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十八歳 秋~辺境訪問
7. 帰還
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ハロルドとジョフリーは魔物に囲まれたものの、幸い強い魔物はいなかったそうで、救出に向かった部隊と合流して無事に戻ってきた。
街へ向かってきた魔物は、壁を越えることができず、待ち構えた傭兵たちによって倒された。
その報告を受けて、行儀が悪いと思いながらも、エリサは安堵からソファに倒れ込んだ。さすがにマリーも護衛たちも、みな同じ気持ちだったので、見ないフリをしてくれた。
ジョフリーたちが着くからと呼ばれて、お城の正面玄関で待っていると、馬に乗った一団がお城へと続く道を駆けあがってくるのが見えた。ハロルドもジョフリーもピエールもいる。
玄関前まで来ると、三人ともひらりと馬から飛び降りたので、大きなけがはなかったようだ。
「エリサ、貴女が指揮をとってくれたと聞いたよ。ありがとう」
「ジョフリー様、ご無事でよかったです」
無事な姿を見ると、全身から力が抜けた。よろめいたエリサをジョフリーが抱き留めてくれたので、エリサから抱き着いたような格好になってしまった。
「心配をかけてごめん」
「いいえ」
無事に戻ってきてくれたから、それだけでいい。そう言いたいのに、言葉が出ない。
「ご苦労! おかげで無事に帰ることができた。みなの働きを誇りに思う! ジョフリー、エリサ殿と部屋で休め」
帰還の宣言をしてから、ハロルドがジョフリーにエリサを運ぶように言ってくれた。歩けそうにないことに気づいたのだ。
ジョフリーはエリサを抱き上げると、そのまま部屋まで運んでくれた。その間、エリサは顔をあげることができず、大人しくしていた。
部屋に入ると、散らばった魔法紙や魔石に、ジョフリーが驚いている。
ジョフリーはエリサをソファに下ろし、自分も横に座って、エリサの背中を優しくなでてくれる。
「エリサ、頑張ってくれたんだね。ありがとう。私は無事だったから泣かないで」
声を出すとしゃくりあげそうで、エリサは黙って首を振った。
エリサには結局何もできなかった。
辺境に生きる、その意味を初めて知った。ジョフリーの覚悟の重さに、やっと気づいた。
自然災害はあるものの暴力とは無縁の世界で生きた記憶を持ち、危険のない王都で育ったエリサは、辺境に住むことを、軽く考えていた。自分に危険はないと、高を括っていた。
きっとジョフリーはそのことに気づいていたはずだ。それでも、自分が守るから危険はないと言って安心させてくれた。実際、そのために城の守りを固めてくれた。
自分の甘さへの反省や、ジョフリーへの申し訳なさ、いろんな思いがごちゃ混ぜで、けれどは言葉にならず、涙になってあふれでた。
危険をくぐり抜けてきたジョフリーを労わなければと思っても、ただ嗚咽をこらえることしかできなかった。
その日は夕食も喉を通らず、早めにベッドに入った。
緊張が切れたのかすぐに眠りはやってきたが、それほどたたないうちに悪夢にうなされて起きた。夢の中、魔物に襲われたエリサをかばって、ジョフリーが倒れてしまったのだ。
「エリサ、大丈夫?」
「ジョフリー様?」
「夢にうなされていると、マリーが知らせてくれたんだ」
部屋の入り口にマリーが控えているが、エリサがうなされながらジョフリーを呼んでいたので、来てもらった。
「ジョフリー様が魔物に」
「エリサ、それは夢だよ。私は生きている」
手を握られて、そこから伝わる体温にジョフリーは生きているのだと安心する。
「こうして手を握っているから、おやすみ」
「ジョフリー様、一緒に寝ましょう」
「いや、それは」
「ジョフリー様もお疲れでしょう」
エリサは魔法陣を書いていただけだ。森へ行き戦闘もしたジョフリーのほうが疲れているはずだ。
