ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

文字の大きさ
137 / 276
第6章「最高神生誕祭」

135話 蘇る悪夢

しおりを挟む
 失敗作、という言葉を引き金に、カフェ中の視線が私に集まる。みんな顔が赤くなっていたが、笑っているのは口だけだ。誰もが目は大きく見開かれたままで、笑っていない目で私を見つめている。
 どうして見られているのか、まったく理解できなかった。誰も動かぬまま、時間だけが過ぎていく。

「……何を言っているんだ、二人とも」
「ユキア、聞いちゃダメだ! ケーキを食べた全員、おかしくなってる!」

 メアとクリムの声が遠く感じた。自分が今どこにいるのかわからなくなっている感じがしている。

「シ、シオン、ソル? どうしてそんなこと言うの?」
「だって、お前は落ちこぼれだろ。固有魔法すら発現できなかった失敗作」
「こ、固有魔法なんてすべての神が持っているわけじゃないでしょ。発現したらラッキーってものじゃない」
「それは普通の神であればの話。ユキア、君は発現しなきゃいけなかったんだよ」

 目を見開き、口だけを笑った形にしたまま言葉の刃を突き刺してくる。見えない刃で攻撃してくるのは、二人だけじゃなかった。

「最高神の後継者たる資格を持つ神が、固有魔法すら持てないようじゃあねぇ」
「誇れるのは魔力量だけ。そんなのは当たり前だ」
「おまけに最高神へ反抗するような思想まで持ち合わせて。失敗作というレベルじゃない」
「反乱分子だな、反乱分子」
「グレイスガーデンの事件で死ぬべきだったのは、あの女の子じゃなくてお前だったんだよ」

 知らない神の言葉まで聞こえてきて、脳裏に嫌な記憶が蘇ってきた。なぜか身体から力が抜けて、その場に崩れ落ち膝をつく。
 どうして……怖い。今まで経験したことのない恐怖が、私を襲う。
 ────いや、違う。身体を侵食してくるこの感覚を知っている。
 忘れていただけだ。忘れさせられていたんだ。


 見知った教室。朝なのに、ほんの少し暗かった。
 落書きされた机。大量に書かれた悪口。机にしまっていた教科書はボロボロにされていた。
 昨日まで仲良くしていた子たちが、わたしをヒソヒソ話しながら見ている。どうしたらいいのかわからなかったわたしを、みんなが取り囲む。
 わたしを捕まえて、殴って、蹴って、悪口をいっぱい浴びせてきて────わたしを掟破りだと、反乱分子だと罵ってきた。
 誰の役にも立てないわたしなんて、いらないって言われた。

 どうすることもできずにいたら、メアが飛んできて、クラスの中心人物だった女の子の頭を撃った。
 それから、教室が血の海に沈んだ。覚えているのはそれだけだ。
 あのときだけは、正直死にたかった。自分のことしか考えられなかった。生きるにはあまりにも苦しかった。
 なぜ、わたしは生きているのだろう。
 苦しんでまで必死に生きて、生きて、生きて────その先に、何があるというの?
 だから死んでしまいたかった。けれど、周りがそうさせてはくれなかった。


 脳裏に蘇った記憶が再生され、ふと我に返る。私が生きてきた中で、一番つらい記憶だった。
 そうだ────私、余計なことを考えて、余計なことをしたせいで、学校グレイスガーデンでいじめられて。私をいじめた女の子は、殺された。

「ユキア、何も聞くな! こいつらの言うことは全部嘘だ!!」

 メアが正気を失った私の肩を掴んだ。でも、私にはその手すら重く感じられた。
 だって、メアを神殺しにしたのは、私だ。今ならはっきりとそのときの気持ちを思い出せる。
 私は記憶を失っていることを免罪符に、死んだ女の子の命を軽く見ていたんだ。今まではっきり思い出せなかったから、他人事のように感じていただけだ。そんな自分がたまらなく許せない。
 狼狽えている暇なんて微塵もないのに。忘れかけていた心の傷トラウマが、どんどん広げられる。
 私のせいで、ひとが死んだ。私のせいで、友達に罪を背負わせてしまった────

