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【巨大聖戦編】第7章「誰がための選定」
161話 トゥリヤとナターシャ
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*
時は、ティアルがユキアとアスタをトゥリヤから逃がし、自身は神幻術をもろに浴びて戦闘不能になったところまで遡る。
血染められた路地裏は、すでに醜い黒に変色し始めていた。フードを外したままのピオーネ──トルテは、ノルン──トゥリヤをおずおずとした顔で見ていた。
「……これでいいんだよね、ノルン」
「ええ。すべて手筈通りですよ」
トゥリヤの身体は、ところどころ赤く染まっていた。そのほとんどは返り血で、トルテはその様子を見て俯いてしまう。
「心配いりません。あなたはすべてが終わるまで身を隠していてください。薬はある程度持たされているんでしょう?」
「……うん。終わったら迎えに来てね」
「はい。必ず」
トゥリヤは走り去る彼女を見送った後、とあるものを掴んで、誰もいなくなった場所から引きずって赤黒い跡を作り出した。その跡を作っているのは、トゥリヤが腕を掴んでいる血まみれの女騎士、ティアルだ。
ティアルは戦えなくなるほどダメージを受けていたが、意識はまだ残っていた。言葉を発するほどの体力はなく、ただトゥリヤの言葉を聞くことしかできなかった。たとえ回復できたとしても、危険が去るまでは気絶したふりをしていようと思った。
動かなくなった身体を引きずる横に、金色のバイクが放置されていた。その他に、三人の神が倒れて放置されている。
『これでいいんだろう、裏切り者め』
無機質でありながら怒りに震えた声が、バイクから発せられる。トゥリヤは申し訳なさそうな顔で、ルマンに目を向けた。
「ごめんなさい、ルマンさん。ユキアさんたちが処理してくれましたし、あとは傷を治すだけですから」
『ミストリューダに加担しておきながらよく言うな。もういい。所詮、オマエもナターシャと同じだ』
「……彼女とは一緒にしてほしくなかったです」
倒れている三人の神の近くにティアルも置いて、トゥリヤが手を向ける。
「『クロノス・オペレーター』〈リワインド〉」
青白い光が神たちを包み込み、中折れ帽につけられた懐中時計の針が逆さに動き出す。それと同時に、彼らのあらゆる損傷がみるみるうちに治っていった。
損傷部分の時を巻き戻されたことで、傷や変質した身体そのものが元の状態へ戻っていったのだ。
「がはっ!? げほっ、げほっ……」
光が減退し始めたところで、突然トゥリヤが咳き込んだ。口を押さえた指の隙間から、赤い液体が伝い始める。
彼らの損傷が完全になかったことになる頃には、トゥリヤはその場に座り込んで何度も咳き込むようになっていた。返り血で黒ずんだ地面に、鮮血がポタポタと垂れ落ちる。
『どうした?』
「なんでもありません……僕のことなんて気にしないでください……」
口から離した手のひらは真っ赤だった。放置していた黒いローブで鮮血をふき取り、服の袖で口元の血を拭う。
「ノルン。こんなところで何をしているの?」
「っ!?」
背後から女の声が聞こえ、背筋が凍りつく。トゥリヤは振り返る前に、近づいて来た黒いローブの人物がよく知る構成員だということに気づいた。
ただ、今のトゥリヤは黒いローブを羽織っていない。
「他のみんなはもうキャッセリアを離れたんでしょ? どういうつもりなの、ノルン────いいえ。トゥリヤ」
先ほどの戦いでティアルを動揺させるためとはいえ、ローブを自ら剥いだのは間違いだった────だが、後悔しても何もかもが遅かった。
トゥリヤが僅かに後ずさりしたのを見逃さず、構成員──リコリスは黒々としたメイスを突きつけてくる。
「え、ええ? 何の冗談ですか?」
「あなたはお母様に仕える特別な神、アーケンシェン。でも、ミストリューダの構成員でもあるでしょ。どうしてそいつらを殺さないの?」
深く被ったフードから見え隠れする口は、醜く歪んでいる。
怒りをひしひしと感じながら、トゥリヤはうるさくなる鼓動を鎮めつつリコリスへの笑みを保っていた。
