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【巨大聖戦編】第7章「誰がための選定」
164話 栄華の憑依
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*
「うふふ、さすがにもう死んだかなぁ?」
〈AstroArts〉の効果が切れ、赤黒い毛を持つ狼は霧散した。その後に残されたのは、後ろ手に拘束されたままぐったりと横たわるユキアだけだった。
同じく誘拐されてきたルナステラは、未だに目覚める気配がない。星幽術を行使した張本人であるナターシャ以外に、この場で意識を保っているのはセルジュだけだった。彼でさえ、彼女の固有魔法による糸に囚われ身動きが取れない状態だ。
セルジュはこれでもかというほど目を見開き、眼前に突きつけられる現実のせいで過呼吸を繰り返していた。絶望が過ぎるあまり、笑いがこぼれた。セルジュは糸に身を委ね、力なく笑い続ける。
「あは……ははは……失敗にも程がありますね。こんなぼく、いっそ死ねば……」
「おいおい、それじゃ後味悪いだけだってわかるだろ?」
血の池に沈む少女の口から、声が聞こえた。狼に食い散らかされそうになっていたときよりも、遥かにはっきりとした声だ。
セルジュだけでなく、ナターシャも唖然としていた。なぜなら、意識を失ったはずのオーシャンブルーの瞳が、いつも通りはっきりと開かれているからだ。
「あれ? ユキア? 生きてた……です?」
「勝手に殺すな。それより、早く解放しろ!」
「なんかキャラ変わってません!? と、とりあえず、〈トニトルス・エアーカッター〉!」
明らかな様子の変化に慌てふためくも、セルジュは電撃の刃を周囲に放ち、自身に絡まった糸を切り裂いた。次に、ユキアの手枷に向かって金属の翼を振るった。手枷が砕けるとすぐに、ユキアは反動をつけて勢いよく立ち上がる。
「いってえぇぇ!? ひ、久々にまともな痛みを感じたぜ……いだだだだ」
だが、肩から血をダラダラ流しており、すぐに顔をしかめて肩を押さえた。その様子はユキアのイメージからあまりにもかけ離れており、セルジュは不審に思いつつユキアに声をかける。
「あ、あの……すみません、失礼ですが本当にユキアですか?」
「違うけど」
「はいぃ!? じゃあどなたですか!?」
よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりに両手を腰に当て、胸を張った。普段のユキアからは考えられない、自信に満ちた笑顔を見せつけるのだった。
「聞いて驚け! 俺は現代より遥か昔、古き良き時代に君臨した栄華の象徴、永世翔華神カイザー・グランデだ! この世に生きるあまねく生命よ、喝采とともにこの世の繁栄を讃えろ! あーっはっはっは!!」
高らかに笑うのは、彼女……否、彼だけだった。しばらくして、ユキアの身体を操るカイザーは、笑うのをやめて深く息をついた。
「……ああ、思い出した。題名は忘れたけど、子供がよく読む物語に出てくる偉そうな神ね。あなた、もうこの世にいないんじゃなかったの?」
「偉そうってなんだよ!? まあ、もう死んでるっていう部分は正解だけどな」
「その古代神様が、どうしてその失敗作の身体なんかに宿っているの?」
ナターシャは不機嫌な態度を隠すこともせず、カイザーをじっと見つめていた。
「何も不思議な話じゃねぇよ。身体に流れ込んできたアストラルを使わせてもらっただけだ。お前がこいつを狼に食わせてくれたおかげで、アストラルがいい感じに逆流してくれたからな」
「……ふーん」
「ていうかさ。お前、いい加減他人を失敗作呼ばわりするのやめろよ。何様のつもりだ? 俺がいなかったら、こいつは間違いなく死んでたぞ」
今、自身が借りている身体を指し示しながら、ナターシャを睨みつける。みるみるうちに、ナターシャの赤い瞳が鋭くなっていった。
