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第8章「神智を超えた回生の夢」
204話 神の退化
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デウスプリズンがあった森の中は、あちこち穴だらけのままだった。一歩間違って穴に入ってしまったら抜けるのも一苦労になりそうなので、周りに気をつけて移動する。
クロウリー……否、デルタさんは自分が目覚める前、クロウリーが何をしていたのかまったくわからなかったらしい。気づけば見たこともない黒い鎌を持った状態で、デウスプリズンのそばに倒れていたのだという。
そうなると、現時点で何かあったのかを把握しているのはヴィータくらいになる。しかし、ヴィータはヴァニタスの復活を止められなかったことを悔やみ続け、アスタに背負われながら突っ伏して動かない。そのため、私たちがデウスプリズンに辿り着く前のことは、未だに誰にも聞けないでいるのだ。クロウリーの状態を見ると、アリアとクリムに状況を聞こうにも期待薄。
最後の希望はジュリオだろうか。正直、あいつとはあまり話をしたくないのだけど、わがままを言ってはいられない。
「……目覚めてから、どうもひどい空腹が続いている。不快でならない」
私の隣を歩いているデルタさんが、そんなことを呟き始める。どこか顔をしかめているように見えた。
「お腹空いてるの? だとしたら、クロウリーが何も食べなかったのかもね。朝からあんな目に遭うくらいだし」
「それもあるだろうが……経験したことのない激しい空腹だ。血肉を食わないと収まらないような、奇妙な食欲だ。気味が悪い」
ただお腹が空いているだけにしては、かなり顔色が悪く見える。微妙に血の気がなくなっているのだ。
どうしたらいいかわからないでいると、アスタがこちらを振り返る。
「もしかして、前にヴィーが言っていたことと関係があるのかも」
「え? アスタ、それってどういう意味?」
「今のクロウリーは、生きた血肉を食べないと生きられない状態になってるんだってさ。どうも、神隠し事件のときに殺されてから生き返ったときに、そんな体質がついてきたみたい」
一体どういう生き返り方をしたのよ、こいつ。突っ込みたいくらいだけど、今突っ込んだところでまともな答えは帰って来なさそうだからやめておく。
「……そうなると、俺は誰かの血肉を食べないといけないのか。食人などしたくはないな」
「でも、具合悪いまま歩いているのもつらいでしょ」
「平気だ。生き延びる理由もないが、人の道から堕ちる理由もない」
私が彼から目を離そうとしたとき、彼は右手を口元に持っていき、親指の根本辺りを噛んだ。私はそのとき、手首から伝い落ちた赤い筋を、彼が自分で舐め取ったのを目にした。
「ちょっと!? 何やってるの!?」
「ああ……血肉を摂取すればいいというなら、自分の血を飲んで凌げはしないかと思ってな」
「いくらなんでも思い切りすぎじゃない!? アスタたちみたいにすぐ傷が治るわけじゃないのに……!」
自分の身体から流れる血を舐めたおかげなのか、少しだけ顔色がよくなったデルタさんが私の目を見た。鋭く赤い瞳は憎たらしい奴のものだったが、どことなく儚い雰囲気を宿している気がした。
彼は何も言わなかったが、デルタさんから尋常じゃない忍耐力を感じ、こちらもそれ以上何も言えなかった。
「あっ、おーい! こっちですー、助けてくださーい!」
「……あれ? アリアの声じゃない!?」
森を歩いていたとき、アスタが声の聞こえた方向に向かって走り出した。器用に穴を避けながら走っていくが、私とデルタさんは穴を踏まないよう、慎重にその後をついていく。
アスタが立ち止まった先には、確かにアリアがいた。彼女はその場に座り込んで、眠っているクリムの頭を撫でている。よく見るとクリム、ちゃっかり膝枕してもらってるし。その横には、ジュリオが気を失った状態で横たわっていた。
