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第8章「神智を超えた回生の夢」
197話 優しくなんかない
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身体が少し気怠い。最近、色々と忙しかったから疲れているのかもしれない。まだ夢から覚めていないということは、あまり深く眠れていないということの証だろう。
何度か見た大理石でできた部屋に、私は佇んでいた。気がついたらワイン色のふかふかしたソファにもたれかかっていたので、そっと立ち上がる。夢の中でこの場所にいるということは、やるべきことはただ一つ。
私はできるだけ気配を押し殺し、窓の外を呆然と眺めている、黄金の冠を被った神に話しかけようとした。しかし、肩を叩こうとしたそのとき、彼の白いマントが翻って腕を掴まれた。
「俺の背後をとろうなんて千年早いぜ? まだまだ鍛錬が足りねーな」
紅玉の瞳が私を見下ろし、ニカッと明るい笑顔を向けられた。やっぱり、今の私ではまだこのひとに敵わないみたいだ。敵わないからこそ憧れているのだけど。
あっさりと腕を離されたので、私はふうと息をついた。
「この間はお疲れさん。俺、大活躍だったろ?」
「え、何のこと?」
「いや、まあ大したことじゃねぇけどー……俺の存在があったからこそ、お前は今こうして生きてられるってことを言いたくてだな。大事なことなんだから、たまには感謝してくれよ?」
そんなことを言われても、この間の事件のときは色々と必死だったから、何に感謝したらいいのやら……そう思ったとき、私は事件の前後で大きく変わったことを一つ思い出した。
戦女神化を使わなくても飛べるようになった。戦闘力自体もかなり上がった。それ以前も、戦女神化を使ったことで回避できた危機はいくつもある。
「確かに、今まで面と向かってお礼を言ったことはなかったかも。いつもありがとう、カイザー」
「あっはっはー、いいってことよ! やっぱり感謝されるのって最高だよなー!」
豪快に笑いながらガッツポーズをしてみせる彼が、なんだかちょっと子供っぽい。そういうところが民にとっては親しみやすくて、畏怖の念を抱かれにくい親近感のある王の特徴なのかもしれない。
私はそんなカイザーを見てから、なんとなく窓の方を向く。夢の中でカイザーと会うとき、窓の外はいつも晴れているけれど、それ以上は何も分からない。
「夢を見るたびに思うんだけど、あなたはいつもここで何してるの?」
「いい景色を眺めてるんだ。お前も見てみるか?」
落ち着いたカイザーが私の背後に回り、私の両肩を掴んで優しく押しながら、私に窓の外を見せてくれた。夢の中だというのに、日差しとそよ風が温かい。春の花の匂いがふわふわと漂っている。
窓の外には、城下町らしい景色が広がっていた。それよりも手前には、城の門と広場が見える。門の前には、広場を埋め尽くすほどの人々の姿があった。人々はこちらを見て、手を振ったり花を投げたりしながら歓声を上げた。
私の気分はとても高揚している。あの先にいるのは、きっと人間だけじゃない。私みたいな神もいるに違いない。なぜなら、カイザーは作った国は「神と人間が共存する世界」だから。
「俺は今、お前の記憶の中にいる。お前の記憶は、古代への憧れでいっぱいだ。おかげで、俺は過去の栄光を忘れずに済んでいるんだぜ」
カイザーはそんなことを言って、私の両肩に置いていた手を離した。なんとなくだが、過去の栄光という言葉がとても物悲しく聞こえる。
私は振り返り、窓の外からカイザーへと視線を移す。彼はいつも通りで、悲しそうにする様子など微塵も見せない。
「私に宿る前はどうだったの? 永世翔華神物語の中に宿ってたって話だったけど」
「何もない。空っぽの世界だ。本の中って不思議な世界が広がってると思うだろうけど、俺が見た世界はそうじゃなかった。退屈で退屈で、心が荒んでたよ」
紅玉の瞳を閉じながら教えてくれたときの口調は、少しトーンが落ちていた。本の中に宿っていたなんて少し不思議で面白いな、なんて勝手に思っていたけれど、本人にとってはそうじゃなかったようだ。
だが、そんな落ち込んだムードも一気に晴らして、彼は両手を広げながら笑うのだった。
「でもな、今はそのときに比べりゃ退屈しねぇから、文字通り夢心地だぜ!」
