ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第6章「最高神生誕祭」

118話 超強化のリスク

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 眩しすぎる光のせいで、目が開けられない。意識がはっきりしたので、横に寝返ろうとして落ちかけた。私は堅いベンチに横たわっていて、身体には見慣れた薄橙色のコートがかけられていた。

「ユキ、寒くない? 水飲む?」

 ゆっくり起き上がると、近くのベンチに座っていたらしいアスタがすぐさま瓶を差し出してきた。彼がいつも着ていた上着が私の上にあったため、さらに肌寒そうに見えた。

「どこから持ってきたのよ、それ……」
「家に帰って汲んできた。ユキ、結構寝てたんだよ」

 差し出された瓶に入っていたのは、何の変哲もない水だ。ごくごく飲み干すと、だるさが軽減される。
 どうやら、魔力切れに加えて、脱水症状も起こしていたみたいだ。

「手合わせしてわかったけど、ユキの『戦女神化』はあまりにも不完全な状態だよ。ものすごい力がユキの中でぐるぐる暴れてて、うまく使いこなせてない。このままの状態で使い続けたら、近いうちに身体が壊れちゃう」
「え、ええ? それってどういうことよ」
「ユキの身体に対して、『戦女神化』の源が強すぎるんだ。えっと……ユキって、『戦女神化』に何が必要か知ってるっけ?」
「……あ。なんか、アストラルが含まれてるって」

 夢の中で聞いたカイザーの言葉を思い出す。
 エーテルと、それを超えるアストラルを混合して使う特殊な魔法……それが『戦女神化』だ。少量とはいえアストラルを含んでいると、彼は言っていた。

「アストラルと言っても、クロウリーや他の観測者が使っているものとはちょっと違うんだけど……普通のアストラルよりは害が少ない、似て非なるものなんだ」
「アストラルにも色々な種類があるのね」
「エーテルで例えたら、魔力や生命エネルギーなどに分かれてるようなものだよ。とはいえ、超越的な物質であるという本質は一緒。使いこなせないと、身体が壊れたり自滅しちゃう可能性が出てくるんだ」

 後半の言葉が地味に怖い。まあ、種類が違うからって完全無害になるわけがないよね。
 やはり、多用は避けて、いざとなったときの切り札にするべきかもしれない。敵の観測者だったり最凶最悪の存在だったりを倒す前に、私がやられる。

「ただ、『戦女神化』に使うアストラルは、鍛錬次第でとっても使いやすくなるんだよ」
「……そうなの?」
「まずは、強大な力に身体がついていけるようにするんだ。鍛えているうちに、力の使い方も少しずつ身についてくるから、身体を鍛える以外は深く考えなくて大丈夫だよ」

 ……とにかく鍛えろってことね。なんだかシオンが言いそうなことだ。
 逆に考えれば、それくらい単純な解決方法ってことか?

「どう? できそう?」
「できるかどうかじゃなくて、やるしかないでしょ」

 ベンチから起き上がり、地面に足をつける。身体にかけていたコートはアスタに返した。
 いくら強い力を得ても、使いこなせなきゃ意味はない。強くなって一人で戦えるようになっても、仲間の足を引っ張るようなことにはなりたくないのだ。
 「戦女神化」をマスターするために、まずは身体を鍛えることを第一目標にしよう。あの力は魔法なしでも浮遊できたりするけれど、それにばかり頼るわけにもいかないし────

「そういえば、観測者って魔法なしでも飛べるものなの?」
「え、飛べないよ。ボクがなぜか飛べるだけだよ」
「なんであんただけ?」
「……さあ。それはボクにもわからないんだ」

 元気そうだったアスタの目が急に遠くなる。なんだか意外だった。自分のことは全部知っているように見えていたから。
 まあ、観測者という生き物は大体得体が知れないし、アスタ一人だけが飛べるっていうのもそこまで驚きはしなかったから構わないのだけど。

「それより、これからどうするの? どこで鍛錬するかとか、決まってる?」
「一応、心当たりはあるけど」
「ボクもついていっていい? ユキの成長が見てみたいんだ」
「どうせ断ったってついてくるでしょ」

