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第6章「最高神生誕祭」

133話 確執

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「やっぱり、セルジュだ。おれのこと、覚えていたんだな」

 その言葉に、セルジュが肩を震わせながら駆け出す。ジュリオの胸の中へと。

「忘れるわけないよっ! ぼくだって、にーさんに忘れられたんじゃないかって、ずっと心配だったんだよ!?」
「おれがお前を忘れるわけない。たった一人の家族なんだから」

 ジュリオもまた、自分にしがみついてすすり泣くセルジュを、優しく抱きしめていた。
 それにしても……ジュリオのことは初めて見たはずなのに、なんだか声に聞き覚えがある。そう遠くない昔に似たような声を聞いたような。
 
「あっ、クリム先輩、アイリス様! ごめんなさい、ちょっとだけ……」
「ううん、大丈夫。久しぶりに会ったんだから、二人だけで楽しんできたら? ねぇ、アイリス様?」
「あ……そ、そうじゃの」

 せっかくの兄弟の再会に、水を差すのは野暮であろう。僕たちは大人しく身を引こう。
 ジュリオは無言で笑いかけてきただけで、再びセルジュに視線を戻した。

「えへへ、ありがとうございます! ねぇにーさん、久しぶりに二人でお祭り楽しもうよ!」
「ああ……そうだな。久しぶりだから、お前が案内してくれるか」
「もちろんだよ! それじゃ、失礼します!」

 セルジュはジュリオを路地裏から引っ張り出し、繁華街へと楽しそうに歩いていく。僕たちは、二人の片翼の天使の背中を、ひと混みで見えなくなるまで見送った。

「あんなに嬉しそうなセルジュ、初めて見ました。家族と再会できたって、素晴らしいことですね」
「…………そうじゃのう」
「アイリス様?」

 二人が去った方向を見据えているアイリス様は、いつの間にか厳しい顔つきになっていた。

「クリム。あのジュリオという神……どこか、冷たい目をしておった。お主と妾に対してだけじゃが」
「え? さ、さすがにそれは気のせいではないですか」
「セルジュの兄だからと言って、油断してはならん。反乱分子になって帰って来た、という可能性だってあるじゃろう」

 反乱分子って────いくらなんでも、それは悪くとりすぎだ。
 最近、事件が多かったせいで、アイリス様は疑心暗鬼になっておられるのではないか?

「どうして。二人はただ、百年ぶりに再会しただけじゃないですか。それ以外、何があると言うのですか」
「……クリム。この祭りでも事件が起きたら、解決するのはお主の役目じゃぞ。罪人に情をかけては────」
「わかってます。何か起きたときには、僕が責任を持って解決しますから」

 自分の拳をぎゅっと握りしめて、言葉を遮ってしまう。
 当然、事件が起きない確証なんてどこにもない。甘いと言われても無理はない。
 アイリス様は、僕が甘さを捨てて冷酷に振る舞うことを望んでおられる。それが断罪神としての理想の姿だからだ。

「少し嫌な予感もするし、妾は宮殿に戻る。祭りを見るついででいいから、アリアを探しておいてくれ」
「……はい」

 来た道を戻り、宮殿へと向かうアイリス様の背中。百年前、僕にクロウを殺せと命じたときと、全然変わっていなかった。

「あれ~、クリムさんじゃないっスか! ち~っす!」

 今度は一体誰が話しかけてきたんだ、と思ったら。金色のバイクを押している男と、バイクの後ろにいるピエロがいる。

「オルフ君? それにルマンさんとラケ……レイチェルさん」
「あっ、こんにちは~。クリム様」
『さっきまで、誰かと話していたみたいだな。邪魔をしてすまない』
「あ……いや、大丈夫だよ」

 それより、なんだかオルフ君とレイチェルさんの顔が、いつもより赤く見える。おまけに、不自然なくらいニコニコ笑っている。

「あの、オルフ君とレイチェルさん、どうしたんだい?」
「それがですねぇ~、トルテさんの限定スイーツ、オレっちとレイ隊長で食べてきたんスよ~。それはもう絶品でした! なんなら今まで食べたお菓子で一番美味かったっス!」
「うんうん。レイは初めて食べたんだけど、食べた瞬間すごく幸せな気分になったんだ。マロンも食べられなかったのは残念だね」
『別に、ボクは食べたいなんて一言も言ってないけどな』

