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【巨大聖戦編】第7章「誰がための選定」
180話 神たるか、人間たるか(2)
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廊下の突き当たりに、ヴィータが僕に背中を向けた状態で立っていた。本も一切持たず、黒い何かが漏れ出る鉄格子の扉を見つめている。
「奴の……ヴァニタスの放つ気配が、以前よりはっきりしたものになってきています」
振り返らずとも、僕が近づいてきたことにすぐ気づいたようだった。顔は見えなくとも、声色はいつも通りの淡々としたものだ。
「ここにいると、前よりも気だるく感じるでしょう。恐らく、アイリスの死亡によってヴァニタスの封印が弱まっているせいです」
「でも、封印を維持するためには、誰かがここにいればいいんじゃないのかい」
「牢獄内の生命のエネルギーを少しずつ吸収して、封印維持のエネルギーに転用する仕組みが備わっていますからね。しかし、それは小手先の方法でしかなかった。封印自体の管理はアイリスがしていたのかもしれません」
言われてみれば、デウスプリズンにいるだけで身体が重たくなっている気がしてきた。特に、今のように廊下の突き当たりに近づくと身体が重くなってきて、頭に鈍い痛みを感じるようになってくる。
以前はそんなことなかったのだが、今回の事件後から体調があまりよくない。
「あとはこの牢獄を守り抜くしかありません。完全に封印が解けてしまえば……『厄災』が世界を滅ぼしてしまうでしょう」
背中がくるりと回り、僕を追い越して廊下の突き当たりから離れるように歩き始めた。僕も隣に並んで歩き、突き当たりから離れるにつれて気だるさが弱くなるのを感じた。
口調は相変わらず淡々としているけれど、いつもより不安そうな顔をしている。
「やはり、カトラスにすべてを任せるのは荷が重すぎたみたいです。お姉様が生きていたら、こんなことには……」
「ん? ヴィータってお姉さんがいるの?」
「あっ。ち、違います! お兄様とは違って血の繋がりはありませんから」
慌てたように否定した際、肩を震わせた。こんな反応をするのは珍しい。
ヴィータが僕と出会ってから、もう数か月は経っている。無表情であることが多いから、たまに怒ったり憂鬱そうになっているところを見ると心配になる。
「クロウリーは……書斎にいますね。わたしの部屋で、少し話しましょうか」
少し遠くにある書斎の扉を見遣ってから、ヴィータの部屋のドアを開けた。こうやって部屋に招き入れられることも、今となっては結構慣れた。
一緒に神兵の弁当を食べるときに座る椅子へ腰かけると、ヴィータがテーブルを挟んで向かい側に座る。いつの間にか、不安そうな表情が消えているように見えた。
「ずっと気になっていたんだけどさ。カトラスさんって古代神でしょ?」
「……カトラスから聞いたのですか?」
「ううん。でも、あのひとは今では使われない言語の鎮魂歌を歌える。葬儀で鎮魂歌を聴いたとき、君やアスタが使う星幽術と言葉の響きが似ていたんだ」
しばらく黙ったままだったが、クローバーを宿した赤い瞳をゆっくり閉じた。
「改めて答えることでもありませんね。少し考えれば誰でもわかることです。あなたが聞きたいのは、そんなすぐに辿り着けるようなことではないでしょう?」
「まあね。今回の事件で気づいたことがあるんだ。僕たちの親はアイリス様だけど、アイリス様の親は誰なんだろうって」
カトラスさんとアイリス様は全然似ていないし、血は繋がっていないことは前々から知っている。本当はカトラスさんに聞こうと思っていたが、これもはぐらかされそうな気がして聞けず仕舞いだった。
彼と知り合いで、古代のことならよく知っているヴィータであれば知っているかもしれないと思って聞いてみたまでだ。
「申し訳ありませんが、わたしも詳しくは知りません。ですが、アイリスは生前の初代最高神によく似ていますし、ローゼとユリウスの娘だったのかもしれません」
閉じた瞳を開きながら、彼女はそう教えてくれる。
とはいえ、ローゼもユリウスも知らない名前だったので、僕は首を傾げるしかなかった。
「初代デウスガルテン最高神のローゼマリー・アストライアと、初代永世翔華神のユリウス・グランデのことです。ラストネームは違いますが、彼らは夫婦です」
