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第8章「神智を超えた回生の夢」
190話 水鏡の魔女(2)
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少しも解読できない原罪の記録書を閉じ、ベッドから降りて机に置き直した。本当はそのまま休むべきなのだが、どうにも落ち着かない。倒れた後も普段着を着せておいてくれたので着替える必要もなく、ただ書斎中を歩き回っていた。
しかし、書斎の扉の向こうから複数の足音と話し声が聞こえてきたので、とりあえず歩き回るのをやめた。
「ただいま帰りました、クリム」
「よっ。調子はどうだ?」
ヴィータが扉を開けて、その背後からティアルが軽く手を振りながら入ってきた。ティアルがやってきたのは、恐らく魔特隊の仕事が終わったからだろうと思ったが、どうやらセルジュから大方の事情を聞いたそうだ。
「クリム、お前に会いたい奴がいるってんで、連れてきたんだ」
「僕に?」
「ごきげんよう、小さな断罪神くん」
さらに、ティアルの背後から一人の女性がやってきて、同じく書斎に入ってきた。てっきり知らない神が来るのかと思っていたが、黒いマーメイドドレスを着たその女性とは面識があった。
「ミラージュ? 僕に用があるのかい?」
「んー、説明が面倒だわ。ヴィータ、簡単にでいいから教えてあげて」
「あなたに指図される覚えはありません」
何か違和感がある、そう思っていると、ヴィータが僕の近くに歩み寄ってきた。
「先日、カトラスと彼の仲間について話したのを覚えていますか」
「ああ、確か原初神と呼ばれていた神たちだよね。でも、カトラスさん以外はみんな殺されたって……」
「今、ミラージュの姿で現れたこの女こそが、その仲間の一人です。どうやら魂だけは無事だったみたいなので、アストラルを持っている状態なら話せるようです」
ヴィータがミラージュを指し示し、そう告げた。指をさされた当の本人は、普段のミラージュとあまり変わらぬ妖艶な微笑みを浮かべたまま、軽く手を振ってくる。
「ライラン・アンヘルベルよ。よろしくね、断罪神くん」
「は、はぁ……僕はクリムといいます」
ミラージュ──否、ライランさんは「ふーん」と微笑みを崩さぬまま、僕を黙って観察し始めた。値踏みをするような、あるいは舐めるような見方をしてくるので、彼女の真意は何も図れそうになかった。
「あの、何か?」
「いいえ。どうやらワタシ、アナタとは会ったことがないみたい。アナタのことは調べようがないわね」
ライランさんは残念そうに告げてくるが、やはり意味がわからなかった。こうなったら、ヴィータに説明を求めるしかない。
「このひと、何の用があって僕のところに来たの?」
「細かいところはわたしにもさっぱりです。ただ、ティアルのときも妙なことを言っていまして、他のオッドアイの神にも会いたいという話で来たんです。それと、彼女は今シファの身柄を預かっている状態でして」
「なんだって!?」
思いがけないことだったので驚いて声を上げてしまった。ティアルは僕の大声に多少びっくりしていたが、ヴィータとライランさんはほとんど動じていなかった。
ライランさんは何も言わず、懐から青い鏡の欠片を取り出した。ミラージュが使っていた固有武器の鏡とは大きく異なるその鏡面には、一人でうずくまるシファの姿があった。
「話はヴィータから聞かせてもらったわ、クリム。アナタもシファに対してだいぶ恨みがあるようね」
「恨みというか……因縁というか。ヴィータとはどういう関係なんですか?」
「それはまた今度。ワタシに協力してくれたら、シファの身柄を渡してあげる」
いたずらっぽく不敵な笑みを浮かべてくるライランさん。古代における実力者らしいけれど、微妙に胡散臭さを感じる。願ってもない提案だから、余計に警戒してしまう。
そんな僕に向かって、身を乗り出さん勢いで願い出てきたのがティアルだった。
「クリム、私も協力するぜ。シファって、今までの事件を起こした奴らの仲間なんだろ!? トゥーリや魔特隊のみんなを殺したのだってあいつらなんだよな!?」
