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第5章「神々集いし夢牢獄」

97話 夢劇場への招待状

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 ……目が覚めて朝を迎えても、未だに昨日の話について考えていた。
 どうして、クロウリーが仲間に殺されたんだ? 僕らの次は仲間を裏切ったとでも言うのか? 何の理由で……堂々巡りが止まらない。
 考えても埒が明かないことはわかっている。着替えを済ませ、今日の仕事を確認していると、扉がいきなり開け放たれた。
 この乱暴な開け方は、ヴィータじゃない。

「クリム! 大変だよっ!」
「あ、アリア!? 朝からどうしたの?」
「そんな悠長にしてられないよ! グレイスガーデンが大変なことになってるの! 今すぐ来て!!」

 ひどく慌てた様子のアリアに手を掴まれ、デウスプリズンから問答無用で引きずり出される。ヴィータに何も言えないまま、僕らは繁華街の方へと飛んでいった。
 今日のキャッセリアも、鬱陶しいくらいの快晴だ。



 辿り着いたのは、繁華街と郊外の境目にある土地の前だ。白い学舎のような建物群が、緑や色とりどりの花、そして門と柵で囲まれている。これが、神の子供たちが成人するまで通う「グレイスガーデン」である。
 僕らが飛んでくる前に、既に何人か神が集まっていた。ユキア、アスタ、シュノー、ノイン、アルバトス、バイクをそばに置いているリーゼントの青年。
 ノインとアルバトス、シュノーはグレイスガーデンの管理者なる女神と話している最中だった。

「アスタ、来てたんだね」
「あっ、クリム。そうだよ、ボクはユキについてきたからね」
「……君、クロウが殺されたこと、知ってたの?」

 アリアにも、誰にも聞かれないようにそう切り出した瞬間、アスタの顔が少しだけ引きつったのがわかった。

「……ヴィーから聞いたんだね」
「このこと、あと誰に話したの?」
「今のところは、ヴィーとユキだけだよ。ごめん……どこかのタイミングで話そうとは思ってたんだけど」
「別に怒っていないよ。ただ、もう少し早く知りたかっただけだから」
「ねークリム、アスタ、何話してるのー? おねーちゃんにも教え────」
「ダメ」

 アリアが僕らに顔を近づけてきたので、頭を片手で押さえ止めた。周りに悟られると厄介だから、とりあえず気にしないでとアスタに念を押しておいた。

「あっ、クリム! あんたももらったの?」
「もらったって……何を?」
「グレイスガーデンと、一部の神に手紙が届いたの。ここに集まってるのは、手紙をもらったひとたち」

 やって来たユキアが、僕に一枚の赤い封筒を差し出した。差出人は……「パンタシア」?
 中には薄い赤色の紙が入っており、メッセージが綴られていた。アリアが一緒に覗き込んできて、内容を読み上げる。

「招待状……この手紙を受け取ったあなたには、欲望渦巻く夢の世界を楽しむ権利があります。ぜひ夢劇場『パンタシア』にお越しいただき、あなたの望む一興をお楽しみください……だって」

 一通り読んでもらったが、「夢劇場」という単語にはっとした。アリアはピンと来ていないみたいで、ずっと首を傾げている。

「クリム、このパンタシアってところが何なのか知ってるの?」
「うーん……詳しくはわからないけど、ある神がここで荒稼ぎしてるみたい」
「まあ、それもあながち間違いじゃないっスね」

 濃い金色のバイクを押しながら近づいてきたのは、一際目立った赤いメッシュの入った金髪リーゼントの青年だった。

「……君は?」
「オルフっていいます。魔特隊第二小隊長代理っス。そこに通っている神が、次々と堕落していってるという噂があるんですよ」
『ボクはルマン。そのパンタシアという夢劇場とやらを経営しているのは、オルフに隊長の役職を押し付けた奴だ』

 ライト部分の赤い宝石が輝きを放ち、言葉を発している。魔法か何かでバイクに宿った人格か? と少し驚いた……いや、驚くべきはそこじゃないな。
 魔特隊の隊長を他人に押し付けるなんて、絶対ろくな経営者じゃない。

「それで、どうしてみんなグレイスガーデンに集まってるんだい?」
「グレイスガーデンの子供たちがいなくなっちゃったんだって! それと、ステラとレノも一緒に消えちゃったんだって! 管理者のナターシャがトゥリヤに伝えてくれたから、私がクリムを呼んだんだ」

 ステラ……アルバトスの預かっていた女神か。しかし、奇妙なものだ。夢劇場からの招待状に、子供たちの失踪事件が重なったわけだが、招待状の内容だけを見れば関連性は薄いように思える。それに、限られた神にしか招待状が届いていないのも気になる。共通点も今の段階じゃ洗い出せない。
 ステラはまだグレイスガーデンに通っているだろうが、既に卒業しているはずのレノまでいなくなっているとはどういうことだ……?

「ユキア、早く行こう。レノとステラを助けないと」
「大丈夫なの? もし戦うことになったら……」
「レノはシュノーの妹だから、シュノーが迎えに行く。そのときはお願い」

 話を終えたらしいシュノーが、ユキアの元に駆け寄ってきた。事件となれば、僕も放っておくわけにはいかない。

「とりあえず、僕らも行こう。アリア」
「う、うん……私、アイリス様に黙って出てきちゃったんだけどなぁ……」

 まあ、まだ早朝だからアイリス様も眠っていらっしゃるのだろう。早めに解決すれば何の問題もない。

「おいバカ姉貴!! ステラ様に何かあったらどうすんだ、お前も来い!!」
「やだやだやだー!! 確かにステラちゃんは心配だけど!! あたしろくに戦えないってー!!」

 しれっとその場を去ろうとしたらしいノインが、鬼のような形相のアルバトスに首根っこを掴まれていた。ステラがいなくなったせいか、どちらも正気を失いかけているようだ。

「オレっちも行くっス! 今日こそ隊長に復帰するよう説得するっス!」
『オルフが行くなら、ボクは連れて行くだけだ。キミたちのこともパンタシアまで案内しよう』

 ルマンさんのシート部分に飛び乗ったオルフ君が、力強い声色で宣言してくれた。まだよく知らない神ではあるが、魔特隊に入れるくらいの実力はあるのだから頼りになるかもしれない。

「クリム、ヴィーはどこ?」
「デウスプリズンにいるよ。アスタは来るの?」
「行く。ユキたちも心配だし、なんだか嫌な予感がするんだ」

 アスタの顔つきが真剣なものになっていた。ヴィータにはデウスプリズンの封印の維持を任せてあるから、連れていくのは難しいだろう。
 ルマンさんのアクセルスロットルが動かされ、エンジン音がけたたましく鳴り響く。オルフ君はルマンさんに乗って走り出したので、僕たちはその後についていく。
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