「待って、永世翔華神? あれって本当に存在したのかい?」
「そうですよ。永世翔華神というのは、とある国を治める神の称号のことです」
ヴィータは不思議そうにしながらも、首を縦に振った。
以前、ユキアに神隠し事件の事情聴取をした際に「永世翔華神物語」という本を見せてもらったことがある。あのときは本自体を確認しただけで、中身はきちんと読んでいない。
ユキアに聞いたら絶対に話が長くなりそうなので、未だに詳細は聞けていない。あの子古代オタクだし。
「この二人はカトラスの旧友で、わたしとお兄様も親交がありました。アイリスの他にも子供がいましたが、少なくともわたしとお兄様は現代になるまで知りませんでしたから、アイリスは二人の一番最後の子供だと思います」
「へぇ……」
確か、永世翔華神物語はとある古代神について綴られた物語だ。ただの作り話だと思っていたけれど、ヴィータの話を聞いた後だとノンフィクションの類に思えてくる。
念のため、ユキアに教えるかどうかは、きちんと事実確認をしてからにしよう。
「ローゼとユリウス、カトラスとその妻は『原初神』と呼ばれていました。古代神の中でも原初神と呼ばれる神は特別で、最凶最悪の存在……ヴァニタスに対抗できる力を有していました」
「えっ!? カトラスさんってそんなすごいひとだったの!?」
テーブルに身を乗り出しかけるほど驚いてしまった。今は繁華街で鍛冶屋をやっているだけの神である印象が強かったからだ。
ヴィータは呆れたようにため息をついて、僕から目を逸らした。
「四人の原初神が全員揃って、ようやくヴァニタスに対抗できるレベルです。カトラス一人ではどうにもなりません」
「……そうなんだ。他の原初神はどこにいるんだい?」
「全員殺されましたよ。カトラスの妻はシファに、ユリウスはノーファに、ローゼはヴァニタスにね」
彼女の顔に陰が落ちているのに気づき、言葉を失った。アイリス様も、生まれながらにして両親を失ったのだとすぐに理解する。
カトラスさんが古代の話をしたがらないのも納得できる。大切なものを失ったときのことなんて、誰も思い出したくはない。
「ふと思ったけど、ヴァニタスってどんな奴なんだい?」
あまり話を聞く機会がなかったので聞いてみた。ヴィータはこちらに目を合わせないまま、さらに顔を俯ける。
「見た目だけは、人の形をしています。しかし、奴は目に映ったすべてを虚無へ飲み込み、そこに宿る力を根こそぎ奪う。それで力を増し続け、こうして封印し抑え込まなければならないほど危険な存在になったのです」
「それが、ミストリューダの崇める『真の神』の正体か」
「そう。神が万能で絶対的な存在と言われる所以は、あらゆる生命に対して無慈悲だからです。真の神とは、理性も倫理すらも持ち合わせていない存在ですから」
神は万能か────。遥か昔、クロウが僕とアリアに尋ねてきたことを思い出す。
クロウは自分たちが万能だとは思えないとずっと言っていたし、僕も自分がそんな大それた存在だとは思っていない。
結局、僕たちは人間の死体から生まれた神もどきでしかないわけだが、僕はそれでもいいとさえ思えてきた。無情であれば真の神であるというのなら、僕は本当の神にならなくていい。神もどきであろうと、一つの生命であることに変わりはないはずだ。
「そういえば、シファとノーファは敵だけど、アスタとヴィータは僕たちを助けてくれるよね。同じ観測者なのに」
「奴らから見れば、わたしたちの方が異端なんですよ。あなたたちから見たミストリューダと同じです」
「えっ? それってどういう」
「これ以上はいけませんよ、クリム」
目が合ったとき、なぜか背中にぞくりと冷たい感覚が走る。ヴィータは俯いたまま、凍るような視線を僕に向けていた。
「あなたは真実を追い求める断罪神であると同時に、誰かに手を差し伸べる天使でもある。あなたは自分が救いたいひとのことだけ考えなさい」
「それは、そうだけど……」
「わたしやお兄様に深入りすれば、あなたは再び地獄を見ますよ。観測者に近づくということは、無力な子供のふりをした悪魔に近づくということです。それがどれだけ危険なことか、想像がつきませんか?」
顔に落ちた陰の中で、クローバーを宿した赤い瞳が静かに燃えている。観測者の瞳はいつ見ても不可解で不思議なものだけど、今は神秘の中に込められた恐怖を感じていた。