「ティアル……気持ちはわかるけど、さすがに危険すぎるよ」
「これ以上足手まといになるのは嫌なんだ! お願いだ、私も役に立たせてくれ!!」
僕の言葉を遮らんとする勢いで申し出てきたので、止めることはできそうになかった。
今のティアルは怒っているというより、自責の念に駆られて我を見失っているように見える。下手したら、トゥリヤを殺されて激情に駆られた僕と同じになってしまいそうだ。
「わかったよ、ティアル。ライランさん、協力というのはどういう内容ですか」
「アナタだけに協力してもらうわけじゃないの。現代で『アーケンシェン』と呼ばれている、アナタたちオッドアイの神々の秘密を知りたいのよ」
僕にはそれらしい心当たりがなかったので、なんとなくティアルを見遣るも、首をぶんぶん横に振られた。
「今のアナタたちは知らないことでしょうから、無理に考えなくてもいいわ。そうでなかったら、わざわざこうして協力を申し出たりしないわよ」
「そもそも、なんでそんなに私たちのことが気になるんだよ」
「先日、アーケンシェンの一人が『ミストリューダ』に殺されたでしょう? 彼の遺体について不可解な点があることに気づいたの」
「なっ……どういうことだよ!? きちんと説明しろ!」
「はいはい、落ち着いてちょうだいね」
ライランさんは、シファを閉じ込めているものとは別の青い鏡の欠片を召喚した。その鏡面を一人でまじまじと確認していたので、僕たちも覗き込もうとしたが「やめておきなさい」と言われた。
顔はミラージュとはいえ、彼女はあまりにも真剣な表情を浮かべていた。鏡に何が映っているのか、それだけでなんとなく察してしまう。
「ワタシはこの青い鏡……『水鏡』の力であらゆるものを観測したり、鏡の欠片の中に色々しまったりすることができるの。遺体はかなり凄惨なものだったようね。彼の生前の姿と遺体を見比べてみたら、『右目』がないことに気づいたわ」
「そういえば、トゥーリの赤い右目が抉られてた! 首まで切った挙げ句……なんであんな目に……っ」
ティアルはそう言ったとき、口を押さえて青ざめながら床を見下ろしていた。僕も正直、思い出すことすら酷だ。
ヴィータは事件や葬儀には立ち会っていないものの、何か苦々しい表情になっていた。
「お兄様が話していました。トゥリヤは『預言者』と呼ばれる者に殺された。奴はお兄様の目の前で、トゥリヤの右目を抉って食べたそうです」
「ふーん……その預言者って奴が、今のシファとノーファの主みたいね」
「ライランさん。古代から生きているということは、預言者についても何か知っているんですか?」
僕が尋ねてみたものの、ライランさんは首を横に振る。
「預言者については、ワタシも知っていることが少ないの。所業から考えて、古代から暗躍しているのは間違いなさそうだけどねぇ……ヴィータ、古代の話はどこまでしたの?」
「えっと……ヴァニタスの詳細と封印についてと、古代で凄惨な悲劇が起きたということは伝えていますが」
ヴィータは少しだけ表情を曇らせて、ティアルを見遣った。
元々、古代に起きた悲劇に関する話題は、僕とユキア、そして観測者の兄妹のみの秘密になっていた。現代神のほとんどは古代の悲劇に関することを知らないまま生きていて、このまま話しているとティアルを置いてきぼりにしそうだ。
ただ、彼女は予想よりもあっけらかんとしていた。
「あまり口外しなきゃいいんだろ。ただ、カルデだけには話していいか?」
「そのひともアーケンシェンかしら?」
「ああ。この際だから、私たちだけでも古代のことを知っておくべきだと思うんだ。むしろ、もっと早くこうするべきだったかもしれねぇ」
その点については僕も同意だ。カトラスさんと話しているときも感じたことだが、これから迫りくる滅亡を防ぐためには、古代のことも知っておかなくてはいけないだろう。
これからの戦いに巻き込まれるのは、僕やユキアだけじゃない。他のみんなも同じように、戦いに備えなくてはいけないと思う。
そうと決まれば、カルデルトにも早めに共有しておいたほうがいいだろう。アリアの様子を見ると言っていたから、そろそろこちらに戻ってくる頃かもしれない。
