後宮の星詠み妃 平安の呪われた姫と宿命の東宮

鈴木しぐれ

文字の大きさ
18 / 21
番外編 ある日の

ある日の宗征

しおりを挟む
 属星祭ぞくしょうさいに連なる鷹狩たかがりにて、宗征むねゆきは刺客の対処を速やかに終えた。

 ともえを介した宵子しょうこの情報通りの人物を見つけ、観念しろ、とだけ言えば勝手に彰胤あきつぐを狙っていたことを白状した。少し前に彰胤が言っていた、すぐに口を割るようなものは伏兵に向いていない、という言葉を思い出した。

 手練れが送り込まれれば厄介だが、ままごとかと言いたくなるような刺客だと、彰胤を舐めているのかと腹が立つ。

「……いや、そもそも東宮様が狙われない方が良いのだが」
 そういうわけにはいかないことは、宗征とて分かっている。刺客は引き渡したし、さっさと彰胤の元へ戻らねば。

「こんなところで何やってるんだ」

 声を掛けられて、警戒を強めて振り返ったが、宗征はすぐに力を抜いた。鷹狩に出席はしているものの、暇を持て余している武官だった。そう親しくはないが、宗征とは、ほぼ同期にあたる男だ。

「何の用だ」
「どうせお前も暇だろう。これを東宮様のところの、いや今は東宮女御様の命婦に渡してくれないか」

 男が袖口から取り出したのは、明らかに恋文だと分かるものだった。宗征は眉をひそめた。

「普通、恋文の仲介は女房に頼むものだろう」
「細かいことは気にするなよ」

「……命婦か。どこがいいのだ?」
「お前、近くにいて分からないのか。身分もそこそこ、あの冬の宮に仕え続けた慈悲深さ、歌や菓子作りの評判もいい」

 仲子の菓子作りの評判については、宗征の腕によるものだが。宗征が黙って聞いていると、男は得意げに自分の主張を続ける。

「顔もまあまあだというのも聞いたしな、妾においておくには、ちょうどいいと思わないか」
「で?」
「うん?」

「質問に答えていない」
「今、答えただろう」

 男は首を傾げている。こいつは話を聞いていなかったのか。

「だから、命婦に釣り合うと思うほど、“お前の”どこがいいのだ?」
 かっと男の顔が赤くなり、なぜか怒り出した。

「は、はあ? 身内贔屓がすぎるんじゃないか」
「身内でもないし、贔屓でもないが」

 当然のことを言っただけなのだが、男は歯ぎしりをしている。
 宗征はあることに思い至り、男に向かって手のひらを差し出した。

「そうか、その文がとてつもなく素晴らしいということか。見せてくれ」
「……っ、もういい」

 男は、文を自らの手でくしゃりと握りつぶすと、大股で去っていった。

「一体、何がしたかったのか」

 宗征は少し考えてみたが、分からないので、それ以上考えるのは辞めた。早く彰胤の元へ戻り、ここへ来ているであろう宵子と仲子を見つけ出さなければ。連れ帰るための牛車の手配も必要だろう。

 仲子ならば、上手く立ち回るだろうが、不測の事態はいくらでもある。

「やはり、心配だ」

 宗征は急いで戻るため、駆け出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。