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第6章「最高神生誕祭」
135話 蘇る悪夢
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失敗作、という言葉を引き金に、カフェ中の視線が私に集まる。みんな顔が赤くなっていたが、笑っているのは口だけだ。誰もが目は大きく見開かれたままで、笑っていない目で私を見つめている。
どうして見られているのか、まったく理解できなかった。誰も動かぬまま、時間だけが過ぎていく。
「……何を言っているんだ、二人とも」
「ユキア、聞いちゃダメだ! ケーキを食べた全員、おかしくなってる!」
メアとクリムの声が遠く感じた。自分が今どこにいるのかわからなくなっている感じがしている。
「シ、シオン、ソル? どうしてそんなこと言うの?」
「だって、お前は落ちこぼれだろ。固有魔法すら発現できなかった失敗作」
「こ、固有魔法なんてすべての神が持っているわけじゃないでしょ。発現したらラッキーってものじゃない」
「それは普通の神であればの話。ユキア、君は発現しなきゃいけなかったんだよ」
目を見開き、口だけを笑った形にしたまま言葉の刃を突き刺してくる。見えない刃で攻撃してくるのは、二人だけじゃなかった。
「最高神の後継者たる資格を持つ神が、固有魔法すら持てないようじゃあねぇ」
「誇れるのは魔力量だけ。そんなのは当たり前だ」
「おまけに最高神へ反抗するような思想まで持ち合わせて。失敗作というレベルじゃない」
「反乱分子だな、反乱分子」
「グレイスガーデンの事件で死ぬべきだったのは、あの女の子じゃなくてお前だったんだよ」
知らない神の言葉まで聞こえてきて、脳裏に嫌な記憶が蘇ってきた。なぜか身体から力が抜けて、その場に崩れ落ち膝をつく。
どうして……怖い。今まで経験したことのない恐怖が、私を襲う。
────いや、違う。身体を侵食してくるこの感覚を知っている。
忘れていただけだ。忘れさせられていたんだ。
見知った教室。朝なのに、ほんの少し暗かった。
落書きされた机。大量に書かれた悪口。机にしまっていた教科書はボロボロにされていた。
昨日まで仲良くしていた子たちが、わたしをヒソヒソ話しながら見ている。どうしたらいいのかわからなかったわたしを、みんなが取り囲む。
わたしを捕まえて、殴って、蹴って、悪口をいっぱい浴びせてきて────わたしを掟破りだと、反乱分子だと罵ってきた。
誰の役にも立てないわたしなんて、いらないって言われた。
どうすることもできずにいたら、メアが飛んできて、クラスの中心人物だった女の子の頭を撃った。
それから、教室が血の海に沈んだ。覚えているのはそれだけだ。
あのときだけは、正直死にたかった。自分のことしか考えられなかった。生きるにはあまりにも苦しかった。
なぜ、わたしは生きているのだろう。
苦しんでまで必死に生きて、生きて、生きて────その先に、何があるというの?
だから死んでしまいたかった。けれど、周りがそうさせてはくれなかった。
脳裏に蘇った記憶が再生され、ふと我に返る。私が生きてきた中で、一番つらい記憶だった。
そうだ────私、余計なことを考えて、余計なことをしたせいで、学校でいじめられて。私をいじめた女の子は、殺された。
「ユキア、何も聞くな! こいつらの言うことは全部嘘だ!!」
メアが正気を失った私の肩を掴んだ。でも、私にはその手すら重く感じられた。
だって、メアを神殺しにしたのは、私だ。今ならはっきりとそのときの気持ちを思い出せる。
私は記憶を失っていることを免罪符に、死んだ女の子の命を軽く見ていたんだ。今まではっきり思い出せなかったから、他人事のように感じていただけだ。そんな自分がたまらなく許せない。
狼狽えている暇なんて微塵もないのに。忘れかけていた心の傷が、どんどん広げられる。
私のせいで、ひとが死んだ。私のせいで、友達に罪を背負わせてしまった────
「始末しなきゃ」
「アイリス様の役に立たないものは処分だ」
「処分だ、処分」
ケーキを食べた者たちから一切の感情が消え、一斉に立ち上がって各々の武器を召喚し始めた。
戦斧、剣、弓、槍、杖、銃────思いつく限りの凶器が、すべて私に向けられる。
『死ねよ、失敗作の反乱分子』