「よぉ。アリアはしばらくセルジュに見てもらうことにしたから……って、なんか増えたか?」
案の定、カルデルトが書斎に戻ってきた。ヴィータとティアルも一緒にいたために、少しばかり驚いたようだった。
カルデルトにも今までの話をして、アリアを治す手伝いをしてもらえるかもしれないことを話そうとしたとき、なぜかライランさんが「まあ!」と声を上げてパッと明るい顔になった。
「ヴェルダ! 久しぶりねぇ、元気にしてたかしら?」
「ミラージュ!? やめろ鬱陶しい、離れろ!」
あくまで現代神のミラージュの身体であることを忘れたのか、ライランさんが無遠慮にカルデルトへ抱きつこうとした。驚いたカルデルトに突き飛ばされてしまったが。
そのときに聞こえたのも、やはり知らない名前だった。
「カルデ、そいつミラージュの格好してるけどミラージュじゃないぜ。古代神だってよ」
「はぁ!? いつの間にどういう状況になってんだよ!?」
「それより、カルデをヴェルダって呼んでたけど、もしかしてカルデのことも見たことあんのか?」
冷静になりきれず混乱するカルデルトをなだめつつ、ティアルがライランさんに尋ねる。さすがに、もうあまり取り乱すこともなくなったようだ。
ライランさんは「そうよぉ」とちょっと間延びした口調で答える。突き飛ばされたことに対してはまったく怒っていなさそう。
「ワタシはアナタたちと多く関わっていたわけじゃないの。でも、ヴェルダとネイアは本当に仲良しだったのよ。アナタたちは覚えていないでしょうけど」
「はぁ? 俺とティア嬢は生まれた頃からつるんでたぞ」
「そうだぞ! 私だけじゃなくて、トゥーリだって一緒だった! 私たち三人は最初っから仲良いんだからな!」
「……なるほどねぇ。右目を奪われてしまった彼も、生前のアナタたちと深い関係があったのかもしれないわ」
また何か意味深なことを呟いていた。ライランさんはヴィータに近づき、彼女に青い鏡の欠片を差し出した。
「この件は一旦保留ね。ヴィータ、シファはアンタにあげる」
「……もういいのですか」
「ワタシが必要になったら、アナタが『呼んで』くれればいいわ。それよりも、断罪神くんにはシファを使って叶えたい願いがあるみたいだし。アナタだって、シファとは色々あったはずでしょう?」
ライランさんが僕を一瞥して、ヴィータに青い鏡の欠片を押し付けた。欠片を手放したことで明確な変化は見られないが、本人の言葉通りに考えると話せるのはあと僅かというところだろう。
「ライラン。カトラスには、会わなくていいのですか」
ヴィータの問いに、すぐに答えることはなかった。少しだけ間を置いてから、彼女は僕たちに背を向ける。
「今のアイツには会いたくないわ。最初のたった一度愛しただけだけど、アイツのあんな腑抜けたツラは生まれて初めて見たからね」
「……そうですか」
「じゃあね、現代神たち。この『器』にも、あとで軽くでも事情を説明しておいてくれると助かるわ」
ライランさんは僕たちに背を向けたまま、書斎から一人消えていった。僕たちの間にも沈黙が流れるものの、ティアルとカルデルトは顔を見合わせてから、僕たちの方を向いた。
「じゃあ、クリム。ミラージュには私たちが説明しておくからな」
「アリアを頼んだぞ。ヴィータ、こいつが無理しないように見張っててくれ」
「はい」
そのように言い残してから、ライランさんの後を追って二人もいなくなった。書斎に残ったのは僕とヴィータ、そしてシファが閉じ込められた青い鏡の欠片のみだった。
ヴィータは顔をしかめ、鏡の欠片を見下ろしていた。しばらく鏡をほとんど睨んだ状態で見つめると、深くため息をついた。
「ヴィータ。この鏡からシファを解放することってできるのかい?」
「ええ。ライランの能力は昔から知っていますから、造作もありません。覚悟はいいですか?」
そう、僕を見上げて問うてきた。僕は黙って頷いた。
「とはいえ、どのようにして説得しましょうか。わたしでも、あいつに言うことを聞かせるのは至難の業です」
「……ここじゃ狭すぎるから、移動しよう。罪人を罰するのに最適の場所があるから」
