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第6章「最高神生誕祭」

130話 祭りの傍らで

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 中央都市から、賑やかな音楽と神たちの歓喜の声が聞こえてきた。
 繁華街の入り口にやってくると、楽器を吹いたり叩いたりして鳴らす神たちの姿があった。神々による楽隊のパレードだ。こういう催事のときくらいしか見かけない集団なのだが、その珍しさから現れたときの歓声は凄まじい。私も生誕祭のときくらいしか見ないもので、見かけると思わず目を惹かれてしまう。

「ユキア、アスタ。おはよう」

 繁華街の入り口のそばにある柱に、メアの姿があった。私たちに気づくと、すぐにこちらへ近寄って来た。
 やっぱり、私の姿がいつもと違うことに気づくのが早いもので、きょとんとした顔になったのも近寄ってすぐのことだった。

「ユキア、そんな服持っていたか?」
「ティアルから贈ってもらったの。ほら、この間鍛錬してるって話したでしょ? 戦闘に特化した新しい服を作ってくれたんだー」
「そうなのか。うん、よく似合ってる」

 にっこりと笑うメア。私までなんとなく嬉しくなっちゃう。

「あれ、メアはおしゃれとかしないの?」
「そういうアスタこそ、いつもの服じゃないか」
「ボクは手持ちがこれしかないからいいのー。それに、この服結構気に入ってるし」

 まず、メアにカルデルトのいる診療所へ行きたいことも伝えたが、呆気ないくらい早く了承してくれた。
 とりあえず、一旦宮殿方面まで向かう必要がある。楽隊のパレードを見物している神々の後ろを通りつつ、繁華街を歩いていた。そんな中、楽隊を眺めていた神の中にいた一人に声をかけられた。

「おお、アスタ。それとユキアに、メアだったかえ?」
「げっ」
「あ、カトラスさん! こんにちは」
「こ、こんにちは」

 アスタがわかりやすく嫌そうな顔をしたが、私はちょうど会えて嬉しかったので頭を軽く下げた。
 メアは私の後ろに隠れたが、全然隠れられていない。

「新しい服のネックレス、ありがとうございます! これ、とっても綺麗ですね」
「気に入ってくれたか。それは、つけているだけで魔力の質が上がる優れものでな。わしの魔力を石に込めておるのじゃ」
「カトラスって、アクセサリーまで作れたんだね」
「わしを誰だと思っておるのじゃ? 武器から道具、アクセサリーまで、金属関連ならお手の物じゃよ」

 がっはっは、と豪快に笑うカトラスさん。厳しい印象が強いひとだと思っていたけど、案外気のいいお爺さんみたいだ。
 
「ユキア、お主には申し訳ない思いでいっぱいじゃ。アスタが迷惑をかけておるのではないかえ?」
「いいんですよ、本当に頼りになりますから。迷惑って言ったって、たまに勝手に後をついてくるくらいですし」
「……アスタ?」
「へ、変な目で見ないでよ! ボクはユキが心配なだけだってば!」

 変なところでムキになるのもやめてほしい。誤解されそう。
 アスタってもしかして、カトラスさんのことあまり好きじゃないのかな?

「まあ、そこはあまり気にせんでくれ。アスタの昔からの癖みたいなものじゃ」
「……癖?」
「決して悪意があってやっているわけではない。昔だって、初代最高神の後をついて回ってばかりで────」
「あーあーあー!! カトラス黙ってぇ!!」

 アスタが大声でカトラスさんの言葉を遮ったので、最後まで聞けなかった。さっきから、何をそんなムキになっているんだろう。

「色々大変じゃろうが、これからも仲良くしてやっとくれ。わしはこれから向かうところがあるのでな、ここで失礼させてもらうわい」
「どこ行くのさ?」
「デウスプリズンじゃ。アスタ、あまり迷惑をかけるんじゃないぞ」
「わかってるってば! いちいちうるさいなぁ!」

 苦笑いしながら立ち去っていくカトラスさんを見送ってから、私たちは元々進んでいた方向へ歩みを再開する。
 その間、私の後ろでメアとアスタが話しているのが聞こえてきた。

「アスタ、カトラスさんと知り合いだったんだな」
「知り合いっていうか、ただの腐れ縁だよ」
「それより、本当にユキアに余計なことしていないだろうな? 不埒な真似をしたら、今度こそ銃で頭をぶち抜くからな」
「な、何言ってるの!? というかメア、ボクのこと許したんじゃなかったの!?」
「それとこれとは話が別だ」

 ……本当に仲良くなったのかなぁ、この二人。



 繁華街を抜けると、少しだけ神の数が減ってきた。最高神生誕祭ということで、宮殿の方も多少は賑わっているが、催し物や店が設置されている繁華街よりは静かな方だ。
 診療所にやってきた私たちは、カルデルトを呼ぼうとドアを叩こうとした────が、先にカルデルトがドアを開けた。

