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第三章 ザハラ王国編
50 心奪われて
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「私がご案内できるのはここまでです」
新たな扉の前で、トビアスが静かに振り返った。
この扉をくぐれば、いよいよ光の女神の神殿だ。
(……汝の力は、ザハラに新たな息吹をもたらす……)
烏のガラス玉のような瞳を思い出して、急に不安になった。
「……女神は、俺に何を告げるのかな」
「何があっても、私がロイドを守る」
顔を上げると、ルシアンが真っ直ぐに俺を見つめていた。
トビアスも力強く頷いてくれる。
ああ、俺は独りじゃない。
この扉の向こうに何が待っているかはわからない。だが、すべてを受けとめてやる――それが俺の未来に繋がるのなら。
俺は神殿に通じる扉を見つめながら、拳を握った。
すると、急にルシアンが緊張した声で、
「しっ……何か聞こえる」
「王がまだ中にいるようですね……話が終わるまで、もう暫く待ちましょう」
トビアスも耳を澄ませながら、小さく頷く。
すると、扉の向こうからサリーム王だとはっきりとわかる声が聞こえてきた。
「……姉上の仰る通り、捕虜たちはみな隣国へ返したではありませんか! その上、奴隷までも解放しろとは。そんなことをすれば、この国は立ち行かなくなります!」
「サリーム、奴隷がいなくなって困るのは、贅沢に慣れてしまった貴族だけよ。いつまであの者たちの言いなりになっているの」
若き王を諌める凛とした声は、レイラ王女だろうか。
王が感情に任せて声を荒げるのに対して、王女は静かに、自分が正しいと信じる言葉を口にしていた。その声には、か弱さなど微塵も感じられない。
「王宮に私の意見を聞く者などおりません……ですから、一日も早く姉上に王位を継いでいただきたいのに」
「サリーム……」
「そもそも、私は何の力も受け継いでいないのです。姉上こそがザハラの正当な後継者なのに!」
王には何の力もないだと?
驚いてトビアスを見ると、彼は既に承知していたように、小さく頷いた。
再び、レイラ王女の声がした。
「まだ、私の力は十分ではないから……」
「それは、姉上が将軍と結ばれれば解決できること。 光と影が合わさって、初めてこの国を治めることができるのですから」
「アシークは、私との婚姻など望んではいないわ」
「……私にはわかりません。昔、お二人はあんなに仲が良かったのに。何が問題なのです? まさか、将軍に想い人がいるというくだらない噂を信じたわけでは……」
サリーム王は少し言葉を濁したものの、すぐに思い直したように嬉しそうな声を上げた。
「ああ、なるほど! 邪魔者を排除してしまえばいいと、あの者をここに呼び出したのですね」
その言葉を聞いた瞬間、俺の隣でルシアンの表情が凍りついた。その瞳が、たちまち怒りに染まる。
「勝手なことを……まだロイドを愚弄するのか!」
扉に駆け寄ろうとする彼の腕をトビアスが掴んだ。
「団長、落ち着いて……王の勝手な考えに惑わされないで。王の言うことは、決して女神の意思ではありません」
「じゃあ、女神の意思とはなんだ!」
「それは、王女から説明されるはず。ですから……」
トビアスの瞳は穏やかで、どこまでも落ち着いていた。
そして、彼の言葉を裏付けるように、王女の落ち着いた声が聞こえてきた。
「サリーム、何を言うの! その逆よ。女神に告げられる前から、私もずっと彼を待ち望んでいたの」
ずっと待ってたって……まるで、昔から俺のことを知っているような。
――ドクン
心臓が高鳴った。
とても大切なことだったはずなのに、どうしても思い出せない。それがもどかしくて堪らず、胸を抑えた。
扉の向こうでは、まだ会話が続けられている。
「なぜ、姉上も将軍もあの者に心を奪われてしまうのですか……あの者さえいなければ、すべてが上手くいくのに!」
「サリーム!」
「こうなったからには、一刻も早く姉上の婚姻を進めることにいたします。そしてお二人に王位をお譲りする。それが、この国のためなのですから!」
王の一方的な宣言が響き……重苦しい沈黙が流れた。
王が立ち去る足音がして、その後に静けさが残された。
ただ、時だけが過ぎてゆく――
やがて、軋むような音を立てながら、誰の手も触れていないはずの扉がゆっくりと開き始めた。扉の隙間から溢れる光が、神殿へ導くように俺の足元を照らし出す。
遂に扉が大きく開かれ、俺は目の前の光景に息を呑んだ。
