ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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【巨大聖戦編】第7章「誰がための選定」

166話 Fake

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 雪原のみが広がる、名もない箱庭が存在する。その建物は、遙か彼方まで広がる白銀の世界にそびえ立っていた。大理石の色をした筒のような形の建物は、まさに天まで届きそうなほど高い「塔」だ。
 アスタは単身で塔に辿り着き、辺りを見回していた。

「どこに行ったの、あのローブの奴……」

 アスタが指しているのは、ルナステラを連れ去った構成員のことであった。キャッセリアから離れ、箱庭の端を何度も通り抜ける間に、いつの間にか見失ってしまったのだ。
 夜の雪原は気温が下がる一方であり、半袖のコートに半ズボンという極めて寒々しい格好で動いている彼は、寒さに身を僅かに震わせている。辺鄙にも程がある場所に存在しているこの塔に入っても、肌寒さは軽減されない気がした。

「アスタ! お主、ここで何をやっとるのじゃ?」
「カトラス? それにアリアまで」

 塔を見上げていたアスタの背後に、カトラスとアリアが現れた。カトラスは白銀の鉄槌を構えており、落ち着いた状態で臨戦態勢を保っている。アリアも薄桃色の両手剣を握ってはいるものの、カトラスとは違いとてもそわそわしていた。

「アスタ急いで! このままじゃアイリス様が殺されちゃう!」
「えっ、もしかしてこの塔にいるの?」
「アイリスをさらった構成員がこの塔に入った後、見失った。上に行ったか下に行ったかもわからん」

 どんどん神が行方不明になる中、キャッセリアはひどい混乱状態だった。その隙を謎の組織に突かれ、アイリスがさらわれた。アイリスの近くにいたカトラスやアリアでもそれは食い止められず、結局、人間の箱庭まで来るはめになったらしい。

「二人とも、どうやって人間の箱庭まで来たの? 箱庭の端を通ったの?」
「いや、宮殿の中庭のゲートを使った。端を通るのは危ない上、わしならゲートを起動できるからのう」
「それにしても、まさかカトラスさんがゲートを使うことができたなんてね。使えるひとが限られてるって聞いてたから驚いちゃった」
「まあ、お主らには見せたことがなかったからな」

 中庭の中央には、年季が入っていそうな大木が生えている。その大木の前にある結晶でできた門と、大木の幹の空洞は連動しており、門と大木を合わせて「ゲート」と呼んでいるのだ。アスタは実際にゲートが動いているのを見たことがない。だが、神隠し事件の犯人がまだわからなかった頃、クリムがゲートの動く瞬間を目撃したことを知っていた。

「ふむ、ここは二手に分かれよう。アスタ、お主は下に行け。わしとアリアは上に行く」
「はぁ!? なんでボクまで!?」
「探しているうちにアイリスも見つけたら、よろしく頼む。ではアリア、行くぞ」

 カトラスとアリアは塔に入り、丸い壁に沿うような形の螺旋階段を素早く駆け上がっていく。しまいには、アリアが背中の翼を広げて飛び立ち、上がどのような状況になっているのかを見に行った。
 アスタも塔に入り、彼らとは逆の道を進む。上の階への螺旋階段とは別に、地下へ続く同じ形の螺旋階段を見つけたので、即座に降りていく。
 階段の終わりに差し掛かった頃には、すでに淀んだ空気が漂っていた。牢屋が立ち並ぶ通路は一本だけで、カーブ状に奥まで続いている。
 アスタは牢屋の中に誰かいないかを確認しつつ、先へ先へと走った。奥へ行けばいくほど、嫌な匂いが鼻をつく。
 それは、遥か昔に嫌というほど嗅いだ、血の匂い。

「なにこれ……何があったの?」

 とある牢屋の扉が開いている。しかし、その前に転がっているものが気になり、アスタは立ち止まる。
 懐中時計付きの中折れ帽と、その近くに転がる人型の肉塊。それは、黒いローブを着たまま、赤黒い血の池に倒れている子供のものだ。
 だが、彼には首が「なかった」。

「え……トゥリ、ヤ……なん、で……?」

 星の宿る目を見開きながら、思わず後ずさりしてしまう。首の断面を起点として、赤黒い花が咲いていた。おまけに、断ち切られた首がどこにも見当たらない。
 自分たちを裏切ったはずの神が、目の前で無惨な遺骸となっている。これは一体どういうことか、考えようとしても頭が真っ白になっていた。

「おや。一歩遅かったようだね、『傲慢なる星灯』」

 アスタがトゥリヤの遺体を見下ろしていると、抑揚のない声が聞こえてきた。声の主が、開いた牢屋の扉から姿を現す。
 左頬の泣きぼくろが特徴的な、短い銀髪と銀目の大人だった。黒い装束は組織の着るものに似ていたが、材質はとても高価そうなものだ。構成員たちにはないきらびやかな装飾がいくつも施されている。
 相手の手は、金の髪ごと「生首」を掴んでいた。そして、もう片方の手で、血の気が失せた手を掴み、血まみれの身体を牢屋から引きずり出そうとしているところだった。

「もしかして、『時空の操者クロノ・プレイヤー』と仲が良かったのかい? そうだとしたらすまないねぇ」

 仲が良かったか否かは関係なかった。見知った人物が死んでいるという事実は変えられない。
 それよりも、泣きぼくろのひとは謝罪の言葉を述べておきながら、申し訳なさそうな雰囲気は一切感じられない。それがどことなく不快で、忌々しいと思った。

