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【巨大聖戦編】第7章「誰がための選定」
165話 失敗
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「やれやれ、勝手に死なれては困りますよ。本当に皆さんを裏切った意味がなくなるじゃないですか」
今まで、気配を感じさせず存在感を隠し続けていた誰かが現れた。牢屋の前には、もう一人の人物がいたのだ。
牢屋の扉を開けて入ってきたのは、黒いローブをまとった時の神の少年──トゥリヤ。フードは被っておらず、赤と緑のオッドアイには何の感情も宿っていない。
「ユキアさん……ではないみたいですね。とりあえず、こちらへ来てくださいますか? 安心してください、しばらくは動き出さないので」
ただ、不思議そうにカイザーのことを見た後、牢屋の外へ出るよう手招きした。
カイザーは剣を下げ、牢屋から出る。トゥリヤは丁寧に扉を閉め、カイザーへ向き直った。
「お前、いつから見ていた?」
「ナターシャの後をついてきましたので、彼女がそこに入ってからのことはすべて」
時間を止められ制止した女に向けていた剣を、今度はトゥリヤへと向けた。剣を突きつけられた本人は若干たじろぎつつも、自身の武器を召喚することはしない。
「……今日だけで何回武器を突きつけられるんですかね、僕」
「知るか。俺がユキアの身体に宿ってから、ユキアが見聞きしたものは全部知ってる。よくも、俺の大事な親友の腹に穴開けてくれたな」
そういえばそうでした、と肩をすくめるトゥリヤ。黙るカイザーに、彼は頭を深く下げた。
「ごめんなさい。謝って済む問題ではないですが、必要なことだったんです」
「なんだよそれ……落とし前として詳しく教えろ。そうしたら剣は下げてやらんでもない」
トゥリヤは顔を上げ、困ったような笑みを見せる。
「ナターシャに隙が生まれるチャンスを、できるだけ多く作りたかったんです。ナターシャさんの狙いは先程の方たちだということはわかっていましたから」
「だからって……あいつの友達思いな性格を利用するなんて、最低にも程がある。何が目的だったんだよ」
「記憶の共有などができるかは知りませんが、ユキアさんの身体の中にいるんでしょう? 彼女やセルジュさん……ステラさんにも、聞かれたくないんです」
トゥリヤは懐中時計が飾られた中折れ帽を深く被り、カイザーから視線を逸らした。
真実を聞き出そうとしたところで、頑なに答えようとはしないとわかったカイザーは、質問攻めをやめて剣を下ろした。
「セルジュさんとステラさんを逃がしたままでしょう? 早めに合流した方がいいと思いますよ」
「わかってらぁ────……っ、やべ」
急に、カイザーの足取りがふらついた。トゥリヤは慌ててカイザーの身体を支えるが、力が抜けたことによる重さで自身もバランスを崩しそうになった。
「大丈夫ですか!?」
「そろそろ、アストラルが切れる……ユキアに身体を返さねぇと────」
カイザーの言葉が途切れ、トゥリヤの腕に全体重がのしかかる。目が覚めるまで横たわらせよう、と思い屈もうとしたとき、二つに結ばれた金髪がふわっと躍った。
「トゥリヤ! なんであんたがここに!?」
顔を上げるとともに聞こえた驚きの声は、トゥリヤがよく知る少女のものになっていた。トゥリヤを突き飛ばしそうな勢いで離れたユキアに対し、再び頭を下げた。
「あ、えっと……ごめんなさい」
「謝られても困るんだけど!? いつの間にか解放されてるし────あれ、ナターシャ先生は?」
どうやら、カイザーが身体を動かしていたときのことは一切わかっていないようだった。トゥリヤは安堵の息を漏らす。
「セルジュさんとステラさんは、先に牢屋から脱出されました。ここはとある建物の地下で、この道を真っすぐ行けば上の階に行けます。お二人もその先にいると思います」
「えっ? ……嘘じゃないでしょうね」
「もう嘘は吐かないですよ。吐く必要がなくなりましたから」
