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第8章「神智を超えた回生の夢」
222話 不揃いの神々は眠らない(2)
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────砂煙で周囲が見えない。
意識を取り戻したとき、僕は瓦礫に激しく叩きつけられたのか、壁に寄りかかって座り込んだ状態になっていた。背中が痛くて痛くてたまらない。四肢も激痛でうまく動かず、特に右腕の激痛は声を漏らしたくなるほどつらい。
いつの間にか手放してしまっていたガラスの剣は、手を伸ばせば届く距離に落ちていた。だが、やはり腕を伸ばせない。
「おやおや、随分ひどい格好だ。それじゃあもう武器も握れないね?」
「……っ!!」
砂煙の中から、黒いローブの大人が姿を現す。さっきまで血を流して倒れていたはずのニールが、黒い杖を片手に僕の前に歩いてきたのだ。
正直、絶望しそうになった。悪魔は、僕たちが相手取るにはあまりにもしぶとすぎる相手だったのだ。
何より、僕は奴に言われて初めて気がついた────剣を握るための右腕が、半分以上なくなっていることに。
「────かはぁっ!?」
突然、誰かが僕の首を両手で掴み、壁に押し付けた。首が締まり、息がすぐに苦しくなる。頭に酸素が行き渡らなくなって、頭がぼんやりしていきそうだ。
目の前には────「白い子供」がいた。文字通り肌が白く、肩までつくほどの長さの髪の毛も真っ白だ。服とは言い難い白い布をまとっている他は、両目が光のない黒で、四肢に壊れた鋼鉄の錠をつけている。
背丈は、アスタやヴィータと同じくらいだろうか。子供の見た目なのは確かなのに、首に込められる力は尋常じゃないほど強い。おまけに、奴からは不自然なほど感情を感じられない。
「こちらは我が真なる神、ヴァニタス様だ。まだ復活が完全ではなく発言が不可能だそうなので、紹介させていただくよ」
ニールは白い子供──ヴァニタスを手のひらで指し示しながら言う。こいつが、カトラスさんたち原初神や、アスタとヴィータが倒そうとしている相手なのか。
ヴァニタスが僕の首を絞める力を緩める気配はなく、ずっと締められ続けていたら息が持たない。
「君たちにはヴァニタス様を愚弄した罪をたっぷり贖ってもらわなければならない。その身を捧げてくれさえすれば、これ以上の苦痛は与えないよ」
「甘く見るのもいい加減にしろ……不愉快だ……!!」
弱音だけは絶対吐かないと自分に言い聞かせるように、わざと乱暴な言葉遣いで抵抗する。ヴァニタスは瞼一つ動かすことなく、黙って手に力を込めた。
その瞬間、僕の身体は壁や瓦礫をいくつも突き抜けるほどの衝撃を受けた。ヴァニタスの腕からは解放されたが、頭がぐわんぐわんと揺らされ、地面を転がった先で横たわってしまい、身体に力が入らなくなる。
「これ以上は抵抗できまい。今の君は、翼が折れて地に墜ちた天使と言っても過言じゃないんだよ?」
ニールが嘲るような声で言いながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる。ヴァニタスもきっと、僕を殺そうと近づいてきているに違いない。
「あちこち骨も折れただけでなく右腕も失い、綺麗だった翼は火災で焼け落ちた。私や観測者たちのように一瞬で再生、なんてことはできないだろう?」
頭はまだぐらぐらして、身体のあちこちが痛くてたまらない。せいぜいできるのは、ニールの嘲笑を耳にしながら、悔しさに唇を嚙むことだけだった。
「くふふ、いいねぇその表情。そういう負の感情に支配された人間の顔を見ていると気持ちよくなってしまうよ────ごふっ!?」
