ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第8章「神智を超えた回生の夢」

188話 わからない奴

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 ひたすら文字を追っていたら、目の前が霞んできた。それだけではない。目が乾燥して、頭も痛くなってきた。
 慣れないことをやっていた割には、夢中になっていたせいかもしれない。テーブルに置いた本の山から本を取り、ひたすら読みふけり続けるなんて、ここ最近まったくやってこなかったことだ。

「大丈夫、ユキ? 目がすごいことになってるよ」
「へーきへーき……ちょっと疲れただけ」

 アスタがとても心配そうに私の顔を覗き込んでくる。適当に返事をして、また史料に目を通した。
 ────白の宮殿の地下は、私が思っていた以上に入り組んだ場所だった。
 古代の史料が読める場所に行けると知って興奮した私は、アスタに連れられて白の宮殿へ来た。先日行った遺体安置室よりも深い地下へ繋がる階段があり、その先にある地下通路を通って、用途がよくわからないこの部屋にやってきた。
 散らかった黒い箱はあるし、見たこともない変な白い炉が置いてあるし、突っ込みどころが多い場所だ。だが、本棚に入った史料はとても充実していた。なぜか手書きのものが多いようだが、字は普通に綺麗なので読みやすい。
 私は地下に来てからずっと、史料を漁っては頭に知識を叩き込み続けている。
 ヴィータはここに保管されている史料から、「ヴァニタスを殺す方法」を見つけろと言っていた。ここに来てから読んだ史料の数は正確に覚えていないが、少なくとも目的に役立つようなものは見つけられていない。
 私の前には、同じように本を読んでいるアスタがいる。だが驚くことに、この部屋を訪れていたのは私たちだけではなかった。その人物は今、部屋の壁際に寄りかかって大きなあくびをした。

「ちょっと、クロウリー! あんたも手伝いなさいよ!」
「やだね。今は休憩中っつってんだろ」

 どういうわけか、敵対していたはずの黒い天使の男が、私の近くに佇んでいる。この間の事件のときも思ったが、クロウリーが平然と生きているなんて何かの間違いとしか思えない。
 ちなみに、クロウリーもヴィータから同じ頼まれ事をされたらしい。この場所のこともだいぶ前から知っているようだ。古代の史料についてはあまり調べてこなかったらしいが。

「ぶっ続けで読書なんかすんなよ、バカめ。しかも古代に心酔してる割には、浅いオタクレベルだしな」
「なんですって!? 大体、あんたはなんでそんなに古代アンチなのよ!? カイザーをディスったの、私まだ許してないんだけど!!」
「ユキ、ソイツもう放っておきなよ。ヴィーの言うこと聞いて動いてるだけなんだから」

 一度敵対していたというのもあって、アスタは奴に対して辛辣な態度を崩そうとしない。どうも、彼は事前にヴィータから事情を聞いていたらしい。
 とりあえず、私は一度クロウリーにあっかんべーをしてから史料に視線を戻した。

「俺も、キャッセリアの図書館に保管されていたものだけだが、古代の史料を研究したことがあったんだ。その上で言わせてもらうが、神と人間が共存していたなんて、オレは今でも信じられねぇんだよ。絶対的な存在が矮小な存在と仲良くなんて、できるわけねぇだろうが」
「……うるっさいわね。少なくとも、カイザーは仲良くできてたわよ」
「だから、オレはそのカイザーって古代神が気に食わねぇって言ってんだ。本当にいたかどうかなんて知らねぇが、絶対者は王様みたいにお高く君臨してりゃ、何もややこしくなくてシンプルだろ」
「カイザーは本当にいるってば! なら聞いて驚きなさい、私の中にはカイザーがいるの!! なんならあんたの意見をそのまま彼に言いつけて反論してもらうわ!!」

 椅子から立ち上がり、私は自分の胸にバッと手を当てて叫んだ。クロウリーはしばらくの間、青と赤のオッドアイをぱちくりさせていたが、そう時間も経たないうちにわざとらしく目を逸らした。

「ダメだコイツ。完全に頭ぶっ壊れてやがる。相手しないでおくか」
「はぁ!? 私を頭おかしい奴みたいに言わないでくれる!?」
「ユキ、一回落ち着いて?」
「うっ……わ、わかった……」

 アスタにも呆れられて諭されたら、一気に恥ずかしくなって椅子に座り直した。先程まで読んでいた史料はもう読めるところがなかったので、本を閉じて他の読み終わったものとまとめて置いた。
 本の山の一番上から、また別の本を取った。今度は比較的薄い本で、ページ数が少ない。これならすぐに読み終わりそうだ。
 表紙を開いたとき、私は「ん?」と首を傾げる。今までと違って図の割合が多く、文字があまり書かれていない。

「なんだろう、これ?」

 私の独り言に、アスタだけでなくクロウリーも反応を見せた。壁際に寄っていた彼が私の近くに歩み寄ってきて、私が開いた本を背後から覗き込んだ。それから、大げさにため息をつく音が聞こえた。