 ああ、セルジュが食べられなかった限定スイーツとやらに、この二人はしっかりありつくことができたんだな。それは何より。
 セルジュは、ジュリオと一緒にスイーツを食べに行くのかな。それとも、また別のものを見に行っているのかな。二人が今頃どう過ごしているのか、少なからず気になっている。

『……クリム。ちょっといいか』
「うん? どうしたの、ルマンさん」

 僕を呼ぶ声にしては、あまりにも小声だった。できるだけバイクに耳を寄せて、声をしっかり聞き取れるようにする。

『限定スイーツを食べてから、オルフとレイチェルの様子がおかしいんだ』
「え? まあ、確かに顔がちょっと赤いけど……」
『それもあるが、二人の言動が妙に陽気というか、ハイテンションすぎる。レイチェルがクリム相手にすらすら話せるわけがないんだ』
「……それ、僕が怖い奴みたいに聞こえるじゃないか」

 今、こうしてルマンさんとひそひそ話をしている状態なのに、オルフ君もレイチェルさんも特に気にしていない。二人だけでとても楽しそうに話をしている。

『だから、申し訳ないがトルテのカフェを調べてみてくれないか。何もないならそれで構わないから』
「うん、わかった」

 三人から離れ、僕は繁華街へと走る。カフェへ向かう間、僕は周りの神たちに目を向ける。
 多くの神には、特に異常は見られない。普通に祭りを楽しんでいる様子だ。しかし、その普通に混じって、少し違和感を覚える神もいる。そのひとたちはすべて、顔が赤く、鬱陶しいくらいハイテンションになっている者たちだ。
 なんだか、僕も嫌な予感がする。焦燥感が激しくなるのを抑えながら走っていると、路地裏から緋色の長髪が躍り出た。

「おいっ、クリム! アリアとトゥーリ見てないか!?」
「ティアル? 開会式終わってから見てないけど……ティアルは魔特隊の任務じゃなかったの?」
「私のことはいいんだ! 二人の居場所を把握してくれないか!? 散り散りなのはまずい!」

 ティアルはひどく焦っており、周りに遠慮しようともせずに大声を上げる。一応諫めるも、動揺しているティアルには届かない。
 開会式が終わってから、僕たちはすぐに解散した。それぞれ仕事があったり、個人的に行きたいところがあったからだ。僕はみんながどこに行くつもりだったのか、何も知らない。

「私は魔特隊のみんなと一緒にやることがある。お前にだけは伝えたくて、からがら抜けてきたところなんだよ。じゃあ、あとはよろしくな────」
「ちょっと、ティアル!」

 また路地裏へ姿を消していったので、追おうとしたが踏みとどまる。今、僕がやるべきことはティアルを追いかけることじゃない。
 カフェの異変に、アリアとトゥリヤの行方に、アイリス様の身の安全……考えることが多すぎる。優先順位を決めないと、僕一人では立ち回れない。

「クリム! こんなところで何をしているのですか?」

 カフェに向かって走り出すと、繁華街方面からヴィータが単身走ってきた。デウスプリズンにいなくても大丈夫なのか、と聞こうとしたが、先にヴィータが言葉を続けた。

「何かあったんですよね。詳細を教えてください」
「な、なんでわかるの?」
「時間がないのでしょう? わたしも手伝います」

 早口でまくし立てるように言いながら、両手で抱えていた本を僕に差し出した。それは本を模した器具である原罪の記録書だ。デウスプリズンに置きっぱなしにしていたのを、今まで忘れていた。
 本を受け取り、ヴィータにやってもらいたいことを考える。カフェの件は、ルマンさんから直接依頼された僕が確認するべきだろう。その他なら、ヴィータでもきっとこなせるはずだ。

「じゃあ、アリアとトゥリヤを探してくれる? 開会式が終わってから姿が見えないんだ」
「なるほど、了解です」
「それから、念のためアイリス様の様子も気にかけてくれるかい? 僕はこれからカフェに行って調査しなきゃいけないんだ」
「はい。お気をつけて」

 話の理解が早くて助かった。交わす言葉もそこそこに、ヴィータは宮殿へ単身走っていく。どう行動するかは、頭の回転が速い彼女に任せても問題ないだろう。
 僕もヴィータを見送ることはせず、すぐにカフェへと向かった。
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