「……悲しくならないの?」
私は不思議で仕方なくて、気がついたときにはそう尋ねていた。両手を下ろしたカイザーは、きょとんとした顔で私を見る。
「どうしてそう思うんだ?」
「永世翔華神物語の、本当の最後……その意味がやっとわかったの。それこそがこの世界の歴史そのもので、あなたも経験したんでしょ? こんなに華やかで、みんなが笑っている世界を眺めていたら……私だったら、後悔でいっぱいになって苦しくなりそうだよ」
窓の外を再び見遣れば、人々が歓喜する様子が見える。夢の中では、彼らはずっと笑っている。私が古代に対して抱く理想そのものだからだ。カイザーだってそれを知っているだろうに、なぜ笑っていられるのか不思議で仕方がなかった。
私が何を考えているのかを悟ったのか、カイザーは静かに笑いながら、窓の外に目を向けた。
「窓の外を眺めるたびに思うんだ。ここのみんなはずっと俺を称えてくれるけど、実際の俺は民を守り切れず死んで終わったんだって。そう考えたら虚しくなるけれど、悲しいとは思わない。今の俺にも守るべきものがある。今度こそ守り切ればいい、そう思えば悲しい気持ちになんてならないんだ」
再び私に視線を戻してくれたときの顔は、幼い頃に憧れた力強い王そのものだった。カイザーは過去を振り返ることはあっても、ずっと前を見続けている。それが国の人々のためになるのだと信じているのだろう。
「アスタがお前を守ろうとする理由がわかるぜ。ユキア、お前は本当に優しい女神だ。だから、俺はお前に力を貸してんだよ」
「違うよ。あの子が私を守ろうとするのは、私があなたと同じ考え方の神だったからよ。私は優しくなんかない」
憧れの神の言葉であれ、それだけははっきりと否定した。カイザーは窓の縁に両肘を置いて、天井を仰ぎ見る。
「俺とお前がこうして夢の中で会うのは、決まってお前が深く思い悩んでいるときだ。最近、あいつの様子が変なんだろ? 俺もそれは感じてる」
「……わかるのね」
「お前が見聞きしたものは、俺も同じように見聞きできるからな。なんだか、古代の終わりを思い出させる落ち込みようだったよ、あれは」
カイザーの言葉とともに、私は最近のアスタの様子を思い出そうとする。最近、彼はずっと寂しそうな顔をして、たまに儚く笑っては自虐するようなことを言う。
今日だってそうだった。デウスプリズンでヴィータと会話していたときのアスタは、いつもと違って無理やり笑っていたように見えた。
あのときも今も、私は何も言えないままでいる。
「アスタはずっとローゼマリーさんを見てる。いくら前向きに振る舞ったところで、死んだひとには勝てっこないよ。こんなこと考える私には、アスタの気持ちを本当に理解することはできないかもしれない」
ローゼマリーさんの話をしたときのアスタの動揺具合を見ていれば、そんなことくらい嫌でもわかる。
悩みたくもないのに悩む私の前で、カイザーはなぜかおかしそうに笑う。
「好きなんだな、あいつのこと」
「あ、あなたまでそんなこと言うの!?」
「どうでもよかったらそこまで考えないだろ。まあ、アスタもアスタだよな。いつまでも叶わないものを追い続けてるなんて、往生際悪すぎる。もうちょっと相手選べっての」
笑いながら言っているが、ひどい言いようだ。とはいえ、彼の言っていることは何も間違っていないし、それこそがまさに私のモヤモヤしている原因だった。
「安心しろ。お袋は誰にでも優しいけど親父一筋だったし、親父もアスタのことはずっと子供扱いしてたから」
なんだ、つまりはアスタの片思いで終わったわけか。それならよかった……なんて思えるはずもなく。
いつもならこんな悩まずに、とりあえず行動したり迷わないと決めることができた。なのに、アスタのことになるといつまでも悩んでしまう。普段の自分じゃないみたいだ。
「私、アスタのために何ができるのかな」
カイザーは窓から離れ、私に背を向ける。どんな顔をしているのかはわからないが、声の調子は元気そうだった。
「これは親友としての頼みなんだけどさ。アスタのこと、できる限りでいいから支えてやってくれ」
「え? むしろ、私の方が支えられている気がするんだけど」
「今度はお前がアスタを助ける番だと思うんだ。あいつが悩んでいるのは、お袋のことだけじゃないんだよ」
カイザーの言葉の途中で、辺りが白く輝き始める。そろそろ夢から覚める頃だ。白い闇に包まれたら、私は再び現実に戻る。
