ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第8章「神智を超えた回生の夢」

211話 Vita(2)

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 ────そして、今。鏡の屋敷の天井だった瓦礫に埋もれながら、ヴィータは過去を省みていた。
 傷はすべて再生していて痛みも引いているのに、動く気になれなかった。省みていた過去には、自分が認識していたものよりずっと重い使命と願いが詰まっていたことを思い出していた。

「ヴィー! 大丈夫!? しっかりして!」

 兄の声が聞こえたことで、意識がはっきりする。懐かしい手で身体を起こされ、周りがどんな状態になっているかを目の当たりにする。
 鏡の屋敷はすっかり崩れていた。周囲に建てられている他の建物も、全壊ではないものの大きな損傷を受けているのがわかった。

「お兄様……皆さんは?」
「デルタとカイが、ユーラとクリスを助けるために飛び込んだんだけど、そのせいで瓦礫をもろにくらっちゃって……デルタがカイもまとめてユーラたちを庇ったんだ。ジュリオとボクで助けたんだけど、アーケンシェンだったみんなは気を失ってた。特にデルタとライランがすごい怪我をして、カイが魔法で治療してくれたけど、ユキの身体にも結構なダメージが入っちゃって……」

 屋敷から少し離れた場所には、クリスとユーラがお互いを抱きしめ合うようにして眠っていた。二人は若干の掠り傷を負っていたが、二人の隣で横たわるデルタとライランは明らかに重傷だった。二人とも、大量に流れ出たであろう血がこびりついたままで、止血されているとはいえすぐに目を覚ますのは困難だろうと思った。

「……ユリウス、様……」
「お、おいデルタ? しっかりしろ!」

 デルタは気を失ったまま、何かを呟いていた。建物の崩壊に巻き込まれた彼らを看病しているのは、ユキアの身体に憑依したままのカイザーだった。
 服が若干汚れている上に、腕には掠り傷ができて血が滲んでいるのが見えたのに、自分よりも彼らについた汚れや血を、ユキアの所持品であろうハンカチで拭き取っていた。

「……ジュリオの姿が見当たりません」
「ジュリオはセルジュに知らせに行くって言ってた。助けを呼べるかもって」

 周りを信用しようとしないジュリオが、唯一信用できるセルジュに助けを求めるのは当然の摂理だった。セルジュは魔特隊に所属している上、他の仲間の神にも事情を説明できるくらいには顔が広い。
 ふと、ヴィータは自分の手のひらを見る。先ほど、ライランの隣にいたときまでは感じていた禍々しいアストラルの気配が、今はなくなっている。

「『非星幽化エーテライズ』、有効になっていますね」
「ボクがヴィーを瓦礫から掘り出したときには、もう元に戻ってたよ。多分ライランも眠って、ミラージュがじきに目を覚ますんじゃないかな。今度こそ屋敷が全壊しちゃったし、どう言い訳したらいいんだろ……」

 ヴィータは改めて周囲を見渡す。崩壊した屋敷の跡からは、中央都市の様子も遠目ながら窺い知ることができた。繁華街のある方向から黒煙が上がっていることに気づき、胸が強く締め付けられるのを感じる。

「よかった。これで全員救出できたみたいだな」

 そんなとき、カイザーが兄妹の会話に気づいたのか、瓦礫を跨ぎながら二人に近づいてきた。

「カイ! みんなは大丈夫なの?」
「一応はな。けど、俺が持たねぇ。傷を治すのに魔法を使いすぎたのもあるし、また眠ることになりそうだ」
「そっか……せっかく会えたのに」
「でも、ユキアに無理をさせ続けるわけにはいかないだろ」

 アスタは肩を落とすが、カイザーがユキアの顔で困ったように笑ったのを見て、静かに頷く。ヴィータは、一言では言い表せないくらい複雑な心境のまま、崩壊に巻き込まれ傷ついた神と人間たちに目を移す。
 兄と自分は傷ついてもすぐに治る。だが、彼らの傷はすぐには治らない上、打ち所が悪ければ死ぬ可能性だってあった。彼らが死ぬかもしれなかったという未来を考えてると、胸の痛みはさらに増す。

「ごめんなさい、お兄様……」

 喉から絞り出すように謝罪を口にしたとき、アスタはきょとんとしてヴィータの顔を覗き込む。

「な、なんでヴィーが謝るの?」
「わたし、自分が化け物に戻っていることも忘れて……一歩間違えたら、守るべき人たちを殺してしまうかもしれなかったんです。お兄様の願いと、お姉様の頼みとは真逆の行動をしてしまうところでした……」
「……エフェ? エフェの頼みってどういうことなの、ヴィー?」

 話せば話すほど涙声になっていくのに耐えられず、ヴィータは俯いてすすり泣いた。砂埃で汚れた長い銀髪が垂れて、濡れた赤いクローバーの瞳を隠す。
 アスタとカイザーは、いつもと様子の違うヴィータを前にして顔を見合わせるものの、決意を固めて彼女に向き直った。