突然、ニールの身体が不自然にくの字に曲がり、口から血を噴き出した。よく見れば、奴の胸を何か鋭いものが突き破っている。赤い────見慣れた片手剣の刃だ。
「トゥーリを殺したときも、そんな風に気持ち悪い笑い方してたのか? テメェを見てると心底胸糞悪ぃ……」
「ティアル……!!」
ニールを挟んで垣間見た彼女の顔は、憎悪で歪んでいた。刺さった刃をぐりぐりと動かし、さらに血を流していく。
「アストラルも使えねぇ死に損ないには興味なかったみてぇだな、ニール。テメェのそういうところが、私たちに足元をすくわれる敗因なんだよッ!!」
そう言ってすぐに、ニールに突き刺さった赤い剣に全体重を込めた。ニールの胸部を大きく切り裂き、地面を一瞬で染め上げるほどの血液を溢れさせた。
ニールは口や傷口から血を垂れ流しながらも、胸部を貫通している剣をへし折ろうと手をかける。だが、すぐに顔をしかめた。僕も、彼らの周りからアストラルが湧き出始めたことに気づく。
「契約示す朱殷の百合、散らせば己が天命を亡き者にすると識れ! 『《Lilium Invidia》』!!」
「ッ!? これは嫉妬深い息吹の……ぐっ!!」
ヴィータの焦ったような詠唱が聞こえるとともに、彼らの周りから黒い茨や蔓が生えてきた。それに加えて生み出さた漆黒の花びらが、互いに身動きのとれない二人を包み込もうとする。
最初は彼女がどこにいるのか見えなかった。首を動かして声の聞こえた方向を見ると、黒いエネルギーをまとった右腕を彼らへと伸ばすヴィータの姿を捉えた。
彼女の顔には、明らかに苦渋が表れていた。
「これで、いいんですよね……ティアル」
「ああ。安心しろ、ヴィータ。これは他でもない、私が決めたことだ」
そう言って、ティアルが僕にちらりと目配せする。
僕はすぐには状況が飲み込めず、しばらく放心していたと思う。ただ、右腕の喪失感が続く限り、自分の手では彼女を助け出せないことだけは認識していた。
「くふ、ふははははっ!! 君は何もわかっちゃいないよ、『星々の守護騎士』!! 嫉妬深い息吹の切り札でもあるこの星幽術は、術中にあるものをすべて死に至らせるのだよ!? 彼女が君諸共私を始末する、そういう作戦じゃないのかい!?」
「なっ……わたしはそんなつもりなんて」
「何が違うというんだ!? 嫉妬深い息吹よ、君は自分が何者なのか忘れたのか!? 君は私という悪魔から生み出された観測者の一人! 私とヴァニタス様の目となり生命を傍観する『悪魔の目』じゃないか!!」
奴の耳障りな笑い声に対し、クローバーを宿した赤い瞳が見開かれるのが見えた。白い肌がさらに白くなり、冷や汗が伝い始める。
僕は激しい痛みに苛まれながら、ニールの言葉を一つ一つ噛みしめる。悪魔から生み出された、観測者。どうしてシファとノーファがニールの側にいるのか、ここでようやく理解したのだ。
「やはり君たちは自らを犠牲にすることでしか未来を切り開けないんだな!! 君たちほど皮肉で滑稽な種族を私は知らないよ!!」
ニールは勝ち誇ったように高笑いしながら、ヴィータとティアルに憐みの視線を送っている。ヴィータは激しく動揺し、今にも塞ぎ込みそうだった。
ティアルは僕から目を離し、口元を持ちあげた。
「舐めるなよ、悪魔。私たちとお前らの違いは、仲間の数だ。どれだけ絶望的な状況であっても────私たちには、仲間がいる」
「……何?」
高笑いをやめ、訝しげに眉をひそめたニールを尻目に、ティアルは大きく息を吸い込んだ。彼女は自分に迫っているであろう未来に臆する様子も見せず、街全体にこだまするほどの大きさで叫んだ。
「────魔特隊総指揮官、ティアル・ネイチャルトが命ずる! 総員、白い子供の化け物を優先して討伐しろ!! 魔特隊の底力を以てキャッセリアを守れッ!!」
それは枯れかけた、されど空気が震えるほどの咆哮だった。周囲に誰かがいる気配はなかったが、ティアルは叫びきって息を切らしながら、再び僕を見た。
