君に会えたこの春に〜僕が君に近づく訳〜

uotsmqro

文字の大きさ
8 / 11

第八話:当たり前だった日常

しおりを挟む
病室に差し込む夕陽が、カーテン越しにやわらかい茜色を落とす。

あたたかくも切ないその光の中で、私はベッドの傍らに座り、静かに目を閉じた怜人君の顔を見つめていた。

彼はもう眠っているのかもしれなかったけれど、私はその場を離れられなかった。

心が、まだ追いついていない。

怜人君が口にした「余命一か月」という言葉。
そして、「昔は幼馴染だった」という真実。

あまりに多くのことが一度に押し寄せてきて、今の私は、ただ感情の波に呑まれていた。

「……どうして、そんな大事なこと、ずっと言わなかったの……?」

思わずこぼれた言葉に、自分自身が驚いた。

本当は、責めたいわけじゃない。

ただ——ただ、悔しかった。

これまで怜人君と過ごした日々のすべてを、私は「普通」だと思っていた。

登校途中のなんてことない会話も、放課後の教室で過ごした沈黙も、
私の中では「当たり前」の一部だった。

けれど、怜人君にとっては——きっと、どれもが「最後の時間」だったんだ。

それを思った瞬間、胸の奥が痛んだ。

私が笑うたび、泣くたび、怒るたび、
怜人君はそれをどんな気持ちで見ていたんだろう。

どんな想いで、私の隣にいたんだろう。

「私……何も、気づけなかった」

そう呟いて、自分のふがいなさに涙が滲む。

記憶を失っていたこと、昔のことを思い出せなかったこと、それは仕方がないのかもしれない。
けれど、今ここにいる怜人君の心に、私はどれだけ触れられていたんだろう。

「当たり前だと思ってたんだよ……」

私は、ベッドの柵にそっと額を寄せた。

「朝、学校に行けば会えること。授業の合間に隣の席でため息ついてること。
一緒に下校して、ちょっとしたことで言い合って、笑い合って——」

一つひとつの記憶が、あまりにも鮮やかで、だからこそ切なかった。

「全部、当たり前だと思ってた。ずっと続くって、勝手に……思ってた」

違ったんだ。

そんな日々は、永遠なんかじゃない。

誰かが心の奥で、大きな秘密を抱えながら過ごしていた時間だった。
それがどれだけ儚くて、貴重なものだったのか、ようやく分かった気がした。

怜人君が眠っている横顔を見つめながら、私は思った。

もう、時間は多くないかもしれない。

でも——まだ、ある。

「まだ一週間くらいあるんでしょ……?」

小さく呟いた声が、病室の中でぽつりと響く。

「だったら……私、ちゃんと向き合うよ」

怜人君のこと。
過去の記憶よりも、今ここにいる彼のことを。
そして、私が感じているこの気持ちを。

もう、見過ごしたくない。

見ないふりなんて、できない。

「今度こそ、ちゃんと大切にする」

その言葉を口にしたとき、少しだけ胸の痛みが和らいだ気がした。

隣にいる人と笑い合えること。
怒ったり泣いたり、くだらないことで悩んだりできること。
全部、当たり前なんかじゃない。

——それは、かけがえのない、奇跡みたいな日々だったんだ。

怜人君と過ごしてきた「何気ない日常」が、どれほど私の心を満たしていたのか、今になってようやく気づいた。

私は立ち上がり、彼の横にある椅子を引き寄せて、そっと腰を下ろす。

そして、怜人君の手のそばに、自分の手を添えた。

指先が、かすかに触れ合う。

それだけで、胸が熱くなった。

「怜人君、起きてる?」

返事はない。

でも、それでもいい。

「私、もう……後悔したくないんだ」

ほんのわずかでもいい。
彼の残りの時間を、ただ「普通の日々」として過ごすんじゃなくて。
ちゃんと見つめて、感じて、記憶に焼きつけて——

「あなたの隣で、一緒に笑っていたい」

もう、時間を無駄にしない。

そう決意した私は、怜人君の静かな寝息を聞きながら、そっと微笑んだ。

この一日が終わってしまう前に、私はようやく「当たり前だった日常」が、どれほど大切だったのかを知ったのだから——
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。

甘酢ニノ
恋愛
彼女いない歴=年齢の高校生・相沢蓮。 平凡な日々を送る彼の前に立ちはだかるのは── 学園一の美少女・黒瀬葵。 なぜか彼女は、俺にだけやたらとツンツンしてくる。 冷たくて、意地っ張りで、でも時々見せるその“素”が、どうしようもなく気になる。 最初はただの勘違いだったはずの関係。 けれど、小さな出来事の積み重ねが、少しずつ2人の距離を変えていく。 ツンデレな彼女と、不器用な俺がすれ違いながら少しずつ近づく、 焦れったくて甘酸っぱい、青春ラブコメディ。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

現実とサキュバスのあいだで ――夢で告白した相手が、同居を始めた話

そう
青春
ある日家に突然現れた謎のサキュバスのホルさん! 好感度はMAXなようで流されるがまま主人公はホルさんと日常を過ごします。 ほのぼのラブコメというか日常系小説 オチなどはなく、ただひたすらにまったりします 挿絵や文章にもAIを使用しております。 苦手な方はご注意ください。

幽縁ノ季楼守

儚方ノ堂
キャラ文芸
「季楼庵当主の代理を務めてもらう」 幼少期、神隠しにあった過去を待つ青年ユメビシ。 迷い込んだ先で、事件に巻き込まれ両手を失い、生死を彷徨うことに。 ただ「死にたくない」と望んだ願いは、ある故人の手を移植することで実現した。 これを境に不死の体質へと変貌したユメビシは、約70年の時を経て、因縁の土地『瞑之島(みんのとう)』へ帰還する。 しかし、どうして今自分がここにいるのか、その理由となる記憶がすっぽり抜け落ちた状態で……。 奇妙な忘却に焦りを抱えながら、手がかりを求め探索するさなか、島の中枢を担う組織『季楼庵(きろうあん)』の面々と関わりを持ち、次々と巻き起こる騒動に身を投じていくのだった。 現代において、人と人ならざる者が共存する瞑之島を舞台に、半ば強制的に当主代理に据えられたユメビシの非日常。 異色の現代ファンタジー✖️和風奇譚✖️ミステリー 様々な思惑が交錯する中、彼の帰還を以て、物語は一つの結末へ動き出す。 その約束は、何十年何百年経ち、たとえ本人達が覚えていなくとも。 幽かな縁で繋がり続け、決して解けない糸となる。 それを人は、因縁――またの名を『呪い』と呼ぶのだった。

処理中です...