ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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【巨大聖戦編】第7章「誰がための選定」

167話 白銀の箱庭

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 僕たちは「クラウンシェルド」と呼ばれる箱庭から離れた。
 ルマンさんに乗って武器として操作できるのはオルフ君だけなので、またしばらくは小さくなってもらうことになった。ティアルの固有魔法によって再び小さくして、彼女の腰当てに入る。
 山の麓に存在する箱庭の端を通り抜ける前、ジュリオに手をとるように言われたティアルが意識を失ったので、彼によって運ばれているところだった。ルマンさんはそもそも小さくなっているので、ろくに話せる状態じゃない。

「それにしても、驚きました。まさか、クリム様も箱庭の端を通れるようになっていたなんて」
「だろ? オレも最初びっくりしたんだぞ」

 僕たちは箱庭の間に広がる「虚無空間」を移動している。虚無、と言っても周りには箱庭という名の星々が浮かんでいるのだけど。
 クラウンシェルドに向かっていたときと同じく、僕は箱庭の端を通っても意識を失わず、虚無空間を認識できるようになっていた。神隠し事件のときは、他の神々と同じく意識を失っていたというのに。
 クロウほど大きなリアクションではないが、ジュリオもそれなりに驚いた顔を見せていた。

「箱庭の端を通れる条件って何なんだい? やっぱりアストラルの有無?」
「ぼくが知っている限りはそうですね。そうなると、クリム様もアストラルに適応したということになると思うのですが」
「いや、こいつ曰く星幽術は使えねぇらしい。オレもそんな素振りは見てないしな」

 心当たりがあるとしたら、やはり生誕祭のときにシファの攻撃をもろに受けたことくらいだ。あのとき、アストラルを直に受けて黒幽病になりかけたのを、ヴィータが助けてくれた。
 だけど、あのときのアストラルはほとんど除去されているはずだ。カルデルトが言っていた通り、僕の中にも残滓が残っているのだろうか?

「アストラルに適応していなければ、ぼくやクロウリー様といったアストラルを持っている者に触れたとき、意識を失うはずです。そうしないと安全に通れないようにできているので」
「ティアルはアストラルに適応していないから気絶した、ってことか」

 彼女だけじゃない。神隠し事件の被害者だって、クロウにさらわれたときのことをよく覚えていなかった。それはアストラルに適応していないがゆえに、彼に捕まった際に意識を失ったせいだったわけだ。

「今までの話を総合して考えると、ミストリューダの構成員が易々とアストラルに適応できている理由は『薬』のせいってことになるね。確か、ノーファが作ってるんだっけ?」
「ああそうだ。ノーファは星幽術で色々な薬が作れるからな。毒も回復薬もお手の物らしいぜ。神側もあんだけ量産できりゃいいのにな」
「……その話はまた今度にしましょう。もうすぐ目標の箱庭に辿り着きます」

 僕たちは、目の前に広がる真っ白な球体に向かって突き進んだ。
 視界が大きな世界で満たされ、球体に身体が触れると同時に波紋が広がる。温度のない星の海から、凍るように冷たい空気の中に飛び込んだ。
 箱庭に入った瞬間、重力に引かれ地面へ降り立つ。危険なほどの高さから入ったわけではなかったものの、降り立ってすぐに白い氷の塊がブーツの中に入った。

「冷たっ!? なんだいここは!?」
「夜の雪原、といったところですね。箱庭の名前は知りませんが、ここにセルジュたちが囚われている可能性が高いみたいです」

 僕が踏んだのは積もったばかりの「雪」みたいだ。ブーツを脱ぎ、入った雪を落として履き直す。そうしている間にジュリオが単身で歩き始めたので、慌てて後をついていった。
 月と星の明かりだけでも、視界は良好だ。周囲には白銀の景色以外見当たらず、隠れ家らしきものは見えない。だが、この箱庭に向かうのが今の僕たちの最善だったのだ。
 トゥリヤは、ルマンさんにいくつか情報を託していた。その一つが、ミストリューダの「隠された」隠れ家の場所────この雪原の箱庭だ。
 ミストリューダの構成員の中でも特別らしいジュリオでさえ、すべての隠れ家の位置は教えられていなかった。というのも、ほんの一部の構成員にしか伝えられていない隠れ家が、一つだけ存在していたのだ。トゥリヤの残した情報の中には、ナターシャと一部の構成員が出入りした隠れ家にさらわれた神たちがいる可能性が高いことが示されていた。
 トゥリヤはナターシャを監視し続けていたわけだから知ることができた。そう考えたら、彼の執念の強さが窺える。