冷や汗を流しながらもティアルの腕を手放し、トゥリヤはメイスを下ろさない彼女へ向き直る。
「リコリスさん。あなたは僕の正体を知っていい気になっているのかもしれませんが……僕もあなたの正体を知っているんですよ」
「……なんですって?」
リコリスはメイスを下ろし、トゥリヤの言葉に耳を傾けるようにした。
「ノーファ様たちが立てた計画では、始末すべきは最高神アイリスとアーケンシェンだけです。他の一般神は生け捕りにして、ノーファ様の『薬』やピオーネさんの星幽術で傀儡にする予定でしたよね」
「そうだよ?」
「なのに、あなたは特定の一般神を捕まえて、殺そうとしている。あなたも人のことを言えない立場だと思いますよ────ねぇ、ナターシャさん?」
薄笑いで小首を傾げながら、彼女の本当の名前を口にした。リコリス──否、ナターシャはメイスを下ろすが、まもなく不敵な笑い声をあげる。
「うふふ、あははははっ! いつから気づいていたの? 普段のオーバーリアクションからは考えられないくらい聡明だねぇ!」
「グレイスガーデンで寡黙な教師を演じているあなたには言われたくありません」
この頃には、トゥリヤはもう笑うのをやめていた。フードを外し、鋭く赤い瞳と小馬鹿にした表情で自分を見下ろすナターシャの醜悪に、表情を失う他なかったのだ。
「だけど、これは私の独断じゃないの。ノーファ様から力をもらって行動してるんだ」
「これだけ大暴れしても何も咎められないのは、そういうことでしたか」
「私はお母様のために動いてるのよ。だってさ、腹が立つと思わない? 私がお母様の代わりになるべきなのに、用意された代わりの神はあまりにも不完全だなんて」
「代わり?」
「『最高神代替候補』のことだよ。アーケンシェンでさえ知らされていないんじゃない? お母様の次に最高神となる神は決まっていて、その候補は複数存在する。私は、そいつらを全員殺したいの」
あまりにも利己的で、傲慢で、頭のネジが吹っ飛んだような発言だった。その姿は誰から見ても、子供を導く教師とは思えぬほど邪悪なオーラに包まれている。
「私は誰よりもお母様を愛してる。お母様が死んでしまうことが避けられないというなら、急いで他を殺して私が最高神にならなきゃいけない。私は『最高神代替候補』を全員殺して、お母様の代わりになってみせる。それでお母様は救われるの」
何度も何度も、お母様という言葉を繰り返す様から狂気が溢れ続けている。トゥリヤは何も言えなかった。
「危険因子はここで排除しておかなきゃ……と言いたいところだけど。ほっといてもそのうち死ぬか」
「なぜそう思ったんです?」
「さっき、血を吐いてたでしょ。もう長くは生きられないって、あなたが一番よくわかってるんじゃない?」
トゥリヤは引きつった笑みを浮かべるしかなかった。冷や汗が止まらず、身体の震えも収まらぬ中、ナターシャの様子を窺っている。
「当たり前じゃないですか。時間を操るなんて、本当の神ですら厳しい所業です。何回も使い続ければ魔力切れを通り越してしまうことくらい、最初からわかっています」
「そうまでして、あなたは何がしたいの?」
トゥリヤは拳を静かに握りしめて、彼女を睨みつける。その目からは一切の温情が消えていた。
こつり、こつりと靴音を立てて、ゆっくりとナターシャへ近づいていく。
「『グレイスガーデン殺傷事件』。一人の女神が突然暴れ出して、武器を発砲し暴力を振るったことで、死者一名と重軽傷者十八名の被害が出ました。あなたは、十年前に起きたこの事件を覚えていますか?」
淡々と記録を読み上げるかのごとく呟くトゥリヤを、ナターシャは不気味なものを見るような目で見下ろしていた。
焦ることなく歩くトゥリヤの片手に、翠緑のスピアが召喚される。ナターシャもまた、メイスを握り直して構えるのだった。
「事件が起こる直前、グレイスガーデンのとある教室でいじめが起きていました。その被害者はユキアさんだった。ユキアさんはあなたの言う『アイリス様の代わり』の一人だったんでしょう?」
「な、何の話? 私はただの管理人で、あの事件には何の関わりも────」
「とぼけないでくださいよ」
冷え切った声とともに、目にも留まらぬ速さでスピアを振るった。メイスを落としたナターシャの腹を貫き、背中から真っ赤な刃先が飛び出した。