「どっからどう見ても地図じゃねぇか」
「それくらいわかるわよ。でも、知らない地名ばかりね」

 古代に書かれた史料とはいっても、今のキャッセリアで使われている言語とほとんど変わらない。単純に、今は失われた地名と考えればよさそうだ。

「この地図は……デウスガルテンが今の形になる前のものだね」
「アスタ、わかるの?」

 黙って頷いたアスタの顔は、とても寂しそうに見えた。古代から生きている彼が言うなら、間違いはなさそうだ。

「ということは、これは古代のデウスガルテンの地図!? 激レアものじゃない!」
「ああ、オレも初めて見るぜ」
 
 地図を確認する限り、北に位置する「シュネーリーゼ」と書かれた雪山はとても広大な土地に見えるが、その下にある「ブリギッタ」という土地は北と比べるとかなり小さい。他にも、「アリオン」「マルロッテ」「ベルトラート」「ザクスノート」「ルーベンス」「イーリアス」といった聞き慣れない地名が並んでいる。
 全部覚えるのはキリがないくらい多く、目が滑りそうだった。
 地図の右上には、「デウスガルテン連合王国」と書かれている。国の仕組みなんて習ったこともないから、よくわからない。

「連合王国……って何?」
「知らねぇの?」
「……ちょっとイメージが湧かないわ」

 クロウリーはため息をつきつつ、「いいか」とデウスガルテンの地図を指し示した。こいつに説明を頼んだ覚えはないんだけど。

「この地図にある地名、一個一個が国だってことはわかるよな?」
「うん」
「世の中には複数の国を束ねる王ってのがいるんだよ。で、その王が同盟を組んで成立した国っていうのが連合王国だ。これの場合だと……ん?」

 地図を見てさらに説明しようとしたクロウリーが、いきなり言葉を詰まらせた。

「ちょっと待て。『ルーベンス』って名前、どっかで聞いたことあるぞ」
「へ? クロウリー、何言って……」
「ルーベンスはカイが治めていた国の名前だよ。ボクとヴィーもそこでしばらく暮らしてた」

 何気ないアスタの補足を聞いた私たちは、ほぼ同時に驚きの声を上げた。
 私が過去に読んだ永世翔華神物語には、カイザーが治めていた国の名前は記載されていなかった。だから、地図上で地名を見てもすぐにはわからなかったのだ。

「ということは、箱庭の端を通ってここに向かえば、カイザーが治めていた国に行けるってこと!? それっていわゆる聖地巡礼ができるってことじゃない!?」
「いや無理だろ。バカも休み休み言え」

 クロウリーに頭を軽く叩かれた。こいつに突っ込み入れられるの、なんだか腹が立つ。

「真面目な話、今のこの世界はめちゃくちゃめんどくさい形になってる。一つの世界が分かれてバラバラになったせいで、複数の箱庭が宙ぶらりんになってる状態なんだぞ。このルーベンスって国も当時のまま残ってる可能性は微妙だろ」
「……あっ。そうだった」

 そうなると、地図上で区切られている国境も、今となってはほとんど意味をなさないのかもしれない。今の世界は無秩序に分断されているから、古代に存在していた国も同じようにバラバラになっているに違いない。

「そもそも、デウスガルテンは元々一つだったのに、どうして箱庭の端とかできちゃったの?」
「オレだって知らねぇよ。大体ヴァニタスって奴の仕業じゃねーの?」
「あんた、ヴァニタスを知ってるの?」

 クロウリーが知っているとは思わなかったので聞いてみたら、「おう」と軽い返事を返された。
 私たちの敵であるミストリューダは、ヴァニタスを本当の神として崇めていたらしい。ミストリューダの中心には観測者の姉弟と、預言者と呼ばれる謎の存在がいて、彼らが率先してヴァニタスを復活させようとしていたそうだ。

「オレは詳しく知らねぇが、ミストリューダにいた頃に少し聞いたことがある。ヴァニタスが復活すれば、世界は今度こそ虚無に飲まれる。そのとき初めて、この世界は完全に真の神のものになるってな」
「それが奴らの目的ってことね。でも、どうしてヴァニタスが本当の神なの?」
「アイツらにとっての本当の神は、『虚無』そのものだからだよ」

 こちらの会話に割って入ってきたアスタは、表情がわからなくなるほど深く俯いていた。
 私がどういうことなのかを尋ねようとする前に、ほんの少し顔を上げてくれる。やっぱり、とても暗い顔をしていた。

「世界が虚無に飲まれるというのは、文字通りこの世界からすべての存在が消えてしまうことなんだ。奴らは世界が無になることを望んでいて、この世界ができた頃からずっと暗躍し続けてきたんだよ」
「この世界が……ねぇ。それでよく今まで滅亡しきらずに済んでたな」
「神と人間が手を取り合って戦い続けてきたおかげだよ。世界の存亡を賭けた戦いは、つい最近始まったものじゃない。遥か遠い昔からずっと続いていて、それは現代でも変わらない……未だに終わらない戦いに対抗するべく生み出されたのが、きっとユキたちなんだよ」