神殿の内部は滑らかな白い石板で覆われ、光を反射して眩く輝いていた。
壁にはザハラの伝説を描いたレリーフが刻まれ、天窓から差し込む一筋の光が、祭壇上の女神像を柔らかく照らしていた。
その女神像の前に、静かに祈りを捧げる女性の姿があった。
緋色のドレスに身を包み、艶やかな烏色の髪が光を弾いて揺らめいている。
――レイラ・アル・ザハラ王女だ。
王女が、ゆっくりと俺を振り返った。
俺を見つめるその瞳は……俺と同じ色だ。
その瞬間――すべての刻が止まった。
胸が熱い……どこか懐かしいような、言葉にできない想いが溢れ出す。
なぜこんなにも彼女に惹かれてしまうのか。
「ロイド!」
いきなり、ルシアンが焦ったように俺の腕を掴んだ。
藍色の瞳が、不安そうに揺れている。
「ロイド、どうした? そんな、心を奪われてしまったような目をして……」
「……ああ」
「おい、しっかりしろ!」
だが、俺はその手を乱暴に振り払ってしまった。
この胸が掻き乱されるような想いを、どう伝えればいいのだろう。喉の奥が震えてうまく言葉にならない。
「……ごめん」
それだけを振り絞るように告げると、一瞬、ルシアンの表情が傷ついたように歪んだ。
「また何も言わずに、私を突き放すのか……」
心のどこかで何かが軋んだ……それでも、今は彼女のことしか考えられない。
俺はルシアンの視線から逃げるようにして、神殿の中へと足を踏み入れた。背後で、ルシアンがそっと俯いたことにも気づかずに。
王女が俺に微笑みかける。その美しい瞳には、俺だけが映っていた。
――ドクン
いきなり、心臓が激しく鳴り出した。
――ドクン、ドクン
どうしたというのか、鼓動が鳴り止まない。それどころかどんどん激しくなって、痛みを増してゆく。
「う……っ!」
鳩尾が焼けるように熱い。灼熱に全身を焼かれるような痛みに耐えきれず、俺は床に崩れ落ちた。
王女の叫び声が聞こえる。視界が歪み、目の前の世界が崩れてゆく。
これは、魔力の仕業だ――長く封じ込められていた力が封印を突き破ろうとして、俺を内側から引き裂こうとしている。
これが、俺に下された裁きなのか……
「ルシアン……っ」
薄れてゆく意識の中、必死に彼の姿を探した。
だが、ルシアンは見えない壁に阻まれ、神殿に入ることができない。その見えない壁を必死に叩きながら、何度も俺の名を叫んでいるのに……その声も俺には届かない。
まさか、こんなことになるなんて……
今更だが、心残りが一つだけ。
こんなことなら……ルシアンに抱いてもらえばよかったな。
もう、目も霞んできた。それでも最期まで彼を見ていたい。
俺は、震える手をルシアンへと伸ばした。
――愛してるよ、俺の銀狼……
それきり、瞼の裏に暗闇が広がった。
◆
――ひどく苦しませてしまった、どうか許しておくれ……
優しい声に目を開くと、眩い光に包まれた。
ここは、天国か?
――あなたにも愛する者がいるなら、私の想いもわかるでしょう? ああ、この封印さえ解ければ、すぐにでも愛しい男神の腕にこの身を投げ出すのに。
俺の身体の奥深くから声がする。
「この声は……光の女神?」
――ああ、目覚めたのね、愛しい子。申し訳ないことをしたわ……まさか、私の力が封じられていたなんて。いったい誰なの、こんな乱暴な力で私の魔力を封じた者は!
親父どのだけど……魔力って使い手の性格も反映するんだな。
まあ、俺のことを考えてやったことだし、女神の怒りに触れるのも気の毒だから、ここは黙っておこうか。
――まあ、良いわ。それより今すぐにこの封印を解いてちょうだい!
「今すぐ……?」
えっと、この封印を解くには、ある条件を満たさなければいけないんだったな。
その条件ってのは……
(……お前が心から愛する相手の魔力を、その身体奥深くに受け入れることだ)
あああっ、そうだった!
つまりこの封印を解くには、俺はルシアンと……!
「いっ、いやいやいや、今すぐなんて絶対に無理だからな!」
――何を独りで騒いでるの。さて、あなたの育ての親はなんと言ったのかしら……『強すぎる力は、時には人を壊すもの。だが、お前が誰かを真に愛せるようになった時、その力はきっとお前を守る力となる……』と。ふうん、なかなか良いことを言うじゃないの。
「おいっ、勝手に俺の心を読むなよ!」
――むふふ、良いじゃない。私を封じた者は、魔力は雑だけど愛に溢れてるわ。粋な方法を選んだものね。それに、あなたが心から愛してるお相手ももうわかったことだし、後は……
「わかったって……どうやって!?」
――さっき『愛してるよ』って言ってたじゃない?