「ユキア。お前の近くにいる断罪神が持つアイテム……あれの中身を確かめてみろ」
夢が覚める直前、彼は軽い調子でありながら、あまりにも重要な手がかりを残した。
目を開けたとき、部屋はまだ暗かった。ベッドのそばに置いてある目覚まし時計は、まだ夜明け前を指している。こんな時間に起きてしまうなんて珍しい。
さすがに、アスタもまだ眠っているのではないだろうか。普段から一緒のベッドで眠っているし、寝返りを打たずとも寝息が聞こえれば確かめることはできる。
だが、耳を澄ませて聞こえてきたのは、すすり泣く声だった。
「うっ、うぅ……もうやめて……やめてよ……」
普段は滅多に聞かない泣き声が、背中からはっきりと聞こえてきた。そのとき、私は自分の背中に彼が縋りついていることに気づく。小さな両手が、私の寝間着を掴んだ状態で震えている。
こういうとき、起こした方がいいのだろうか。それとも放っておいた方がいいのか。結局、動くこともできず、腕が固まった状態で呆然としていた。
「ごめん……ごめんよ、ロミー……全部、ボクが悪いんだ……ボクのせいだから、もう自分を責めないで……」
その言葉が耳に入ったとき、私は自分の胸が激しく痛んだことに気づく。
ローゼマリーさんはもういない。いない相手をいつまでも忘れられないことだってあるだろうけど、アスタの場合はそれだけじゃない。いなくなった相手に対して、ずっと後悔しているような気がする。
所詮は寝言だ、そう思えるならどれだけ楽だろう。相手はただ夢を見ているだけだと思っても、背中から感じる震えのせいで考えがまとまらなくなる。
「……泣かないでよ。私より遥かに長生きしてるくせに。そんなんだからローゼマリーさんには相手にされなくて、ユリウスさんには子供扱いされるのよ」
寝言に反応するわけではないけれど、小声で吐き捨てるように言う。アスタは泣き続けているようで、こちらの独り言で起きたりはしてないようだ。
たまらなくなった私は身体を起こして、背中にしがみついていた両手を引き剥がした。それで微妙に泣き方が激しくなったような気がしたが、放っておいた。
ベッドから降りて着替えて、足早に部屋を後にする。ドアを閉めてすぐに、家から飛び出した。
身体が少し気怠い。最近、色々と忙しかったから疲れているのかもしれない。まだ夢から覚めていないということは、あまり深く眠れていないということの証だろう。
何度か見た大理石でできた部屋に、私は佇んでいた。気がついたらワイン色のふかふかしたソファにもたれかかっていたので、そっと立ち上がる。夢の中でこの場所にいるということは、やるべきことはただ一つ。
私はできるだけ気配を押し殺し、窓の外を呆然と眺めている、黄金の冠を被った神に話しかけようとした。しかし、肩を叩こうとしたそのとき、彼の白いマントが翻って腕を掴まれた。
「俺の背後をとろうなんて千年早いぜ? まだまだ鍛錬が足りねーな」
紅玉の瞳が私を見下ろし、ニカッと明るい笑顔を向けられた。やっぱり、今の私ではまだこのひとに敵わないみたいだ。敵わないからこそ憧れているのだけど。
あっさりと腕を離されたので、私はふうと息をついた。
「この間はお疲れさん。俺、大活躍だったろ?」
「え、何のこと?」
「いや、まあ大したことじゃねぇけどー……俺の存在があったからこそ、お前は今こうして生きてられるってことを言いたくてだな。大事なことなんだから、たまには感謝してくれよ?」
そんなことを言われても、この間の事件のときは色々と必死だったから、何に感謝したらいいのやら……そう思ったとき、私は事件の前後で大きく変わったことを一つ思い出した。
戦女神化を使わなくても飛べるようになった。戦闘力自体もかなり上がった。それ以前も、戦女神化を使ったことで回避できた危機はいくつもある。
「確かに、今まで面と向かってお礼を言ったことはなかったかも。いつもありがとう、カイザー」
「あっはっはー、いいってことよ! やっぱり感謝されるのって最高だよなー!」
豪快に笑いながらガッツポーズをしてみせる彼が、なんだかちょっと子供っぽい。そういうところが民にとっては親しみやすくて、畏怖の念を抱かれにくい親近感のある王の特徴なのかもしれない。
私はそんなカイザーを見てから、なんとなく窓の方を向く。夢の中でカイザーと会うとき、窓の外はいつも晴れているけれど、それ以上は何も分からない。
