君に会えたこの春に〜僕が君に近づく訳〜

uotsmqro

文字の大きさ
7 / 11

第七話:真実

しおりを挟む
病院の白い天井を見つめながら、私はただ、静かに息を整えていた。
目の前には、さっきまで意識を失っていた黒川君が、ぼんやりとした表情で私を見ている。

「……ここは?」
「病院だよ。黒川君、体育祭の綱引きの最中に倒れたんだよ。覚えてない?」

黒川君はゆっくりと目を閉じ、そして小さくため息をついた。

「……ああ、なんとなく。倒れたのは覚えてる。でも、その後のことはあんまり……」

そう言って彼は、ぼんやりと天井を見つめたまま、動かない。

私は、ずっと言いたかった言葉をようやく口にする。

「……心配したんだから」

自分でも驚くほどのかすれた声だった。

体育祭の最中、黒川君が突然倒れたとき、私は何も考えずに彼のもとへ駆け寄っていた。
周りが騒然とするなかで、私は彼の脈を確かめ、必死に名前を呼んでいた。
けれど、彼の返事はなくて——それがどれほど怖かったか、彼は分かっているのだろうか。

「……悪かったな」

黒川君は、どこか申し訳なさそうに目を伏せる。

「いや……黒川君が謝ることじゃないよ。でも……本当に、もう……っ」

私はそれ以上言葉を続けられなかった。

黒川君は、しばらく黙ったままだった。
だが、やがて彼は静かに口を開く。

「七海……聞いてほしいことがある」

その言葉に、私は思わず彼の顔を見た。

いつもはどこか気だるげで、何事にも本気にならない黒川君。
だけど、今の彼は、まるで——覚悟を決めた人間のような顔をしていた。

「……俺さ、余命宣告されてるんだ」

頭が真っ白になった。

「え……?」

「あと……長くても、一か月くらいしか生きられないってさ。転校してきたときにはもう、そう言われてたんだよ」

——嘘、だ。

私は、思わず彼の言葉を否定しそうになった。
だけど、黒川君の表情は冗談を言っているものではなく——ただ、静かに、事実を語っているだけだった。

「……そんなの……」

言葉が出てこない。

そんなの、おかしい。
だって、黒川君は——ついさっきまで、普通に学校で過ごしていて。
体育祭にも参加していて。

なのに、あと一か月しか生きられない——?

「嘘……だよね?」

そう言いたかった。
けれど、黒川君はゆっくりと首を横に振った。

「……ごめんな。言うつもりはなかったんだけど、こうなったら、もう隠せないと思って」

黒川君は、あくまで淡々と話す。
まるで、自分の命の終わりを他人事のように語るみたいに。

だけど——

「……そんな顔しないでよ」

気づけば私は、涙をこぼしていた。

「なんで……そんなに平気そうなの?」

「……そりゃ、まあ。もともと、どうしようもないことだからな」

「どうしようもないって、そんな……!」

私は黒川君の病室のベッドを掴んだまま、必死に言葉を紡ぐ。

「……まだ、一か月あるんでしょ? だったら……! だったら、何か……」

「ないよ」

黒川君は、はっきりとそう言った。

「俺の病気は治らない。どんな治療をしても、結局、俺は死ぬ」

その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが砕ける音がした。

「……でも、俺は別に、絶望してるわけじゃないよ」

そう言って、黒川君はほんの少し笑った。

「俺は、もう決めてるんだ。最後の一か月、できるだけ普通に過ごすって。……だから、七海も、あんまり気にしないでくれ」

「……そんなの、無理だよ……」

私は、彼の言葉を否定することしかできなかった。

だって、無理だ。確かに彼とはまだ2週間程度しか関わってない。
でも気にしないなんて、できるわけがない。
だって——私は。

「……とりあえず、泣くなよ」

黒川君は、私の涙を見て、どこか困ったように笑った。

その笑顔が、なぜか余計に悲しく思えて——

私は、ただ、泣くことしかできなかった......。


あれからどれくらいの時間が経っただろう。私もだんだん落ち着いてきた。

「落ち着いたか?」

怜人君がそう話しかけてくる。

「まぁ、ね」

確かに落ち着きはしたがまだ怜人君が余命宣告されているということを受け入れられていない。

「……七海、聞いてほしいことがある」

病室の静寂の中、怜人君の言葉が落ちる。

「……何?」

私は涙を拭いながら、彼を見つめる。

「今のお前に言うのは逆効果かもしれない。それでも俺はお前に言っときたいんだ。」

怜人君の目はさっきよりも真剣だった。

「お前さ……本当に俺のこと、覚えてないのか?」

怜人君の言葉に、一瞬、頭が真っ白になった。

「え?」

覚えてない? どういうこと?