「あなたには関係ない。これは現代神の問題なの、古代神は口出さないで!!」
下ろしていたメイスを再び振りかざす。セルジュが金属の翼を振るって防ごうとするが、その前にカイザーが動き出した。
「セルジュだったか? そこに倒れてる女の子を抱えて、ここから離れろ」
「は、はいっ!」
ユキア自身の武器である金色の片手剣を召喚し、メイスを受け止めた。その流れを保ったまま、メイスを振り払い剣を前に突き出した。
セルジュは金属の翼を展開したまま、ルナステラの元へ走った。その動きにナターシャが気づく。
「っ、『オブリビアス・ストリング』!」
「行かせるかよ!」
後退したナターシャから三本の硬い糸が放たれるも、カイザーは糸の隙間をするりと通り抜ける。華麗に回避したその流れから、再び剣を前に突き出した。
今度は後退しきれず、刃が左肩に深く刺さった。カイザーが剣を抜いたことで血が噴き出し、周囲が真っ赤に染め上げられる。
セルジュはルナステラを抱え、牢屋の扉に向かって金属の翼を振りかざす。ドアごと破壊し、知らぬ道を突き進んでいった。
「よし、これで巻き込む心配はなくなったな」
「ちっ、逃げられた……!」
「おっと、この俺を差し置いて逃げるなんて許さないぜ?」
セルジュたちを追おうとしたナターシャの背を斬りつけ、追跡を阻止した。
結果的に、ナターシャは単身でカイザーの相手をしなくてはいけなくなった。一気に傷を負ったことで動きが鈍る。
「あなた……ユキアの身体で、しかも傷ついているのになんで動けるの!?」
「んー。これは本人の努力によるものが大きいな。今の俺の力だけじゃ、こんなにスマートには動けなかった。おかげで色々試せそうだ」
ユキアは最高神生誕祭が始まる一週間前から、短期間ではあるが過密な鍛錬を行っていた。並の人間では限界を迎えていたであろう鍛錬を続けた結果、身体能力は向上しそれに付随して魔力量も増えた。
そのおかげか、元々カイザーの魂が持つ「エーテルに近づけられたアストラル」を生成する力も効率がよくなり、外部から吸収したアストラルを無害なものへ変換することもできるようになったのだ。
「あまり時間がかけられないのはこっちも同じだ。手短に終わらせてやるぜ」
カイザーは片手剣を自身の前に掲げ、意識を集中させる。刃に真っ白な光が宿り、周囲にまばゆい力の奔流が漂った。
傷口から血を流しながら、ナターシャは動き出す。しかし、カイザーがユキアの顔で不敵な笑みを浮かべているのに気づいた。
「『〈AstroLight Fracture〉』」
ナターシャに向かって刃が突き出され、光が粘性のある液体となり剥がれ落ちる。白く輝く液体がナターシャに触れた瞬間、液体すべてが大爆発を起こした。
牢屋全体が激しく揺さぶられ、視界が白く染まる。急激な視界の変化と爆発の衝撃により、ナターシャは耐えきれずその場に崩れ落ちた。
「ふー。意外と威力あるな。避難させておいてよかったぜ」
今の星幽術の爆発に、ユキアの身体も若干巻き込まれていた。服の端が少し焼け焦げたくらいで済んだのは、自身が星幽術を発動させた本人だったからだ。
カイザーは片手剣を構え、倒れたナターシャの首元へ突きつける。
「エーテライズ・アストラルを使ってやっただけでも感謝してくれよ。普通のアストラルだったら今の一撃で即死だったんだからな」
「……殺さないの? まさか、敵に情けをかけるつもり?」
「命のやり取りは嫌いだ。ただ、確かめたいことができた」
失敗作と呼んだ少女の顔で見下ろされ、彼女はありったけの殺意と怨恨を込めて睨みつけるのだった。
「ナターシャ・スクラヴォス。お前はどこで『観測者』と繋がった?」
突きつけた剣を魔力に変換してしまうことはせず、カイザーはナターシャへ問う。彼女は最初、その質問の意図を理解できず、首を傾げていた。
