ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第8章「神智を超えた回生の夢」

209話 最高神として

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 *

 どこまでも続く闇の中。ルナステラは、判然としない浮遊感を覚えながら、闇をぼんやりと見つめていた。

「────ルナステラ……」

 闇の中で、とても懐かしい声が聞こえた。何もなかった闇の中で、ストロベリーブロンドの長髪が揺らいでいるのが見えた。ルナステラの前に、焦りつつも真剣な顔をしたアイリスが現れたのだ。

「妾の子供たちが危ない。最高神として、アーケンシェンを救え。みんなを守れ────」

 アイリスの姿が薄くなり、光となって消えていく様を見たルナステラの意識が、ふっと呼び起こされる。彼女が佇んでいた場所には、最高神の象徴とも言える金色の杖が浮かんでいた。
 その杖に手を伸ばしかけたとき、幼い最高神の夢は突然終わった。

「────アイリスさまっ!!」

 ルナステラは、目を覚ましたと同時にベッドから飛び起きた。
 水色の大きな瞳は、驚愕と恐怖でさらに大きく見開かれていた。全身汗でびっしょりになり、薄く長い金髪や薄い水色のネグリジェが肌に張り付いている。
 荒い呼吸を抑えようと、深呼吸を繰り返そうとする。しかし、自力で変わることはなかった。ベッドのそばに置いてあった金色の杖を握りしめ、不安を紛らわせようとする。

「おはようございます、ステラ様……?」

 ルナステラの部屋に、執事服を身にまとった黒髪の青年──アルバトスが入ってきた。ルナステラはアルバトスを目にした途端、杖を片手にベッドから飛び降りて、アルバトスの胸に飛び込んだ。

「アルトっ!! ここにいたらダメっ、早く遠くに行かなきゃ!!」
「落ち着いてください、ステラ様! どうなされたのですか!? 今からどこへ行くというのです!?」

 呼吸を荒げるルナステラを叱ることなく、アルバトスは彼女を落ち着かせようと言葉をかける。これでは間に合わない、とルナステラは悟り、アルバトスに抱き着いたまま杖を掲げる。

「お願い、守って! 『ゼノフォトニック・サンクチュアリ』!!」
「ステラ様っ!?」

 杖を飾る金色の宝石が光を放ち、ルナステラとアルバトスを光の結晶で包み込む。その直後、彼女たちの住む屋敷に衝撃が襲いかかる。ルナステラだけだったら立っていられなかったであろう激しい揺れだが、アルバトスがとっさに踏ん張ったことで倒れずに済んだ。
 衝撃が止んでくるとともに、ルナステラの様子は落ち着いていき、深呼吸ができるようになる。それでも、彼女の小さな身体はまだ震えていた。

「ステラ様、お怪我はありませんか? 今の衝撃によく反応できましたね」
「うん……わたし、夢の中でアイリスさまに会ったの……そこでみんなを守れって言われて……」
「とりあえず、外出の準備をいたしましょう。お話しながらで構いませんから」

 館全体が謎の衝撃に襲われたものの、ドレッサーやクローゼットといった家具類は倒れたりしていなかった。ルナステラは、ドレッサーの前に置かれた椅子に座って髪を整えながら、途切れ途切れながらも夢の内容を語る。アルバトスはルナステラの身なりを整えたり、服を着替えさせたりしながら、彼女の話を聞いていた。
 アルバトスが極めて短時間で食事を作り、ルナステラもいつもより早く食べ終わった後。ルナステラは金色の杖を片手に廊下を歩き出した。アルバトスは彼女に付き従い、屋敷の玄関を目指すルナステラの後ろをついていく。

「先ほどの襲撃は一体なんだったのでしょう。繁華街の方が心配ですね」
「もしかして、あれって予知夢だったのかな? わたし、あんな夢初めて見たけれど……まさか、アイリスさまたちを死なせたひとたちが、また襲ってきたのかな?」

 幼いルナステラの脳裏に、先日に巻き込まれた事件の光景が蘇る。生みの親の惨死体、その生みの親を殺した子供たちの存在……今まで目の当たりにすることのなかった残酷な現実を、彼女は忘れることができなかった。
 アルバトスは彼女の背後にいるものの、彼女が不安げな顔をしているであろうことは予想がついていた。