ヴィータは、子供を象った悪魔こそが観測者だと言いたげだった。シファやノーファだけ見れば、その考えはあながち間違いではないかもしれないけれど────。
「僕は君たちが悪魔だとは思わない。この世の醜悪を知っているからこそ、そう言える」
妖しく輝く瞳をまっすぐと見つめ、迷うことなく伝えた。彼女はしばらくの間何も言わなかったが、滅多に見せない不敵な笑みを浮かべると、上目遣いで僕を見た。
「ユキアほどではありませんが、やっぱり若いですね。観測者の真実を知ったときにも同じことを言えるか……楽しみにしていますよ」
挑発するように言ってから、ヴィータが一回だけ両手をパンと叩いた。
「それより、アリアのことは何かわかったのですか」
いつも通りの凛とした涼しい顔で聞いてきたことで、僕は伝えようとしていたことを思い出す。
「アリアは宮殿の地下にいるって、カトラスさんが言ってた。でも、僕たちは知らない場所にいるみたいで」
「それなら心当たりがありますよ。なんなら明日の夜にでも行きますか?」
「え……今の暴れ回っている状態で? 正気かい?」
「アイリスはもういませんが、穏便に話し合いなんてできるはずありません。なら、少しでも早く行動した方がいいでしょう」
確かに、僕は彼女を元に戻せるチャンスをずっと窺っていた。事件が一段落した今であれば、今までよりももっと念入りに調べたり働きかけたりすることもできるだろう。
それに、観測者である彼女がいれば、きっと。
「これ以上仲間を……大切なひとを失いたくない。ヴィータ、僕に力を貸して」
「やっと、素直に頼れるようになりましたか。いいですよ。最後まで協力します」
話もある程度終わったので、僕は椅子から立ち上がって一人でヴィータの部屋を出た。宛てもなく廊下を歩きながら、止まらない考え事をし始める。
今回の事件でわかったこともあるけれど、謎も増えた。僕たちの敵についてと、古代のこと、観測者のこと……この牢獄に封じられた存在のこと。
今まで何回か考えたことはあった。納得できるような事実に辿り着けた試しはなかったが、誰も真実を教えてくれないのなら自ら探すしかない。でも、その前にやるべきことをやらなくては。
「……アリア。僕が必ず助けるから、もう少しだけ待ってて」
やっと、約束を果たせる時が来たと思えば、迷いは自然と晴れていった。
「奴の……ヴァニタスの放つ気配が、以前よりはっきりしたものになってきています」
振り返らずとも、僕が近づいてきたことにすぐ気づいたようだった。顔は見えなくとも、声色はいつも通りの淡々としたものだ。
「ここにいると、前よりも気だるく感じるでしょう。恐らく、アイリスの死亡によってヴァニタスの封印が弱まっているせいです」
「でも、封印を維持するためには、誰かがここにいればいいんじゃないのかい」
「牢獄内の生命のエネルギーを少しずつ吸収して、封印維持のエネルギーに転用する仕組みが備わっていますからね。しかし、それは小手先の方法でしかなかった。封印自体の管理はアイリスがしていたのかもしれません」
言われてみれば、デウスプリズンにいるだけで身体が重たくなっている気がしてきた。特に、今のように廊下の突き当たりに近づくと身体が重くなってきて、頭に鈍い痛みを感じるようになってくる。
以前はそんなことなかったのだが、今回の事件後から体調があまりよくない。
「あとはこの牢獄を守り抜くしかありません。完全に封印が解けてしまえば……『厄災』が世界を滅ぼしてしまうでしょう」
背中がくるりと回り、僕を追い越して廊下の突き当たりから離れるように歩き始めた。僕も隣に並んで歩き、突き当たりから離れるにつれて気だるさが弱くなるのを感じた。
口調は相変わらず淡々としているけれど、いつもより不安そうな顔をしている。
「やはり、カトラスにすべてを任せるのは荷が重すぎたみたいです。お姉様が生きていたら、こんなことには……」
「ん? ヴィータってお姉さんがいるの?」
「あっ。ち、違います! お兄様とは違って血の繋がりはありませんから」
慌てたように否定した際、肩を震わせた。こんな反応をするのは珍しい。
ヴィータが僕と出会ってから、もう数か月は経っている。無表情であることが多いから、たまに怒ったり憂鬱そうになっているところを見ると心配になる。