「クリム! 何寝てんのよ! 起きなさい!!」
「あ、こんにちはー。って、今の時間帯ならおはようございます、かな?」
クリムを叩き起こそうと迫るも、アリアのどこか間抜けな挨拶でその気が失せた。
予想してはいたが、アリアの様子もおかしかった。背中に生えていた白い翼が見当たらないし、右目も緑だったはずなのに左目と同じ青に変わっている。
「迷惑かけてごめんなさい。私とクリスくん、はぐれちゃって。周りは穴ぼこだらけでろくに歩けないし、知らない天使さんも倒れてたから、動こうにも動けなかったの」
「……クリス? クリムのこと?」
「あっ、すみません! 名乗るの忘れてた。私はユーラ。この子はクリスくん、うちの近所に住んでる友達の弟なの」
ユーラ、と名乗ったアリアの自己紹介は、もはや人間そのものだった。見れば、ユーラさんの膝枕で眠るクリムの背中にも翼がない。
私とアスタが答えに困っていると、デルタさんが前に出てユーラさんに話しかける。
「ユーラ。君たちは現状を把握していない、ということでいいか?」
「まあ、ここがどこかもわからないからね。それにしても、なんだか懐かしい雰囲気の人だね、あなた」
「……俺は君たちとは初対面のはずなんだがな」
人間同士だからなのか、特に気兼ねなく話せているようだ。そんな光景を見て、私は思い悩み始める。
ここに来るまで、私はニールがデルタさんに向けて言っていたことについてずっと考えていた。「色々なわけがあって、人間だった君の身体は今、神として生まれ変わった」────この言葉が意味することは、クロウリーは元々デルタという名を持つただの人間だったはずが、なぜか神になったということである。
この事実からわかることは一つだけだ。私たち、アイリスから生み出されたはずの神は────
「やっぱり……私たち、元は人間だったんだ」
「ユキ、どうしたの? すごく悲しそうな顔して……」
アスタが心配そうに私の顔を覗き込んだ。私は、力なくうなだれてしまう。
私は今のアーケンシェンとは違い、人間としての記憶はまったくない。自分の中に残っているかどうかさえ怪しい。それなのに、なぜかすごく泣きたい気持ちになってくる。
「私、神と人間が共存できる世界を作りたいと思っていたけれど……人間から生まれた神って、神と呼べるの? 私たちってなんなの?」
「あなたたちはただの人間から生み出されたわけじゃない。人間の死体から作られた、いわば人造人間のような存在なのです」
アスタが背負っていたヴィータが顔を上げて、すごくやつれた状態で私に目を向けた。
「人間の死体って……ヴィータ、どうしてそんなこと知ってるの?」
「元々、少しそんな予感がしていたんです。しかし、かつてのクロウリーの証言と、今回の出来事ですべてが裏付けられました」
ヴィータはアスタに自分を降ろすように促し、地面に立った。彼女は私の目を見て、僅かに拳に力を込めながら続ける。
「ユキア。人間を慈しむことができるあなたには、耐えがたい事実かもしれません。でも────」
「私のこの身体も、元々は人間のものだったんでしょ。名前も知らない、誰かの身体」
彼女の言葉を遮って、自分の両手を見つめた。神でありながら人間にしか見えない自分の手。今まで嫌悪することはほとんどなかったのに、今はすごく悲しくて気味が悪くなるような気持ちに襲われている。
目頭が熱くなったと感じた頃には、内側から溢れだす感情をせき止めることができなかった。
「じゃあ、私たちは人間の命を踏み台にして生きてるってことじゃない! 神と人間が一緒に生きられたらいいのにって願ったけれど……人間の身体で生きている私にはそんなこと願う資格もないじゃない!! 私は今まで、すごくおこがましいことをしてきたんだから……!!」
神は人を助けるもの────ずっとそう信じて戦い続けて、実際に人と出会って助けになった。そんな思い出ばかりが思い起こされ、逆に苦しくなってしまう。救うべきだった人の身体で私は生きている、そう考えたら自分の存在が許されない気がして恐ろしくなった。
