ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第8章「神智を超えた回生の夢」

212話 Ancients(1)

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 繁華街から少し離れた場所の残骸の上に、一人分の人影とどす黒い光の玉が浮遊していた。銀髪銀目の大人──ニールは、ヴァニタスの魂とともに中央都市の惨状を見下ろしている。
 建造物がことごとく破壊された挙げ句火災に見舞われ、倒れ伏した神々を見たニールの顔には、不気味な笑みが浮かんでいた。

「あぁ……実に甘美だ。ヴァニタス様、今のこの世界はいかがですか?」

 ニールは自分の隣を浮遊する、黒々とした光に問いかける。光からは何も返答はないものの、ニールは目を閉じてこくこくと何度も頷く。

「私は好きですよ。これほどにまで捻じ曲がり、すべてが歪んだ世界。芸術性に富んでいるでしょう?」

 銀の瞳を開き、明け方の太陽に照らされる空を見上げる。雲が浮かび、青と赤が混ざり合った空は、平和な世界と見紛うほどに美しい。ニールは、美しい薄明の空の下には滅亡寸前の街があると考えただけで、胸が踊りそうな満足感を得ることができた。

「アスタルテには感謝しないといけませんね。彼女が最期に役立ってくれたおかげで、世界はこれほどにまで変貌を遂げました。『世界概念の記憶アーカーシャ』の改変も夢ではないでしょう。他の悪魔は未だにこのデウスガルテンという世界を見つけていない……私は思ったよりも幸運な悪魔なのかもしれません」

 端から見れば独り言にしか聞こえない言葉を呟いた後、ニールは自分に迫る気配を察知する。それはニールにとって、遥か昔から知るものの一つだった。

「お主、ヴァニタスに付き従う『悪魔』か。古代とは姿が違うようじゃが、中身は同じみたいじゃな」

 自分たちが浮遊する建物の残骸の前に、初老の男の姿をした神がやってきた。鋭い緑目をニールに向け、白銀の鉄槌を携えている。
 ニールは、突然の来客にもかかわらず平然としていた。

「おや? 原初神の弐か。やっぱり、五体満足で生きているのは君だけのようだね」
「何を今更ぬかすか。トゥリヤの『時の記憶』を食らったのじゃろう? そんなことはとっくに把握しているのではないか?」
「くふふ……そうだったねぇ、改めて確認することでもなかったよ。君たち原初神は、肉体を失っても仲間を犠牲にしてでも、虚無に抗おうとするんだねぇ。ある意味尊敬に値するよ」

 残骸の上で浮遊するのをやめ、カトラスが立っている地上へ降り立った。ヴァニタスの魂もそれについてくる。カトラスは臨戦態勢を維持し、ニールを強く睨みながら警戒する。

「アスタルテ様の祝福は、彼女が死してもなお消えることはない。虚無がこの世界の脅威である限り消えぬのじゃ。お主らがどれだけ悲劇を生み出したとて抗い続ける……そのためにわしらは生きておる」
「それは祝福ではなくて、呪いだよ。他でもない君自身、呪いだと思っているんじゃないか?」

 ニールはカトラスを舐めるように見る。他者の感情を呼吸のごとく読み取れるがゆえに、嘲笑を浮かべた。

「私にはわかるよ。君はそろそろ挫けそうなんだろう? 家族も戦友も、その戦友から託された子供も失って、君は孤独になってしまった。これ以上生きたところで、人間にとって果てしない孤独が待っているだけ。正直、君がこうして私の元へ来ることだって予想外だった」
「お主の言った通りじゃよ。わしはアスタルテ様に呪われておる。その呪いが、わしをここに連れてきた。わしの想いなど関係ないのじゃ」

 カトラスは、白銀の鉄槌をすぐに悪魔へぶつけられるように構えをとった。どこか機械的ともとれる言葉を聞いたニールの顔から、一瞬だけ表情が消えたものの、すぐに小馬鹿にするような笑顔を向けた。

「人間は実に悲しい生き物だ。偽りの神に縛られ、過酷な生の果てには何も残せない。特に原初神、不滅の魂である君たちは偽りの神にも満たぬ存在になり果て、永遠に戦いから逃れられない。私は慈悲深い悪魔だからねぇ、ヴァニタス様とともに君たちを救済してあげてもいいんだよ?」
「救いなど求めておらん。悪魔に魂を売るくらいならば、この場で潔く散ってくれるわ!! 〈リインフォース〉!!」

 鉄槌を振り上げた姿勢で走り出すカトラスが詠唱する。ニールは黒い杖を召喚して振りかざし、黒い霧を生成しカトラスへと飛ばす。
 カトラスの身体は光を帯び、剛腕で振りかざされた鉄槌によって霧はあっという間にかき消された。

「かかってくるがよい! 〈アーティレリィ〉!!」
「……『《Adyeshachアディシェス》』」

 鉄槌を再び構え直したカトラスの前に、魔力の光が集結し砲弾が生み出されたときだった。ニールの小声が聞こえるとともに、生成された砲弾が霧散する。それに加え、カトラスは自分の体内から魔力が消え失せていくのを感じた。
 身体強化もすべて消し去られたものの、特に動揺する様子は見せず鉄槌を構え直す。

「やれやれ、邪魔をしないでくれたまえ。せっかくヴァニタス様の肉体の材料を集めているというのに」

 ニールの言葉に首を傾げようとしたカトラスだったが、背筋が凍るようなおぞましさを覚え、空を見上げる。気づけば、空に暗雲が立ち込めようとしており、暗くなった空を何かが飛んでいることに気づいた。
 それは、黒い繭のような形をした複数の光だった。黒い繭たちはカトラスとニールが対峙している地点に向かって飛んできて、ニールの横の空中で繭が解ける。その中から、人がボロボロと零れ落ちてくる。
 大半がぐったりとした状態であったが、かろうじて生きている者がほとんどだった。地面に放り出されたのはカトラスの見知った神々だったが、彼らの身体は黒い光のような力を帯びていた。
 そして、カトラスはその中に埋もれかけた一人の女神を見つけ、目を見開く。緋色の長い髪が散らばった鎧姿の女神もまた、周囲と同じく黒い光に包まれ、苦しそうにうめき声を上げていた。

「ティアル!! お主まで、奴の影響を……」
「今の彼女は人間同然だよ。他のアーケンシェンも同じ。あとどれほどの切り札を潰せば、君たちは諦めてくれるのかな?」

 カトラスが絶望に苛まれようとしている中、ニールは不気味な笑みを浮かべて挑発を繰り返すのであった。
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