後宮の星詠み妃 平安の呪われた姫と宿命の東宮

鈴木しぐれ

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番外編 ある日の

ある日の巴

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 ともえは、時々散歩をしている。今日は宮中を出て、鷹の姿で空を飛んでいる。目的の屋敷が眼下に見えると、そのまま急降下する。

「遊びに来たのじゃ」
「よく来たね」

 突然庭に現れた巴を見ても、驚かずに中に招き入れてくれる、女二の宮――弘子ひろこ。主の義理の母になる人物。

 移動するには鷹の姿が便利だが、くつろぐならば、やはり猫の姿の方がいい。巴は、部屋に上がるとすぐに猫に姿になった。ぐっと前足を出して、背中を伸ばすと心地がいい。弘子にはすでに巴が妖であると知れているから、気兼ねすることもない。

「巴、新しいものが手に入ったんだ、飲む?」
「もちろんじゃ」

 主にも酒を出していたが、この人はかなりの酒好きらしい。あまり飲むと立場がどうとかで怒られるらしいから、ほどほどにしていると言っていた。巴も、酒は好きな方だが、主や彰胤に飲み過ぎるなと怒られる。

 だから、こうして巴と弘子で飲むことにした。飲み友達、というやつだ。

「うむ! これはなかなかに美味いのじゃ。いいものを持っておるのう」
「これの良さを分かってくれるとは、嬉しいね。より楽しく飲めるってものだね」

「酒は楽しく飲むものじゃ」
「彰胤の様子はどう? 女御は?」

 盃を傾けながら、弘子は二人の様子を色々と聞いて来る。巴はそのたびに最近あったことや、話したこと、食べたものなどを答えている。

 自分で言うのもなんだが、そんなに大した話をしているわけではない。

「おぬしも遊びに行けば良いのじゃ。そうすれば、こうして猫づてに話を聞くまでもないじゃろう」
「そう簡単なものじゃなくてね」

 甘みのある酒を、弘子は苦そうな顔をして飲んでいる。彰胤もたまにそういう顔をする。人間は面倒なことが多いのだな、とだけ思っていた。

「彰胤たちは、宮中という狭い籠の中で戦っているんだ。私は、外に出てしまった。戦いから逃げてしまったんだよ」
「逃げて、何が悪いのじゃ」
 弘子は、少し驚いた顔をしていた。

「危ないと思ったら、逃げる。それが正しいのじゃ」
「巴が言うと、なにか説得力があるね」
「おぬしらよりも長く生きておるからのう」

 巴はふさふさの猫の胸を張る。弘子が、わずかに口元をほころばせて、巴の喉元を撫でた。少し酔いが回っているからか、その手が温かい。

「まあ、主たちはちょっと変わっているのう。逃げればよいところを、逃げないのじゃ」
「彰胤はそういう子だね。女御もそうなら、少し心配になる」

「守ってやらねばならぬのう!」
「そうだね、巴に任せたよ」
「もちろんじゃ」

 盃の合わさった音とともに、一人と一匹の密かな約束が交わされた。
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