ユキアの背後へ続く道を指さし、トゥリヤは微笑んだ。ユキアは状況がわからない中、唯一味方だと確信できるセルジュとルナステラの身を案じ、指し示された道へ足を運ぼうとした。
その際、歩き出す気配のないトゥリヤを振り返る。
「ねぇ、来ないの?」
当たり前のようにそう聞いてきたので、トゥリヤは拍子抜けしてしまう。彼女の後を追うつもりなど、一切なかったのだから。
「僕はまだやることがあります。あなたにはついていけません」
「あ、そう……まあ、私は裏切り者にかける情なんかないし、あんたなんかどうなったっていいけど」
ユキアはぷいとそっぽを向き、棘のある言葉を吐く。口には出さないものの、あまりにも下手な嘘だと苦笑いをした。
「ええ、そう思っていてください。裏切り者に心を許すなんて、あってはなりませんから」
その言葉に背中を押されるように、ユキアはその場から走り去る。トゥリヤはしばらくの間、ユキアの背中が遠ざかるのをぼんやりと見つめていた。
「あれが『古代を夢見る五番目の御子』か。見た目はただの人間と相違ないが、内に秘める気高さは一級品だ……くふふ、あの娘の感情は美味そうだ」
トゥリヤの背後に、黒い杖を持った銀髪銀目の大人が空気から溶け出た。にんまりと笑いながら、すでに見えなくなった背中があった道を見つめている。
慌てて振り返ったトゥリヤだったが、大人はかしこまらなくていい、と言いたげに片手を上げた。
「預言者様、どうしてここに?」
「逃げおおせた末に辿り着いただけだよ、ノルン……いや、アーケンシェンの『時空の操者』」
大人──預言者は、腑に落ちないと言いたげな顔でトゥリヤの目を見る。
「君は孤独を選んだんだな。せっかく人間に等しい魂を持っているのだから、もっと利己的に生きればいいのに」
「それはあまりにも都合が良すぎる生き方です。クロウリーさんみたいに堂々と裏切っていたら、また少し違った結末になったかもしれませんが。僕はそんな勇気さえ持ち合わせていない、卑怯で最低な神ですよ」
「……ふーむ。感情というものは、やはり不思議なものだ。いくら触れても理解が難しいよ」
トゥリヤの目の前に立つ預言者の身体は、とても大きく見えて威圧感があった。緊張の糸が張り詰める中、トゥリヤは預言者の行動を窺っている。
その探るような態度に気づいたのか、預言者は薄っすらと笑いかけた。
「君はリコリスを始末することで、最高神の失敗作たる『御子』を救いたかったんだな。だが、リコリスに隠された『システム』について、君は知っているかい?」
預言者はトゥリヤから目を離し、彼の周りを意味もなく歩き始める。トゥリヤは預言者の動きを注視するあまり、身動きが取れなくなった。
「御子? システム? そのような言葉は聞いたことがありません。いきなり何の話ですか?」
「ああ、これらは私が勝手にそう呼んでいるのさ。御子とは、最高神の代替となる神『最高神代替候補』のこと。システムとは、『搭載された神本人でも操作できない人格』のことだ」
トゥリヤ自身は、ナターシャからある程度情報を聞き出すことができていたため、ユキアたちが「最高神代替候補」であり、それが原因で命を狙われたことも知っていた。
だが、預言者の言う「システム」については心当たりすらなかった。
「誤解があるようですが、僕が彼女を監視し殺そうとしていたのは、彼女が自分の都合で子供を手にかけるような女だったからです。正直、システムなどという概念はどうでもいいんですが」
「ああ……つまり、あと一歩のところで真実には辿り着けなかったんだね。まあ、彼女の行動に『システム』が直接関与していたわけではないし、彼女の本質が招いたことによる結果論に過ぎない」
預言者は回るのをやめ、屈んでトゥリヤの顔にぐっと近づく。それと同時に、トゥリヤの頭に人差し指を突きつけた。
銀の瞳には曇りがなかった。見とれてしまうくらい透き通っており、不思議な美しさを内包しているように感じる。
「例えば、君の中には『時の記憶』と呼ばれるものが宿っている。それは君に宿る『システム』だ。君には干渉できないが常に動いている。『現代の歴史を間違いなく記録する装置』だから、改ざんなどができないようにされているね」
