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終章 ― 幸 ―

終章-5

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 念誦堂の建て替えが始まり、菫子は一時的に宿下がりをすることとなり、藤原家へ身を寄せることになった。期せずして里帰りをすることが出来た。

 幼少期のほとんどを高階家で過ごしていた菫子にとっては、藤原の家はほとんど記憶になかった。それでも、父と話す時間を得られて、懐かしさを感じた。

「菫子、本当にすまなかった」
「父上、もう顔を上げてくださいませ」

「……言い訳にしかならないが、兵部大輔殿から脅されていて、何も出来なかった。高階に関われば、僕も菫子も殺すと。菫子を助けるために動けば、菫子が殺されてしまう。何も……出来なかった」

 父の言葉は、自分が殺されるかもしれなかったことを度外視しているように聞こえた。菫子のことを考えていてくれたと知ることが出来て、それだけで、充分だった。

「引き続き、宮仕えをすると聞いた。よくお仕えするんだよ」
「はい」

「何もしてあげられなかったけれど、僕はずっと菫子の味方だ。応援しているよ」
「ありがとうございます。父上」

 父は、少しくだけた様子になって、宮中でのことを教えて欲しい、と言った。菫子は、色々なことを話した。毒の調査をするように言われたこと、鬼と一緒に暮らしていること、薫物合をしたこと。会えなかった時間を埋めるように、たくさんたくさん話した。

 話の流れで、紫檀と紫苑の名前を口にした時、後ろで、どんっと音がした。父が驚いた顔で固まっているから、何事かと振り返ったら、紫檀と紫苑が立っていた。

「えっ、どうして」
「呼ばれたかと、思って」
「藤小町いなくて暇だったしー」

 どうやら菫子の宿下がりで、二人に寂しい思いをさせてしまったらしい。拗ねているだろうに、その素振りを見せようとしない姿が可愛くて、菫子はつい笑ってしまった。

「ふふふっ」
「あー! 笑ったなー」

 紫苑がぽかぽかと菫子の腕を叩いてくる。菫子は、せっかくなら二人を父に紹介しようと向き直った。

「この子たちが――父上!? どうされましたか!」

 父が、驚いた顔でこちらを向いたまま、静かに涙を流していた。菫子に言われて、やっと気を取り直したようで、父は袖で頬を拭った。

「いや……、笑った顔が、季子そっくりで。驚いてしまって」
「おかあさまに……?」
「ああ、よく似ているよ」

 父はまた溢れそうになっている涙を、袖で押し戻して、紫檀と紫苑に目をやった。娘をよろしく、なんて言っていて、何だか不思議な光景だった。

「菫子、たまには顔を見せに帰ってきてくれると、嬉しい」
「はい。わたしも父上ともっとお話がしたいです。今度は、わたしの知らない、おかあさまのことを教えてください」
「ああ、そうしよう」

 父の笑った顔は、とても安心するものだった。次の宿下がりが今から楽しみだ。
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