「や、やめろ―っ!」
――あとは、お相手の魔力をあなたの身体の奥深くに……
「あ、あああああ! 女神のくせに、はしたないっ!」
――おや、 人はそうして愛を確かめ合うのでしょう? それより、そんな初心なままでその封印を解くことができるのかしら? なんだか、心配になってきたわ。
「余計なお世話だっ!」
――むふふ。真っ赤になっちゃって。でも、早くあなたの想いを叶えてもらわないと、私も愛しい男神と愛を確かめ合えないのよ。どれどれ……
「だから、勝手に人の心を覗くなって!」
――諦めてちょうだい、私とあなたは一心同体なんだから……
「一心同体って……じゃあ、あそこに祀ってある女神像は何なんだよ!」
――ただの飾りかしら?
「それに、王女と話ができるんじゃなかったのかよ!」
――ああ、あの娘は男神の声を聞いてるのよ……
「えっ?」
――何を驚いてるの? あの娘には影と繋がる力があるの。あなたが私と繋がっているのと同じようにね。それにしても、愛しの君と始終一緒にいられるなんて、ほんと妬ましいわ。あの娘は美しいし……彼が心変わりをするとは思わないけど、万一ということも……
「ちょ、ちょっと待ってくれ……俺は、ずっとあんたと繋がっていたのか?」
――だから、さっきからそう言っているじゃないの。まだ幼いあなたを乱暴な兵士たちから守ってあげたこともあったでしょう? あの時、あなたと一緒にいた男の子が……あの銀髪の男性ね!
「そう言えば、親父どのが言ってたな。ザハラ兵の死骸が散乱する中で、気を失っていた俺たちを見つけたって。でも、何が起きたのかはわからなかった……」
――そうよ。あの時はあなたたちを守るのに夢中で、つい力を使いすぎちゃって……目が覚めてみれば、あなたの中に閉じ込められていたの!おかげで男神に触れることもできないわ!
「どういうことだ……王女には影の力、俺には……」
――ちょっと、聞いてる? あなたはその力を母親から受け継いだのよ。あの娘が父親から力を受け継いだようにね。
「……母さんから?」
――あら? どうやら魔力を封じられた時に、大切な記憶まで忘れてしまったようね。
「記憶……?」
――そうよ。なぜあなたが私の力を宿しているのか……さあ、目を閉じて思い出すのよ……遠い昔、まだあなたが産まれる前、母の胎内にいた頃を……
女神の声が少しずつ遠ざかってゆく。
そして、光の中にある光景が浮かび上がってきた。
新たな扉の前で、トビアスが静かに振り返った。
この扉をくぐれば、いよいよ光の女神の神殿だ。
(……汝の力は、ザハラに新たな息吹をもたらす……)
烏のガラス玉のような瞳を思い出して、急に不安になった。
「……女神は、俺に何を告げるのかな」
「何があっても、私がロイドを守る」
顔を上げると、ルシアンが真っ直ぐに俺を見つめていた。
トビアスも力強く頷いてくれる。
ああ、俺は独りじゃない。
この扉の向こうに何が待っているかはわからない。だが、すべてを受けとめてやる――それが俺の未来に繋がるのなら。
俺は神殿に通じる扉を見つめながら、拳を握った。
すると、急にルシアンが緊張した声で、
「しっ……何か聞こえる」
「王がまだ中にいるようですね……話が終わるまで、もう暫く待ちましょう」
トビアスも耳を澄ませながら、小さく頷く。
すると、扉の向こうからサリーム王だとはっきりとわかる声が聞こえてきた。
「……姉上の仰る通り、捕虜たちはみな隣国へ返したではありませんか! その上、奴隷までも解放しろとは。そんなことをすれば、この国は立ち行かなくなります!」
「サリーム、奴隷がいなくなって困るのは、贅沢に慣れてしまった貴族だけよ。いつまであの者たちの言いなりになっているの」
若き王を諌める凛とした声は、レイラ王女だろうか。
王が感情に任せて声を荒げるのに対して、王女は静かに、自分が正しいと信じる言葉を口にしていた。その声には、か弱さなど微塵も感じられない。
「王宮に私の意見を聞く者などおりません……ですから、一日も早く姉上に王位を継いでいただきたいのに」
「サリーム……」
「そもそも、私は何の力も受け継いでいないのです。姉上こそがザハラの正当な後継者なのに!」
王には何の力もないだと?