「始末しなきゃ」
「アイリス様の役に立たないものは処分だ」
「処分だ、処分」

 ケーキを食べた者たちから一切の感情が消え、一斉に立ち上がって各々の武器を召喚し始めた。
 戦斧、剣、弓、槍、杖、銃────思いつく限りの凶器が、すべて私に向けられる。

『死ねよ、失敗作の反乱分子』

 刃が振りかざされ、槍を突き出され、引き金を引かれそうになった。

「〈風よ、我が敵を斬り裂け〉!」

 私に向かってくるはずだった攻撃は、全部風の刃で吹き飛ばされた。武器だけじゃなく、カフェ中のカトラリーや装飾品までごちゃまぜにして宙を舞った。
 私が元いた席にいるクリムが、ガラスの剣を片手に魔法を放っていたのだ。

「メア、ユキアを厨房に連れて行って!」
「わかってる、ここは任せた!」

 メアが私の手を引いて、厨房のある方向へと走る。クリムが席から飛び上がり、正気を失った神たちを相手取る。
 厨房の入口にやってきたところで、身体の力が抜けてしまった。転びそうになった私の身体を、メアが支えてくれた。

「もう大丈夫だ、ユキア。あいつらはクリムが食い止めてくれる」
「ユキ、メア! どうしたの!?」

 なぜか、カフェの裏口からアスタとステラが走ってきた。二人も少なからず、異変に気づいている。
 身体から寒気が抜けなかった。まだ自分が興奮しているのがわかる。

「トルテさんの限定スイーツを食べたひとが……みんな、おかしくなったの。シオンとソルも……」
「えっ……おにーちゃんたちが? どういうことなの?」

 それ以上は、何も言えなかった。特に、ステラには知られたくない。
 今まで、どうしても思い出せない記憶があった。その記憶が蘇ったのを自覚しているから、こんなに動じているのだ。少し前なら、失敗作と言われる程度でここまで狼狽えることなんてなかったのに。
 
「ユキ、厨房のみんなも様子が変だったよ」
「ど、どういうこと? トルテさん、いるんだよね?」
「いるにはいるけど、ボクやルナステラの言葉にも反応しないで、無言でケーキを作り続けてるんだ」

 厨房の入り口には扉がなく、わざわざ入らなくても様子を見ることはできる。私は入り口からトルテさんの姿を探す。
 トルテさんは、確かに厨房の中でケーキを作っていた。顔が赤くなっているわけでもなく、ただ無表情でケーキを生産し続けているようだった。

「トルテさん、もうケーキは作っちゃダメ! みんながおかしくなってる!」
「…………」
「私がわからないの、トルテさん!? ユキアだよ!」

 近寄って声をかけても、全然返事が返ってこない。ケーキを作る手を止めようとしないどころか、私にぶつかってでも移動しては、工程を進めるばかりだ。
 これではまるで、お菓子を作る機械だ。

「きゃあああぁぁっ!?」

 厨房の外から悲鳴が聞こえて、身体が自然と動く。ステラが恐怖のあまり、メアの後ろに隠れて叫び声を上げていたのだ。

「こんなところにもいやがったか、出来損ない! 死ねぇ!!」
「どっちが出来損ないだよ! あっち行け!」

 ステラに屈強な拳を振り下ろそうとした男を、アスタが飛び膝蹴りで吹っ飛ばした。ステラの前には、メアが銃を片手に立ち塞がってくれている。
 拳を振り下ろそうとした男の他にも、数は減っているが神たちが迫ってくる。

「失敗作共め……早く処分しないと」

 奴らが武器を振り上げようとしたところで、風の刃によって周辺の神たちが吹き飛ばされる。なお暴れようとする神たちを、クリムが背後から斬りつけた。
 心なしか、肩で息をしているように見える。

「クリム、何をしているんだ! これじゃ多勢に無勢だぞ」
「わかってる、でもこんな狭い場所じゃろくに戦えやしない!」

 なら、おかしくなっている神たちを外に引き付ける方が早いかもしれない。だが、それでステラに危険が及ぶ可能性が浮上してしまった。
 やがて、カフェの裏口から足音が聞こえてきた。運び神の制服を着たミルクティーブラウンの髪の少年が、私たちの様子を視界に捉えひどく驚いていた。