「うぅ……? あれ? 私、いつの間に寝てたのか?」

 しばらく歩いた後、ジュリオに抱えられたままのティアルが、もぞもぞと動き出した。

「んぁ? やっと起きたか。おせーぞ騎士サマ」
「うっせーな! 箱庭の端を通るの慣れてねーんだよ!」

 ニヤニヤしているクロウに向かって怒鳴りつつ、ジュリオに降ろされてしっかり立ち上がった。
 それから間もなく、ティアルは辺りを見渡して「ん?」と眉をひそめた。

「ん~……? なぁ、あっちに人影が見えないか?」
「人影!? ちょっと先に確かめます」
「あっ、ジュリオ待って!」

 ティアルが示した方向を見ても、僕は何も見つけられなかった。だが、ジュリオは僕の制止も聞かず、一人で雪原を走っていく。さすがにここで単独行動させるのはよくない。
 僕たちはジュリオの後を追う。僅かな風の音と雪を踏む音以外は、何も聞こえない。

「……けて……だれか……助けて……!」

 ジュリオの走る後を追っていくにつれ、静寂をかき消そうとするかよわい声が耳に入った。声はどんどん近づいている。

「────あっ、クリムおにーちゃん、ティアルおねーちゃん! 助けて!」

 走り続けた先にステラがいた。こちらの存在に気づくと、両手を大きく振って声を上げる。彼女の足元には、片翼の男の娘がうつ伏せで倒れている。
 ジュリオはあっという間に二人の元へ駆け寄り、倒れている人物を抱き起こした。

「セルジュ、大丈夫か!? おい!」
「ステラ、寒くないか?」
「すごく寒いよ! セルジュおにーちゃんがわたしをここまで運んでくれたんだけど、途中で倒れちゃって……」

 ステラ自身も、身体の表面がかなり冷たくなっていると見受けられる。キャッセリアは雪が降るような時期じゃなかったから、二人とも寒さに耐えられるような格好じゃない。どちらも露出が少なめの格好をしていたのが不幸中の幸いだった。
 ジュリオが抱き起こしているセルジュの様子を、ティアルも確認する。一番冷えやすい手を見たところ、赤く腫れていた。

「やべっ、凍傷ができてるじゃねぇか! クリム、回復できるか?」
「任せて! 〈光よ、我が友の傷を癒せ〉」

 光の魔力を集め、セルジュを包み込む。これで大抵の傷は治せるから、凍傷もある程度は治療できたので危険な状態は回避できただろう。
 だが、光の魔法だけでは根本的解決にはならない。火炎属性の系統魔法であれば、回復と同時に身体を温めることもできる。だが、今この場に火炎属性を扱える神なんていない。

「原因となる極寒をどうにかしなないと水の泡だぞ。おい、この近くに建物はないのか?」
「あっ、えっと……わたしたちが来た道を戻れば、塔があるよ。あそこの方が、まだいいかも」

 クロウの風貌と態度に少し怯えているみたいで、ステラがおずおずと言った。
 よく見ると、セルジュとステラの背後には、足跡ができている。その足跡が続く方向を辿ると、遠くに白く長い建物がそびえ立っているのが見えた。丸い筒のような建物が、ステラの言う塔のようだ。
 ティアルは塔を確認して、ステラへ再び向き直る。

「どうしてその塔にいなかったんだ? そんな格好で外を歩き回ったらヤバいって、セルジュならわかりそうなもんだが」
「セルジュおにーちゃんが逃げようって言ったの。あそこには敵がいるからって……」

 安全だとわかっていれば、わざわざ何もない雪原を歩く真似はしなかっただろう。
 周囲には他に寒さをしのげる場所がない。セルジュが気を失っている以上、塔へ向かうしかない。
 ジュリオがセルジュを抱え、足跡を辿って歩き出す。ティアルもその後に続き、僕はステラとともに歩いた。その後ろをクロウがついてくる。

「ごめんね、ステラ。君を守ってあげられなくて」

 ここに来るまで、ステラに対して申し訳ない思いでいっぱいだった。あの謎の構成員から奪還できなかったのは、僕の責任だ。
 ステラは首を横に振って、ニコリと笑いかけてくれる。

「わたしは大丈夫。知らない場所に来ちゃったけど、セルジュおにーちゃんがいたから怖くなかったよ」
「……そっか」
「わたしも、誰かを助けられるくらい強くなりたいな。ユキアおねーちゃんのおかげで、わたしとセルジュおにーちゃんは逃げられたけど……おねーちゃんとおにーちゃんばっかり頑張ってるから」

 そういえば、ユキアの姿が見当たらない。ステラとセルジュを逃がすために、彼女が犠牲になったりしていないといいのだが……。

「ユキアの奴、知らん間に強くなったみたいだしな。死んでることはないだろーよ」
「……あの、クリムおにーちゃん。このひと、ユキアおねーちゃんのお友達?」

 時折クロウに目を向けては、僕の顔を心配そうに見てくる。クロウの説明をするとなると話がややこしくなるし、幼い子供に話せる内容もあまりない。
 とりあえず、そいつはユキアじゃなくて僕の腐れ縁だ、と言っておいた。
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