「ヴィー。ボクのことを考えてくれるのは嬉しいけど、ボクはヴィーの願いも大事にしてほしいよ」
「わたしに願いなんかありません。お兄様の願いを叶えることが、わたしの願いなんです」
「……お前、今にして思うと、クリムと似てるな」

 ヴィータのみならずアスタも「えっ」と声を上げる。屋敷が崩壊する前、状況説明をした際にクリムの詳細について話した記憶がなかった。
 カイザー自身、ユキアがクリムの人柄をわかっているのと同じように、彼女の視界から彼の行動を見守っていたのだ。

「あいつの行動も、自分のためじゃなくて、常に誰かのためのものだった。大切なひとのことばかり考えて、自分のことは蔑ろにする。そういう意味じゃ、お前らは同じだと思うぜ」
「……だから何だというのです。何が言いたいのですか、なんちゃって国王野郎」

 俯きつつも睨みつけるヴィータに不名誉なあだ名で呼ばれても構わず、カイザーは真剣な眼差しで続ける。

「本当はわかってんだろ。お前が見つけた大事なものを守れるのは、お前しかいないんだよ」
「わたしの、大事なもの……」

 地面を眺めながら、ヴィータは反芻する。
 最初は利害が一致しただけだった。しかし、同じ場所で暮らし、目的を果たすため行動を共にするうちに、ヴィータは自分でも気づかぬうちにクリムに肩入れしてしまっていた。彼と過ごした日々を思い返せば、それは事実だとわかった。
 迷っていた彼を𠮟咤激励したのも、彼の目的を遂行するために自分が血で汚れることさえ構わなかったのも、すべては思い入れが強かったから。
 今思い返せば、それはすべて無意識のままに、エフェメラの頼みを遂行しようとしただけに過ぎないかもしれない。

「短い間でしたけど、一番そばにいたからわかります。あのひとは強くて真面目だけど、優しすぎるんです。誰かが見守っていないと壊れてしまうくらい、弱いところもあるんです」

 それが、ヴィータから見たクリムのすべてだった。そして、自分の心に正直になったとき、彼を守りたいと心の底から願っていることに気づいた。
 ヴィータはふらりと立ち上がって、地面に眠るクリスを見遣った。意識を失ったままではあるが、小さくうめき声を上げたのがわかり、兄へと真剣な目を向ける。

「お兄様。わたしはクリムを……わたしたちを認めてくれた彼を助けたいんです。力を貸してください」
「……うん! もちろんだよ、ヴィー!」

 妹の赤く燃えるクローバーの瞳に対し、アスタは力強い笑顔とともに立ち上がる。
 カイザーも口元を小さく綻ばせて歩き出すも、前に一歩踏み出した途端その場に崩れ落ちそうになる。瓦礫まみれの地面に座り込んだ姿を見て、アスタもヴィータも驚かないはずがなかった。

「カイ! 大丈夫!?」
「わりぃ、俺そろそろ限界だわ……アストラルが切れたら、しばらく眠っちまいそうだ」
「事情が事情ですし、仕方ないでしょう。ユキアの意識が戻ったら、事情を説明しておきます」
「頼むわ……なぁアスタ。お前に言っておきたいことがあるんだ」

 親友を呼んだカイザーの表情は心苦しそうなものだった。アスタが駆け寄ってきたところで、カイザーは真っすぐに星の宿った夜空色の瞳を見る。

「俺たちを忘れないでいてくれることは嬉しい。でも、死者に執着し続けたら前を向けなくなっちまう。少しはユキアの気持ちも考えてやってくれ」
「……わかってる。わかってるけど、ボクは……」
「そんなに怖がらなくたって大丈夫だ。あいつは前よりも強くなったし、きっとお前の過去だって受け入れてくれる。必要なのは、お前の覚悟だけだ」

 アスタは、親友の魂が宿る目の前の少女から目を離せなくなる。返事を返そうにも、言葉を見つけられない。
 何も答えられないうちに、オーシャンブルーの瞳を閉じると同時に身体から力が抜けて、アスタがユキアの身体を受け止める。カイザーの魂が再び眠りについたとわかった彼は、誰にも見られぬように唇を噛み締めた。
 しかし、ヴィータはアスタが思い詰めていることに、すぐに気づいた。

(やっと、思い出せました。お兄様はずっと、あの日のことを……この世界がバラバラに引き裂かれてしまった日のことを後悔しているんですね。だから、三百年も経つまで、このキャッセリアに帰ってこられなかった)

 ヴィータは口を開かず、アスタとユキアの顔を交互に見た。安らかな顔で寝息を立てているユキアを見つめながら、ヴィータはクローバーを宿した赤い瞳を鋭くさせる。

(怖かったんですよね。キャッセリアここはかつて、ルーベンスの端だった場所で……お姉様が用意した最後の砦であり、ローゼマリーの墓標そのものでもあるから……)
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