ヴィータは自分の言葉を遮られたにもかかわらず、怒っているようには見えなかった。クローバーを宿した赤い目はいつもよりも優しく、それでいて力強いものに見えた。
「あなたたちの礎となった人間は、古代の悲劇が起きた時点でみんな殺されていました。あなたたち現代神が生み出されなければ、恐らくもっと早い段階で世界は滅ぼされていたかもしれません。だから、何も悔いる必要はないのですよ」
「悔いるなって言われたって無理よ……生まれてきてよかったのかすらわからないのに……」
「……これだけは断言させてください。あなたたちは生まれてきてはいけない生命ではありません。あなたがいなかったら救われなかった者もいたはずです。それを忘れないでください」
その言葉ではっとした。人間の箱庭で出会った人たちを……どうしようもない事情で苦しんでいたみんなと私たちが出会って、その運命はきっと変えられた。それだけは確かなんだ。
ヴィータは私の次に、アスタに目を向ける。
「お兄様。お兄様はまだ、戦いますか?」
「い、いきなりどうしたの、ヴィー?」
「戦うか、戦わないか。それだけ答えてください」
少し迷っているように聞こえたが、はっきりとした物言いに変わりはなかった。その問いに、アスタは目を少しだけ鋭くさせる。
「戦うに決まってる。ロミーたちと交わした約束、ヴィーだって覚えてるでしょ?」
「……虚無に飲まれてはいけない。生きる希望を見失わず、最後まで足掻き続ける……ええ。わたしたちは自らを取り戻してから、ずっとこの約束を支えに生きてきましたね」
一切迷いのない、まっすぐなアスタの答えを聞いたヴィータは、小さく微笑みを浮かべた。それからまた私に視線を戻し、今度は少し優しげな顔でこちらを見上げた。
「お兄様が戦い続けるなら、わたしも逃げるわけにはいきません。ユキア、あなたも同じ気持ちでしょうか?」
「……私だって諦めたくないよ。でも、私たちの力で本当にどうにかできるの?」
「大丈夫です。古代神からの祝福を受けたあなたなら、底知れぬ虚無に飲まれることはありません。あなた自身が、希望を持ち続けることができる限り」
そうだ……初代最高神はずっと足掻き続けてきた。カイザーだって同じ思いで戦ってきた。私には確かに、その思いが力として受け継がれている。
願いを失ったらすべて終わってしまう。私はまだ────理想の世界をこの目で見ていない。
「重要なのは、あなたが神か人間かではないのです。あなたにはすべての命を愛せる心がある。その心とあなたの願いは、最後まで大切にしなさい」
「ヴィーの言う通りだよ、ユキ!」
「……ありがとう、ヴィータ、アスタ。私は私、そう考えていれば大丈夫だよね」
不覚にも、自分を見失いかけるところだった。自分の中である程度答えがまとまったところで、これ以上考えるのはやめにした。
「あのー、なんだか色々話してるみたいだけど、私たちこれからどうしたらいいかなー? クリスくん、起きちゃうよー」
こちらの話が一段落したタイミングで、ユーラさんが困ったように切り出した。
「いっそ起こしたらいいんじゃないか? 恐らくこれから移動になるぞ」
「やだよー! クリスくんはまだ子供なんだから。寝る子はよく育つっていうし、ギリギリまで成長してほしいでしょ?」
「……俺にはその心理がよくわからん」
なんだかすごくまったりとしたユーラさんの口ぶりに、デルタさんは少々呆れ始めているようだ。クリスはユーラさんの膝枕でずっと眠っているし、起きる気配がない。
「問題は、クリムですね。彼をどうにかして神に戻すことはできないでしょうか。これじゃ、はっきり言って戦力外です」
「まず、アーケンシェン全員を元に戻さないといけないね。それまで、どこか安全な場所にいてもらうのがいいかも」