「あの事件が起きたときから、ずっと不思議に思っていました。事件の前日、ユキアさんはアイリス様に直談判したそうですが、その翌日にあんな出来事が起こるなんて異常です。カルデルトさんも、あなたの態度がおかしいことに気づいていましたしね。あなたがみんなを扇動して、子供に子供を潰させるように仕向けていたと知ったときなんて────何度吐き気を催したことか」
口と腹から鮮血を垂れ流している様を無表情で眺めた後、突き刺したスピアを引き抜いた。ナターシャがその場に倒れたのを確認し、赤黒く染まったスピアを握り直す。
目が据わったトゥリヤに向かって、ナターシャは小さく笑った。
「あはは……そこまで気づいているなら、あの断罪神に対処させればよかったんじゃないの……?」
「クリムさんにはメアさんの断罪という役目があった。だから、僕が代わりに子供たちを守ることにしたんです。ナターシャ……あなたを地獄に突き落とせるなら、僕はどうなったって構わないんですよ」
スピアを振り上げ、倒れた彼女へ突き立てようとした、そのときだった。
死角から、黒く鋭い何かが飛んできて、スピアを弾き飛ばした。トゥリヤがその方向に目を遣ると、背後に黒結晶の翼を展開した藍色の装束の子供が浮遊していた。
「正体も隠さずに何やってんだよ、おまえら。姉さんをこれ以上待たせるな」
「シファ、様……! こいつ、アーケンシェンです……!」
「知ってる。姉さんから聞いてたしな。だからって殺そうとするなよ」
浮遊したままのシファは、倒れたナターシャの腹を横脇に抱える。それから、武器を拾い上げようとしたトゥリヤを見遣った。
「とりあえず。さらった奴は運んでおいたから早くしてくれ。ノルンも手伝えよ」
「えっ!? で、でも────」
「あまりおれをイライラさせるなよ」
シファが至極面倒くさそうに言ったため、トゥリヤは渋々「はい」と答えた。ナターシャを抱えたシファは、街から離れる方向へ飛んでいく。
トゥリヤ脱ぎ捨てたローブを拾い上げて歩き始めた。その途中で、ルマンという名を持つバイクの前を通りかかる。
すれ違うその瞬間、トゥリヤはルマンに触れる。手のひらから淡い光を放ったと思えば、すぐに手を離して姿を消した。
時は、ティアルがユキアとアスタをトゥリヤから逃がし、自身は神幻術をもろに浴びて戦闘不能になったところまで遡る。
血染められた路地裏は、すでに醜い黒に変色し始めていた。フードを外したままのピオーネ──トルテは、ノルン──トゥリヤをおずおずとした顔で見ていた。
「……これでいいんだよね、ノルン」
「ええ。すべて手筈通りですよ」
トゥリヤの身体は、ところどころ赤く染まっていた。そのほとんどは返り血で、トルテはその様子を見て俯いてしまう。
「心配いりません。あなたはすべてが終わるまで身を隠していてください。薬はある程度持たされているんでしょう?」
「……うん。終わったら迎えに来てね」
「はい。必ず」
トゥリヤは走り去る彼女を見送った後、とあるものを掴んで、誰もいなくなった場所から引きずって赤黒い跡を作り出した。その跡を作っているのは、トゥリヤが腕を掴んでいる血まみれの女騎士、ティアルだ。
ティアルは戦えなくなるほどダメージを受けていたが、意識はまだ残っていた。言葉を発するほどの体力はなく、ただトゥリヤの言葉を聞くことしかできなかった。たとえ回復できたとしても、危険が去るまでは気絶したふりをしていようと思った。
動かなくなった身体を引きずる横に、金色のバイクが放置されていた。その他に、三人の神が倒れて放置されている。
『これでいいんだろう、裏切り者め』
無機質でありながら怒りに震えた声が、バイクから発せられる。トゥリヤは申し訳なさそうな顔で、ルマンに目を向けた。
「ごめんなさい、ルマンさん。ユキアさんたちが処理してくれましたし、あとは傷を治すだけですから」
『ミストリューダに加担しておきながらよく言うな。もういい。所詮、オマエもナターシャと同じだ』
「……彼女とは一緒にしてほしくなかったです」
倒れている三人の神の近くにティアルも置いて、トゥリヤが手を向ける。
「『クロノス・オペレーター』〈リワインド〉」