彼女の目からは殺意が消え失せようとしていた。代わりに宿ったのは……満足感に似た何かだった。
「これで、私の役目は終わりだ。あとは……クリム、どうにかできるか?」
「っ!! ティアル、何を言ってるんだい!? それに僕の腕はもう────」
「トゥーリが持っていたものを奪い返せたんだ、私に悔いはない。色々と散々な二度目の人生だったけどさ……それ以上に、みんなと一緒に過ごせて、幸せだった」
僕の声を遮るようにして、ティアルは優しく微笑んだ。強気で熱血漢な印象が強い彼女からは想像できなかったほど、儚い笑顔だ。
その笑顔から感じる優しさに、僕は目頭が熱くなるのを感じた。しかし、そんな僕の心をを見透かしたように、彼女は小さく首を振る。
「泣くのは全部終わってからだ。じゃねぇと油断しちまうだろ? だからあとは、前だけ見て頑張れ」
ティアルがはにかむとともに、黒い花びらが蠢いた。僕が彼女の名を呼ぶ前に、術中にいた二人を閉じ込めた。誰にもこじ開けられぬほど固い力で閉じたそれは、黒い百合の蕾の形になっていた。
僕は身体を起こせないまま、ヴィータを見た。クローバーを宿した瞳は見開かれたまま震え、静かに立つ黒い百合の蕾を凝視していた。
「結局……こうなるのですか。わたしたちは犠牲がなければ、巨悪さえ封じられないのですか……?」
「……ヴィータ」
「わたしは……わたしは決して……殺したかったわけじゃない……こうするしか、こうするしかなかった!!」
涙が見えない分、自分の内側に悲しみをどんどん溜め込んでいっているように見えて、とても心苦しかった。僕だって、泣きたくて泣きたくて仕方がないけれど、必死で堪えていた。
僕も、ヴィータたちみたいな身体だったらいいのに。どれだけ傷ついても立ち上がる、不落の天使になれたらいいのに。
せめて、武器を握るための右腕さえ戻れば────
「……そうだ」
右腕がないため、身体をうまく起こせない。とりあえずうつ伏せになり、ほふく前進する形で黒い百合へと近づいた。
ティアルが奪い返したというもの……それがどこにあるか気になったゆえの行動だった。しばらく乾かないであろう血だまりの中に、何かきらめくものが落ちているのを見つける。
僕は残った左腕で、そのきらめく何かを拾い上げた。それは────人間の目玉と同じであろう大きさの、赤い宝石だ。
「もしかして、これって……」
物言わぬ石だったが、その内に秘めるエネルギーは絶大だった。僕の知る二つの気配が、この中に宿っている。
一人は僕の中にもいる堅物な王。もう一人は────穏やかでおっちょこちょいで心優しかった、時の神。
あの悪魔が食って奪ったものこそが、この宝石だと直感的に理解する。
「っ!? クリム、何を────」
ヴィータは僕を見て、すぐにぎょっとした顔をした。当然と言えば当然の反応だろう。
だって、僕は……藁にも縋る思いで、仲間の残骸を口に運ぼうとしていたのだから。
「僕にはわかる。これはトゥリヤの右目……アーケンシェンの核の一つだ。これを食べれば、僕もニールと同じか、少なくとも似たようなことはできるはず」
「そ、そんな確証はどこにもないじゃないですか! 万が一、これ以上あなたの身に何か起こったら────」
「ティアルは自分の身を以て一矢報いた。トゥリヤだってこの世の醜悪に立ち向かうために身を投じた! 僕だって、こんなところで終わりたくない!!」
僕はヴィータの言葉を遮り、宝石を放り込んで飲み込んだ。喉元を硬い感触が通り抜けたと思ったら、身体の内側で激しく脈打つような力が湧き出るのを感じた。意識が揺らぐ中、身体中を流れる血が煮えたぎる。沸騰しそうなほど熱くなっていく。
人間から天使となったことで、運命を変えられるのなら────この身が焼き焦がされたって構わない!