「お前ら『組織』は、今まで隠れて活動していた。普通の手段で接触できる奴らじゃないが、街に潜む観測者に会えれば組織には簡単に入れるんじゃないか? あいつらは昔と変わらず、都合よく使える手駒を欲しているからな」
「……つまり、私がどうして『組織』……ミストリューダに入ったのかを知りたいんだね」
「その通りだ。俺からしたら、お前の行動は不可解すぎる。生みの親を想っていながら、生みの親を殺そうとしている組織の一員として動いている。それはなぜだ?」
みるみる険しくなっていくカイザーの表情とは反対に、ナターシャは微笑みを浮かべる。
「『失敗作』を……お母様の代わりとなる神を殺す力が欲しかった。ただ、それだけ」
極めて短い返答だった。カイザーは拍子抜けした顔になって、思わず剣を下ろしそうになってしまう。
「最初は、お母様がいつまでも生きられる方法を探してた。でも、デミ・ドゥームズデイの少し前にノーファ様と出会って……お母様を生き長らえさせるよりも、お母様の代わりになるかもしれない『失敗作』を殺して、自分が代わりになる方が現実的だって教えられた。どうしてノーファ様が『最高神代替候補』のことを知っていたかは今でもわからないけれど、実際に隠された資料を調べたら本当だってわかった。だから、デミ・ドゥームズデイで『最高神代替候補』の第一号を殺したんだ」
薄暗い天井を見上げながら、ナターシャは語る。カイザーにはデミ・ドゥームズデイの詳細はわからないが、観測者との出会いが彼女の運命や価値観を歪ませたのだと知った。
「短絡的としか言いようがないな。アストラルがどんなものか、お前も観測者から聞かされていたんじゃないのか?」
「わかってたよ。簡単に使っていい力じゃないって。だからこそ、ノーファ様たちの計画を利用してこの騒ぎを起こしたんだ」
ナターシャは力なく拳を握り、震わせる。赤い目の端に涙が滲んでいることに、カイザーは気づいていた。
「『組織』はお母様を殺そうとしている。それは遥か昔からのことで、もう止められない。何より、お母様はもう長く生きられないの。なら、私が代わりに次世代の最高神になって、お母様の遺志を継ぐしかないじゃない!!」
その叫びには、怒気と悲しみが入り混じっていた。
涙ぐましい訴えを、カイザーは冷めた目で聞き流す。その果てに、深いため息をついた。
「結局、お前もノーファに騙されたクチか。歴史は繰り返すんだな」
「え、なに? だま……され……?」
「まだわからないのか? ナターシャ、お前はノーファに『願い』を利用されたんだよ」
硬直しても、涙は伝い続ける。
目元の温かさを鬱陶しく感じながらも、ナターシャは小刻みに身体を震わせた。「騙された」「利用された」────自分にとって不都合極まりない言葉を、無意識に脳内で反芻する。
「言っただろ、あいつらは都合よく使える手駒を欲しているって。現代神という手駒がたくさん手に入れば、キャッセリアを掌握することも侵攻することも容易くなるからな。お前ら個人の願いを一つ一つ叶えてやるなんて、そんな手間のかかることやるわけねぇだろ」
何よりも苦しい現実を突きつけられ、自分の行いを顧みる。過去を遡れば遡るほど、ナターシャは理解していってしまった。
「じゃあ……私の行動は、お母様のためになっていなかったんだ……なんで、気づかなかったんだろう……私、バカだ……」
すべてが無駄だったと、気づいてしまった。
彼女にとって、それは自分の生きる意味をすっかり見失うことと同義だった。震える手に残った最後の力で、ナターシャは懐から黒い短剣を取り出した。
すでに剣を突きつけられていることすら忘れ、黒曜石のように鈍い輝きを持つ刃を自分の首元に当てた。そのときの彼女の目は死んだ魚のようだった。
「ごめんなさい、お母様。役立たずでごめんなさい。死んで詫びます。だから許してください。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「なっ!? おい、ちょっと」
