ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第8章「神智を超えた回生の夢」

203話 復活の時(2)

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「悪いね、虚飾を重ねし宥免。ヴァニタス様は君の身体よりも、別の身体が欲しくなったそうだ」
「なっ……どういう、ことですの……ヴァニタス様……!?」

 いつの間にか、ニールが持っていた杖がなくなり、代わりに黒い刃でノーファを貫いている。もしや、形を変えられる武器なのだろうか。
 ノーファは刺された胸と口から血を流し、かろうじて言葉を絞り出した。ニールはやれやれとした様子で首を横に振り、無表情でノーファを見上げた。

「君の身体でなくても、代わりはいくらでもいるというだけの話だ。優秀なのは君ではない。君に与えた『果実』の方だということを忘れては困る」
「『果実』……何のこと……? わたくし、そんなもの知らな────ああああぁぁぁぁぁぁッ!?」

 ニールが刃を持つ手首を捻ったことで、ノーファがけたたましい悲鳴を上げる。しかも刃を捻るのは一回に留まらず、何度も小さな子供の胸を刃でグリグリ抉るたび、鮮血が噴き出す。
 すごく、嫌な傷つけ方だ。ノーファの苦しむ顔や悲鳴も、ニールの不自然すぎる無表情も、脳裏にいつまでも焼きついて離れなさそうだった。
 やがて、ニールは刃を振り払うように動かして、ノーファを地面に落とした。血の池の源になりつつあるノーファへ近づき、再生しかけた真っ赤な胸に手を差し込んだ。そのとき、喉が潰れそうなほど激しい絶叫が響き渡った。

「やめて!! それを奪わないで!! 真なる神からの贈り物を、わたくしの一番大切なものを奪わないでください!! いやああぁぁぁ、あぁぐッ!? うぅぅ────うえぇぇッ!?」

 ニールが真顔で胸に突っ込んだ腕を引くと、ノーファが激しくえずき始める。そのうち、口から血液だけではなく、あらゆる体液を吐き出し始めた。見た目だけは幼い子供が尋常じゃないほど苦しんで暴れているのに、ニールはずっと表情を変えずに彼女の体内をいじっていた。
 私にも、誰にも止められない行為だった。だって、あまりにも異常でおぞましすぎる。あんな奴らに近づいたら、自分まで同じ目に遭わされるような気がして。
 ニールが一際強く腕を引いたとき、奴の手に血まみれの真っ黒なリンゴがあった。そのリンゴは、ヴァニタスの魂みたいに異様なほど黒ずんでいる。
 ノーファは目を大きく見開いて固まり、そのまま地面に倒れ込んでしまった。血の池はなおも広がり続け、驚くことに再生する気配がない。
 ニールは刃にまとわりついた血を振り払った後、刃を黒い光で包み込み、見覚えのある杖へと形を変えた。

「虚飾を重ねし宥免……君は薬を生成したり、死者を一時的に蘇らせたりと、他の観測者よりも負担の大きい星幽術を使い続けていた。そのせいで、幼い子供の精神が自壊する方向に汚染され始めていた。このまま狂い続けたら魂が壊れて暴走するかもしれない。古代で実際に手遅れになって失敗しかけたからねぇ、同じ過ちは繰り返さないよ」
「……どう、して……わた、くしは……」
「君の『果実』はヴァニタス様に継承して有効活用するから、安心したまえ」

 どう考えても致命傷なのに、彼女は再生する術を失っていた。それでもかろうじて声は出ているのも、観測者という種族であるがゆえなのかもしれない。
 ニールが謎の果実を片手にノーファから離れていく。それと同時にシファは立ち上がり、血の池に沈みそうな姉に駆け寄った。

「姉さん!! ノーファ姉さん!! おれを置いていかないで!! 姉さんがいなくなったらおれは────」
「……いや……みないで……こんな、みじめなわたくしを……みないでよ……シ、ファ……」