「クロウリーは……書斎にいますね。わたしの部屋で、少し話しましょうか」
少し遠くにある書斎の扉を見遣ってから、ヴィータの部屋のドアを開けた。こうやって部屋に招き入れられることも、今となっては結構慣れた。
一緒に神兵の弁当を食べるときに座る椅子へ腰かけると、ヴィータがテーブルを挟んで向かい側に座る。いつの間にか、不安そうな表情が消えているように見えた。
「ずっと気になっていたんだけどさ。カトラスさんって古代神でしょ?」
「……カトラスから聞いたのですか?」
「ううん。でも、あのひとは今では使われない言語の鎮魂歌を歌える。葬儀で鎮魂歌を聴いたとき、君やアスタが使う星幽術と言葉の響きが似ていたんだ」
しばらく黙ったままだったが、クローバーを宿した赤い瞳をゆっくり閉じた。
「改めて答えることでもありませんね。少し考えれば誰でもわかることです。あなたが聞きたいのは、そんなすぐに辿り着けるようなことではないでしょう?」
「まあね。今回の事件で気づいたことがあるんだ。僕たちの親はアイリス様だけど、アイリス様の親は誰なんだろうって」
カトラスさんとアイリス様は全然似ていないし、血は繋がっていないことは前々から知っている。本当はカトラスさんに聞こうと思っていたが、これもはぐらかされそうな気がして聞けず仕舞いだった。
彼と知り合いで、古代のことならよく知っているヴィータであれば知っているかもしれないと思って聞いてみたまでだ。
「申し訳ありませんが、わたしも詳しくは知りません。ですが、アイリスは生前の初代最高神によく似ていますし、ローゼとユリウスの娘だったのかもしれません」
閉じた瞳を開きながら、彼女はそう教えてくれる。
とはいえ、ローゼもユリウスも知らない名前だったので、僕は首を傾げるしかなかった。
「初代デウスガルテン最高神のローゼマリー・アストライアと、初代永世翔華神のユリウス・グランデのことです。ラストネームは違いますが、彼らは夫婦です」
「待って、永世翔華神? あれって本当に存在したのかい?」
「そうですよ。永世翔華神というのは、とある国を治める神の称号のことです」
ヴィータは不思議そうにしながらも、首を縦に振った。
以前、ユキアに神隠し事件の事情聴取をした際に「永世翔華神物語」という本を見せてもらったことがある。あのときは本自体を確認しただけで、中身はきちんと読んでいない。
ユキアに聞いたら絶対に話が長くなりそうなので、未だに詳細は聞けていない。あの子古代オタクだし。
「この二人はカトラスの旧友で、わたしとお兄様も親交がありました。アイリスの他にも子供がいましたが、少なくともわたしとお兄様は現代になるまで知りませんでしたから、アイリスは二人の一番最後の子供だと思います」
「へぇ……」
確か、永世翔華神物語はとある古代神について綴られた物語だ。ただの作り話だと思っていたけれど、ヴィータの話を聞いた後だとノンフィクションの類に思えてくる。
念のため、ユキアに教えるかどうかは、きちんと事実確認をしてからにしよう。
「ローゼとユリウス、カトラスとその妻は『原初神』と呼ばれていました。古代神の中でも原初神と呼ばれる神は特別で、最凶最悪の存在……ヴァニタスに対抗できる力を有していました」
「えっ!? カトラスさんってそんなすごいひとだったの!?」
テーブルに身を乗り出しかけるほど驚いてしまった。今は繁華街で鍛冶屋をやっているだけの神である印象が強かったからだ。
ヴィータは呆れたようにため息をついて、僕から目を逸らした。
「四人の原初神が全員揃って、ようやくヴァニタスに対抗できるレベルです。カトラス一人ではどうにもなりません」
「……そうなんだ。他の原初神はどこにいるんだい?」
「全員殺されましたよ。カトラスの妻はシファに、ユリウスはノーファに、ローゼはヴァニタスにね」
彼女の顔に陰が落ちているのに気づき、言葉を失った。アイリス様も、生まれながらにして両親を失ったのだとすぐに理解する。
カトラスさんが古代の話をしたがらないのも納得できる。大切なものを失ったときのことなんて、誰も思い出したくはない。
「ふと思ったけど、ヴァニタスってどんな奴なんだい?」
あまり話を聞く機会がなかったので聞いてみた。ヴィータはこちらに目を合わせないまま、さらに顔を俯ける。