 コートを羽織る彼は、どうもわくわくしているようだった。無邪気なのか純粋なのか、私にはわからない。

「……あんたって、本当に変わってるわよね」
「そうかな? 友達の成長は、いつ見ても嬉しいもん」

 けれど、嫌いじゃない。自分を認めてくれている、それだけで少し嬉しくなる自分がいる。



 アスタを連れて繁華街へ向かい、宮殿への大通りを通る。ついこの間事件が起こったばかりだというのに、いつも通りの賑わいを取り戻していた。むしろ、普段以上に騒々しい。建物や街灯が装飾され、店の類も特別な装いへと変えられている。
 というのも、このキャッセリアではもうじき、とある行事が開催されるからである。

「ねぇユキ、最高神生誕祭って何?」
「一週間後に開催されるお祭りのことね。年に一回、かつキャッセリアで唯一公式に開催が許可されている大きな祭りなの」

 アスタたちは今年になってここにきたわけだから、知らないのは当然だ。
 最高神生誕祭は、文字通りキャッセリアの最高神であるアイリスの誕生日を祝う祭りである。アイリスの誕生日は四月末、今日でちょうど一週間後になるのである。そこに合わせ、数日にわたって大規模な祭りが開催されるのだ。
 大規模な分、催し物も数多く存在する。スケジュールに余裕を持たないとすべて回り切れないということも平気で起こり得る。ちなみに私もメアたちも、誰もすべてを回り切れたことはない。

「じゃあ、その他の祭りはすべて無許可なの?」
「まあそうなるね。けど、アーケンシェンも何も言わないし、その辺りは暗黙の了解って感じ」
「他にお祭りはないの?」
「それが、公式で開催されるのはこれだけなのよね。他に行事がないわけじゃないけど、大体どっかの一般神が勝手にやってるものばかりだし」

 大昔がどうだったのかは知らないが、少なくとも私が生まれたときにはこのような世界の形になっていた。よりにもよって最高神生誕祭だけは大がかりに開催されているなんてね。

「最高神生誕祭ってことは、アイリスの誕生日を祝うってことでしょ? ボクそれやだー」
「たまに露骨に他人を嫌がるよね、アスタって……」
「だって、アイツ気に食わないんだもん!」

 アイリスの話題になると、アスタは途端に機嫌が悪くなる。出会いが最悪だったこともあるけれど、私はそれ以前の問題なのではないかと思っている。

「まあ、アイリスが気に入らないって部分は私も同意だよ。昔色々あったし────」
「アイリス様がなんですって?」

 すれ違いざまに、冷え切った声が聞こえてきた。黒をベースにした赤い装飾がついた装束に、少し見覚えがあった。
 私よりも背が高い、大人の女性だ。紫のメッシュが入った黒い長髪を揺らして振り返り、赤い瞳を鋭く細めていた。

「あれ? キミはこの間トゥリヤと一緒にいた……ナターシャ?」
「……そうですが」

 アスタ、ナターシャ先生と会ったことあったんだ……夢牢獄事件のときかな。
 そう、すれ違ったときに私たちに声をかけてきたのは、ナターシャ先生だ。彼女はグレイスガーデンの管理者であり、子供たちの先生である。ナターシャ先生は、私やメアが子供だった頃よりももっと昔からグレイスガーデンにいるみたいで、教師の中で一番の古株らしい。

「……ユキアさんですか。お久しぶりですね」
「って、この間会ったばかりじゃないですか! 夢牢獄事件で!」
「……そうでしたっけ」

 ただ、性格が明るくないうえに忘れっぽいという、全然先生に向かないひとである。
 夢牢獄事件でグレイスガーデンの子供たちが失踪したとき、私たちは一度グレイスガーデンを訪れているのに、先生はそのことをあまりよく覚えていないようだった。事件が起きたのはたった半月前のことなのに……。