 その言葉を最後に、ノーファは目を見開いたまま口を閉ざした。そこから、彼女の身体は異変を見せた。指先から黒ずみ、脆い炭のようにボロボロ崩れ落ちていく。
 人間の子供とさほど変わらないはずの身体が黒く変色していき、最後には全身が真っ黒になり、人の形も保てず崩れ、風に乗って消え去った。遺体すら、残らなかったのだ。

「あ……あぁ……ねえ、さん……どうして、姉さんまで……姉さん……ノーファねえさああああああぁぁぁぁぁぁん!!!」

 後に残ったのは、ノーファがまとっていた血まみれの白いドレスと装飾品だけだった。姉が身に着けていたものに縋りつきながら、シファは喉が枯れそうなくらい激しく泣き叫んだ。
 しばらく、ただ一人の絶叫が響き渡った後、ニールはヴァニタスの魂を連れてどこかへ飛び去ろうとしていた。

「さて、御身を探しに参りましょうか。ヴァニタス様」
「ちょっと待て。ニールといったか? 貴様が、俺をこの世に蘇らせたのか?」

 ここまでずっと黙り込んでいたクロウリーが、飛び去ろうとするニールに向かって話しかけた。ニールは「おっと」とわざとらしく声を出して、クロウリーを見下ろす形で空中に浮遊する。

「すまない、説明するのを忘れていたよ。蘇らせたのは私じゃない。色々なわけがあってね、人間だった君の身体は今、神として生まれ変わっているのさ。だから、厳密に言うと君は蘇ったわけではなく、ヴァニタス様が復活なされたことで目覚めたようなものなんだよ」
「余計わけがわからん。俺は正気を失った神に殺されて終わったはずなんだが」

 ────人間だった身体が、神になった? 私の聞き間違いでなければ、奴はすごくとんでもないことを口走っていないか? クロウリーの方も何か意味がわからないことを言っているし。
 ニールはさらに、こちらの理解が追いつかなくなるようなことを口にし始める。

「封印を解いたことで、最高神アイリスが僅かに残していた力が完全に消えてしまったようでね。大半の神々は特に影響ないようだが、アーケンシェンはやはり特殊だったようだ。おかげで右目の権能が消え失せ、それに由来する能力もすべて消え失せてしまったみたいだね。ここから君たちがどう足掻くのか、私としては結構楽しみなのだが」
「……こうなることも全部想定内だったというのね。絶対許さない。この世界が滅ぶ前に、私がヴァニタスを倒してやるわ!!」

 逃げるなんて選択肢はない。私はニールの銀目を睨みつけ、隣に浮かぶヴァニタスの魂を指差して宣言した。
 ニールはそんな私を見て、ニヤリと笑うだけだった。

「くふふ、やっぱり君は美しい。気は強いが、かの初代最高神を思い出させる気高さだ……私もヴァニタス様も、いつでも歓迎するよ。くははははっ!」

 高笑いとともに、ニールは夜明けの空へと飛び去った。その後ろを追うように、黒い光の玉が飛んでいく。
 これ以上「戦女神化」したままでも力の無駄遣いになりそうなので、解除して元の姿に戻る。双剣が片手剣に戻ったので、魔力に変換してしまいこむ。

「────ユキ!! 無事!?」

 不意に聞こえたアスタの声に振り返る。ヴィータと一緒に遠くへ吹き飛んでいたアスタが、ヴィータを背負って戻ってきたのだ。

「あ、アスタ。ノーファが……」
「うん。状況は隠れて見てたからわかってる。でも、まさかノーファがやられるなんて……」

 アスタもデウスプリズンの跡で繰り広げられた惨劇を、うまく言葉にできないみたいだった。
 ヴィータは何も言わず、アスタの肩に顔を埋めている。呼吸はしているから無事には違いないだろうけど、こんなヴィータを見たことはなかった。