「ステラ様。私はここにいます。もう二度と、ステラ様のそばから離れません」

 アルバトスはルナステラの背中に笑いかけつつも、ルナステラはもう自分から遠く離れた存在になったことを自覚していた。内心では自分の不甲斐なさを悔いているものの、ルナステラを守りたいという気持ちは少しもぶれなかった。

「うん。ありがとう、アルト。一緒にみんなを守ろう」

 ルナステラもまた、小さな自分に何があっても守ろうとしてくれるアルバトスに、強い信頼を寄せていた。
 屋敷の玄関に辿り着き、アルバトスが扉を開けようとしたとき、外側からドンドンと扉を激しく叩く音が響いてきた。身構える二人だったが、扉の向こうから聞こえた叫び声で誰が犯人なのかを悟る。

「ス~テ~ラ~ちゃあああぁぁぁん!! 出てきてえぇぇぇぇぇ!!」
「ノインおねーちゃん!?」
「うるっせぇよ姉貴!! なんだよこんな朝っぱらに!!」

 情けない叫び声を上げていたのは、アルバトスの姉のノインだった。アルバトスが怒号を上げながら扉を開け放つと、ノインが勢い余って玄関に倒れ込んでしまった。
 さらに、玄関前にいたのはノインだけではない。ルナステラが真っ先に見たのは、ピンク髪と紫の大きな瞳が特徴的な友達の笑顔だった。

「ルナ! それにアル! 安否確認かんりょーなのだ!」
「レノちゃん、シュノーおねーちゃん! 無事だったんだね!」
「うん。でもそれどころじゃない」

 双子の刀使いのレノとシュノーも屋敷を訪れたことで、ルナステラは歓喜した。普段は表情が乏しいシュノーも笑いかけたものの、すぐに真剣な顔になってアルバトスを見遣る。

「アルト、繁華街が大変なことになってる。ルナステラと一緒に来てほしい」
「はぁ? まずは状況を教えてくれよ! 何もわからない状態で、ステラ様を危険な目に遭わせるわけにはいかないだろ!」
「そうは言っても、シュノーたちもよくわかってない。とにかくみんな困ってる」
「特に魔特隊がヤバいって聞いたんだよ! ティアルさんの行方がわからないんだって! カルデルトさんもいないっぽいし……」
 
 玄関に倒れたノインも立ち上がり、大げさな身振り手振りとともに状況を説明する。
 アルバトスは奥歯を噛み締めながら考えを巡らせるも、ルナステラは金色の杖を握りしめて意を決する。

「わかった。アルト、わたしは大丈夫! 今のキャッセリアの最高神は、わたしだから!」
「ステラ様……わかりました。では、繁華街に向かいましょう」
「ルナ、すっごく頼もしいのだ~! なら、レノたちがルナを守るのだ!」

 ルナステラが屋敷から走り出て、アルバトスたちもそれに続く。その際、ルナステラは繁華街の方角から黒煙が立ち昇っているのを目にする。自分が飛び起きた直後に襲ってきた衝撃の影響か、周辺の住宅のほとんどは半壊していた。
 今、自分たちが立っている高級住宅街からでは繁華街の様子のすべては窺い知れない。しかし、黒煙の源があるであろう場所からは禍々しい気配が漂っており、全員周りに注意を払う。

「ルナステラ、どんな敵が来ようとシュノーたちが戦うから、安心してね」
「あ、あたしも頑張る~! ステラちゃんはあたしが守るからっ!!」
「姉貴はとにかく足を引っ張るな」

 シュノーとレノはそれぞれの刀を構える姿勢のまま走り、ノインはルナステラに向かって笑いながら豪語する。アルバトスはそんな姉を叱りつつも、ルナステラに危害が及ばないよう誰よりも周囲を警戒していた。



 繁華街に辿り着いたとき、街は爆発音や悲鳴で満たされていた。道路や建物はことごとく破壊されており、その壊れ具合は最高神生誕祭のとき以上だった。まだ朝になったばかりの繁華街には、生誕祭以前ほどではないものの一般神が複数人歩いていたようで、深い傷を負っている者がほとんどだった。
 ルナステラはまず、近くに座り込んでいた一般神の男の元に駆け寄る。その男も怪我をしているものの、比較的軽傷なのか意識があった。