「……確かに、僕は『時の記憶』を自分で弄ったことは一切ありませんけど」
「そう、君には操ることができない。君の『時の記憶』と同じように、彼女の脳みそにも操作不可能の『システム』が備わっているらしいんだ。君とは違って、一切存在を認識していなかったみたいだがね」
顔を遠ざけて指も離し、お互いの距離を元に戻す。預言者は眠くなるくらい落ち着いた声色で、一方的に会話を続けていた。
「リコリスに隠されたシステムは、『最高神選定者』と呼ばれている。アイリスが死んだら、リコリスの脳に搭載された『最高神選定者』が覚醒し、御子の中から次世代の最高神を決めようと行動する。本来であれば、極めて平和的に選定が成されるものだったのだけどね」
トゥリヤと目を合わせた預言者は口の両端を持ち上げ、悪寒が走るほど歪な笑みを浮かべた。
「デミ・ドゥームズデイでリコリスがアストラルに適応したことで、『最高神選定者』の在り方が歪められた。次世代の最高神を穏やかに選定するためのシステムが、最強の最高神を決めるための殺戮兵器になり果てたのさ」
預言者とは対照的に、トゥリヤは顔を真っ青にした。ナターシャに隠された秘密は、自分の予想を大きく上回るほど闇が深かったからだ。
百年前の事件で、彼女の盲愛が病的なものになった。それと同時に、次世代最高神の「選定」が「間引き」になる運命が定まってしまった。
そして────神々の誰しもが、それに気づく由がなかった。
「アイリスは君たちアーケンシェンにさえ『最高神代替候補』のことを教えなかった。それは公平な選定をするためだったと思う。だが、結果として彼女の不完全さが露呈するだけになった。現代の最高神は、初代ほど優秀ではなかったね」
「あなたは、一体どこでそれを知ったんですか。観測者のお二人も知っているんですか?」
「君が知る必要はない。なぜなら、君はその選定の場には行けないからね」
杖が動いたとき、預言者に表情はなかった。
経験したことがないほどの激痛を覚える理由がわからなかった。口から鮮血を吐き出したとき、彼が持っている黒い杖が自分の腹に突き刺さっていることに気づいたのだ。
刺されたことを自覚して思い浮かんだのは、裏切った罰がついに下ったということだった。
「私が君からもらいたいものは二つだ。一つは『時の記憶』。もう一つは、君たちアーケンシェンに共通する異質な右目だ」
トゥリヤが口からずっと血を吐き出す中、淡々と預言者は告げる。身体の末端がぴくぴくと痙攣し、言葉を返す余裕すらない。
「アーケンシェンの中でも、君に預けられたものはとりわけ貴重らしいからね。前々から、私たちの計画の糧にしたいと思っていたんだ」
「まさ、か……最初からそれを知ってて……僕をミストリューダに……」
「そうだとも。この時代すべての記録とも言える『時の記憶』もそうだが、君の右目に『時空干渉』の権能が宿っていると知ったときから、アーケンシェンで最初に殺すのは君だと決めていたんだ。時間を操るなんて、古代神でも滅多にお目にかかれない権能だからね」
もはや、預言者の言葉の意味がわからなかった。血液がものすごい勢いで失われて、取り戻すことができない。
杖を乱暴に引き抜き、牢屋の周囲が真っ赤に染め上げられる。倒れたトゥリヤの身体から血が流れだし、血の池が広がっていく。
「くふっ……時を操る力を奪って……何をしようと言うんですか……?」
「いや? ただ遊びたいだけさ」
「それ……だけ……?」
「ああ。ついでに言うと、君の失敗はリコリスの時を止めずに、そのまま自刃させなかったことだ。君が何を思ったのかは知らないが、目的を遂行させるなら手段にこだわってはいけないよ。彼女が死ねばそれでいい、と考えるくらいしないとね」
後悔しても遅かった。すべては自分が愚かで浅はかだったのが原因だ────そう自分を責めずにはいられなかった。すでに大半の血液が流れ出し、トゥリヤの身体に力が入ることは二度となかった。
ただ────最後に何か言いたくて、口を小さく動かした。
