウリーを殺したのですよね」

 ドクン、と胸が痛みを覚えた。いつも、このことを思い出すと胸が激しく痛む。一種の拒絶反応だった。
 顔が引きつったのを隠そうとして笑みを作ろうとしても、うまくいかない。

「い、いきなり何? どうしてそんな話を……」
「あなたは無闇に他者を殺す神ではない。そうするしかなかった理由を考えていたのです。そこに、クロウリーが神隠し事件を起こした経緯が関係する何かがあると思ったものですから」
「……デミ・ドゥームズデイのこと?」
「わたしは長く眠っていましたし、現代の事情はわかりません。その事件について、軽くでいいので話せませんか」

 クロウが罪を犯した日。僕の大切なものが奪われた日であり、僕以外のほとんどの神たちも、同じように何かを失った日────デミ・ドゥームズデイ。ヴィータは、単なる好奇心から聞き出そうとしているわけではない。これも平和を守るためには必要なことだろう。
 神と魔物の最大の戦争が起きたのは百年前のことで、第四世代……ノインやシュノーの年代の神や、それよりもさらに若いユキアたちの世代の神は、この抗争がどれだけ凄惨だったのかを知らない。むしろ、知らない方が幸せだと思う。

「百年前……キャッセリアに、突然魔物の大群が押し寄せてきたんだ。箱庭の端から流れ込んできたという話で、当時のアーケンシェンと魔特隊で、魔物たちを必死に食い止めていたんだけど。どういうわけか一部の神が魔物側に与して、街が大きく破壊された挙句多くの神が殺された」

 あの出来事で、どれだけの神が殺されただろう。記録も正確な数ではないし、僕も数えることを諦めた。なぜ魔物に味方する神が現れたのかもわからず仕舞いだ。そうなった立場の神のほとんどが、戦いの終結を機に姿を消したからだ。
 街は壊れ、生命は蹂躙され、すべてが滅ぼされようとした。今の中央都市は、そんな悲劇など本当に起きたのかと疑いたくなるくらい綺麗で賑やかだが、これも多くの犠牲と魔物の撤退という幸運があってこそだ。
 この抗争はキャッセリア最大の大事件で、特級の魔物が襲いかかってきた神隠し事件ですら、これに比べれば犠牲は少ない方だった。

「クロウは、アリアや僕から力を奪った。だから、デミ・ドゥームズデイを起こした犯人と判断された。でも、いくら問い詰めても、拷問を繰り返しても理由は吐かなかった。僕はアイリス様の命令に従って、彼を死刑という名目で殺した」
「けれど、どういうわけか生きていた……と」

 前も思ったが、ヴィータは僕が他者を殺したということを聞いても、咎めてくることはない。ユキア辺りは絶対に糾弾してくると思うのだが……長く生きているせいなのか?
 彼女はごく冷静に、ここまでの話を整理している。

「ここまで来れば、理由はある程度推察できます。シファを始めとした観測者が、何か妙な術を使ったのかもしれません」
「まさか……死者を生き返らせるとか? そんな魔法、本当に存在するのかい?」
「実際、古代にはそのような、禁忌とも言える術がいくつか残されていました。現代の神には使えなくとも、古代から生きる者ならば……十分あり得ます」

 言葉が出なかった。もはや理解が追いつかない。ヴィータはぶつぶつ唱えながらも、結論を自分で導き出していた。

「やはり、手始めにシファを捕まえるのが得策かもしれませんね。クロウリーはもう既に死んでいますし」
「────え? 今、なんて……」
「あら、お兄様から聞いていませんか? クロウリーは人間の箱庭で、自分の仲間に殺されたんです。事件を起こした罰が当たったんですよ、きっと」

 そんな話、初耳だ。微塵も予想していなかった。
 話が一段落したので、ヴィータに部屋に戻るように言った。寝る支度を早々に済ませて、布団に潜り込んで無理やり眠りにつく。
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