刃が振りかざされ、槍を突き出され、引き金を引かれそうになった。
「〈風よ、我が敵を斬り裂け〉!」
私に向かってくるはずだった攻撃は、全部風の刃で吹き飛ばされた。武器だけじゃなく、カフェ中のカトラリーや装飾品までごちゃまぜにして宙を舞った。
私が元いた席にいるクリムが、ガラスの剣を片手に魔法を放っていたのだ。
「メア、ユキアを厨房に連れて行って!」
「わかってる、ここは任せた!」
メアが私の手を引いて、厨房のある方向へと走る。クリムが席から飛び上がり、正気を失った神たちを相手取る。
厨房の入口にやってきたところで、身体の力が抜けてしまった。転びそうになった私の身体を、メアが支えてくれた。
「もう大丈夫だ、ユキア。あいつらはクリムが食い止めてくれる」
「ユキ、メア! どうしたの!?」
なぜか、カフェの裏口からアスタとステラが走ってきた。二人も少なからず、異変に気づいている。
身体から寒気が抜けなかった。まだ自分が興奮しているのがわかる。
「トルテさんの限定スイーツを食べたひとが……みんな、おかしくなったの。シオンとソルも……」
「えっ……おにーちゃんたちが? どういうことなの?」
それ以上は、何も言えなかった。特に、ステラには知られたくない。
今まで、どうしても思い出せない記憶があった。その記憶が蘇ったのを自覚しているから、こんなに動じているのだ。少し前なら、失敗作と言われる程度でここまで狼狽えることなんてなかったのに。
「ユキ、厨房のみんなも様子が変だったよ」
「ど、どういうこと? トルテさん、いるんだよね?」
「いるにはいるけど、ボクやルナステラの言葉にも反応しないで、無言でケーキを作り続けてるんだ」
厨房の入り口には扉がなく、わざわざ入らなくても様子を見ることはできる。私は入り口からトルテさんの姿を探す。
トルテさんは、確かに厨房の中でケーキを作っていた。顔が赤くなっているわけでもなく、ただ無表情でケーキを生産し続けているようだった。
「トルテさん、もうケーキは作っちゃダメ! みんながおかしくなってる!」
「…………」
「私がわからないの、トルテさん!? ユキアだよ!」
近寄って声をかけても、全然返事が返ってこない。ケーキを作る手を止めようとしないどころか、私にぶつかってでも移動しては、工程を進めるばかりだ。
これではまるで、お菓子を作る機械だ。
「きゃあああぁぁっ!?」
厨房の外から悲鳴が聞こえて、身体が自然と動く。ステラが恐怖のあまり、メアの後ろに隠れて叫び声を上げていたのだ。
「こんなところにもいやがったか、出来損ない! 死ねぇ!!」
「どっちが出来損ないだよ! あっち行け!」
ステラに屈強な拳を振り下ろそうとした男を、アスタが飛び膝蹴りで吹っ飛ばした。ステラの前には、メアが銃を片手に立ち塞がってくれている。
拳を振り下ろそうとした男の他にも、数は減っているが神たちが迫ってくる。
「失敗作共め……早く処分しないと」
奴らが武器を振り上げようとしたところで、風の刃によって周辺の神たちが吹き飛ばされる。なお暴れようとする神たちを、クリムが背後から斬りつけた。
心なしか、肩で息をしているように見える。
「クリム、何をしているんだ! これじゃ多勢に無勢だぞ」
「わかってる、でもこんな狭い場所じゃろくに戦えやしない!」
なら、おかしくなっている神たちを外に引き付ける方が早いかもしれない。だが、それでステラに危険が及ぶ可能性が浮上してしまった。
やがて、カフェの裏口から足音が聞こえてきた。運び神の制服を着たミルクティーブラウンの髪の少年が、私たちの様子を視界に捉えひどく驚いていた。
「あんたたち、何してんだ!?」
「レーニエ君! ユキアたちを連れて街から離れて!」
「クリムさん……!? トルテはどこに行ったんだよ!?」
「トルテさんは厨房! 様子がおかしいから一緒に連れて行って!」
クリムにレーニエと呼ばれた男の子は、躊躇しつつも頷いて厨房に走り込んだ。機械的にケーキを作り続けるトルテさんの身体を無理やり脇に抱え、裏口に向かって走り出る。トルテさんは暴れることもせず、ただレーニエ君に抱えられたままだ。
私たちも彼の後に続こうとしたところ、メアがステラを私に預けようとする。
「ユキア、ステラとアスタと一緒に逃げてくれ。私もクリムに加勢する」
「メアおねーちゃん、危ないよ! 一緒に行こうよ!」