「……まあ、そうだよな」

怜人君はどこか納得したように、ふっと息を吐く。

「実は、俺たち——昔、幼馴染だったんだよ」

「——え?」

思わず、彼の顔を見つめる。

「七海が小さい頃、よく一緒に遊んでた。秘密基地を作ったり、公園で泥だらけになったり。……お前、よく転んでたよな」

「……そんな……」

信じられない。

でも、怜人君の口から出る言葉は、まるで本当にその場にいたかのように鮮明だった。

「けど——お前が事故に遭ったんだ」

その瞬間、胸が締めつけられるような感覚がした。

「俺は何もできなかった。気づいたら、お前は病院で眠ってて——俺は毎日見舞いに来てたんだが、親の転勤で引っ越すことになっちまってよ」

「……......」

「それから、お前は……目を覚ました時には、俺のことを忘れてたんだよ。この情報は俺の親経由でお前の親から聞いた話だがな」

目の前の怜人君は、まるで昔のことを噛みしめるように静かに語る。

「俺は……それでも、お前のことを忘れられなかった」

彼は少し笑った。でも、その笑顔はどこか寂しげだった。

「だから、ここに戻ってきた。お前がいる、この街に」

それを聞いた瞬間、心が大きく揺れた。

「……怜人君」

「……まあ、だからって、どうこうしようってわけじゃないんだけどさ」

怜人は軽く肩をすくめて、どこか照れくさそうに目をそらした。

「ただ……言っておきたかったんだよ。俺たちが昔、友達だったってこと」

「……そっか」

知らなかった。ずっと知らなかった。

でも、彼の言葉に嘘はないと感じた。

記憶はなくても——怜人の言葉は、なぜか心の奥に響いていた。

「……ありがと」

気づけば、私はそう呟いていた。

それが、何に対する「ありがとう」なのか——自分でも、よくわからなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。

甘酢ニノ
恋愛
彼女いない歴=年齢の高校生・相沢蓮。 平凡な日々を送る彼の前に立ちはだかるのは── 学園一の美少女・黒瀬葵。 なぜか彼女は、俺にだけやたらとツンツンしてくる。 冷たくて、意地っ張りで、でも時々見せるその“素”が、どうしようもなく気になる。 最初はただの勘違いだったはずの関係。 けれど、小さな出来事の積み重ねが、少しずつ2人の距離を変えていく。 ツンデレな彼女と、不器用な俺がすれ違いながら少しずつ近づく、 焦れったくて甘酸っぱい、青春ラブコメディ。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

現実とサキュバスのあいだで ――夢で告白した相手が、同居を始めた話

そう
青春
ある日家に突然現れた謎のサキュバスのホルさん! 好感度はMAXなようで流されるがまま主人公はホルさんと日常を過ごします。 ほのぼのラブコメというか日常系小説 オチなどはなく、ただひたすらにまったりします 挿絵や文章にもAIを使用しております。 苦手な方はご注意ください。

幽縁ノ季楼守

儚方ノ堂
キャラ文芸
「季楼庵当主の代理を務めてもらう」 幼少期、神隠しにあった過去を待つ青年ユメビシ。 迷い込んだ先で、事件に巻き込まれ両手を失い、生死を彷徨うことに。 ただ「死にたくない」と望んだ願いは、ある故人の手を移植することで実現した。 これを境に不死の体質へと変貌したユメビシは、約70年の時を経て、因縁の土地『瞑之島(みんのとう)』へ帰還する。 しかし、どうして今自分がここにいるのか、その理由となる記憶がすっぽり抜け落ちた状態で……。 奇妙な忘却に焦りを抱えながら、手がかりを求め探索するさなか、島の中枢を担う組織『季楼庵(きろうあん)』の面々と関わりを持ち、次々と巻き起こる騒動に身を投じていくのだった。 現代において、人と人ならざる者が共存する瞑之島を舞台に、半ば強制的に当主代理に据えられたユメビシの非日常。 異色の現代ファンタジー✖️和風奇譚✖️ミステリー 様々な思惑が交錯する中、彼の帰還を以て、物語は一つの結末へ動き出す。 その約束は、何十年何百年経ち、たとえ本人達が覚えていなくとも。 幽かな縁で繋がり続け、決して解けない糸となる。 それを人は、因縁――またの名を『呪い』と呼ぶのだった。

処理中です...