「……はは……結局、背負わせることになってしまうんですね……ごめんなさい……クリム、さん────」
力ない微笑みとともに涙を流し、頭を歪な光で貫かれた。
今まで、気配を感じさせず存在感を隠し続けていた誰かが現れた。牢屋の前には、もう一人の人物がいたのだ。
牢屋の扉を開けて入ってきたのは、黒いローブをまとった時の神の少年──トゥリヤ。フードは被っておらず、赤と緑のオッドアイには何の感情も宿っていない。
「ユキアさん……ではないみたいですね。とりあえず、こちらへ来てくださいますか? 安心してください、しばらくは動き出さないので」
ただ、不思議そうにカイザーのことを見た後、牢屋の外へ出るよう手招きした。
カイザーは剣を下げ、牢屋から出る。トゥリヤは丁寧に扉を閉め、カイザーへ向き直った。
「お前、いつから見ていた?」
「ナターシャの後をついてきましたので、彼女がそこに入ってからのことはすべて」
時間を止められ制止した女に向けていた剣を、今度はトゥリヤへと向けた。剣を突きつけられた本人は若干たじろぎつつも、自身の武器を召喚することはしない。
「……今日だけで何回武器を突きつけられるんですかね、僕」
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そういえばそうでした、と肩をすくめるトゥリヤ。黙るカイザーに、彼は頭を深く下げた。
「ごめんなさい。謝って済む問題ではないですが、必要なことだったんです」
「なんだよそれ……落とし前として詳しく教えろ。そうしたら剣は下げてやらんでもない」
トゥリヤは顔を上げ、困ったような笑みを見せる。
「ナターシャに隙が生まれるチャンスを、できるだけ多く作りたかったんです。ナターシャさんの狙いは先程の方たちだということはわかっていましたから」
「だからって……あいつの友達思いな性格を利用するなんて、最低にも程がある。何が目的だったんだよ」
「記憶の共有などができるかは知りませんが、ユキアさんの身体の中にいるんでしょう? 彼女やセルジュさん……ステラさんにも、聞かれたくないんです」
トゥリヤは懐中時計が飾られた中折れ帽を深く被り、カイザーから視線を逸らした。
真実を聞き出そうとしたところで、頑なに答えようとはしないとわかったカイザーは、質問攻めをやめて剣を下ろした。
「セルジュさんとステラさんを逃がしたままでしょう? 早めに合流した方がいいと思いますよ」
「わかってらぁ────……っ、やべ」
急に、カイザーの足取りがふらついた。トゥリヤは慌ててカイザーの身体を支えるが、力が抜けたことによる重さで自身もバランスを崩しそうになった。
「大丈夫ですか!?」
「そろそろ、アストラルが切れる……ユキアに身体を返さねぇと────」
カイザーの言葉が途切れ、トゥリヤの腕に全体重がのしかかる。目が覚めるまで横たわらせよう、と思い屈もうとしたとき、二つに結ばれた金髪がふわっと躍った。
「トゥリヤ! なんであんたがここに!?」
顔を上げるとともに聞こえた驚きの声は、トゥリヤがよく知る少女のものになっていた。トゥリヤを突き飛ばしそうな勢いで離れたユキアに対し、再び頭を下げた。
「あ、えっと……ごめんなさい」
「謝られても困るんだけど!? いつの間にか解放されてるし────あれ、ナターシャ先生は?」
どうやら、カイザーが身体を動かしていたときのことは一切わかっていないようだった。トゥリヤは安堵の息を漏らす。
「セルジュさんとステラさんは、先に牢屋から脱出されました。ここはとある建物の地下で、この道を真っすぐ行けば上の階に行けます。お二人もその先にいると思います」
「えっ? ……嘘じゃないでしょうね」
「もう嘘は吐かないですよ。吐く必要がなくなりましたから」
ユキアの背後へ続く道を指さし、トゥリヤは微笑んだ。ユキアは状況がわからない中、唯一味方だと確信できるセルジュとルナステラの身を案じ、指し示された道へ足を運ぼうとした。
その際、歩き出す気配のないトゥリヤを振り返る。
「ねぇ、来ないの?」
当たり前のようにそう聞いてきたので、トゥリヤは拍子抜けしてしまう。彼女の後を追うつもりなど、一切なかったのだから。