「何か考えがあるのですか?」
「まあね」
僕は机の引き出しを開け、白い布に包まれた真っ黒な凶器と小さな小瓶を取り出した。ヴィータもそれを見て、僕が何をしようとしているのかを察したらしかった。
少しも解読できない原罪の記録書を閉じ、ベッドから降りて机に置き直した。本当はそのまま休むべきなのだが、どうにも落ち着かない。倒れた後も普段着を着せておいてくれたので着替える必要もなく、ただ書斎中を歩き回っていた。
しかし、書斎の扉の向こうから複数の足音と話し声が聞こえてきたので、とりあえず歩き回るのをやめた。
「ただいま帰りました、クリム」
「よっ。調子はどうだ?」
ヴィータが扉を開けて、その背後からティアルが軽く手を振りながら入ってきた。ティアルがやってきたのは、恐らく魔特隊の仕事が終わったからだろうと思ったが、どうやらセルジュから大方の事情を聞いたそうだ。
「クリム、お前に会いたい奴がいるってんで、連れてきたんだ」
「僕に?」
「ごきげんよう、小さな断罪神くん」
さらに、ティアルの背後から一人の女性がやってきて、同じく書斎に入ってきた。てっきり知らない神が来るのかと思っていたが、黒いマーメイドドレスを着たその女性とは面識があった。
「ミラージュ? 僕に用があるのかい?」
「んー、説明が面倒だわ。ヴィータ、簡単にでいいから教えてあげて」
「あなたに指図される覚えはありません」
何か違和感がある、そう思っていると、ヴィータが僕の近くに歩み寄ってきた。
「先日、カトラスと彼の仲間について話したのを覚えていますか」
「ああ、確か原初神と呼ばれていた神たちだよね。でも、カトラスさん以外はみんな殺されたって……」
「今、ミラージュの姿で現れたこの女こそが、その仲間の一人です。どうやら魂だけは無事だったみたいなので、アストラルを持っている状態なら話せるようです」
ヴィータがミラージュを指し示し、そう告げた。指をさされた当の本人は、普段のミラージュとあまり変わらぬ妖艶な微笑みを浮かべたまま、軽く手を振ってくる。
「ライラン・アンヘルベルよ。よろしくね、断罪神くん」
「は、はぁ……僕はクリムといいます」
ミラージュ──否、ライランさんは「ふーん」と微笑みを崩さぬまま、僕を黙って観察し始めた。値踏みをするような、あるいは舐めるような見方をしてくるので、彼女の真意は何も図れそうになかった。
「あの、何か?」
「いいえ。どうやらワタシ、アナタとは会ったことがないみたい。アナタのことは調べようがないわね」
ライランさんは残念そうに告げてくるが、やはり意味がわからなかった。こうなったら、ヴィータに説明を求めるしかない。
「このひと、何の用があって僕のところに来たの?」
「細かいところはわたしにもさっぱりです。ただ、ティアルのときも妙なことを言っていまして、他のオッドアイの神にも会いたいという話で来たんです。それと、彼女は今シファの身柄を預かっている状態でして」
「なんだって!?」
思いがけないことだったので驚いて声を上げてしまった。ティアルは僕の大声に多少びっくりしていたが、ヴィータとライランさんはほとんど動じていなかった。
ライランさんは何も言わず、懐から青い鏡の欠片を取り出した。ミラージュが使っていた固有武器の鏡とは大きく異なるその鏡面には、一人でうずくまるシファの姿があった。
「話はヴィータから聞かせてもらったわ、クリム。アナタもシファに対してだいぶ恨みがあるようね」
「恨みというか……因縁というか。ヴィータとはどういう関係なんですか?」
「それはまた今度。ワタシに協力してくれたら、シファの身柄を渡してあげる」
いたずらっぽく不敵な笑みを浮かべてくるライランさん。古代における実力者らしいけれど、微妙に胡散臭さを感じる。願ってもない提案だから、余計に警戒してしまう。
そんな僕に向かって、身を乗り出さん勢いで願い出てきたのがティアルだった。
「クリム、私も協力するぜ。シファって、今までの事件を起こした奴らの仲間なんだろ!? トゥーリや魔特隊のみんなを殺したのだってあいつらなんだよな!?」
「ティアル……気持ちはわかるけど、さすがに危険すぎるよ」