青白い光が神たちを包み込み、中折れ帽につけられた懐中時計の針が逆さに動き出す。それと同時に、彼らのあらゆる損傷がみるみるうちに治っていった。
損傷部分の時を巻き戻されたことで、傷や変質した身体そのものが元の状態へ戻っていったのだ。
「がはっ!? げほっ、げほっ……」
光が減退し始めたところで、突然トゥリヤが咳き込んだ。口を押さえた指の隙間から、赤い液体が伝い始める。
彼らの損傷が完全になかったことになる頃には、トゥリヤはその場に座り込んで何度も咳き込むようになっていた。返り血で黒ずんだ地面に、鮮血がポタポタと垂れ落ちる。
『どうした?』
「なんでもありません……僕のことなんて気にしないでください……」
口から離した手のひらは真っ赤だった。放置していた黒いローブで鮮血をふき取り、服の袖で口元の血を拭う。
「ノルン。こんなところで何をしているの?」
「っ!?」
背後から女の声が聞こえ、背筋が凍りつく。トゥリヤは振り返る前に、近づいて来た黒いローブの人物がよく知る構成員だということに気づいた。
ただ、今のトゥリヤは黒いローブを羽織っていない。
「他のみんなはもうキャッセリアを離れたんでしょ? どういうつもりなの、ノルン────いいえ。トゥリヤ」
先ほどの戦いでティアルを動揺させるためとはいえ、ローブを自ら剥いだのは間違いだった────だが、後悔しても何もかもが遅かった。
トゥリヤが僅かに後ずさりしたのを見逃さず、構成員──リコリスは黒々としたメイスを突きつけてくる。
「え、ええ? 何の冗談ですか?」
「あなたはお母様に仕える特別な神、アーケンシェン。でも、ミストリューダの構成員でもあるでしょ。どうしてそいつらを殺さないの?」
深く被ったフードから見え隠れする口は、醜く歪んでいる。
怒りをひしひしと感じながら、トゥリヤはうるさくなる鼓動を鎮めつつリコリスへの笑みを保っていた。
冷や汗を流しながらもティアルの腕を手放し、トゥリヤはメイスを下ろさない彼女へ向き直る。
「リコリスさん。あなたは僕の正体を知っていい気になっているのかもしれませんが……僕もあなたの正体を知っているんですよ」
「……なんですって?」
リコリスはメイスを下ろし、トゥリヤの言葉に耳を傾けるようにした。
「ノーファ様たちが立てた計画では、始末すべきは最高神アイリスとアーケンシェンだけです。他の一般神は生け捕りにして、ノーファ様の『薬』やピオーネさんの星幽術で傀儡にする予定でしたよね」
「そうだよ?」
「なのに、あなたは特定の一般神を捕まえて、殺そうとしている。あなたも人のことを言えない立場だと思いますよ────ねぇ、ナターシャさん?」
薄笑いで小首を傾げながら、彼女の本当の名前を口にした。リコリス──否、ナターシャはメイスを下ろすが、まもなく不敵な笑い声をあげる。
「うふふ、あははははっ! いつから気づいていたの? 普段のオーバーリアクションからは考えられないくらい聡明だねぇ!」
「グレイスガーデンで寡黙な教師を演じているあなたには言われたくありません」
この頃には、トゥリヤはもう笑うのをやめていた。フードを外し、鋭く赤い瞳と小馬鹿にした表情で自分を見下ろすナターシャの醜悪に、表情を失う他なかったのだ。
「だけど、これは私の独断じゃないの。ノーファ様から力をもらって行動してるんだ」
「これだけ大暴れしても何も咎められないのは、そういうことでしたか」
「私はお母様のために動いてるのよ。だってさ、腹が立つと思わない? 私がお母様の代わりになるべきなのに、用意された代わりの神はあまりにも不完全だなんて」
「代わり?」
「『最高神代替候補』のことだよ。アーケンシェンでさえ知らされていないんじゃない? お母様の次に最高神となる神は決まっていて、その候補は複数存在する。私は、そいつらを全員殺したいの」
あまりにも利己的で、傲慢で、頭のネジが吹っ飛んだような発言だった。その姿は誰から見ても、子供を導く教師とは思えぬほど邪悪なオーラに包まれている。
「私は誰よりもお母様を愛してる。お母様が死んでしまうことが避けられないというなら、急いで他を殺して私が最高神にならなきゃいけない。私は『最高神代替候補』を全員殺して、お母様の代わりになってみせる。それでお母様は救われるの」