意識を取り戻したとき、僕は瓦礫に激しく叩きつけられたのか、壁に寄りかかって座り込んだ状態になっていた。背中が痛くて痛くてたまらない。四肢も激痛でうまく動かず、特に右腕の激痛は声を漏らしたくなるほどつらい。
いつの間にか手放してしまっていたガラスの剣は、手を伸ばせば届く距離に落ちていた。だが、やはり腕を伸ばせない。
「おやおや、随分ひどい格好だ。それじゃあもう武器も握れないね?」
「……っ!!」
砂煙の中から、黒いローブの大人が姿を現す。さっきまで血を流して倒れていたはずのニールが、黒い杖を片手に僕の前に歩いてきたのだ。
正直、絶望しそうになった。悪魔は、僕たちが相手取るにはあまりにもしぶとすぎる相手だったのだ。
何より、僕は奴に言われて初めて気がついた────剣を握るための右腕が、半分以上なくなっていることに。
「────かはぁっ!?」
突然、誰かが僕の首を両手で掴み、壁に押し付けた。首が締まり、息がすぐに苦しくなる。頭に酸素が行き渡らなくなって、頭がぼんやりしていきそうだ。
目の前には────「白い子供」がいた。文字通り肌が白く、肩までつくほどの長さの髪の毛も真っ白だ。服とは言い難い白い布をまとっている他は、両目が光のない黒で、四肢に壊れた鋼鉄の錠をつけている。
背丈は、アスタやヴィータと同じくらいだろうか。子供の見た目なのは確かなのに、首に込められる力は尋常じゃないほど強い。おまけに、奴からは不自然なほど感情を感じられない。
「こちらは我が真なる神、ヴァニタス様だ。まだ復活が完全ではなく発言が不可能だそうなので、紹介させていただくよ」
ニールは白い子供──ヴァニタスを手のひらで指し示しながら言う。こいつが、カトラスさんたち原初神や、アスタとヴィータが倒そうとしている相手なのか。
ヴァニタスが僕の首を絞める力を緩める気配はなく、ずっと締められ続けていたら息が持たない。
「君たちにはヴァニタス様を愚弄した罪をたっぷり贖ってもらわなければならない。その身を捧げてくれさえすれば、これ以上の苦痛は与えないよ」
「甘く見るのもいい加減にしろ……不愉快だ……!!」
弱音だけは絶対吐かないと自分に言い聞かせるように、わざと乱暴な言葉遣いで抵抗する。ヴァニタスは瞼一つ動かすことなく、黙って手に力を込めた。
その瞬間、僕の身体は壁や瓦礫をいくつも突き抜けるほどの衝撃を受けた。ヴァニタスの腕からは解放されたが、頭がぐわんぐわんと揺らされ、地面を転がった先で横たわってしまい、身体に力が入らなくなる。
「これ以上は抵抗できまい。今の君は、翼が折れて地に墜ちた天使と言っても過言じゃないんだよ?」
ニールが嘲るような声で言いながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる。ヴァニタスもきっと、僕を殺そうと近づいてきているに違いない。
「あちこち骨も折れただけでなく右腕も失い、綺麗だった翼は火災で焼け落ちた。私や観測者たちのように一瞬で再生、なんてことはできないだろう?」
頭はまだぐらぐらして、身体のあちこちが痛くてたまらない。せいぜいできるのは、ニールの嘲笑を耳にしながら、悔しさに唇を嚙むことだけだった。
「くふふ、いいねぇその表情。そういう負の感情に支配された人間の顔を見ていると気持ちよくなってしまうよ────ごふっ!?」
突然、ニールの身体が不自然にくの字に曲がり、口から血を噴き出した。よく見れば、奴の胸を何か鋭いものが突き破っている。赤い────見慣れた片手剣の刃だ。
「トゥーリを殺したときも、そんな風に気持ち悪い笑い方してたのか? テメェを見てると心底胸糞悪ぃ……」
「ティアル……!!」
