後宮の星詠み妃 平安の呪われた姫と宿命の東宮

鈴木しぐれ

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番外編 ある日の

ある日の彰胤

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 彰胤あきつぐが六歳、兄が十一歳の頃。二人ともまだ元服はしておらず、のびのびと宮中で過ごしていた。

 二人は、皐月の端午の節句で行なわれる騎射うまゆみを、並んで見ているところだ。騎射は、馬に乗って走りながら、三つの的を順に弓で射抜くという儀式である。乗馬の技術も、弓矢の技術も、どちらも優れていなければ出来ないことで、毎回、腕自慢たちが揃う。

「凄い……」
 彰胤は、目の前で繰り広げられる見事な技に、目を輝かせている。隣にいる兄が楽しそうに彰胤の頭を撫でる。

「楽しいかい、彰胤」
「はい、面白いです!」

 騎射は、帝もご覧になる行事の一つで、観覧する者が多く集まる。彰胤たちの後ろにも多くの役人たちが腰を据えている。何やらそわそわしている様子が見える。

薬玉くすだまは用意したか」
「もちろん。きちんとしたものでないと、いけないからな」

 そういえば、先ほどから薬玉という言葉をよく耳にするような気がする。彰胤は、兄を見上げて聞いてみた。

「兄上、薬玉とは何のことですか」
「ん? ああ、端午の節句の縁起物だよ。菖蒲と蓬を組んで、花と綺麗な糸で飾り付けるんだ。親しい間柄で送るものだけれど……」

 兄は、彰胤の耳に顔を近づけて、内緒話をするように続きを言った。

「まあ、恋仲の相手に送るのが、ほとんどらしいよ」
「兄上は、誰かにあげるのですか!」
 わくわくした様子で、彰胤はそう聞き返した。兄にそういう相手がいるのか、と純粋に気になった。

「元服したら、斎宮の姫と婚姻するかもしれない、という話は聞いたけれど、まだ分からないな」

 すでに東宮の立場にあった兄が、誰かへ軽率に薬玉を送ることは出来ない。幼い彰胤は、よく分からなかった。
 首を傾げていると、兄は何かを思い付いたように笑った。

「そうだ、お互いに薬玉を送り合おうか」
「いいのですか?」
「そもそも、親しい間柄で送る物だからね。家族でも送り合うものだから、兄弟でもいいわけだ」



 騎射を見終えて、二人は殿舎で向かい合って薬玉を作っていた。帝の子、東宮なのだから、命じれば豪奢なものが手に入るだろうに、兄は自分の手で作ってくれている。

 彰胤も、自分の手で作ったものを兄に送りたかったのに、上手く出来なくて、何だか情けなくなってきてしまった。

「彰胤、一緒に作ろうか」
「はい!」

 二人で懸命に作ったのだけれど、慣れないことをやったからか、疲れてしまって、二人ともうたた寝をしてしまった。

 起きてから、散らかしたことを揃って乳母に怒られてしまった。

 作りかけの薬玉からは、いい菖蒲の香りがして、これはこれでいいんじゃないか、と一緒に笑った。
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