「『クロノス・オペレーター』〈フリーズ〉」
光を失った目を見開いたまま、首に黒い刃を深々と切り込もうとしたとき。
彼女の動きが、止まった。
「うふふ、さすがにもう死んだかなぁ?」
〈AstroArts〉の効果が切れ、赤黒い毛を持つ狼は霧散した。その後に残されたのは、後ろ手に拘束されたままぐったりと横たわるユキアだけだった。
同じく誘拐されてきたルナステラは、未だに目覚める気配がない。星幽術を行使した張本人であるナターシャ以外に、この場で意識を保っているのはセルジュだけだった。彼でさえ、彼女の固有魔法による糸に囚われ身動きが取れない状態だ。
セルジュはこれでもかというほど目を見開き、眼前に突きつけられる現実のせいで過呼吸を繰り返していた。絶望が過ぎるあまり、笑いがこぼれた。セルジュは糸に身を委ね、力なく笑い続ける。
「あは……ははは……失敗にも程がありますね。こんなぼく、いっそ死ねば……」
「おいおい、それじゃ後味悪いだけだってわかるだろ?」
血の池に沈む少女の口から、声が聞こえた。狼に食い散らかされそうになっていたときよりも、遥かにはっきりとした声だ。
セルジュだけでなく、ナターシャも唖然としていた。なぜなら、意識を失ったはずのオーシャンブルーの瞳が、いつも通りはっきりと開かれているからだ。
「あれ? ユキア? 生きてた……です?」
「勝手に殺すな。それより、早く解放しろ!」
「なんかキャラ変わってません!? と、とりあえず、〈トニトルス・エアーカッター〉!」
明らかな様子の変化に慌てふためくも、セルジュは電撃の刃を周囲に放ち、自身に絡まった糸を切り裂いた。次に、ユキアの手枷に向かって金属の翼を振るった。手枷が砕けるとすぐに、ユキアは反動をつけて勢いよく立ち上がる。
「いってえぇぇ!? ひ、久々にまともな痛みを感じたぜ……いだだだだ」
だが、肩から血をダラダラ流しており、すぐに顔をしかめて肩を押さえた。その様子はユキアのイメージからあまりにもかけ離れており、セルジュは不審に思いつつユキアに声をかける。
「あ、あの……すみません、失礼ですが本当にユキアですか?」
「違うけど」
「はいぃ!? じゃあどなたですか!?」
よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりに両手を腰に当て、胸を張った。普段のユキアからは考えられない、自信に満ちた笑顔を見せつけるのだった。
「聞いて驚け! 俺は現代より遥か昔、古き良き時代に君臨した栄華の象徴、永世翔華神カイザー・グランデだ! この世に生きるあまねく生命よ、喝采とともにこの世の繁栄を讃えろ! あーっはっはっは!!」
高らかに笑うのは、彼女……否、彼だけだった。しばらくして、ユキアの身体を操るカイザーは、笑うのをやめて深く息をついた。
「……ああ、思い出した。題名は忘れたけど、子供がよく読む物語に出てくる偉そうな神ね。あなた、もうこの世にいないんじゃなかったの?」
「偉そうってなんだよ!? まあ、もう死んでるっていう部分は正解だけどな」
「その古代神様が、どうしてその失敗作の身体なんかに宿っているの?」
ナターシャは不機嫌な態度を隠すこともせず、カイザーをじっと見つめていた。
「何も不思議な話じゃねぇよ。身体に流れ込んできたアストラルを使わせてもらっただけだ。お前がこいつを狼に食わせてくれたおかげで、アストラルがいい感じに逆流してくれたからな」
「……ふーん」
「ていうかさ。お前、いい加減他人を失敗作呼ばわりするのやめろよ。何様のつもりだ? 俺がいなかったら、こいつは間違いなく死んでたぞ」
今、自身が借りている身体を指し示しながら、ナターシャを睨みつける。みるみるうちに、ナターシャの赤い瞳が鋭くなっていった。
「あなたには関係ない。これは現代神の問題なの、古代神は口出さないで!!」