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「あ、そう……まあ、私は裏切り者にかける情なんかないし、あんたなんかどうなったっていいけど」
ユキアはぷいとそっぽを向き、棘のある言葉を吐く。口には出さないものの、あまりにも下手な嘘だと苦笑いをした。
「ええ、そう思っていてください。裏切り者に心を許すなんて、あってはなりませんから」
その言葉に背中を押されるように、ユキアはその場から走り去る。トゥリヤはしばらくの間、ユキアの背中が遠ざかるのをぼんやりと見つめていた。
「あれが『古代を夢見る五番目の御子』か。見た目はただの人間と相違ないが、内に秘める気高さは一級品だ……くふふ、あの娘の感情は美味そうだ」
トゥリヤの背後に、黒い杖を持った銀髪銀目の大人が空気から溶け出た。にんまりと笑いながら、すでに見えなくなった背中があった道を見つめている。
慌てて振り返ったトゥリヤだったが、大人はかしこまらなくていい、と言いたげに片手を上げた。
「預言者様、どうしてここに?」
「逃げおおせた末に辿り着いただけだよ、ノルン……いや、アーケンシェンの『時空の操者』」
大人──預言者は、腑に落ちないと言いたげな顔でトゥリヤの目を見る。
「君は孤独を選んだんだな。せっかく人間に等しい魂を持っているのだから、もっと利己的に生きればいいのに」
「それはあまりにも都合が良すぎる生き方です。クロウリーさんみたいに堂々と裏切っていたら、また少し違った結末になったかもしれませんが。僕はそんな勇気さえ持ち合わせていない、卑怯で最低な神ですよ」
「……ふーむ。感情というものは、やはり不思議なものだ。いくら触れても理解が難しいよ」
トゥリヤの目の前に立つ預言者の身体は、とても大きく見えて威圧感があった。緊張の糸が張り詰める中、トゥリヤは預言者の行動を窺っている。
その探るような態度に気づいたのか、預言者は薄っすらと笑いかけた。
「君はリコリスを始末することで、最高神の失敗作たる『御子』を救いたかったんだな。だが、リコリスに隠された『システム』について、君は知っているかい?」
預言者はトゥリヤから目を離し、彼の周りを意味もなく歩き始める。トゥリヤは預言者の動きを注視するあまり、身動きが取れなくなった。
「御子? システム? そのような言葉は聞いたことがありません。いきなり何の話ですか?」
「ああ、これらは私が勝手にそう呼んでいるのさ。御子とは、最高神の代替となる神『最高神代替候補』のこと。システムとは、『搭載された神本人でも操作できない人格』のことだ」
トゥリヤ自身は、ナターシャからある程度情報を聞き出すことができていたため、ユキアたちが「最高神代替候補」であり、それが原因で命を狙われたことも知っていた。
だが、預言者の言う「システム」については心当たりすらなかった。
「誤解があるようですが、僕が彼女を監視し殺そうとしていたのは、彼女が自分の都合で子供を手にかけるような女だったからです。正直、システムなどという概念はどうでもいいんですが」
「ああ……つまり、あと一歩のところで真実には辿り着けなかったんだね。まあ、彼女の行動に『システム』が直接関与していたわけではないし、彼女の本質が招いたことによる結果論に過ぎない」
預言者は回るのをやめ、屈んでトゥリヤの顔にぐっと近づく。それと同時に、トゥリヤの頭に人差し指を突きつけた。
銀の瞳には曇りがなかった。見とれてしまうくらい透き通っており、不思議な美しさを内包しているように感じる。
「例えば、君の中には『時の記憶』と呼ばれるものが宿っている。それは君に宿る『システム』だ。君には干渉できないが常に動いている。『現代の歴史を間違いなく記録する装置』だから、改ざんなどができないようにされているね」
「……確かに、僕は『時の記憶』を自分で弄ったことは一切ありませんけど」
「そう、君には操ることができない。君の『時の記憶』と同じように、彼女の脳みそにも操作不可能の『システム』が備わっているらしいんだ。君とは違って、一切存在を認識していなかったみたいだがね」