「私なら大丈夫だ。それに……ユキアとステラを侮辱した奴らを、叩き潰さないと気が済まない」
殺意を微笑みで隠しながら、ステラの手を私に握らせる。ステラは不安そうに、私とメアを見上げていた。
「いつまで話してんだよ! 早くっ!」
「メアおねーちゃん!!」
レーニエ君の怒鳴り声を皮切りに、メアが走り出す。私たちも、ほとんど反射的に裏口へと一直線に向かう。ステラが泣きじゃくりながらメアを呼び続けるが、私はステラの手を引いて逃げるしかなかった。
裏口は路地裏に繋がっており、あまりよく知らない道だった。レーニエ君が先行しているので、彼についていき逃がしてもらうことにする。
しかし、レーニエ君は表通りの方へ向かっている。私よりも先に、アスタが声を上げた。
「ちょっと、表は危ないよ!」
「仕方ないだろ、俺の固有魔法は広い場所でしか使えないんだよ!」
やがて、表通りが目に入った。祭りで賑わう繁華街が、今となってはとても恐ろしく感じられた。
なぜなら、あの中にも限定スイーツを食べた神が何人もいて────そいつらが私とステラを見つけたら、カフェでの出来事が繰り返されてしまうから。
「急いで乗れよ、『クラリティー・キャリッジ』!」
表通りに出てすぐ、レーニエ君から銀色の魔力が放たれる。銀色の馬車が現れ、レーニエ君は私にトルテさんを預けて馬車の運転台に飛び乗った。
だが、やはり馬車がいきなり現れると目立つ。繁華街の神たちの目を惹き、挙句の果てにその中で誰かが冷たい目つきになった。
「……おい、いるぞ」
「失敗作だ、失敗作」
「逃がすな!」
限定スイーツを食べたとみられる者だけが、私たちを血眼で追いかけてこようとした。
私たちが客車に乗り込んですぐに、馬車が動き出す。馬車が浮かび、空中へと突き進みそうになったところ、銀色に輝くの異空間が現れ、その中へ入り込んだ。
どうして見られているのか、まったく理解できなかった。誰も動かぬまま、時間だけが過ぎていく。
「……何を言っているんだ、二人とも」
「ユキア、聞いちゃダメだ! ケーキを食べた全員、おかしくなってる!」
メアとクリムの声が遠く感じた。自分が今どこにいるのかわからなくなっている感じがしている。
「シ、シオン、ソル? どうしてそんなこと言うの?」
「だって、お前は落ちこぼれだろ。固有魔法すら発現できなかった失敗作」
「こ、固有魔法なんてすべての神が持っているわけじゃないでしょ。発現したらラッキーってものじゃない」
「それは普通の神であればの話。ユキア、君は発現しなきゃいけなかったんだよ」
目を見開き、口だけを笑った形にしたまま言葉の刃を突き刺してくる。見えない刃で攻撃してくるのは、二人だけじゃなかった。
「最高神の後継者たる資格を持つ神が、固有魔法すら持てないようじゃあねぇ」
「誇れるのは魔力量だけ。そんなのは当たり前だ」
「おまけに最高神へ反抗するような思想まで持ち合わせて。失敗作というレベルじゃない」
「反乱分子だな、反乱分子」
「グレイスガーデンの事件で死ぬべきだったのは、あの女の子じゃなくてお前だったんだよ」
知らない神の言葉まで聞こえてきて、脳裏に嫌な記憶が蘇ってきた。なぜか身体から力が抜けて、その場に崩れ落ち膝をつく。
どうして……怖い。今まで経験したことのない恐怖が、私を襲う。
────いや、違う。身体を侵食してくるこの感覚を知っている。
忘れていただけだ。忘れさせられていたんだ。
見知った教室。朝なのに、ほんの少し暗かった。
落書きされた机。大量に書かれた悪口。机にしまっていた教科書はボロボロにされていた。
昨日まで仲良くしていた子たちが、わたしをヒソヒソ話しながら見ている。どうしたらいいのかわからなかったわたしを、みんなが取り囲む。
わたしを捕まえて、殴って、蹴って、悪口をいっぱい浴びせてきて────わたしを掟破りだと、反乱分子だと罵ってきた。
誰の役にも立てないわたしなんて、いらないって言われた。
どうすることもできずにいたら、メアが飛んできて、クラスの中心人物だった女の子の頭を撃った。
それから、教室が血の海に沈んだ。覚えているのはそれだけだ。
あのときだけは、正直死にたかった。自分のことしか考えられなかった。生きるにはあまりにも苦しかった。
なぜ、わたしは生きているのだろう。
苦しんでまで必死に生きて、生きて、生きて────その先に、何があるというの?