ヴィータとアスタの言う通り、いきなり人間同然になってしまったアーケンシェンたちを戦いに巻き込むわけにはいかない。安全な場所として真っ先に思い浮かんだのは、グレイスガーデンだ。あそこには先日の事件で非難している神が何人かいるし、もしかしたらティアルやカルデルトもいるかもしれない。
クロウリー……否、デルタさんは自分が目覚める前、クロウリーが何をしていたのかまったくわからなかったらしい。気づけば見たこともない黒い鎌を持った状態で、デウスプリズンのそばに倒れていたのだという。
そうなると、現時点で何かあったのかを把握しているのはヴィータくらいになる。しかし、ヴィータはヴァニタスの復活を止められなかったことを悔やみ続け、アスタに背負われながら突っ伏して動かない。そのため、私たちがデウスプリズンに辿り着く前のことは、未だに誰にも聞けないでいるのだ。クロウリーの状態を見ると、アリアとクリムに状況を聞こうにも期待薄。
最後の希望はジュリオだろうか。正直、あいつとはあまり話をしたくないのだけど、わがままを言ってはいられない。
「……目覚めてから、どうもひどい空腹が続いている。不快でならない」
私の隣を歩いているデルタさんが、そんなことを呟き始める。どこか顔をしかめているように見えた。
「お腹空いてるの? だとしたら、クロウリーが何も食べなかったのかもね。朝からあんな目に遭うくらいだし」
「それもあるだろうが……経験したことのない激しい空腹だ。血肉を食わないと収まらないような、奇妙な食欲だ。気味が悪い」
ただお腹が空いているだけにしては、かなり顔色が悪く見える。微妙に血の気がなくなっているのだ。
どうしたらいいかわからないでいると、アスタがこちらを振り返る。
「もしかして、前にヴィーが言っていたことと関係があるのかも」
「え? アスタ、それってどういう意味?」
「今のクロウリーは、生きた血肉を食べないと生きられない状態になってるんだってさ。どうも、神隠し事件のときに殺されてから生き返ったときに、そんな体質がついてきたみたい」
一体どういう生き返り方をしたのよ、こいつ。突っ込みたいくらいだけど、今突っ込んだところでまともな答えは帰って来なさそうだからやめておく。
「……そうなると、俺は誰かの血肉を食べないといけないのか。食人などしたくはないな」
「でも、具合悪いまま歩いているのもつらいでしょ」
「平気だ。生き延びる理由もないが、人の道から堕ちる理由もない」
私が彼から目を離そうとしたとき、彼は右手を口元に持っていき、親指の根本辺りを噛んだ。私はそのとき、手首から伝い落ちた赤い筋を、彼が自分で舐め取ったのを目にした。
「ちょっと!? 何やってるの!?」
「ああ……血肉を摂取すればいいというなら、自分の血を飲んで凌げはしないかと思ってな」
「いくらなんでも思い切りすぎじゃない!? アスタたちみたいにすぐ傷が治るわけじゃないのに……!」
自分の身体から流れる血を舐めたおかげなのか、少しだけ顔色がよくなったデルタさんが私の目を見た。鋭く赤い瞳は憎たらしい奴のものだったが、どことなく儚い雰囲気を宿している気がした。
彼は何も言わなかったが、デルタさんから尋常じゃない忍耐力を感じ、こちらもそれ以上何も言えなかった。
「あっ、おーい! こっちですー、助けてくださーい!」
「……あれ? アリアの声じゃない!?」
森を歩いていたとき、アスタが声の聞こえた方向に向かって走り出した。器用に穴を避けながら走っていくが、私とデルタさんは穴を踏まないよう、慎重にその後をついていく。
アスタが立ち止まった先には、確かにアリアがいた。彼女はその場に座り込んで、眠っているクリムの頭を撫でている。よく見るとクリム、ちゃっかり膝枕してもらってるし。その横には、ジュリオが気を失った状態で横たわっていた。
「クリム! 何寝てんのよ! 起きなさい!!」
「あ、こんにちはー。って、今の時間帯ならおはようございます、かな?」
クリムを叩き起こそうと迫るも、アリアのどこか間抜けな挨拶でその気が失せた。