顔を遠ざけて指も離し、お互いの距離を元に戻す。預言者は眠くなるくらい落ち着いた声色で、一方的に会話を続けていた。
「リコリスに隠されたシステムは、『最高神選定者』と呼ばれている。アイリスが死んだら、リコリスの脳に搭載された『最高神選定者』が覚醒し、御子の中から次世代の最高神を決めようと行動する。本来であれば、極めて平和的に選定が成されるものだったのだけどね」
トゥリヤと目を合わせた預言者は口の両端を持ち上げ、悪寒が走るほど歪な笑みを浮かべた。
「デミ・ドゥームズデイでリコリスがアストラルに適応したことで、『最高神選定者』の在り方が歪められた。次世代の最高神を穏やかに選定するためのシステムが、最強の最高神を決めるための殺戮兵器になり果てたのさ」
預言者とは対照的に、トゥリヤは顔を真っ青にした。ナターシャに隠された秘密は、自分の予想を大きく上回るほど闇が深かったからだ。
百年前の事件で、彼女の盲愛が病的なものになった。それと同時に、次世代最高神の「選定」が「間引き」になる運命が定まってしまった。
そして────神々の誰しもが、それに気づく由がなかった。
「アイリスは君たちアーケンシェンにさえ『最高神代替候補』のことを教えなかった。それは公平な選定をするためだったと思う。だが、結果として彼女の不完全さが露呈するだけになった。現代の最高神は、初代ほど優秀ではなかったね」
「あなたは、一体どこでそれを知ったんですか。観測者のお二人も知っているんですか?」
「君が知る必要はない。なぜなら、君はその選定の場には行けないからね」
杖が動いたとき、預言者に表情はなかった。
経験したことがないほどの激痛を覚える理由がわからなかった。口から鮮血を吐き出したとき、彼が持っている黒い杖が自分の腹に突き刺さっていることに気づいたのだ。
刺されたことを自覚して思い浮かんだのは、裏切った罰がついに下ったということだった。
「私が君からもらいたいものは二つだ。一つは『時の記憶』。もう一つは、君たちアーケンシェンに共通する異質な右目だ」
トゥリヤが口からずっと血を吐き出す中、淡々と預言者は告げる。身体の末端がぴくぴくと痙攣し、言葉を返す余裕すらない。
「アーケンシェンの中でも、君に預けられたものはとりわけ貴重らしいからね。前々から、私たちの計画の糧にしたいと思っていたんだ」
「まさ、か……最初からそれを知ってて……僕をミストリューダに……」
「そうだとも。この時代すべての記録とも言える『時の記憶』もそうだが、君の右目に『時空干渉』の権能が宿っていると知ったときから、アーケンシェンで最初に殺すのは君だと決めていたんだ。時間を操るなんて、古代神でも滅多にお目にかかれない権能だからね」
もはや、預言者の言葉の意味がわからなかった。血液がものすごい勢いで失われて、取り戻すことができない。
杖を乱暴に引き抜き、牢屋の周囲が真っ赤に染め上げられる。倒れたトゥリヤの身体から血が流れだし、血の池が広がっていく。
「くふっ……時を操る力を奪って……何をしようと言うんですか……?」
「いや? ただ遊びたいだけさ」
「それ……だけ……?」
「ああ。ついでに言うと、君の失敗はリコリスの時を止めずに、そのまま自刃させなかったことだ。君が何を思ったのかは知らないが、目的を遂行させるなら手段にこだわってはいけないよ。彼女が死ねばそれでいい、と考えるくらいしないとね」
後悔しても遅かった。すべては自分が愚かで浅はかだったのが原因だ────そう自分を責めずにはいられなかった。すでに大半の血液が流れ出し、トゥリヤの身体に力が入ることは二度となかった。
ただ────最後に何か言いたくて、口を小さく動かした。
「……はは……結局、背負わせることになってしまうんですね……ごめんなさい……クリム、さん────」
力ない微笑みとともに涙を流し、頭を歪な光で貫かれた。
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