ニールを挟んで垣間見た彼女の顔は、憎悪で歪んでいた。刺さった刃をぐりぐりと動かし、さらに血を流していく。
「アストラルも使えねぇ死に損ないには興味なかったみてぇだな、ニール。テメェのそういうところが、私たちに足元をすくわれる敗因なんだよッ!!」
そう言ってすぐに、ニールに突き刺さった赤い剣に全体重を込めた。ニールの胸部を大きく切り裂き、地面を一瞬で染め上げるほどの血液を溢れさせた。
ニールは口や傷口から血を垂れ流しながらも、胸部を貫通している剣をへし折ろうと手をかける。だが、すぐに顔をしかめた。僕も、彼らの周りからアストラルが湧き出始めたことに気づく。
「契約示す朱殷の百合、散らせば己が天命を亡き者にすると識れ! 『《Lilium Invidia》』!!」
「ッ!? これは嫉妬深い息吹の……ぐっ!!」
ヴィータの焦ったような詠唱が聞こえるとともに、彼らの周りから黒い茨や蔓が生えてきた。それに加えて生み出さた漆黒の花びらが、互いに身動きのとれない二人を包み込もうとする。
最初は彼女がどこにいるのか見えなかった。首を動かして声の聞こえた方向を見ると、黒いエネルギーをまとった右腕を彼らへと伸ばすヴィータの姿を捉えた。
彼女の顔には、明らかに苦渋が表れていた。
「これで、いいんですよね……ティアル」
「ああ。安心しろ、ヴィータ。これは他でもない、私が決めたことだ」
そう言って、ティアルが僕にちらりと目配せする。
僕はすぐには状況が飲み込めず、しばらく放心していたと思う。ただ、右腕の喪失感が続く限り、自分の手では彼女を助け出せないことだけは認識していた。
「くふ、ふははははっ!! 君は何もわかっちゃいないよ、『星々の守護騎士』!! 嫉妬深い息吹の切り札でもあるこの星幽術は、術中にあるものをすべて死に至らせるのだよ!? 彼女が君諸共私を始末する、そういう作戦じゃないのかい!?」
「なっ……わたしはそんなつもりなんて」
「何が違うというんだ!? 嫉妬深い息吹よ、君は自分が何者なのか忘れたのか!? 君は私という悪魔から生み出された観測者の一人! 私とヴァニタス様の目となり生命を傍観する『悪魔の目』じゃないか!!」
奴の耳障りな笑い声に対し、クローバーを宿した赤い瞳が見開かれるのが見えた。白い肌がさらに白くなり、冷や汗が伝い始める。
僕は激しい痛みに苛まれながら、ニールの言葉を一つ一つ噛みしめる。悪魔から生み出された、観測者。どうしてシファとノーファがニールの側にいるのか、ここでようやく理解したのだ。
「やはり君たちは自らを犠牲にすることでしか未来を切り開けないんだな!! 君たちほど皮肉で滑稽な種族を私は知らないよ!!」
ニールは勝ち誇ったように高笑いしながら、ヴィータとティアルに憐みの視線を送っている。ヴィータは激しく動揺し、今にも塞ぎ込みそうだった。
ティアルは僕から目を離し、口元を持ちあげた。
「舐めるなよ、悪魔。私たちとお前らの違いは、仲間の数だ。どれだけ絶望的な状況であっても────私たちには、仲間がいる」
「……何?」
高笑いをやめ、訝しげに眉をひそめたニールを尻目に、ティアルは大きく息を吸い込んだ。彼女は自分に迫っているであろう未来に臆する様子も見せず、街全体にこだまするほどの大きさで叫んだ。
「────魔特隊総指揮官、ティアル・ネイチャルトが命ずる! 総員、白い子供の化け物を優先して討伐しろ!! 魔特隊の底力を以てキャッセリアを守れッ!!」
それは枯れかけた、されど空気が震えるほどの咆哮だった。周囲に誰かがいる気配はなかったが、ティアルは叫びきって息を切らしながら、再び僕を見た。
彼女の目からは殺意が消え失せようとしていた。代わりに宿ったのは……満足感に似た何かだった。