「これ以上足手まといになるのは嫌なんだ! お願いだ、私も役に立たせてくれ!!」
僕の言葉を遮らんとする勢いで申し出てきたので、止めることはできそうになかった。
今のティアルは怒っているというより、自責の念に駆られて我を見失っているように見える。下手したら、トゥリヤを殺されて激情に駆られた僕と同じになってしまいそうだ。
「わかったよ、ティアル。ライランさん、協力というのはどういう内容ですか」
「アナタだけに協力してもらうわけじゃないの。現代で『アーケンシェン』と呼ばれている、アナタたちオッドアイの神々の秘密を知りたいのよ」
僕にはそれらしい心当たりがなかったので、なんとなくティアルを見遣るも、首をぶんぶん横に振られた。
「今のアナタたちは知らないことでしょうから、無理に考えなくてもいいわ。そうでなかったら、わざわざこうして協力を申し出たりしないわよ」
「そもそも、なんでそんなに私たちのことが気になるんだよ」
「先日、アーケンシェンの一人が『ミストリューダ』に殺されたでしょう? 彼の遺体について不可解な点があることに気づいたの」
「なっ……どういうことだよ!? きちんと説明しろ!」
「はいはい、落ち着いてちょうだいね」
ライランさんは、シファを閉じ込めているものとは別の青い鏡の欠片を召喚した。その鏡面を一人でまじまじと確認していたので、僕たちも覗き込もうとしたが「やめておきなさい」と言われた。
顔はミラージュとはいえ、彼女はあまりにも真剣な表情を浮かべていた。鏡に何が映っているのか、それだけでなんとなく察してしまう。
「ワタシはこの青い鏡……『水鏡』の力であらゆるものを観測したり、鏡の欠片の中に色々しまったりすることができるの。遺体はかなり凄惨なものだったようね。彼の生前の姿と遺体を見比べてみたら、『右目』がないことに気づいたわ」
「そういえば、トゥーリの赤い右目が抉られてた! 首まで切った挙げ句……なんであんな目に……っ」
ティアルはそう言ったとき、口を押さえて青ざめながら床を見下ろしていた。僕も正直、思い出すことすら酷だ。
ヴィータは事件や葬儀には立ち会っていないものの、何か苦々しい表情になっていた。
「お兄様が話していました。トゥリヤは『預言者』と呼ばれる者に殺された。奴はお兄様の目の前で、トゥリヤの右目を抉って食べたそうです」
「ふーん……その預言者って奴が、今のシファとノーファの主みたいね」
「ライランさん。古代から生きているということは、預言者についても何か知っているんですか?」
僕が尋ねてみたものの、ライランさんは首を横に振る。
「預言者については、ワタシも知っていることが少ないの。所業から考えて、古代から暗躍しているのは間違いなさそうだけどねぇ……ヴィータ、古代の話はどこまでしたの?」
「えっと……ヴァニタスの詳細と封印についてと、古代で凄惨な悲劇が起きたということは伝えていますが」
ヴィータは少しだけ表情を曇らせて、ティアルを見遣った。
元々、古代に起きた悲劇に関する話題は、僕とユキア、そして観測者の兄妹のみの秘密になっていた。現代神のほとんどは古代の悲劇に関することを知らないまま生きていて、このまま話しているとティアルを置いてきぼりにしそうだ。
ただ、彼女は予想よりもあっけらかんとしていた。
「あまり口外しなきゃいいんだろ。ただ、カルデだけには話していいか?」
「そのひともアーケンシェンかしら?」
「ああ。この際だから、私たちだけでも古代のことを知っておくべきだと思うんだ。むしろ、もっと早くこうするべきだったかもしれねぇ」
その点については僕も同意だ。カトラスさんと話しているときも感じたことだが、これから迫りくる滅亡を防ぐためには、古代のことも知っておかなくてはいけないだろう。
これからの戦いに巻き込まれるのは、僕やユキアだけじゃない。他のみんなも同じように、戦いに備えなくてはいけないと思う。
そうと決まれば、カルデルトにも早めに共有しておいたほうがいいだろう。アリアの様子を見ると言っていたから、そろそろこちらに戻ってくる頃かもしれない。
「よぉ。アリアはしばらくセルジュに見てもらうことにしたから……って、なんか増えたか?」