「夢を見るたびに思うんだけど、あなたはいつもここで何してるの?」
「いい景色を眺めてるんだ。お前も見てみるか?」
落ち着いたカイザーが私の背後に回り、私の両肩を掴んで優しく押しながら、私に窓の外を見せてくれた。夢の中だというのに、日差しとそよ風が温かい。春の花の匂いがふわふわと漂っている。
窓の外には、城下町らしい景色が広がっていた。それよりも手前には、城の門と広場が見える。門の前には、広場を埋め尽くすほどの人々の姿があった。人々はこちらを見て、手を振ったり花を投げたりしながら歓声を上げた。
私の気分はとても高揚している。あの先にいるのは、きっと人間だけじゃない。私みたいな神もいるに違いない。なぜなら、カイザーは作った国は「神と人間が共存する世界」だから。
「俺は今、お前の記憶の中にいる。お前の記憶は、古代への憧れでいっぱいだ。おかげで、俺は過去の栄光を忘れずに済んでいるんだぜ」
カイザーはそんなことを言って、私の両肩に置いていた手を離した。なんとなくだが、過去の栄光という言葉がとても物悲しく聞こえる。
私は振り返り、窓の外からカイザーへと視線を移す。彼はいつも通りで、悲しそうにする様子など微塵も見せない。
「私に宿る前はどうだったの? 永世翔華神物語の中に宿ってたって話だったけど」
「何もない。空っぽの世界だ。本の中って不思議な世界が広がってると思うだろうけど、俺が見た世界はそうじゃなかった。退屈で退屈で、心が荒んでたよ」
紅玉の瞳を閉じながら教えてくれたときの口調は、少しトーンが落ちていた。本の中に宿っていたなんて少し不思議で面白いな、なんて勝手に思っていたけれど、本人にとってはそうじゃなかったようだ。
だが、そんな落ち込んだムードも一気に晴らして、彼は両手を広げながら笑うのだった。
「でもな、今はそのときに比べりゃ退屈しねぇから、文字通り夢心地だぜ!」
「……悲しくならないの?」
私は不思議で仕方なくて、気がついたときにはそう尋ねていた。両手を下ろしたカイザーは、きょとんとした顔で私を見る。
「どうしてそう思うんだ?」
「永世翔華神物語の、本当の最後……その意味がやっとわかったの。それこそがこの世界の歴史そのもので、あなたも経験したんでしょ? こんなに華やかで、みんなが笑っている世界を眺めていたら……私だったら、後悔でいっぱいになって苦しくなりそうだよ」
窓の外を再び見遣れば、人々が歓喜する様子が見える。夢の中では、彼らはずっと笑っている。私が古代に対して抱く理想そのものだからだ。カイザーだってそれを知っているだろうに、なぜ笑っていられるのか不思議で仕方がなかった。
私が何を考えているのかを悟ったのか、カイザーは静かに笑いながら、窓の外に目を向けた。
「窓の外を眺めるたびに思うんだ。ここのみんなはずっと俺を称えてくれるけど、実際の俺は民を守り切れず死んで終わったんだって。そう考えたら虚しくなるけれど、悲しいとは思わない。今の俺にも守るべきものがある。今度こそ守り切ればいい、そう思えば悲しい気持ちになんてならないんだ」
再び私に視線を戻してくれたときの顔は、幼い頃に憧れた力強い王そのものだった。カイザーは過去を振り返ることはあっても、ずっと前を見続けている。それが国の人々のためになるのだと信じているのだろう。
「アスタがお前を守ろうとする理由がわかるぜ。ユキア、お前は本当に優しい女神だ。だから、俺はお前に力を貸してんだよ」
「違うよ。あの子が私を守ろうとするのは、私があなたと同じ考え方の神だったからよ。私は優しくなんかない」
憧れの神の言葉であれ、それだけははっきりと否定した。カイザーは窓の縁に両肘を置いて、天井を仰ぎ見る。
「俺とお前がこうして夢の中で会うのは、決まってお前が深く思い悩んでいるときだ。最近、あいつの様子が変なんだろ? 俺もそれは感じてる」
「……わかるのね」
「お前が見聞きしたものは、俺も同じように見聞きできるからな。なんだか、古代の終わりを思い出させる落ち込みようだったよ、あれは」
カイザーの言葉とともに、私は最近のアスタの様子を思い出そうとする。最近、彼はずっと寂しそうな顔をして、たまに儚く笑っては自虐するようなことを言う。
今日だってそうだった。デウスプリズンでヴィータと会話していたときのアスタは、いつもと違って無理やり笑っていたように見えた。