「あんたたち、何してんだ!?」
「レーニエ君! ユキアたちを連れて街から離れて!」
「クリムさん……!? トルテはどこに行ったんだよ!?」
「トルテさんは厨房! 様子がおかしいから一緒に連れて行って!」

 クリムにレーニエと呼ばれた男の子は、躊躇しつつも頷いて厨房に走り込んだ。機械的にケーキを作り続けるトルテさんの身体を無理やり脇に抱え、裏口に向かって走り出る。トルテさんは暴れることもせず、ただレーニエ君に抱えられたままだ。
 私たちも彼の後に続こうとしたところ、メアがステラを私に預けようとする。

「ユキア、ステラとアスタと一緒に逃げてくれ。私もクリムに加勢する」
「メアおねーちゃん、危ないよ! 一緒に行こうよ!」
「私なら大丈夫だ。それに……ユキアとステラを侮辱した奴らを、叩き潰さないと気が済まない」

 殺意を微笑みで隠しながら、ステラの手を私に握らせる。ステラは不安そうに、私とメアを見上げていた。

「いつまで話してんだよ! 早くっ!」
「メアおねーちゃん!!」

 レーニエ君の怒鳴り声を皮切りに、メアが走り出す。私たちも、ほとんど反射的に裏口へと一直線に向かう。ステラが泣きじゃくりながらメアを呼び続けるが、私はステラの手を引いて逃げるしかなかった。
 裏口は路地裏に繋がっており、あまりよく知らない道だった。レーニエ君が先行しているので、彼についていき逃がしてもらうことにする。
 しかし、レーニエ君は表通りの方へ向かっている。私よりも先に、アスタが声を上げた。

「ちょっと、表は危ないよ!」
「仕方ないだろ、俺の固有魔法は広い場所でしか使えないんだよ!」

 やがて、表通りが目に入った。祭りで賑わう繁華街が、今となってはとても恐ろしく感じられた。
 なぜなら、あの中にも限定スイーツを食べた神が何人もいて────そいつらが私とステラを見つけたら、カフェでの出来事が繰り返されてしまうから。

「急いで乗れよ、『クラリティー・キャリッジ』!」

 表通りに出てすぐ、レーニエ君から銀色の魔力が放たれる。銀色の馬車が現れ、レーニエ君は私にトルテさんを預けて馬車の運転台に飛び乗った。
 だが、やはり馬車がいきなり現れると目立つ。繁華街の神たちの目を惹き、挙句の果てにその中で誰かが冷たい目つきになった。

「……おい、いるぞ」
「失敗作だ、失敗作」
「逃がすな!」

 限定スイーツを食べたとみられる者だけが、私たちを血眼で追いかけてこようとした。
 私たちが客車に乗り込んですぐに、馬車が動き出す。馬車が浮かび、空中へと突き進みそうになったところ、銀色に輝くの異空間が現れ、その中へ入り込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

余命半年の僕は、君を英雄にするために「裏切り者」の汚名を着る

深渡 ケイ
ファンタジー
魔力を持たない少年アルトは、ある日、残酷な未来を知ってしまう。 最愛の幼馴染であり「勇者」であるレナが、半年後に味方の裏切りによって惨殺される未来を。 未来を変える代償として、半年で全身が石化して死ぬ呪いを受けたアルトは、残された命をかけた孤独な決断を下す。 「僕が最悪の裏切り者となって、彼女を救う礎になろう」 卓越した頭脳で、冷徹な「悪の参謀」を演じるアルト。彼の真意を知らないレナは、彼を軽蔑し、やがて憎悪の刃を向ける。 石化していく体に走る激痛と、愛する人に憎まれる絶望。それでも彼は、仮面の下で血の涙を流しながら、彼女を英雄にするための完璧なシナリオを紡ぎ続ける。 これは、誰よりも彼女の幸せを願った少年が、世界一の嫌われ者として死んでいく、至高の献身の物語。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

処理中です...