ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第8章「神智を超えた回生の夢」

210話 Vita(1)

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 今から、約三百年前のこと。現代が始まるとともに、ヴィータは眠りに落ちた。
 眠っている間、ヴィータは夢の世界で暮らしているような状態だった。とはいっても、周りはいつも真っ暗だった。虚無の中に囚われていると錯覚するくらい黒く、静かな空間の中に佇んでいる状態が続いていた。
 現実の自分は最凶最悪の存在──ヴァニタスを封印する礎となり、眠り続けている。どれだけの間眠ることになるか、わかることはない。

「お疲れさん、ヴィー。一応世界は守られたみたいだね。戦ってくれてありがとさん」

 孤独が続くかと思っていた頃、ヴィータの前に一人の少女が姿を現した。薄緑の短い髪と深緑の装束、そしてダイヤの模様を宿した紫の瞳を持つ彼女は、ヴィータがよく知る人物だった。
 ヴィータは赤い瞳を見開き、突然現れた少女の元へ近づく。

「お姉様……お姉様なのですか?」
「そーだよ。いやー、申し訳なかったね。まさか、このエフェメラ様がヴァニタスに飲み込まれちゃうとは。あーし、マジで油断した」

 瞳にダイヤの模様を宿す観測者──エフェメラは、あっけらかんとした様子で話す。ヴィータは、エフェメラがこのようにお気楽な人物だということを知っていたため、むしろほっと胸をなでおろす。
 しかしそれはつかの間のことで、ヴィータは封印される前に起きた出来事を思い出し、エフェメラにぐっと身を寄せて迫った。

「それよりお姉様! お兄様が大変なんです! お兄様がここよりずっと遠くに追いやられてしまって……!」
「うん。想定内だよ。元々、アスをできるだけヴァニタスから遠ざけなきゃいけなかったんだ。こうでもしなきゃあいつが────」
「なら、どうして説明してくれなかったんですか!? お兄様もわたしも、何も知らない状態で引き離されたんですよ!?」

 ヴィータは我も忘れ、エフェメラに詰め寄った。エフェメラはヴィータをしばらく見つめた後、しゅんと肩を落として暗い顔になる。

「……ごめん。やっぱりあんたたちにも話しておくべきだった。こんな状態じゃ、アスにも謝れやしないよ」
「い、いいえ……こちらこそごめんなさい。わたしもお兄様も、お姉様を責めようだなんて思っていません。お姉様はこうするのが正しいと思ったのでしょう?」
「ま、まあねー? あーし、天才だもん?」

 慌てて笑顔を浮かべたエフェメラを見て、ヴィータの心は不思議と安らいだ。兄と引き離された悲しみや悔しさは変わらず胸の中に残っているが、エフェメラがそばにいると考えれば苦しみは和らぐ。

「しっかし、どうしたもんかな。あーしの肉体はすでに消滅しちゃったし、危うく魂もかき消されるところだったし。これ、どう考えてもヤバい状況じゃね?」

 エフェメラが真顔になって考え込み始めたことで、ヴィータの表情も引き締まった。

「そういえば、お姉様はどうしてここにいるのですか? ヴァニタスに飲み込まれたということは、わたしも聞いていましたけども」
「ヴァニタスの魂がここに封印されてくれたおかげさ。あーしって、叛逆の観測者じゃん? 他の観測者にはないものを色々持ってるから、それのおかげかもしれんね」
「……よくわかりません。お姉様が特別なのはわかりますけど」
「だろだろー? まっ、それは昔っから変わらないことだもんねー」

 エフェメラは腕を組みながらあっはっはと笑う。ヴィータは半分呆れつつも、必要以上に問い詰めたりはしなかった。彼女はある程度しっかりした人物であることを知っていたからだ。
 ひとしきり高笑いした後、再び真顔になったエフェメラは、虚空を眺めながら思考を巡らせる。

「とはいえ、この調子だと原初神も大半やられちゃってるだろうな」
「ええ……五体満足で生きているのはカトラスだけです」
「あのジジイだけじゃどうにもならんね、と言いたいところだけど。あーしが用意したものがちゃんと残っていれば、巻き返せる可能性はある」

 ダイヤの模様が宿る紫の目が、一瞬鋭く光った。エフェメラはヴィータの手を取って握る。ヴィータの手には人肌特有の温もりがあるが、エフェメラの手に温度はなかった。

「あーしはもう死んでるけど、ヴィーはまだ生きられる。封印の礎にされてるだけだからね。いずれは現実で目を覚まして、人から生まれた神に会えるはずだ」
「人から生まれた神、ですって?」
「……大声じゃ言えないことなんだけどね。あーしと原初神たちの切り札の一つさ。此度の戦争で命を奪われた人間たちの身体を再構築して、戦闘に長けた長寿の生命を作る。元々考えてたんだよ。あーしらだけでどうにもならなくなったら、禁忌を犯してでも虚無に対抗してやろうってね」