驚いてトビアスを見ると、彼は既に承知していたように、小さく頷いた。
再び、レイラ王女の声がした。
「まだ、私の力は十分ではないから……」
「それは、姉上が将軍と結ばれれば解決できること。 光と影が合わさって、初めてこの国を治めることができるのですから」
「アシークは、私との婚姻など望んではいないわ」
「……私にはわかりません。昔、お二人はあんなに仲が良かったのに。何が問題なのです? まさか、将軍に想い人がいるというくだらない噂を信じたわけでは……」
サリーム王は少し言葉を濁したものの、すぐに思い直したように嬉しそうな声を上げた。
「ああ、なるほど! 邪魔者を排除してしまえばいいと、あの者をここに呼び出したのですね」
その言葉を聞いた瞬間、俺の隣でルシアンの表情が凍りついた。その瞳が、たちまち怒りに染まる。
「勝手なことを……まだロイドを愚弄するのか!」
扉に駆け寄ろうとする彼の腕をトビアスが掴んだ。
「団長、落ち着いて……王の勝手な考えに惑わされないで。王の言うことは、決して女神の意思ではありません」
「じゃあ、女神の意思とはなんだ!」
「それは、王女から説明されるはず。ですから……」
トビアスの瞳は穏やかで、どこまでも落ち着いていた。
そして、彼の言葉を裏付けるように、王女の落ち着いた声が聞こえてきた。
「サリーム、何を言うの! その逆よ。女神に告げられる前から、私もずっと彼を待ち望んでいたの」
ずっと待ってたって……まるで、昔から俺のことを知っているような。
――ドクン
心臓が高鳴った。
とても大切なことだったはずなのに、どうしても思い出せない。それがもどかしくて堪らず、胸を抑えた。
扉の向こうでは、まだ会話が続けられている。
「なぜ、姉上も将軍もあの者に心を奪われてしまうのですか……あの者さえいなければ、すべてが上手くいくのに!」
「サリーム!」
「こうなったからには、一刻も早く姉上の婚姻を進めることにいたします。そしてお二人に王位をお譲りする。それが、この国のためなのですから!」
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王が立ち去る足音がして、その後に静けさが残された。
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やがて、軋むような音を立てながら、誰の手も触れていないはずの扉がゆっくりと開き始めた。扉の隙間から溢れる光が、神殿へ導くように俺の足元を照らし出す。
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――レイラ・アル・ザハラ王女だ。
王女が、ゆっくりと俺を振り返った。
俺を見つめるその瞳は……俺と同じ色だ。
その瞬間――すべての刻が止まった。
胸が熱い……どこか懐かしいような、言葉にできない想いが溢れ出す。
なぜこんなにも彼女に惹かれてしまうのか。
「ロイド!」
いきなり、ルシアンが焦ったように俺の腕を掴んだ。
藍色の瞳が、不安そうに揺れている。
「ロイド、どうした? そんな、心を奪われてしまったような目をして……」
「……ああ」
「おい、しっかりしろ!」
だが、俺はその手を乱暴に振り払ってしまった。
この胸が掻き乱されるような想いを、どう伝えればいいのだろう。喉の奥が震えてうまく言葉にならない。
「……ごめん」
それだけを振り絞るように告げると、一瞬、ルシアンの表情が傷ついたように歪んだ。
「また何も言わずに、私を突き放すのか……」
心のどこかで何かが軋んだ……それでも、今は彼女のことしか考えられない。
俺はルシアンの視線から逃げるようにして、神殿の中へと足を踏み入れた。背後で、ルシアンがそっと俯いたことにも気づかずに。
王女が俺に微笑みかける。その美しい瞳には、俺だけが映っていた。
――ドクン
いきなり、心臓が激しく鳴り出した。
――ドクン、ドクン
どうしたというのか、鼓動が鳴り止まない。それどころかどんどん激しくなって、痛みを増してゆく。
「う……っ!」
鳩尾が焼けるように熱い。灼熱に全身を焼かれるような痛みに耐えきれず、俺は床に崩れ落ちた。
王女の叫び声が聞こえる。視界が歪み、目の前の世界が崩れてゆく。
これは、魔力の仕業だ――長く封じ込められていた力が封印を突き破ろうとして、俺を内側から引き裂こうとしている。
これが、俺に下された裁きなのか……
「ルシアン……っ」
薄れてゆく意識の中、必死に彼の姿を探した。
だが、ルシアンは見えない壁に阻まれ、神殿に入ることができない。その見えない壁を必死に叩きながら、何度も俺の名を叫んでいるのに……その声も俺には届かない。
まさか、こんなことになるなんて……
今更だが、心残りが一つだけ。
こんなことなら……ルシアンに抱いてもらえばよかったな。
もう、目も霞んできた。それでも最期まで彼を見ていたい。
俺は、震える手をルシアンへと伸ばした。
――愛してるよ、俺の銀狼……
それきり、瞼の裏に暗闇が広がった。
◆
――ひどく苦しませてしまった、どうか許しておくれ……
優しい声に目を開くと、眩い光に包まれた。
ここは、天国か?