 なんだか、急に壮大なスケールの話になってきた。私自身、世界滅亡を回避するために生み出されたという自覚はないし、恐らく他の神々もそうだと思う。
 ローゼマリーさんは、私とステラに「どうか虚無に飲まれないで」と言っていた。生きる希望を見失わず、最後まで足掻き続けて、とも。自分が死んでもなお、私たちにそんな願いを伝えたくらいだから、それだけ私たちは彼女にとって大事な存在だったのだろう。
 私がいてもたってもいられなくなったところで、クロウリーが見下すような目で私の顔を覗き込んできた。

「とにかく、ヴァニタスが本当の神と崇められてるってんなら、オレがアイツをぶっ殺す。オマエみたいなよわよわ若造は引っ込んでろ」
「はぁ? 止められたって聞くわけないでしょ。あんたがどう動こうと勝手にすればいいけど、神隠し事件のときみたいな邪魔はしないでよね」
「その言葉、そっくりそのまま返すぜ」

 ふっと鼻で笑った後、クロウリーは私の椅子から離れて遠くの本棚へ歩いていった。相変わらず腹が立つ奴だけど、向こうから邪魔してこない限りは放っておけばいい。
 とりあえず、私はひたすら史料に目を通す。さっき見た史料には地図しか記載されていなかったので、別の史料を確認していく。

「ねぇ、アスタ。前々から思ってたんだけど、カトラスさんとはどういう関係だったの?」

 史料に目を通しつつ、私はアスタを一度見遣って尋ねた。彼の顔はまだ硬いままだったが、私が何気なく聞いたからか少しリラックスしたように見えた。

「カトラスとは、ロミーを通じて知り合ったんだ。ロミーが世界の滅亡を回避するために動いていたことは知ってるでしょ? カトラスやその家族も、ロミーの目的に協力してた……というより、カトラスもロミーと同じで世界を守る宿命を背負ってたから、一緒に戦っていたんだ」
「へぇ。聞いていいかどうかわからないけど、アスタとローゼマリーさんって、どんな出会いだったの?」
「あ、それなんだけどね……ロミーとどこで出会ったのか、ボクはよく覚えてないんだ。気づいたら一緒にいたって感じでさ」
「え? はぁ、そうなの……」

 アスタは苦笑いしながら、残念そうに答えてくる。大事なひととの出会いくらい、誰でも覚えてるものだと思っていたから面食らってしまった。
 今の時代は三百年ほど続いているけれど、古代は現代よりも圧倒的に長い時代だったという話は知っている。そうなると、彼らの出会いは一体何百年、何千年前の話になるのだろう。

「とりあえず、あんたもヴィータもローゼマリーさんたちの仲間って解釈で間違いないのよね?」
「うん。ボクはずっと昔からロミーのそばにいたからね。それにカイも、ロミーとユーリの力になりたいって言って、協力してくれたんだよ」

 アスタはにっこりと笑いながら、そう話してくれた。自ずと私も嬉しくなる。
 ローゼマリーさんの息子だと聞いたからもしかして、と思っていたが、予想通りだった。完全な形ではないけどカイザーと話すことはできるんだから、カイザーにはもうちょっと早く話してほしかったと思わなくもない。

「ローゼマリーさんと、ユーリ、さん? そのひとってもしかして……」
「そうだよ。ユリウス・グランデ……初代永世翔華神で、カイの父親だよ」
「やっぱり! 永世翔華神物語の冒頭で、カイザーに冠と剣を渡したひとじゃない!」

 永世翔華神物語は、カイザーが初代永世翔華神から王の証である冠と剣を受け継ぐ戴冠式から始まる。ローゼマリーさん同様、物語の中には名前がなかったが、その初代永世翔華神こそがカイザーの父親であるユリウスさんというわけだ。
 そう考えると、やっぱりあれは本当にあった古代のお話なのだ。思わず笑みがこぼれてしまうが、それは一瞬の話。前にアスタと永世翔華神物語について話したときのことが、脳裏をよぎってしまった。

「ということは……前に言ってた、永世翔華神物語の本当の最後って」
「……もう隠す必要もないね。古代の終わりに大戦争が勃発したんだ。そこで、ボクの大切なひとはみんな……」

 再び笑顔が失われたアスタを見ただけで、私も自分の胸が痛みだす。その大戦争こそが、私の敬愛する古代を終わらせた大きな原因だ。
 そして、今デウスプリズンに封印されているヴァニタスが復活してしまえば、古代を滅ぼした戦いが再び巻き起こる。そんなことは絶対に防がなくてはならない。
 そう思っていたら、俄然やる気が出てきた。

「カイザーやローゼマリーさんたちが守ろうとした世界を滅ぼさせるもんか。アスタ、私は何があろうと絶対諦めたりしないから!」
「う、うん……ありがとう、ユキ」

 儚い笑みを浮かべるアスタから目を離し、史料を読み進めるスピードをさらに上げる。頭をフル回転させる勢いで知識を詰め込んで、手がかりを探すのみだ。
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