 生半可な覚悟では、誰も禁忌を犯そうなどとは考えない。だが、エフェメラの行動力の高さを知っているヴィータは、彼女に物申そうなどとは思わなかった。

「カトラスにある物を預けてあるんだ。それは本の形をしていて、あーしが今まで見てきたことと、アスタルテについての記述がある」
「アスタルテ? この世界の創造主のことですか? なぜ創造主のことまで書き記して……」
「いいから聞けって。その本は、誰にでも閲覧できるものじゃない。原初神……つまり、今生き残っているカトラスしか開けることができない。でも、原初神の血を受け継ぐ、ないしは原初神の魂を持つ奴なら、中身は読めずとも開くことができる代物だ。で、カトラスは多分その本をこの牢獄の番人に預けると思う。その番人を守るのが、ヴィーの役目だ」

 一通りの説明を行った後、エフェメラはヴィータにじっと目を合わせる。ヴィータは彼女の言葉を理解することはできたものの、それが自分への頼み事だと考えたとき、とてつもなく荷が重いと感じた。

「……わたし、そのひとの顔も名前も知りませんが」
「あーしだって知らん。でも、ヴィーならわかるはずだよ。なんたって、あーしの可愛い妹分だもん」
「色々と計画なされていたんですね。わたしとお兄様の知らない間に」
「すまんな。でも、万が一ヴァニタス側に計画が漏れたりしたら、全部おじゃんになっちゃうからさ」

 話しているうちに、ヴィータはとてつもない眠気に襲われる。目の前が時折暗くなり、エフェメラの姿が遠くなっていくような気さえした。
 眠気に抗おうとしていたとき、本当に僅かな温もりが自分を包み込んだ。エフェメラが、ヴィータのことを抱きしめたのだ。

「……お姉様?」
「ヴィー、眠いだろ。このまま眠っていい。多分、ヴィーが目を覚ます頃には、今話したこともみんな忘れちゃうかもしれないけどさ」

 猛烈な眠気が自分の意識を覆い隠そうとする。ヴィータは身体の力が抜けていくのを感じつつも、腕に必死に力を込めて背中を掴み、抱きしめ返す。

「忘れなどしません。さよならも言いません。また会えるって信じてますよ、お姉様」
「うん……そうだな。全部終わったら、アスとヴィーと、あーしの三人でまた遊ぼうな。本当の子供らしく、バカな遊びをしよう」

 遥か昔から慕う少女の最期は、どんな顔をしていたかわからなかった。ヴィータは微かな温もりに包まれたまま、意識の海に身を投げた。



 次に意識を取り戻したとき、ヴィータは何かを忘れたということさえ覚えていなかった。
 淀んだ空気であれ、実際に吸い込んだ空気の味は随分と久しぶりに思えた。自分が目覚めたのは、古代の戦いが終わって三百年も経った時代だと、そのときは気づかなかった。

「……ここは……どこなのですか。皆さんは……お兄様は……?」

 兄が自分の元には来ていないことだけは、ぼんやりと認識していた。
 不運なことに、自分が目覚めたのは混乱の真っ最中だった。発見者である二人の神もどきに導かれ、ヴィータは三百年ぶりに風を受けた。まだ春が来ていない大地を吹き抜ける風には無機質な煙の匂いが含まれていたのを、まだ覚えている。
 その末に、ヴィータは現代の最高神と、最高神から尋問を受けている一人の天使を見つけた。自分が封じられていた牢獄の管理者はその天使なのだと、ヴィータはあらかじめ二人の神から聞いていた。
 最初は最高神の扉の前で、姿を隠す星幽術を使って聞き耳を立てていた。その中で、最高神と天使の言い争う声が聞こえた。

「アリアに言われようと、僕はもう調査を止める気はありません。懲罰ならあとでいくらでも受けます」
「っ、クリム!! お主、妾に逆らう気か!?」

 ヴィータは最高神の未熟さと天使の意志を瞬時に読み取ると同時に、天使の危うさと無鉄砲さを危惧した。自分が眠っていた間、牢獄を守り続けていたのは彼だ。

(あの断罪神を失ったら、ヴァニタスの封印を維持する人員が減る。それは避けなくてはならない)

 最初はそんな思いで、彼──クリムの前に姿を現し、手を貸した。
 当時のヴィータにとって、アスタの無事を確認することだけが行動の理由だった。実際、クリムと行動を共にしたおかげで兄の居場所を突き止め、再会することができた。
 それでも、牢獄を守る責務はヴィータにのしかかっていた。クリムもヴィータと同じく牢獄を守る役目を与えられていたが、彼には事件を解決する以外にも目的があると踏んでいた。どうせ一緒にいることになるのは変わらないからと、封印の維持のついでに手を貸し続けたに過ぎなかった。

 不思議なことに、ヴィータ自身は認識していなかったものの────ここまで無意識のままに、エフェメラの言いつけを守る形になるよう行動していたのだ。
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