下ろしていたメイスを再び振りかざす。セルジュが金属の翼を振るって防ごうとするが、その前にカイザーが動き出した。
「セルジュだったか? そこに倒れてる女の子を抱えて、ここから離れろ」
「は、はいっ!」
ユキア自身の武器である金色の片手剣を召喚し、メイスを受け止めた。その流れを保ったまま、メイスを振り払い剣を前に突き出した。
セルジュは金属の翼を展開したまま、ルナステラの元へ走った。その動きにナターシャが気づく。
「っ、『オブリビアス・ストリング』!」
「行かせるかよ!」
後退したナターシャから三本の硬い糸が放たれるも、カイザーは糸の隙間をするりと通り抜ける。華麗に回避したその流れから、再び剣を前に突き出した。
今度は後退しきれず、刃が左肩に深く刺さった。カイザーが剣を抜いたことで血が噴き出し、周囲が真っ赤に染め上げられる。
セルジュはルナステラを抱え、牢屋の扉に向かって金属の翼を振りかざす。ドアごと破壊し、知らぬ道を突き進んでいった。
「よし、これで巻き込む心配はなくなったな」
「ちっ、逃げられた……!」
「おっと、この俺を差し置いて逃げるなんて許さないぜ?」
セルジュたちを追おうとしたナターシャの背を斬りつけ、追跡を阻止した。
結果的に、ナターシャは単身でカイザーの相手をしなくてはいけなくなった。一気に傷を負ったことで動きが鈍る。
「あなた……ユキアの身体で、しかも傷ついているのになんで動けるの!?」
「んー。これは本人の努力によるものが大きいな。今の俺の力だけじゃ、こんなにスマートには動けなかった。おかげで色々試せそうだ」
ユキアは最高神生誕祭が始まる一週間前から、短期間ではあるが過密な鍛錬を行っていた。並の人間では限界を迎えていたであろう鍛錬を続けた結果、身体能力は向上しそれに付随して魔力量も増えた。
そのおかげか、元々カイザーの魂が持つ「エーテルに近づけられたアストラル」を生成する力も効率がよくなり、外部から吸収したアストラルを無害なものへ変換することもできるようになったのだ。
「あまり時間がかけられないのはこっちも同じだ。手短に終わらせてやるぜ」
カイザーは片手剣を自身の前に掲げ、意識を集中させる。刃に真っ白な光が宿り、周囲にまばゆい力の奔流が漂った。
傷口から血を流しながら、ナターシャは動き出す。しかし、カイザーがユキアの顔で不敵な笑みを浮かべているのに気づいた。
「『〈AstroLight Fracture〉』」
ナターシャに向かって刃が突き出され、光が粘性のある液体となり剥がれ落ちる。白く輝く液体がナターシャに触れた瞬間、液体すべてが大爆発を起こした。
牢屋全体が激しく揺さぶられ、視界が白く染まる。急激な視界の変化と爆発の衝撃により、ナターシャは耐えきれずその場に崩れ落ちた。
「ふー。意外と威力あるな。避難させておいてよかったぜ」
今の星幽術の爆発に、ユキアの身体も若干巻き込まれていた。服の端が少し焼け焦げたくらいで済んだのは、自身が星幽術を発動させた本人だったからだ。
カイザーは片手剣を構え、倒れたナターシャの首元へ突きつける。
「エーテライズ・アストラルを使ってやっただけでも感謝してくれよ。普通のアストラルだったら今の一撃で即死だったんだからな」
「……殺さないの? まさか、敵に情けをかけるつもり?」
「命のやり取りは嫌いだ。ただ、確かめたいことができた」
失敗作と呼んだ少女の顔で見下ろされ、彼女はありったけの殺意と怨恨を込めて睨みつけるのだった。
「ナターシャ・スクラヴォス。お前はどこで『観測者』と繋がった?」
突きつけた剣を魔力に変換してしまうことはせず、カイザーはナターシャへ問う。彼女は最初、その質問の意図を理解できず、首を傾げていた。
「お前ら『組織』は、今まで隠れて活動していた。普通の手段で接触できる奴らじゃないが、街に潜む観測者に会えれば組織には簡単に入れるんじゃないか? あいつらは昔と変わらず、都合よく使える手駒を欲しているからな」