「あの! 大丈夫ですか!?」
「うぅ……あんたは、もしかして……アイリス様の後継者の?」
「ルナステラです! 〈ルクス・ヒーリングサークル〉!」

 金色の杖を握り、男を金色の光で包み込む。数秒の間に男の傷は塞がっていき、光が消える頃には男の体力はある程度回復する見込みだった。
 しかし、男の傷が回復しきる前に、ルナステラたちの背後に謎の影が落ちた。その正体に真っ先に気づいたのはシュノーだった。

「っ、〈スティーリア・アサルトブレイク〉!」

 薄い水色の刀を抜き、冷たい刃を影の源に叩きつけた。どす黒い液状の塊が真っ二つになり、地面に落ちて消え去ったのを目の当たりにした一同は、それがキャッセリアを度々襲う魔物であることに気づく。
 シュノーは冷気をまとった刀を構えた状態で、怪我が治りきった男に問いかける。

「ねぇ、どういうこと? 郊外には魔物の気配なんか一つもなかったはずだよ」
「そりゃ当然だ。郊外をうろうろしていた魔物が一気に中央都市に襲い掛かってきたからな。繁華街が襲撃されたときからだ」
「ひ、ひえぇ……じゃあ、安全な場所なんてもうどこにもないじゃん! どうすんの!?」

 ノインが男の言葉に恐れおののき、混乱寸前になる。ルナステラたちも動揺しそうになるも、男は構わず続ける。

「それに、カトラス様も心配だ。あのお方は、どうやら一人で繁華街を襲撃した敵の元に向かったらしい」
「カトラス殿が!? 魔特隊に先んじて敵の懐に行くなんて、そんなことあるのか……?」
「そんなの変。魔物を倒すのは魔特隊の役目。敵が魔物だけじゃないとなると、もしかして……」

 誰も、今回襲撃してきた敵の正体を知らないため、わからないことばかりだった。男は、自分が見聞きしたことを誰かに伝えたことで少し安心したのか、微笑みつつルナステラに向き直る。

「とにかく、助かった。ありがとうございます、ルナステラ様」
「ううん。わたしはわたしにできることをしただけです」
「繁華街ではぐれて、行方がわかっていない神が他にもいるんです。一応自衛手段は持っていますので、俺はみんなを探して宮殿の方に行こうと思います」
「えっ? でも、宮殿は壊れているんじゃ」
「何かあったとき、あそこに集まることにするのが何かと都合がいいんです。それに、たとえ建物が崩れそうになっても、中庭であれば生き埋めにされることはないでしょうから」

 そう言い残し、男はルナステラたちに一礼してから、宮殿の方向に立ち去って行った。断片的ではあったが繁華街の起きたことを聞けたルナステラは、杖を片手に考え込んでしまう。

「大怪我している神もいっぱいいるし、どうしたらいいんだろう……」
「まずは魔特隊と合流するのが先ですね。ステラ様の安全を最優先にしなくては」
「シュノーも賛成」

 アルバトスの冷静な提案に、シュノーも首を縦に振る。
 魔特隊総指揮官であるティアルや、神々の治療を担当するカルデルトの居場所も把握せねばいけない。しかし、繁華街に魔物が蔓延っている以上、魔特隊の統率を素早く取り戻す必要がある。魔特隊の士気を確実なものにすることで、一般神たちの安全を確保しつつ繁華街で何が起きているのかを探ることができるのだ。

「そういや、ユキアたちってどこにいるのさ? 巻き込まれてないといいけど……」
「ノン、ユキたちなら大丈夫だと思うのだ! 一個ずつ問題を解決していけばいいのだ」

 ノインだけではなく、ルナステラもユキアたちのことが気がかりだった。今の自分には、真っ先に彼女の元へ走り行くことができないことを自覚しているからこそ、心配する気持ちが強い。

 ────アーケンシェンを救え。みんなを守れ────

 夢の中で会ったアイリスの言葉を思い出す。今はただ、自分に付きまとう漠然とした不安を振り払い、目の前のやるべきことを解決していかなくてはならない。それが、今の自分に課せられた役目だからだ。

(アーケンシェン……クリムおにーちゃんたちを見つけないといけないんだよね。わたしが、しっかりしなきゃ)
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