予想してはいたが、アリアの様子もおかしかった。背中に生えていた白い翼が見当たらないし、右目も緑だったはずなのに左目と同じ青に変わっている。
「迷惑かけてごめんなさい。私とクリスくん、はぐれちゃって。周りは穴ぼこだらけでろくに歩けないし、知らない天使さんも倒れてたから、動こうにも動けなかったの」
「……クリス? クリムのこと?」
「あっ、すみません! 名乗るの忘れてた。私はユーラ。この子はクリスくん、うちの近所に住んでる友達の弟なの」
ユーラ、と名乗ったアリアの自己紹介は、もはや人間そのものだった。見れば、ユーラさんの膝枕で眠るクリムの背中にも翼がない。
私とアスタが答えに困っていると、デルタさんが前に出てユーラさんに話しかける。
「ユーラ。君たちは現状を把握していない、ということでいいか?」
「まあ、ここがどこかもわからないからね。それにしても、なんだか懐かしい雰囲気の人だね、あなた」
「……俺は君たちとは初対面のはずなんだがな」
人間同士だからなのか、特に気兼ねなく話せているようだ。そんな光景を見て、私は思い悩み始める。
ここに来るまで、私はニールがデルタさんに向けて言っていたことについてずっと考えていた。「色々なわけがあって、人間だった君の身体は今、神として生まれ変わった」────この言葉が意味することは、クロウリーは元々デルタという名を持つただの人間だったはずが、なぜか神になったということである。
この事実からわかることは一つだけだ。私たち、アイリスから生み出されたはずの神は────
「やっぱり……私たち、元は人間だったんだ」
「ユキ、どうしたの? すごく悲しそうな顔して……」
アスタが心配そうに私の顔を覗き込んだ。私は、力なくうなだれてしまう。
私は今のアーケンシェンとは違い、人間としての記憶はまったくない。自分の中に残っているかどうかさえ怪しい。それなのに、なぜかすごく泣きたい気持ちになってくる。
「私、神と人間が共存できる世界を作りたいと思っていたけれど……人間から生まれた神って、神と呼べるの? 私たちってなんなの?」
「あなたたちはただの人間から生み出されたわけじゃない。人間の死体から作られた、いわば人造人間のような存在なのです」
アスタが背負っていたヴィータが顔を上げて、すごくやつれた状態で私に目を向けた。
「人間の死体って……ヴィータ、どうしてそんなこと知ってるの?」
「元々、少しそんな予感がしていたんです。しかし、かつてのクロウリーの証言と、今回の出来事ですべてが裏付けられました」
ヴィータはアスタに自分を降ろすように促し、地面に立った。彼女は私の目を見て、僅かに拳に力を込めながら続ける。
「ユキア。人間を慈しむことができるあなたには、耐えがたい事実かもしれません。でも────」
「私のこの身体も、元々は人間のものだったんでしょ。名前も知らない、誰かの身体」
彼女の言葉を遮って、自分の両手を見つめた。神でありながら人間にしか見えない自分の手。今まで嫌悪することはほとんどなかったのに、今はすごく悲しくて気味が悪くなるような気持ちに襲われている。
目頭が熱くなったと感じた頃には、内側から溢れだす感情をせき止めることができなかった。
「じゃあ、私たちは人間の命を踏み台にして生きてるってことじゃない! 神と人間が一緒に生きられたらいいのにって願ったけれど……人間の身体で生きている私にはそんなこと願う資格もないじゃない!! 私は今まで、すごくおこがましいことをしてきたんだから……!!」
神は人を助けるもの────ずっとそう信じて戦い続けて、実際に人と出会って助けになった。そんな思い出ばかりが思い起こされ、逆に苦しくなってしまう。救うべきだった人の身体で私は生きている、そう考えたら自分の存在が許されない気がして恐ろしくなった。
ヴィータは自分の言葉を遮られたにもかかわらず、怒っているようには見えなかった。クローバーを宿した赤い目はいつもよりも優しく、それでいて力強いものに見えた。