「……それより、ユキアさん。アイリス様について何か話していたみたいですが」
「え? ああ、最高神生誕祭が近づいているので、ちょっと」
「……そうですか。あと一週間後に開催ですからね。何か催し物などはするのですか?」
「私は何もしませんよ。そういうのを表立ってやる方じゃないですし」
「じゃあ、なぜアイリス様が話題に出ていたのです?」

 普段、先生は無表情で淡々と話すひとで、自分にあまり関わりのない物事に関心がない方だ。仕事でない限り、ひとの事情に首を突っ込んできたりしない。
 だけど、先生の口から繰り返しアイリスの名前が出てくる。表情が少し硬くなっているのも先生らしくない気がした。
 しばらく、私もアスタも口を開かないでいると、ナターシャ先生の口からため息が出た。

「……まあ、別にどうもしませんが。あなたはもう、分別のつく大人でしょうからね」
「は、はぁ……?」
「安心してください。今更、『失敗作』に何かしようとは思いませんので」
「────え?」

 なぜか、胸がちくりと痛む。私の様子の変化を気に留めることもなく、先生は礼をして元の進行方向へ歩いていった。宮殿方面から来たみたいだから……グレイスガーデンに行くのかな。
 アスタはナターシャ先生の行く先をじっと見つめている。子供とは思えないくらい、冷たい目をしていた。

「なんなの、アイツ……ムカつく」
「あ、アスタ。気にしないでいいよ、大丈夫だから」
「ユキはいいの!? あんな言われ方されて────」
「向こうの勝手な言い分だし。気にしたって何にもならないじゃない」

 信じられない、と言いたげに俯いたアスタの拳に、かなり力が入っている。なんとなく気まずくなって、周囲を見渡してみる。
 すると、懐中時計つきの中折れ帽が目に入った。飾られた装飾の陰から顔を少しだけ出して、さっき私たちの前から去っていった人物を見つめている、金髪の少年を見つけた。
 ……明らかに不審者に見えるんだけど。

「あっ、トゥリヤ! 何してるの?」
「あばあぁぁーっ!? な、なんですかっ!?」

 アスタに肩を叩かれた瞬間、赤と緑のオッドアイを大きく見開きながら、大げさに叫んだ。隠密行動していたとは思えないリアクションだった。

「あれ、アスタさん? それにユキアさんも。お出かけですか?」
「いやいや、あんたこそ何してたのよ。めちゃくちゃ不審者に見えてたわよ」
「え、え~……ちょっと、やらなきゃいけないことがあったので~……」

 明後日の方向に視線を泳がせ、あははと苦笑いをしながら誤魔化そうとしている。この子、本当に嘘が下手な気がする。
 アスタはむすっと頬を膨らませながら、トゥリヤを思い切り指さした。

「トゥリヤ、ボクの前で嘘吐いたって無駄だからね! ボク見てたもん、ナターシャのことストーカーしてたでしょ!?」
「ち、違いますよ! あっ、でも違わないかなぁ?」
「どっちなのよ! ていうか、アスタだって他人のことストーカーって言える立場じゃないからね!?」
「あ、それはそうかもしれませんね」
「なんでぇ!? トゥリヤもひどいよぉ!」

 だんだん、周囲の目が奇異なものに変わってきた。大声を出すのはおしまいにして、ある程度声量を下げて話を続けた。

「で? トゥリヤはナターシャ先生をコソコソ追いかけて、何をするつもりだったの?」
「い、一応弁明しますけど、仕事っていうのは本当ですよ? それ以上は何もしませんし」
「特定の神を陰から見つめるってどういう仕事なのさ?」
「色々あるんですよ、アーケンシェンには。あ、でもこのことは他の皆さんには内緒にしてくださいね? 皆さんに余計な心配させたくないので。それではっ!」

 かなり早口な状態で挨拶を終わらせ、全速力で走っていくトゥリヤ────が、しばらく走ったところで思い切りずっこけた。慌てて立ち上がって、ナターシャ先生が消えていった方向へ駆けていく。

「……なんだったんだろうね?」
「知らないわよ。とりあえず、さっさと行こう」

 宮殿への道は、やはり普段以上に賑わっていた。祭りの日が刻々と近づいてきているのを全身で感じる。
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