「これで、私の役目は終わりだ。あとは……クリム、どうにかできるか?」
「っ!! ティアル、何を言ってるんだい!? それに僕の腕はもう────」
「トゥーリが持っていたものを奪い返せたんだ、私に悔いはない。色々と散々な二度目の人生だったけどさ……それ以上に、みんなと一緒に過ごせて、幸せだった」
僕の声を遮るようにして、ティアルは優しく微笑んだ。強気で熱血漢な印象が強い彼女からは想像できなかったほど、儚い笑顔だ。
その笑顔から感じる優しさに、僕は目頭が熱くなるのを感じた。しかし、そんな僕の心をを見透かしたように、彼女は小さく首を振る。
「泣くのは全部終わってからだ。じゃねぇと油断しちまうだろ? だからあとは、前だけ見て頑張れ」
ティアルがはにかむとともに、黒い花びらが蠢いた。僕が彼女の名を呼ぶ前に、術中にいた二人を閉じ込めた。誰にもこじ開けられぬほど固い力で閉じたそれは、黒い百合の蕾の形になっていた。
僕は身体を起こせないまま、ヴィータを見た。クローバーを宿した瞳は見開かれたまま震え、静かに立つ黒い百合の蕾を凝視していた。
「結局……こうなるのですか。わたしたちは犠牲がなければ、巨悪さえ封じられないのですか……?」
「……ヴィータ」
「わたしは……わたしは決して……殺したかったわけじゃない……こうするしか、こうするしかなかった!!」
涙が見えない分、自分の内側に悲しみをどんどん溜め込んでいっているように見えて、とても心苦しかった。僕だって、泣きたくて泣きたくて仕方がないけれど、必死で堪えていた。
僕も、ヴィータたちみたいな身体だったらいいのに。どれだけ傷ついても立ち上がる、不落の天使になれたらいいのに。
せめて、武器を握るための右腕さえ戻れば────
「……そうだ」
右腕がないため、身体をうまく起こせない。とりあえずうつ伏せになり、ほふく前進する形で黒い百合へと近づいた。
ティアルが奪い返したというもの……それがどこにあるか気になったゆえの行動だった。しばらく乾かないであろう血だまりの中に、何かきらめくものが落ちているのを見つける。
僕は残った左腕で、そのきらめく何かを拾い上げた。それは────人間の目玉と同じであろう大きさの、赤い宝石だ。
「もしかして、これって……」
物言わぬ石だったが、その内に秘めるエネルギーは絶大だった。僕の知る二つの気配が、この中に宿っている。
一人は僕の中にもいる堅物な王。もう一人は────穏やかでおっちょこちょいで心優しかった、時の神。
あの悪魔が食って奪ったものこそが、この宝石だと直感的に理解する。
「っ!? クリム、何を────」
ヴィータは僕を見て、すぐにぎょっとした顔をした。当然と言えば当然の反応だろう。
だって、僕は……藁にも縋る思いで、仲間の残骸を口に運ぼうとしていたのだから。
「僕にはわかる。これはトゥリヤの右目……アーケンシェンの核の一つだ。これを食べれば、僕もニールと同じか、少なくとも似たようなことはできるはず」
「そ、そんな確証はどこにもないじゃないですか! 万が一、これ以上あなたの身に何か起こったら────」
「ティアルは自分の身を以て一矢報いた。トゥリヤだってこの世の醜悪に立ち向かうために身を投じた! 僕だって、こんなところで終わりたくない!!」
僕はヴィータの言葉を遮り、宝石を放り込んで飲み込んだ。喉元を硬い感触が通り抜けたと思ったら、身体の内側で激しく脈打つような力が湧き出るのを感じた。意識が揺らぐ中、身体中を流れる血が煮えたぎる。沸騰しそうなほど熱くなっていく。
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