ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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【巨大聖戦編】第7章「誰がための選定」

179話 神たるか、人間たるか(1)

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 葬儀を終え、傘を差してデウスプリズン付近の森を歩いていた。雨が降る日にいつもの調子で空を飛ぶのは嫌だったから、少し帰りが遅くなってしまった。
 デウスプリズンの玄関に入ってすぐに、壁に寄りかかるクロウの姿を見つけた。まるで僕の帰りを待っていたかのようだ。

「ねぇ、クロウ」
「やっぱり、オレを頼ってきたか」

 ニヤリと笑われ、ムッとしていまう。やっぱり、こちらの心を見透かされているような気がして腹立たしい。
 ミストリューダにいた間、彼が何を見聞きしていたかはわからないが、彼なら僕の知らないことを知っているような気がした。だから、こうして話しかけたのだ。

「ジュリオのいる牢屋わかるだろ、そこに来い」

 なんでジュリオだろう、と思ったが頷いた。
 しばらく廊下を歩いた後、僕は硬い金属の扉の鍵を開けた。閉ざされた空間の内側はあまりにも質素で、家具の類もほとんどない。ベッド、それからテーブルと椅子。それくらいしかない。

「勝手に入ってくるな。何の用だ」
「なんでもいいだろ、付き合えよ」

 この牢屋に閉じ込められている罪人は、ベッドでうつ伏せになって枕に突っ伏していた。デウスプリズンには囚人服みたいなものは存在しないのだが、白い軍服のような普段着で堂々とベッドでくつろがれたら、シュールな光景にしか見えない。

「オマエ、猫被るのやめたんだな」
「被る意味もなくなったからな。なんだ、前の方がいいのか?」
「いーや、ぜひともそのまま振る舞ってくれ」

 クロウはなぜか、少し満足そうだった。渋々顔を上げたジュリオの様子がぐうたら気味というか、反省しているのかわからないのはこの際気にしないでおこう。どの道、しばらくの間牢屋から出す気はない。

「ジュリオ、身体は大丈夫なのかい?」
「今のところは特に問題ない。あのマザコンババアみたいなことにはならずに済んだ」

 口は悪いけれど、ジュリオもナターシャの最期を目撃している。身体中が真っ黒な炭みたいになって崩れるという末路など、誰も辿りたくはないだろう。
 本人は結構だと言い張っているけれど、何かあればすぐにカルデルトかヴィータを呼ぼうと僕は思っている。黒幽病が悪化したら目も当てられない。

「それで、クリム。オレに話したいことがあるって話……神がどのように生み出されるかについてじゃねぇか?」
「えっ」

 クロウには何も話した記憶がないのに、一発で言い当てられた。まるで、僕の会話を盗み聞きしていたとでも言わんばかりに。

「アイリスがいなくなったから、機密事項について無遠慮に話せるというわけか。なんでおれのいるところで話そうとするのか理解できないが」

 ジュリオは身体を起こし、ベッドの上に座った。それを見て、クロウは懐から一冊の本を取り出す。紙はあまり変色しておらず、表紙も激しく痛んでいるわけではない。その謎の本は、ジュリオへと差し出される。

「オレはかつて、『神とは何なのか』について研究していた。ジュリオ、オマエにはこの研究の裏付けをしてほしい。どうせ知ってんだろ、機密事項のこと」
「……はぁ。まあ、暇だから構わないが」

 渋々とした顔で本を受け取り、黙って読み始めた。その間、クロウは僕に顔を向けて話を始める。

「単刀直入に言わせてもらう。クリム、オレたち神は人間から生まれている」

 意図を汲み取るだけですら混乱するくらい、意味のわからない言葉だった。いくらなんでもありえない。

「冗談を言うのも大概にしてくれない? ここの神は、みんなアイリス様に生み出されていたんだよ。あのお方は人間じゃない」
「逆に考えてみろよ。アイリスがどうやって神を作っていたのか。まさか、何もないところから長寿の命が生まれるとか思ってないよな?」

 本気で呆れているようで、壁に寄りかかってため息をついていた。ジュリオは何も言わず、クロウから渡された本を読み続けている。

「オレは、アイリスによって一番最初に生み出された神だったわけだが……オレがどうやって生まれたのか、誰も教えてくれなかった。だから、自分で答えに辿り着こうとしたんだ」