だから死んでしまいたかった。けれど、周りがそうさせてはくれなかった。
脳裏に蘇った記憶が再生され、ふと我に返る。私が生きてきた中で、一番つらい記憶だった。
そうだ────私、余計なことを考えて、余計なことをしたせいで、学校でいじめられて。私をいじめた女の子は、殺された。
「ユキア、何も聞くな! こいつらの言うことは全部嘘だ!!」
メアが正気を失った私の肩を掴んだ。でも、私にはその手すら重く感じられた。
だって、メアを神殺しにしたのは、私だ。今ならはっきりとそのときの気持ちを思い出せる。
私は記憶を失っていることを免罪符に、死んだ女の子の命を軽く見ていたんだ。今まではっきり思い出せなかったから、他人事のように感じていただけだ。そんな自分がたまらなく許せない。
狼狽えている暇なんて微塵もないのに。忘れかけていた心の傷が、どんどん広げられる。
私のせいで、ひとが死んだ。私のせいで、友達に罪を背負わせてしまった────
「始末しなきゃ」
「アイリス様の役に立たないものは処分だ」
「処分だ、処分」
ケーキを食べた者たちから一切の感情が消え、一斉に立ち上がって各々の武器を召喚し始めた。
戦斧、剣、弓、槍、杖、銃────思いつく限りの凶器が、すべて私に向けられる。
『死ねよ、失敗作の反乱分子』
刃が振りかざされ、槍を突き出され、引き金を引かれそうになった。
「〈風よ、我が敵を斬り裂け〉!」
私に向かってくるはずだった攻撃は、全部風の刃で吹き飛ばされた。武器だけじゃなく、カフェ中のカトラリーや装飾品までごちゃまぜにして宙を舞った。
私が元いた席にいるクリムが、ガラスの剣を片手に魔法を放っていたのだ。
「メア、ユキアを厨房に連れて行って!」
「わかってる、ここは任せた!」
メアが私の手を引いて、厨房のある方向へと走る。クリムが席から飛び上がり、正気を失った神たちを相手取る。
厨房の入口にやってきたところで、身体の力が抜けてしまった。転びそうになった私の身体を、メアが支えてくれた。
「もう大丈夫だ、ユキア。あいつらはクリムが食い止めてくれる」
「ユキ、メア! どうしたの!?」
なぜか、カフェの裏口からアスタとステラが走ってきた。二人も少なからず、異変に気づいている。
身体から寒気が抜けなかった。まだ自分が興奮しているのがわかる。
「トルテさんの限定スイーツを食べたひとが……みんな、おかしくなったの。シオンとソルも……」
「えっ……おにーちゃんたちが? どういうことなの?」
それ以上は、何も言えなかった。特に、ステラには知られたくない。
今まで、どうしても思い出せない記憶があった。その記憶が蘇ったのを自覚しているから、こんなに動じているのだ。少し前なら、失敗作と言われる程度でここまで狼狽えることなんてなかったのに。
「ユキ、厨房のみんなも様子が変だったよ」
「ど、どういうこと? トルテさん、いるんだよね?」
「いるにはいるけど、ボクやルナステラの言葉にも反応しないで、無言でケーキを作り続けてるんだ」
厨房の入り口には扉がなく、わざわざ入らなくても様子を見ることはできる。私は入り口からトルテさんの姿を探す。
トルテさんは、確かに厨房の中でケーキを作っていた。顔が赤くなっているわけでもなく、ただ無表情でケーキを生産し続けているようだった。
「トルテさん、もうケーキは作っちゃダメ! みんながおかしくなってる!」
「…………」
「私がわからないの、トルテさん!? ユキアだよ!」
近寄って声をかけても、全然返事が返ってこない。ケーキを作る手を止めようとしないどころか、私にぶつかってでも移動しては、工程を進めるばかりだ。
これではまるで、お菓子を作る機械だ。
「きゃあああぁぁっ!?」