「見た目だけは、人の形をしています。しかし、奴は目に映ったすべてを虚無へ飲み込み、そこに宿る力を根こそぎ奪う。それで力を増し続け、こうして封印し抑え込まなければならないほど危険な存在になったのです」
「それが、ミストリューダの崇める『真の神』の正体か」
「そう。神が万能で絶対的な存在と言われる所以は、あらゆる生命に対して無慈悲だからです。真の神とは、理性も倫理すらも持ち合わせていない存在ですから」
神は万能か────。遥か昔、クロウが僕とアリアに尋ねてきたことを思い出す。
クロウは自分たちが万能だとは思えないとずっと言っていたし、僕も自分がそんな大それた存在だとは思っていない。
結局、僕たちは人間の死体から生まれた神もどきでしかないわけだが、僕はそれでもいいとさえ思えてきた。無情であれば真の神であるというのなら、僕は本当の神にならなくていい。神もどきであろうと、一つの生命であることに変わりはないはずだ。
「そういえば、シファとノーファは敵だけど、アスタとヴィータは僕たちを助けてくれるよね。同じ観測者なのに」
「奴らから見れば、わたしたちの方が異端なんですよ。あなたたちから見たミストリューダと同じです」
「えっ? それってどういう」
「これ以上はいけませんよ、クリム」
目が合ったとき、なぜか背中にぞくりと冷たい感覚が走る。ヴィータは俯いたまま、凍るような視線を僕に向けていた。
「あなたは真実を追い求める断罪神であると同時に、誰かに手を差し伸べる天使でもある。あなたは自分が救いたいひとのことだけ考えなさい」
「それは、そうだけど……」
「わたしやお兄様に深入りすれば、あなたは再び地獄を見ますよ。観測者に近づくということは、無力な子供のふりをした悪魔に近づくということです。それがどれだけ危険なことか、想像がつきませんか?」
顔に落ちた陰の中で、クローバーを宿した赤い瞳が静かに燃えている。観測者の瞳はいつ見ても不可解で不思議なものだけど、今は神秘の中に込められた恐怖を感じていた。
ヴィータは、子供を象った悪魔こそが観測者だと言いたげだった。シファやノーファだけ見れば、その考えはあながち間違いではないかもしれないけれど────。
「僕は君たちが悪魔だとは思わない。この世の醜悪を知っているからこそ、そう言える」
妖しく輝く瞳をまっすぐと見つめ、迷うことなく伝えた。彼女はしばらくの間何も言わなかったが、滅多に見せない不敵な笑みを浮かべると、上目遣いで僕を見た。
「ユキアほどではありませんが、やっぱり若いですね。観測者の真実を知ったときにも同じことを言えるか……楽しみにしていますよ」
挑発するように言ってから、ヴィータが一回だけ両手をパンと叩いた。
「それより、アリアのことは何かわかったのですか」
いつも通りの凛とした涼しい顔で聞いてきたことで、僕は伝えようとしていたことを思い出す。
「アリアは宮殿の地下にいるって、カトラスさんが言ってた。でも、僕たちは知らない場所にいるみたいで」
「それなら心当たりがありますよ。なんなら明日の夜にでも行きますか?」
「え……今の暴れ回っている状態で? 正気かい?」
「アイリスはもういませんが、穏便に話し合いなんてできるはずありません。なら、少しでも早く行動した方がいいでしょう」
確かに、僕は彼女を元に戻せるチャンスをずっと窺っていた。事件が一段落した今であれば、今までよりももっと念入りに調べたり働きかけたりすることもできるだろう。
それに、観測者である彼女がいれば、きっと。
「これ以上仲間を……大切なひとを失いたくない。ヴィータ、僕に力を貸して」
「やっと、素直に頼れるようになりましたか。いいですよ。最後まで協力します」
話もある程度終わったので、僕は椅子から立ち上がって一人でヴィータの部屋を出た。宛てもなく廊下を歩きながら、止まらない考え事をし始める。
今回の事件でわかったこともあるけれど、謎も増えた。僕たちの敵についてと、古代のこと、観測者のこと……この牢獄に封じられた存在のこと。
今まで何回か考えたことはあった。納得できるような事実に辿り着けた試しはなかったが、誰も真実を教えてくれないのなら自ら探すしかない。でも、その前にやるべきことをやらなくては。
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