何度も何度も、お母様という言葉を繰り返す様から狂気が溢れ続けている。トゥリヤは何も言えなかった。
「危険因子はここで排除しておかなきゃ……と言いたいところだけど。ほっといてもそのうち死ぬか」
「なぜそう思ったんです?」
「さっき、血を吐いてたでしょ。もう長くは生きられないって、あなたが一番よくわかってるんじゃない?」
トゥリヤは引きつった笑みを浮かべるしかなかった。冷や汗が止まらず、身体の震えも収まらぬ中、ナターシャの様子を窺っている。
「当たり前じゃないですか。時間を操るなんて、本当の神ですら厳しい所業です。何回も使い続ければ魔力切れを通り越してしまうことくらい、最初からわかっています」
「そうまでして、あなたは何がしたいの?」
トゥリヤは拳を静かに握りしめて、彼女を睨みつける。その目からは一切の温情が消えていた。
こつり、こつりと靴音を立てて、ゆっくりとナターシャへ近づいていく。
「『グレイスガーデン殺傷事件』。一人の女神が突然暴れ出して、武器を発砲し暴力を振るったことで、死者一名と重軽傷者十八名の被害が出ました。あなたは、十年前に起きたこの事件を覚えていますか?」
淡々と記録を読み上げるかのごとく呟くトゥリヤを、ナターシャは不気味なものを見るような目で見下ろしていた。
焦ることなく歩くトゥリヤの片手に、翠緑のスピアが召喚される。ナターシャもまた、メイスを握り直して構えるのだった。
「事件が起こる直前、グレイスガーデンのとある教室でいじめが起きていました。その被害者はユキアさんだった。ユキアさんはあなたの言う『アイリス様の代わり』の一人だったんでしょう?」
「な、何の話? 私はただの管理人で、あの事件には何の関わりも────」
「とぼけないでくださいよ」
冷え切った声とともに、目にも留まらぬ速さでスピアを振るった。メイスを落としたナターシャの腹を貫き、背中から真っ赤な刃先が飛び出した。
「あの事件が起きたときから、ずっと不思議に思っていました。事件の前日、ユキアさんはアイリス様に直談判したそうですが、その翌日にあんな出来事が起こるなんて異常です。カルデルトさんも、あなたの態度がおかしいことに気づいていましたしね。あなたがみんなを扇動して、子供に子供を潰させるように仕向けていたと知ったときなんて────何度吐き気を催したことか」
口と腹から鮮血を垂れ流している様を無表情で眺めた後、突き刺したスピアを引き抜いた。ナターシャがその場に倒れたのを確認し、赤黒く染まったスピアを握り直す。
目が据わったトゥリヤに向かって、ナターシャは小さく笑った。
「あはは……そこまで気づいているなら、あの断罪神に対処させればよかったんじゃないの……?」
「クリムさんにはメアさんの断罪という役目があった。だから、僕が代わりに子供たちを守ることにしたんです。ナターシャ……あなたを地獄に突き落とせるなら、僕はどうなったって構わないんですよ」
スピアを振り上げ、倒れた彼女へ突き立てようとした、そのときだった。
死角から、黒く鋭い何かが飛んできて、スピアを弾き飛ばした。トゥリヤがその方向に目を遣ると、背後に黒結晶の翼を展開した藍色の装束の子供が浮遊していた。
「正体も隠さずに何やってんだよ、おまえら。姉さんをこれ以上待たせるな」
「シファ、様……! こいつ、アーケンシェンです……!」
「知ってる。姉さんから聞いてたしな。だからって殺そうとするなよ」
浮遊したままのシファは、倒れたナターシャの腹を横脇に抱える。それから、武器を拾い上げようとしたトゥリヤを見遣った。
「とりあえず。さらった奴は運んでおいたから早くしてくれ。ノルンも手伝えよ」
「えっ!? で、でも────」
「あまりおれをイライラさせるなよ」
シファが至極面倒くさそうに言ったため、トゥリヤは渋々「はい」と答えた。ナターシャを抱えたシファは、街から離れる方向へ飛んでいく。
トゥリヤ脱ぎ捨てたローブを拾い上げて歩き始めた。その途中で、ルマンという名を持つバイクの前を通りかかる。
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