――あなたにも愛する者がいるなら、私の想いもわかるでしょう? ああ、この封印さえ解ければ、すぐにでも愛しい男神の腕にこの身を投げ出すのに。
俺の身体の奥深くから声がする。
「この声は……光の女神?」
――ああ、目覚めたのね、愛しい子。申し訳ないことをしたわ……まさか、私の力が封じられていたなんて。いったい誰なの、こんな乱暴な力で私の魔力を封じた者は!
親父どのだけど……魔力って使い手の性格も反映するんだな。
まあ、俺のことを考えてやったことだし、女神の怒りに触れるのも気の毒だから、ここは黙っておこうか。
――まあ、良いわ。それより今すぐにこの封印を解いてちょうだい!
「今すぐ……?」
えっと、この封印を解くには、ある条件を満たさなければいけないんだったな。
その条件ってのは……
(……お前が心から愛する相手の魔力を、その身体奥深くに受け入れることだ)
あああっ、そうだった!
つまりこの封印を解くには、俺はルシアンと……!
「いっ、いやいやいや、今すぐなんて絶対に無理だからな!」
――何を独りで騒いでるの。さて、あなたの育ての親はなんと言ったのかしら……『強すぎる力は、時には人を壊すもの。だが、お前が誰かを真に愛せるようになった時、その力はきっとお前を守る力となる……』と。ふうん、なかなか良いことを言うじゃないの。
「おいっ、勝手に俺の心を読むなよ!」
――むふふ、良いじゃない。私を封じた者は、魔力は雑だけど愛に溢れてるわ。粋な方法を選んだものね。それに、あなたが心から愛してるお相手ももうわかったことだし、後は……
「わかったって……どうやって!?」
――さっき『愛してるよ』って言ってたじゃない?
「や、やめろ―っ!」
――あとは、お相手の魔力をあなたの身体の奥深くに……
「あ、あああああ! 女神のくせに、はしたないっ!」
――おや、 人はそうして愛を確かめ合うのでしょう? それより、そんな初心なままでその封印を解くことができるのかしら? なんだか、心配になってきたわ。
「余計なお世話だっ!」
――むふふ。真っ赤になっちゃって。でも、早くあなたの想いを叶えてもらわないと、私も愛しい男神と愛を確かめ合えないのよ。どれどれ……
「だから、勝手に人の心を覗くなって!」
――諦めてちょうだい、私とあなたは一心同体なんだから……
「一心同体って……じゃあ、あそこに祀ってある女神像は何なんだよ!」
――ただの飾りかしら?
「それに、王女と話ができるんじゃなかったのかよ!」
――ああ、あの娘は男神の声を聞いてるのよ……
「えっ?」
――何を驚いてるの? あの娘には影と繋がる力があるの。あなたが私と繋がっているのと同じようにね。それにしても、愛しの君と始終一緒にいられるなんて、ほんと妬ましいわ。あの娘は美しいし……彼が心変わりをするとは思わないけど、万一ということも……
「ちょ、ちょっと待ってくれ……俺は、ずっとあんたと繋がっていたのか?」
――だから、さっきからそう言っているじゃないの。まだ幼いあなたを乱暴な兵士たちから守ってあげたこともあったでしょう? あの時、あなたと一緒にいた男の子が……あの銀髪の男性ね!
「そう言えば、親父どのが言ってたな。ザハラ兵の死骸が散乱する中で、気を失っていた俺たちを見つけたって。でも、何が起きたのかはわからなかった……」
――そうよ。あの時はあなたたちを守るのに夢中で、つい力を使いすぎちゃって……目が覚めてみれば、あなたの中に閉じ込められていたの!おかげで男神に触れることもできないわ!
「どういうことだ……王女には影の力、俺には……」
――ちょっと、聞いてる? あなたはその力を母親から受け継いだのよ。あの娘が父親から力を受け継いだようにね。
「……母さんから?」
――あら? どうやら魔力を封じられた時に、大切な記憶まで忘れてしまったようね。
「記憶……?」
――そうよ。なぜあなたが私の力を宿しているのか……さあ、目を閉じて思い出すのよ……遠い昔、まだあなたが産まれる前、母の胎内にいた頃を……
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