あのときも今も、私は何も言えないままでいる。
「アスタはずっとローゼマリーさんを見てる。いくら前向きに振る舞ったところで、死んだひとには勝てっこないよ。こんなこと考える私には、アスタの気持ちを本当に理解することはできないかもしれない」
ローゼマリーさんの話をしたときのアスタの動揺具合を見ていれば、そんなことくらい嫌でもわかる。
悩みたくもないのに悩む私の前で、カイザーはなぜかおかしそうに笑う。
「好きなんだな、あいつのこと」
「あ、あなたまでそんなこと言うの!?」
「どうでもよかったらそこまで考えないだろ。まあ、アスタもアスタだよな。いつまでも叶わないものを追い続けてるなんて、往生際悪すぎる。もうちょっと相手選べっての」
笑いながら言っているが、ひどい言いようだ。とはいえ、彼の言っていることは何も間違っていないし、それこそがまさに私のモヤモヤしている原因だった。
「安心しろ。お袋は誰にでも優しいけど親父一筋だったし、親父もアスタのことはずっと子供扱いしてたから」
なんだ、つまりはアスタの片思いで終わったわけか。それならよかった……なんて思えるはずもなく。
いつもならこんな悩まずに、とりあえず行動したり迷わないと決めることができた。なのに、アスタのことになるといつまでも悩んでしまう。普段の自分じゃないみたいだ。
「私、アスタのために何ができるのかな」
カイザーは窓から離れ、私に背を向ける。どんな顔をしているのかはわからないが、声の調子は元気そうだった。
「これは親友としての頼みなんだけどさ。アスタのこと、できる限りでいいから支えてやってくれ」
「え? むしろ、私の方が支えられている気がするんだけど」
「今度はお前がアスタを助ける番だと思うんだ。あいつが悩んでいるのは、お袋のことだけじゃないんだよ」
カイザーの言葉の途中で、辺りが白く輝き始める。そろそろ夢から覚める頃だ。白い闇に包まれたら、私は再び現実に戻る。
「ユキア。お前の近くにいる断罪神が持つアイテム……あれの中身を確かめてみろ」
夢が覚める直前、彼は軽い調子でありながら、あまりにも重要な手がかりを残した。
目を開けたとき、部屋はまだ暗かった。ベッドのそばに置いてある目覚まし時計は、まだ夜明け前を指している。こんな時間に起きてしまうなんて珍しい。
さすがに、アスタもまだ眠っているのではないだろうか。普段から一緒のベッドで眠っているし、寝返りを打たずとも寝息が聞こえれば確かめることはできる。
だが、耳を澄ませて聞こえてきたのは、すすり泣く声だった。
「うっ、うぅ……もうやめて……やめてよ……」
普段は滅多に聞かない泣き声が、背中からはっきりと聞こえてきた。そのとき、私は自分の背中に彼が縋りついていることに気づく。小さな両手が、私の寝間着を掴んだ状態で震えている。
こういうとき、起こした方がいいのだろうか。それとも放っておいた方がいいのか。結局、動くこともできず、腕が固まった状態で呆然としていた。
「ごめん……ごめんよ、ロミー……全部、ボクが悪いんだ……ボクのせいだから、もう自分を責めないで……」
その言葉が耳に入ったとき、私は自分の胸が激しく痛んだことに気づく。
ローゼマリーさんはもういない。いない相手をいつまでも忘れられないことだってあるだろうけど、アスタの場合はそれだけじゃない。いなくなった相手に対して、ずっと後悔しているような気がする。
所詮は寝言だ、そう思えるならどれだけ楽だろう。相手はただ夢を見ているだけだと思っても、背中から感じる震えのせいで考えがまとまらなくなる。
「……泣かないでよ。私より遥かに長生きしてるくせに。そんなんだからローゼマリーさんには相手にされなくて、ユリウスさんには子供扱いされるのよ」
寝言に反応するわけではないけれど、小声で吐き捨てるように言う。アスタは泣き続けているようで、こちらの独り言で起きたりはしてないようだ。
たまらなくなった私は身体を起こして、背中にしがみついていた両手を引き剥がした。それで微妙に泣き方が激しくなったような気がしたが、放っておいた。
ベッドから降りて着替えて、足早に部屋を後にする。ドアを閉めてすぐに、家から飛び出した。
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