 それを知るために、少なくとも百年以上は研究を重ねていたというのか。普段の仕事も、そのくらい熱心にやってほしかった。

「結果は、どうだったの?」
「それがこの本に書かれているんだよ」

 そう言ったジュリオは、ちょうど本を読み終わったのか表紙を閉じたところだった。

「本当に一人でここまで突き止めたなら、大したものだな」
「だろ? オレもノーファに負けちゃいねぇだろ」
「……今その名前を出さないでくれ」

 誇らしげに胸を張るクロウを無視しつつ、ジュリオから本を渡されたので読んでみる。これがクロウの研究の成果らしく、彼が書いたであろう字は思ったよりも丁寧だ。続きが気になってページをめくってしまう。
 その中で、こんな文言を見つけた。

「『現代神は、古代人の死体を材料に作られた、人ならざるひと』……?」

 その後ろには、さらにこう書かれていた。「平たく言ってしまえば、人間の死体を繋ぎ合わせて独自の魂を定着させた『人造人間ホムンクルス』みたいなものだろう」と。「人造人間ホムンクルス」という字面から考えると、二人の人間から生まれるのではなく、別の方法でこの世に生まれた命……ということだろうか。

「アイリスやアーケンシェンが暮らす宮殿の地下には、『命誕の間』と呼ばれる場所がある。アーケンシェンや一般神、すべての現代神が生まれた場所だ」

 クロウが僕の手からひょいと本を奪ったので、それ以上読み進めることができなかった。クロウの言葉にあった場所というのも、心当たりがない。
 その次に、ジュリオがどこかぼんやりとした目つきになって口を開いた。

「……おれはなんとなく覚えている。同じ年代の子供がたくさん並べられて、ベッドで眠っていた。おれやセルジュは、その中の一人だった」
「それは生まれたばかりの神が一時的に暮らす居住スペースだな。みんなあそこで最低限の生き方を覚えるんだよ。オレも含め、大体の奴らはそのことを忘れてるけどな」
「どうやらそうみたいだな。昔、セルジュにも地下でのことを聞いてみたが、覚えていなかった」

 どうやら、彼のように生まれてすぐの記憶が残っていることはレアケースであるらしい。僕も過去を思い返してみたが、地下で暮らした記憶など残っていない。
 生まれたばかりの頃のことは、あまりよく思い出せない。ただ、アイリス様とアーケンシェンのみんなと過ごした記憶は、最初期の頃から残っている。

「そんなの全然覚えがないよ。地下には倉庫くらいしかなかった」
「本来なら、カラスのじじいとアイリスしか知らない場所だからな。とにかく、オレたち神はそこで生み出されている。命誕の間には、神を作るために必要な設備があるんだ」

 設備、と言われてもいまいちピンとこない。少なくとも、神は魔法だけで作れるわけではないということは読み取れる。

「神を生み出すのに、カトラスさんも関わっているのかい?」
「そもそもの前提として、アイリスに神の作り方を教えたのはじじいっぽいからな。どんな方法で、何が材料にされているのかも知ってる」

 言葉に一寸の迷いもなく、相当自信があるように感じられる。自身の研究が正しいとわかっているからかもしれない。

「神を生み出すのに必要な要素は三つ。アイリス自身の魔力と血肉……そして、人間の死体だ」

 クロウは右手で三本の指を立てて見せながら、きっぱりと告げる。ふざけることも、嘲笑うこともせず。
 返答に困ってしまい、声が出なかった。だんだん鼓動が早くなってきたように感じて痛くなってきた。高鳴る胸を押さえつけ、鼓動の激しさに驚かされる。

「ち……ちょっと待って。僕たちは神だよね?」
「ああそうだ。オレたちは紛れもなく、アイリスが定義した『神』だ」
「人間の死体って……死体から、僕たちみたいな生き物が生まれたってこと? もはやそれは……っ」

 それ以上口にすることははばかられ、何もない床に目を落とした。口を閉ざしたとき、僕が彼を殺した日の言葉が頭をよぎる。

『教えてやるよ。この世の神の正体を。能天気に暮らすアイツらも、オレもオマエたちも、みんな────』

 ただの人間だった。死の間際、クロウは僕にそう伝えようとしていたのだろう。
 僕はそれを聞きたくないという理由で、彼を殺した。人間の命を踏み台にして生まれた命だったと知ることを、本能が拒んだのだ。
 僕は……そんな理由で彼を殺した、愚かな奴だ。

「オレも最初に知ったときは、オマエと同じ気持ちだった。カラスのじじいに確認をとったら本当で、正直初めて絶望した。そのせいで処分されかけたんだけどな」
「あんたがミストリューダに加担した理由は、もっぱらそれだろ。……もしかして、ずっとクリムにこのことを伝えるつもりでいたのか?」
「……さあな」