厨房の外から悲鳴が聞こえて、身体が自然と動く。ステラが恐怖のあまり、メアの後ろに隠れて叫び声を上げていたのだ。
「こんなところにもいやがったか、出来損ない! 死ねぇ!!」
「どっちが出来損ないだよ! あっち行け!」
ステラに屈強な拳を振り下ろそうとした男を、アスタが飛び膝蹴りで吹っ飛ばした。ステラの前には、メアが銃を片手に立ち塞がってくれている。
拳を振り下ろそうとした男の他にも、数は減っているが神たちが迫ってくる。
「失敗作共め……早く処分しないと」
奴らが武器を振り上げようとしたところで、風の刃によって周辺の神たちが吹き飛ばされる。なお暴れようとする神たちを、クリムが背後から斬りつけた。
心なしか、肩で息をしているように見える。
「クリム、何をしているんだ! これじゃ多勢に無勢だぞ」
「わかってる、でもこんな狭い場所じゃろくに戦えやしない!」
なら、おかしくなっている神たちを外に引き付ける方が早いかもしれない。だが、それでステラに危険が及ぶ可能性が浮上してしまった。
やがて、カフェの裏口から足音が聞こえてきた。運び神の制服を着たミルクティーブラウンの髪の少年が、私たちの様子を視界に捉えひどく驚いていた。
「あんたたち、何してんだ!?」
「レーニエ君! ユキアたちを連れて街から離れて!」
「クリムさん……!? トルテはどこに行ったんだよ!?」
「トルテさんは厨房! 様子がおかしいから一緒に連れて行って!」
クリムにレーニエと呼ばれた男の子は、躊躇しつつも頷いて厨房に走り込んだ。機械的にケーキを作り続けるトルテさんの身体を無理やり脇に抱え、裏口に向かって走り出る。トルテさんは暴れることもせず、ただレーニエ君に抱えられたままだ。
私たちも彼の後に続こうとしたところ、メアがステラを私に預けようとする。
「ユキア、ステラとアスタと一緒に逃げてくれ。私もクリムに加勢する」
「メアおねーちゃん、危ないよ! 一緒に行こうよ!」
「私なら大丈夫だ。それに……ユキアとステラを侮辱した奴らを、叩き潰さないと気が済まない」
殺意を微笑みで隠しながら、ステラの手を私に握らせる。ステラは不安そうに、私とメアを見上げていた。
「いつまで話してんだよ! 早くっ!」
「メアおねーちゃん!!」
レーニエ君の怒鳴り声を皮切りに、メアが走り出す。私たちも、ほとんど反射的に裏口へと一直線に向かう。ステラが泣きじゃくりながらメアを呼び続けるが、私はステラの手を引いて逃げるしかなかった。
裏口は路地裏に繋がっており、あまりよく知らない道だった。レーニエ君が先行しているので、彼についていき逃がしてもらうことにする。
しかし、レーニエ君は表通りの方へ向かっている。私よりも先に、アスタが声を上げた。
「ちょっと、表は危ないよ!」
「仕方ないだろ、俺の固有魔法は広い場所でしか使えないんだよ!」
やがて、表通りが目に入った。祭りで賑わう繁華街が、今となってはとても恐ろしく感じられた。
なぜなら、あの中にも限定スイーツを食べた神が何人もいて────そいつらが私とステラを見つけたら、カフェでの出来事が繰り返されてしまうから。
「急いで乗れよ、『クラリティー・キャリッジ』!」
表通りに出てすぐ、レーニエ君から銀色の魔力が放たれる。銀色の馬車が現れ、レーニエ君は私にトルテさんを預けて馬車の運転台に飛び乗った。
だが、やはり馬車がいきなり現れると目立つ。繁華街の神たちの目を惹き、挙句の果てにその中で誰かが冷たい目つきになった。
「……おい、いるぞ」
「失敗作だ、失敗作」
「逃がすな!」
限定スイーツを食べたとみられる者だけが、私たちを血眼で追いかけてこようとした。
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