「今、引きずっているのってまさか……?」
「リコリス。本名はナターシャ・スクラヴォス。危なかったよ、もう少しナイフの軌道が正確だったら自刃が成功するところだった」
「なんでそんな状況に……」

 引きずられた身体の首元には大きく切り裂かれた跡があるが、荒い呼吸を繰り返しているため死んでいないことは確かだった。
 泣きぼくろのひとは引きずっていた手を離して、黒い杖を召喚する。それは、とある少女を連れ去った構成員の持っていた杖に酷似していた。

「その杖……! ルナステラをどこにやったの!?」
「彼女を連れ去ったのは私の『分身』さ。適当なところで私と入れ替わり、リコリスと合流してここに運んできたんだが……捕まっていた御子たちも色々あって逃げてしまった。今頃、雪原をさまよっているんじゃないかなぁ」

 泣きぼくろのひとの言葉が本当であれば、自分が探す者たちは無事で間違いないはずだ。今すぐにでもここから離れ、塔の外に広がる白銀の世界へ足を運ばなくてはいけなかった。
 だが、泣きぼくろのひとが杖を掲げ、歪な黒い光によって杖を鋭く黒い刃に変形させたことに気づく。

「っ、まだボクの邪魔をする気!?」

 金色の短剣を取り出して身構えるアスタ。泣きぼくろのひとはほんの少し微笑んだ。

「大実験の前準備さ。見ていくかい?」

 その刹那、泣きぼくろのひとは黒い刃をトゥリヤの生首に突き刺した。絶望に染まった赤目に刃が食い込んでいき、抉り取られる。抉った眼球を手にしたと思えば、血を払うことなく口に放り込んだ。

「な……っ、なんなのキミ、気持ち悪い!!」
「心外だなぁ。こっちはただ生理的欲求を満たしているだけなのに」

 構えた短剣を震わせてしまうほど、アスタは動揺する。相手が何を思って遺体を切り刻んだのか、身体の一部を食べたのか、想像することさえ拒んだからだ。

「そういえば。君が好いている五番目の御子を見かけたよ。ユキアといったか?」

 残虐な仕打ちをした後、まるで世間話をするかのように話しかけてくる。

「若くて可憐で、気高い娘だったね。彼女を私のものにしていいかい?」
「……は? 何言ってんの……?」
「言葉通りの意味さ。私はユキアが気に入った。彼女を私の支配下に置いて、私の思い通りに遊んでやりたいのさ」

 相手の顔に歪な笑みが浮かぶのを見て、息を飲む。
 いつまでも動揺しているわけにはいかない。精一杯の軽蔑を込めて、相手を睨みつける。

「ユキに何をするつもりか知らないけど、キミみたいなろくでなしには絶対渡さない」
「おやおや、そんなに怒ることはないだろう? ……もしかして君は彼女と恋愛関係だったりするのかい?」
「死ねっ!!」

 短剣を構え、泣きぼくろのひとへ突撃する。相手は血と肉にまみれた刃で、短剣を弾き飛ばそうとした。
 だが、汚れた刃を受け流し、さらに距離を詰めて短剣を突き出す。高価な装飾を断ち切ったことで、色とりどりの宝石や結晶が散らばっていく。
 また無表情に戻った泣きぼくろのひとは、刃を黒い光で包み込む。そして、元々持っていた黒い杖の形に戻した。

「《Erosio Tenebrisエローシオ・テネブリス》」
「『〈Polophylaxポロフィラックス〉』!」

 杖の先端から放たれる、吸い込まれるような黒い霧。アスタは自身の幻影を生み出し、霧をすべて受け止めさせる。
 霧が生成される時間はそう長くない。幻影を捨て駒にして走り込み、泣きぼくろのひとの腹へ向かって膝蹴りをくらわせた。打撃を受けたその一瞬は体勢を崩した。
 そこに、さらに短剣を突き刺そうと飛び込んだ。その頃には、泣きぼくろのひとの体勢が元に戻っており、刃を片手で受け止められる。傷がついた手から赤い雫が垂れるも、すぐに再生して傷が消えた。

「やれやれ。君はやはり昔と変わらないね」
「うるさい! ボクはオマエなんか知らないっ!」

 短剣ごとアスタを押し返し、杖を向けて黒い光を連続で放つ。黒い光は稲妻をまとっており、受けた場合何らかのデメリットが付随してくると見えた。アスタは身を翻して回避し、避け切れない分は『〈Polophylaxポロフィラックス〉』で幻影に負担させる。
 基本的に、フットワークが軽く激しい動きをしているのはアスタの方だった。泣きぼくろのひとは、あまり動かずに攻撃しながらアスタを注視していた。

「知らないのも無理はない。私と君が最後に会ったのは二千年も前のことだし、君は私を覚えていないだろうからね」

 杖からの攻撃が止まり、アスタも短剣を構え直した。肩で息をしつつ、アスタは泣きぼくろのひとを警戒する。

「あまり時間をかけるとタイミングを逃してしまうな。やってしまおうか」

 黒い杖を掲げ、歪な光を集める。だが、向こうから攻撃を仕掛けられる気配はなかった。今度は攻撃の類ではない、とアスタは気づく。

「何をするつもり!?」
「『時空の操者クロノ・プレイヤー』の力さ。偽神の権能をじきじきに使うのは初めてでね、ちょっとわくわくしてるんだ」

 歪な光をまとう杖を、アスタにではなく女に向けた。泣きぼくろのひとは、苦しみ続ける女に向かって微笑みかける。

「『クロノス・オペレーター』〈リワインド〉」

 アスタが泣きぼくろのひとを阻止しようと動いた頃には、魔法が発動していた。
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