「……つまり、私がどうして『組織』……ミストリューダに入ったのかを知りたいんだね」
「その通りだ。俺からしたら、お前の行動は不可解すぎる。生みの親を想っていながら、生みの親を殺そうとしている組織の一員として動いている。それはなぜだ?」
みるみる険しくなっていくカイザーの表情とは反対に、ナターシャは微笑みを浮かべる。
「『失敗作』を……お母様の代わりとなる神を殺す力が欲しかった。ただ、それだけ」
極めて短い返答だった。カイザーは拍子抜けした顔になって、思わず剣を下ろしそうになってしまう。
「最初は、お母様がいつまでも生きられる方法を探してた。でも、デミ・ドゥームズデイの少し前にノーファ様と出会って……お母様を生き長らえさせるよりも、お母様の代わりになるかもしれない『失敗作』を殺して、自分が代わりになる方が現実的だって教えられた。どうしてノーファ様が『最高神代替候補』のことを知っていたかは今でもわからないけれど、実際に隠された資料を調べたら本当だってわかった。だから、デミ・ドゥームズデイで『最高神代替候補』の第一号を殺したんだ」
薄暗い天井を見上げながら、ナターシャは語る。カイザーにはデミ・ドゥームズデイの詳細はわからないが、観測者との出会いが彼女の運命や価値観を歪ませたのだと知った。
「短絡的としか言いようがないな。アストラルがどんなものか、お前も観測者から聞かされていたんじゃないのか?」
「わかってたよ。簡単に使っていい力じゃないって。だからこそ、ノーファ様たちの計画を利用してこの騒ぎを起こしたんだ」
ナターシャは力なく拳を握り、震わせる。赤い目の端に涙が滲んでいることに、カイザーは気づいていた。
「『組織』はお母様を殺そうとしている。それは遥か昔からのことで、もう止められない。何より、お母様はもう長く生きられないの。なら、私が代わりに次世代の最高神になって、お母様の遺志を継ぐしかないじゃない!!」
その叫びには、怒気と悲しみが入り混じっていた。
涙ぐましい訴えを、カイザーは冷めた目で聞き流す。その果てに、深いため息をついた。
「結局、お前もノーファに騙されたクチか。歴史は繰り返すんだな」
「え、なに? だま……され……?」
「まだわからないのか? ナターシャ、お前はノーファに『願い』を利用されたんだよ」
硬直しても、涙は伝い続ける。
目元の温かさを鬱陶しく感じながらも、ナターシャは小刻みに身体を震わせた。「騙された」「利用された」────自分にとって不都合極まりない言葉を、無意識に脳内で反芻する。
「言っただろ、あいつらは都合よく使える手駒を欲しているって。現代神という手駒がたくさん手に入れば、キャッセリアを掌握することも侵攻することも容易くなるからな。お前ら個人の願いを一つ一つ叶えてやるなんて、そんな手間のかかることやるわけねぇだろ」
何よりも苦しい現実を突きつけられ、自分の行いを顧みる。過去を遡れば遡るほど、ナターシャは理解していってしまった。
「じゃあ……私の行動は、お母様のためになっていなかったんだ……なんで、気づかなかったんだろう……私、バカだ……」
すべてが無駄だったと、気づいてしまった。
彼女にとって、それは自分の生きる意味をすっかり見失うことと同義だった。震える手に残った最後の力で、ナターシャは懐から黒い短剣を取り出した。
すでに剣を突きつけられていることすら忘れ、黒曜石のように鈍い輝きを持つ刃を自分の首元に当てた。そのときの彼女の目は死んだ魚のようだった。
「ごめんなさい、お母様。役立たずでごめんなさい。死んで詫びます。だから許してください。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「なっ!? おい、ちょっと」
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