「あなたたちの礎となった人間は、古代の悲劇が起きた時点でみんな殺されていました。あなたたち現代神が生み出されなければ、恐らくもっと早い段階で世界は滅ぼされていたかもしれません。だから、何も悔いる必要はないのですよ」
「悔いるなって言われたって無理よ……生まれてきてよかったのかすらわからないのに……」
「……これだけは断言させてください。あなたたちは生まれてきてはいけない生命ではありません。あなたがいなかったら救われなかった者もいたはずです。それを忘れないでください」
その言葉ではっとした。人間の箱庭で出会った人たちを……どうしようもない事情で苦しんでいたみんなと私たちが出会って、その運命はきっと変えられた。それだけは確かなんだ。
ヴィータは私の次に、アスタに目を向ける。
「お兄様。お兄様はまだ、戦いますか?」
「い、いきなりどうしたの、ヴィー?」
「戦うか、戦わないか。それだけ答えてください」
少し迷っているように聞こえたが、はっきりとした物言いに変わりはなかった。その問いに、アスタは目を少しだけ鋭くさせる。
「戦うに決まってる。ロミーたちと交わした約束、ヴィーだって覚えてるでしょ?」
「……虚無に飲まれてはいけない。生きる希望を見失わず、最後まで足掻き続ける……ええ。わたしたちは自らを取り戻してから、ずっとこの約束を支えに生きてきましたね」
一切迷いのない、まっすぐなアスタの答えを聞いたヴィータは、小さく微笑みを浮かべた。それからまた私に視線を戻し、今度は少し優しげな顔でこちらを見上げた。
「お兄様が戦い続けるなら、わたしも逃げるわけにはいきません。ユキア、あなたも同じ気持ちでしょうか?」
「……私だって諦めたくないよ。でも、私たちの力で本当にどうにかできるの?」
「大丈夫です。古代神からの祝福を受けたあなたなら、底知れぬ虚無に飲まれることはありません。あなた自身が、希望を持ち続けることができる限り」
そうだ……初代最高神はずっと足掻き続けてきた。カイザーだって同じ思いで戦ってきた。私には確かに、その思いが力として受け継がれている。
願いを失ったらすべて終わってしまう。私はまだ────理想の世界をこの目で見ていない。
「重要なのは、あなたが神か人間かではないのです。あなたにはすべての命を愛せる心がある。その心とあなたの願いは、最後まで大切にしなさい」
「ヴィーの言う通りだよ、ユキ!」
「……ありがとう、ヴィータ、アスタ。私は私、そう考えていれば大丈夫だよね」
不覚にも、自分を見失いかけるところだった。自分の中である程度答えがまとまったところで、これ以上考えるのはやめにした。
「あのー、なんだか色々話してるみたいだけど、私たちこれからどうしたらいいかなー? クリスくん、起きちゃうよー」
こちらの話が一段落したタイミングで、ユーラさんが困ったように切り出した。
「いっそ起こしたらいいんじゃないか? 恐らくこれから移動になるぞ」
「やだよー! クリスくんはまだ子供なんだから。寝る子はよく育つっていうし、ギリギリまで成長してほしいでしょ?」
「……俺にはその心理がよくわからん」
なんだかすごくまったりとしたユーラさんの口ぶりに、デルタさんは少々呆れ始めているようだ。クリスはユーラさんの膝枕でずっと眠っているし、起きる気配がない。
「問題は、クリムですね。彼をどうにかして神に戻すことはできないでしょうか。これじゃ、はっきり言って戦力外です」
「まず、アーケンシェン全員を元に戻さないといけないね。それまで、どこか安全な場所にいてもらうのがいいかも」
ヴィータとアスタの言う通り、いきなり人間同然になってしまったアーケンシェンたちを戦いに巻き込むわけにはいかない。安全な場所として真っ先に思い浮かんだのは、グレイスガーデンだ。あそこには先日の事件で非難している神が何人かいるし、もしかしたらティアルやカルデルトもいるかもしれない。
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