「よぉ。入れ」
「えっ? ……酒臭っ! カルデルト、あんた酒飲んだでしょ!?」
「昨日ちょっと飲み過ぎてな……とりあえず、早く入ってくれ」

 酔っ払っている……というほどでもなさそうだ。顔色自体はあまり変わっていないし、性格もまったく豹変していない。
 言われた通り、私たちは診療所へ足を踏み入れた。普段は消毒液の匂いが強いのに、今日は酒の匂いがひどい。どちらも本質的には似た匂いではあるけれど。
 カルデルトは診察室の奥へ行ったので、私たちもついていった。そこには、書類や本、筆記用具が乱雑に置かれた机や、分厚い本が敷き詰められた本棚などがあった。
 ここはカルデルトの部屋みたいなところだ。やはり普段から忙しくしているのか、簡易ベッドも設置してある。
 カルデルトは机のそばに置かれた大きな椅子にもたれかかり、ふぅと息をついた。

「それで、えーと……ああ、アスタが魔物の対処法を考えてほしいとか言ってたんだっけか」
「そうだよっ。飲みに行ったり諸々の用事で、全然都合つかなくて困ってたよ」
「悪かったな……酒を飲みながらちょいと考えていたことがあるんだが。アスタ、お前さんの武器を貸せ」
「え? いいけど……」

 アスタが懐から金色の短剣を引き抜き、カルデルトに手渡した。特に表情を変えることなく、短剣をあらゆる角度から見回す。

「ふむ……なるほど。この金属、若干アストラルが含まれているんだな」
「そうみたい。星幽術はともかく、短剣も効かないのってそのせいだと思うんだけど」
「おいおい、自分の武器の詳細も把握してねぇのかよ」
「わかってないことも多いんだよ。ボクが作ったものじゃないし」
「だとすると……ちょっと待ってろ」

 カルデルトが重い腰を上げるように、のっそり立ち上がる。本棚の横にある白い薬品棚を開け、中から白い薬瓶を取り出したと思ったら。

「これ使ってみろ。ほれ」

 なんと、アスタに向かって放り投げた。アスタはアスタで、短剣を片手に持っている状態でもしっかりキャッチしていた。

「危ないなー! これなに?」
「エーテル剤だ。ジェルタイプ」

 ……えーてるざい? なにそれ、私知らない。
 ちょっとメアの方に顔を向けてみるが、首を横に振られた。

「メアの事件のときにいろいろと発想を得たから、個人的に試作した。これは文字通り、エーテルを凝縮させて固体に近づけたものだ。魔物にアストラルは効かないが、エーテルは効くからそれを使ってみたらどうだ」

 つまり、アストラルを含んだ金属の表面にエーテルでできた薬を塗った状態ならば、魔物にアスタの攻撃が通る可能性がある……ということか。
 言ってしまえば刃に毒を塗るようなものだろう。魔物にとって、神の攻撃には弱いみたいだから。
 
「……ということは、これをいちいち短剣に塗って使えと?」
「そーゆーこった」
「めんどくさっ!」
「あらかじめ塗っておくか、隙を見て塗って使うしかないかもな。今の俺の技術じゃ、そのくらいしかしてやれん」
「そ、そっか。ありがとう、カルデルト」

 薬を受け取って懐にしまい、短剣も一緒に納めた。
 というか、アスタもいろいろ気にしてたんだな。自分の攻撃が魔物に効かないということ、それなりに思い詰めていたらしい。
 なぜそう思ったのかというと、薬をポケットに入れたアスタの顔が、どことなくほっとしたように見えたから。

「もう少し早く手に入ってたら、もっとよかったけどね……」
「アスタ?」
「あっ、ううん! それよりユキ、メア。お祭りに行こうよ」
「そうだな。用事が終わったなら、ある程度回ってからシオンたちと合流しよう」

 それもそうだけど、私はまだトルテさんにお礼を言えていない。三人で回るときか、シオンたちと合流した後で、トルテさんのカフェに行きたい。
 などと、私たちは祭りの予定を軽く組み立てているのだが、カルデルトは部屋の椅子にまた座り直して動こうとしなかった。

「カルデルトはお祭り行かないの?」
「俺はパス。開祭式も半分死にかけた状態で出たんだよ。明日の閉祭式まで休ませろ」
「えっ、開祭式ってそんなにハードなの?」
「朝一の催事だから早朝にやってたんだよ。特に面白くもないし、好き好んで見に来る奴も少ねぇんだ」

 それ、曲がりなりにもアーケンシェンである男がいうセリフじゃないでしょ。
 ティアルにも言ったけれど、私もアイリスの長ったらしい挨拶とか、特に興味もない演説なんて聞きたくないから、開祭式をきちんと見た記憶はない。

「開祭式は盛り上がらないのに、祭り自体はそこそこ盛り上がるんだね」
「そりゃそうさ、みんなどんちゃん騒ぎが好きだからなぁ。……ああそうだ。メア、祭りが終わってからでいいんだが、またちょっと診療所に来てくれないか」
「え? なぜだ」
「黒幽病が再発していないかどうか、少し気になったんだ。夢牢獄事件のときに気絶してたし、心配なんだよ」

 メアは少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
 十年前から、私も含め何かとカルデルトにはお世話になりっぱなしだ。大人になった今も、こうして頼ることになろうとは思いもしなかったけれど。

「とりあえず、生誕祭はお前らだけで楽しんでこい。俺は陰から見ているだけで十分だ」
「そっか。じゃあ行こう、ユキ、メア」

 アスタが頷き、私とメアの手を引いて部屋から出ていく。これ以上長居しても仕方ないし、診療所を出て再び繁華街へ向かうことにした。
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