 カトラスさんは僕を「神もどき」だと呼んだ。僕はそれがどうしようもなく腹立たしくて悔しかったが、心のどこかで事実かもしれないと思っていた。だから、何も言い返せなかったのだ。
 現代神が人間の死体から生み出されているなんて知ったら、ほとんどの神は僕みたいに動揺するだろう。クロウが自力でその事実に辿り着いてしまったとすれば、アイリス様とカトラスさんが処分しようとするのも納得できる。
 アイリス様が裏切ったクロウを死刑にするよう命じたのも、その秘密が漏れることを防ぐためだったのかもしれない。
 そのくらい、この事実は僕たちにとって耐え難いものだったのだ。

「ジュリオはどこでこのことを知ったの?」
「正直、小さい頃のことだからあまりよく覚えていない。昔からナターシャには失敗作だと言われていたし、アイリスがおれやセルジュを完璧に生んでくれなかったことはわかっていたからな」
「……そう」

 生まれたばかりの頃の記憶が僅かに残っていたというし、それも起因しているのだろう。ノーファもある程度は知っていたようだし、彼女から真実を聞かされたのかもしれない。
 アイリス様はもういないけど、僕たちは未だに生きていられる。まあ、元々彼女から独立した存在になっていたのだろう。そうでなければ、人間の箱庭にいた時点で僕たちの生命活動は停止していた。
 こうしてまだ生きていられることは、徹底的に計算された奇跡だったのかもしれない。

「とりあえず、話が終わったならもう出て行ってくれないか。おれは寝る」
「まーた寝るのかよ。どうせあの片翼の天使が来たら起きるんだろ。もう少し罪人らしく反省してろ」
「うるさい。こっちは寝不足なんだ」

 ジュリオは鬱陶しそうな態度で、またベッドにうつ伏せになった。こちらの去り際にムッとした顔をちらっと見せて、あとは枕に突っ伏してしまった。
 僕とクロウは牢を出て、金属製のドアの鍵を閉めた。
 
「どうだったよ? オマエが望んだ真実は」

 クロウがニヤリと笑いながら、僕に尋ねてきた。
 僕とアリアの関係性を知っていながら、彼は僕に神の正体を突きつけてきた。彼女の信念を知っていた彼であれば、僕の願いにも薄々気づいていたのではないだろうか。

「正直、聞きたくなかったよ。今まで信じてきたものが嘘だったみたいで」
「だろうな。でも、真実というものは得てしてそういうモンだ」
「……どうして、未だに僕の目の前にいるんだい。僕は君を許していない。君だって、僕のことを殺したいくらい憎んでいるはずだ。君の目的は何なの?」

 一瞬、クロウがきょとんとしたように見えた。けれど、すぐに再びせせら笑う。

「言っただろ、オマエよりもムカつく奴がごまんといるって。オマエに構ってるよりも、ソイツらを消すために動いた方が有意義なんだよ。そうすりゃ、オレが本当の神になれるからな」
「……クロウにとって、神って何? 神であることがそんなに大事なこと?」
「オレはこの世に生み落とされた意味を失いたくない。曲がりなりにも神として生まれたなら、絶対的な存在として君臨する。それこそがオレを神たらしめるものだ」

 僕は、過去にヴィータから教えられた言葉を思い出した。「牢記せよ、我が役目を、己が使命を、神たらしめるものを」……あの言葉は短いものでありながら、とても哲学的なものだ。
 人間が生きる理由を求めるように、僕たちも自らが神である理由を求めているのかもしれない。僕が誰かを救う神でありたいと願ったように。

「確かにオレも、オマエにやられたことを許しちゃいない。だが、オレがそばにいりゃ、オマエは自分の罪を意識し続けるだろ? 復讐なんてそれだけでいい」

 クロウは僕に近づいてきて、否応なしに僕の肩を掴んだ。奴の笑みが不気味なものに見えた。無理やり合わせられた目は影の中で妖しく輝いていて、かつて頻繁に見ていた悪夢を思い出させる。

「クリム。オマエの罪を忘れるなよ。オレはいつだってオマエを見てる」
「……勝手にして。僕はアリアを、この世界に生きるみんなを助ける。その邪魔さえしなければ、君を好き好んで殺したりはしない」
「ははっ、オマエは本当に面白ぇな。生まれた頃から根っこの部分だけは微塵も変わってねぇ」

 それだけ言って、クロウは手を離し踵を返した。「書斎でも漁るかー」などと言い、さっさと立ち去っていったが、僕は呆然として牢屋の前に佇んでいた。
 クロウが書斎に入っていくのを見届けた後、僕はふと牢獄の奥へ続く廊下が気になった。重たい脚を動かし、廊下の突き当たりを目指してみる。奥へ行けば行くほど、頭が重く気分の晴れない状態が悪化していく。
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