案の定、カルデルトが書斎に戻ってきた。ヴィータとティアルも一緒にいたために、少しばかり驚いたようだった。
カルデルトにも今までの話をして、アリアを治す手伝いをしてもらえるかもしれないことを話そうとしたとき、なぜかライランさんが「まあ!」と声を上げてパッと明るい顔になった。
「ヴェルダ! 久しぶりねぇ、元気にしてたかしら?」
「ミラージュ!? やめろ鬱陶しい、離れろ!」
あくまで現代神のミラージュの身体であることを忘れたのか、ライランさんが無遠慮にカルデルトへ抱きつこうとした。驚いたカルデルトに突き飛ばされてしまったが。
そのときに聞こえたのも、やはり知らない名前だった。
「カルデ、そいつミラージュの格好してるけどミラージュじゃないぜ。古代神だってよ」
「はぁ!? いつの間にどういう状況になってんだよ!?」
「それより、カルデをヴェルダって呼んでたけど、もしかしてカルデのことも見たことあんのか?」
冷静になりきれず混乱するカルデルトをなだめつつ、ティアルがライランさんに尋ねる。さすがに、もうあまり取り乱すこともなくなったようだ。
ライランさんは「そうよぉ」とちょっと間延びした口調で答える。突き飛ばされたことに対してはまったく怒っていなさそう。
「ワタシはアナタたちと多く関わっていたわけじゃないの。でも、ヴェルダとネイアは本当に仲良しだったのよ。アナタたちは覚えていないでしょうけど」
「はぁ? 俺とティア嬢は生まれた頃からつるんでたぞ」
「そうだぞ! 私だけじゃなくて、トゥーリだって一緒だった! 私たち三人は最初っから仲良いんだからな!」
「……なるほどねぇ。右目を奪われてしまった彼も、生前のアナタたちと深い関係があったのかもしれないわ」
また何か意味深なことを呟いていた。ライランさんはヴィータに近づき、彼女に青い鏡の欠片を差し出した。
「この件は一旦保留ね。ヴィータ、シファはアンタにあげる」
「……もういいのですか」
「ワタシが必要になったら、アナタが『呼んで』くれればいいわ。それよりも、断罪神くんにはシファを使って叶えたい願いがあるみたいだし。アナタだって、シファとは色々あったはずでしょう?」
ライランさんが僕を一瞥して、ヴィータに青い鏡の欠片を押し付けた。欠片を手放したことで明確な変化は見られないが、本人の言葉通りに考えると話せるのはあと僅かというところだろう。
「ライラン。カトラスには、会わなくていいのですか」
ヴィータの問いに、すぐに答えることはなかった。少しだけ間を置いてから、彼女は僕たちに背を向ける。
「今のアイツには会いたくないわ。最初のたった一度愛しただけだけど、アイツのあんな腑抜けたツラは生まれて初めて見たからね」
「……そうですか」
「じゃあね、現代神たち。この『器』にも、あとで軽くでも事情を説明しておいてくれると助かるわ」
ライランさんは僕たちに背を向けたまま、書斎から一人消えていった。僕たちの間にも沈黙が流れるものの、ティアルとカルデルトは顔を見合わせてから、僕たちの方を向いた。
「じゃあ、クリム。ミラージュには私たちが説明しておくからな」
「アリアを頼んだぞ。ヴィータ、こいつが無理しないように見張っててくれ」
「はい」
そのように言い残してから、ライランさんの後を追って二人もいなくなった。書斎に残ったのは僕とヴィータ、そしてシファが閉じ込められた青い鏡の欠片のみだった。
ヴィータは顔をしかめ、鏡の欠片を見下ろしていた。しばらく鏡をほとんど睨んだ状態で見つめると、深くため息をついた。
「ヴィータ。この鏡からシファを解放することってできるのかい?」
「ええ。ライランの能力は昔から知っていますから、造作もありません。覚悟はいいですか?」
そう、僕を見上げて問うてきた。僕は黙って頷いた。
「とはいえ、どのようにして説得しましょうか。わたしでも、あいつに言うことを聞かせるのは至難の業です」
「……ここじゃ狭すぎるから、移動しよう。罪人を罰するのに最適の場所があるから」
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