「ヴィータ、何か元気ない?」
「ひどいショックを受けて塞ぎこんじゃってるみたい。今はそっとしておいてあげて」

 アスタが申し訳なさそうな顔で答えた。ヴィータでも塞ぎこむことがあるんだなと思ったが、逆に言えば彼女にとってそれが一番大事なことだったのかもしれない。

「アスタは、あの真っ黒なリンゴが何なのか知ってる? あれを奪われた後、ノーファが全然再生しなくなったみたいなんだけど」
「ううん、ボクにもわからないよ。ニールが『果実』と呼んでいたあれこそが、観測者が化け物と揶揄される理由なのかもしれないけど……」

 他に誰か、あのリンゴについて知っているひとはいないだろうか。この疑問は解明できるかわからないので、今は放っておいておこう。
 それよりも、クロウリーに確認しておきたいことがあるのを思い出したから、彼に一度話しかける方がいいだろう。

「えっと……改めて聞くんだけど、あんたってクロウリーなの?」
「いや。俺の名はデルタだ。だが、神としての俺がその名前だというなら、そのまま呼んでもらって構わん」

 顔はクロウリーなのに、表情が全然変わらない。淡々とした喋り方だし、同じ人物に思えない。

「……あなたはそれでいいの?」
「さっきも少し言ったが、俺はすでに死んだ身だからな。今更、どんな名前で呼ばれようと大差ない」
「まあ、どう見てもクロウリーと性格も見た目も違いすぎるし、デルタさんでいいわ」

 クロウリー改め、デルタさんは「そうか」と短く答えた。
 落ち着いているしこちらを見下しているようにも見えないから、わざわざ喧嘩を買う必要もなくなって楽になったかも。いや、さすがにずっとこのままでいさせるわけにはいかないだろうけど。

「デルタ……うーん、どこかで聞いたことがある名前のような……どこだったかなぁ?」

 アスタは一人で何かぼやいていた。ずっとうんうん唸っているというのに、ヴィータは全然反応しない。

「ところで、神になった俺にも仲間などはいるのか? もしいるなら、念のため確認した方がいいのではないか」
「あっ、そうだった。アーケンシェン全員に同じことが起きていたら、一大事じゃない!」

 ここに来るまで、クリムたちを見かけなかったことを思い出す。
 自分の家がぶっ壊されたのに、あいつは一体どこで何してるの? ちょっと腹立ってきた。見つけたら一回後頭部殴るか。

「そういえば、クーが見当たらないね。アリアやジュリオもどこにいるのかわからないし」
「デウスプリズンの跡にはいなさそうだから、きっとどこかに隠れているのかも」
「まずは三人を探す必要があるね。その後、カルデルトやティアルの方も尋ねてみよう。クロウリー……デルタも来るの?」
「ああ。他に行く当てがないしな」
「わかった。探しに行く前に、ちょっとだけ待ってて」

 デルタさんとアスタをその場に待たせて、私はデウスプリズンの跡に向かう。そこでは、シファが姉の着ていたドレスに縋りついてすすり泣いていた。
 私は息を飲みつつ、そっと彼に近づく。

「ねぇ、シファ」
「……おまえが余計なことしたから、姉さんは死んだ。おまえなんか大っ嫌いだ。さっさと消えちまえ」

 こちらを向くことなく、涙混じりの声で恨み言を吐いてきた。これも余計なことだったみたいだけど、私はムッとしてしまう。
 その言い草だと、まるで私が殺したみたいじゃないか。私はノーファが大嫌いだったけど、死んでほしいとまでは思っていなかった。それに、ノーファを殺したのは他でもない、あの気持ち悪い悪魔なのに。
 でも、私からそう言ったところで余計に怒るだけだろう。だから、彼のこともヴィータと同じく、そっとしておいた方がいいかもしれない。

「別に、元から敵だし何を言われてもいいけどさ。憎む相手が違うと思うよ」

 去り際、どうしても言いたかったその言葉だけを残して立ち去った。シファは何も答えなかった。
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