温もりを手放したくなくて、放すと眠りも離れていきそうで、エリサはジョフリーの腕を抱き込んだ。そのために、ジョフリーがエリサの上に乗りあげるような格好になっている。今日はジョフリーとの距離がかなり近くなっているけれど、もうすぐ結婚するのだからいいじゃないか。
感じる体温に安心する。ジョフリーは生きている。握った手から伝わる温かさに悪夢が霧散し、目を閉じた。
翌朝起きると、マリーが心配そうにのぞき込んでいた。
「マリー?」
「エリサ様、おはようございます。ご気分はいかがですか?」
「えっと?」
よく寝てスッキリと目が覚めたのだが、何かあっただろうかと思い返して、昨日のことを思い出した。魔物の襲撃の後に、ぐっすり眠れる自分の図太さに、呆れる。
そして、どうしてぐっすり眠れたのか、その後の自分の行動も思い出してしまった。
「あーっ!」
「エリサ様!?」
「やっちゃった。どうしよう、やっちゃった」
やらかしてしまったことを思い出して、ムンクの叫びの絵画を再現してから、ベッドの中に潜り込んだ。
寝ぼけていた。普通ではないことが起きて、普通の精神状態ではなかった。どんなに言い訳しても、やってしまったことは取り消せない。
あれだけがっしりと腕を抱き込んだのだから、ジョフリーは逃げられなかっただろう。
ここでは若奥様という扱いを受けているが、まだ結婚前だ。結婚前の令嬢が男性をベッドに引きずり込むなど、ありえない行動だ。正確には引きずり込んでないが、この世界では似たようなものだ。マナー違反というような軽いものではない。貞操を疑われても仕方がない。ジョフリーも、さぞかし対処に困っただろう。
ジョフリーは明け方前に自分の部屋に戻ったので、ほとんどの人には気づかれていないというが、だからといってやったことがなくなるわけではない。そこまではエリサに付き合ってくれたということだ。
「未遂です」
「いや、そうだけど、そうなんだけど」
マリーから冷静に訂正が入ったが、そうじゃない。
これから、ジョフリーにどういう顔をして会えばいいのか分からない。このままベッドから出たくない。
忘却の魔法陣はないのだろうか。昨日の記憶をきれいに消してしまいたい。
街へ向かってきた魔物は、壁を越えることができず、待ち構えた傭兵たちによって倒された。
その報告を受けて、行儀が悪いと思いながらも、エリサは安堵からソファに倒れ込んだ。さすがにマリーも護衛たちも、みな同じ気持ちだったので、見ないフリをしてくれた。
ジョフリーたちが着くからと呼ばれて、お城の正面玄関で待っていると、馬に乗った一団がお城へと続く道を駆けあがってくるのが見えた。ハロルドもジョフリーもピエールもいる。
玄関前まで来ると、三人ともひらりと馬から飛び降りたので、大きなけがはなかったようだ。
「エリサ、貴女が指揮をとってくれたと聞いたよ。ありがとう」
「ジョフリー様、ご無事でよかったです」
無事な姿を見ると、全身から力が抜けた。よろめいたエリサをジョフリーが抱き留めてくれたので、エリサから抱き着いたような格好になってしまった。
「心配をかけてごめん」
「いいえ」
無事に戻ってきてくれたから、それだけでいい。そう言いたいのに、言葉が出ない。
「ご苦労! おかげで無事に帰ることができた。みなの働きを誇りに思う! ジョフリー、エリサ殿と部屋で休め」
帰還の宣言をしてから、ハロルドがジョフリーにエリサを運ぶように言ってくれた。歩けそうにないことに気づいたのだ。
ジョフリーはエリサを抱き上げると、そのまま部屋まで運んでくれた。その間、エリサは顔をあげることができず、大人しくしていた。
部屋に入ると、散らばった魔法紙や魔石に、ジョフリーが驚いている。
ジョフリーはエリサをソファに下ろし、自分も横に座って、エリサの背中を優しくなでてくれる。
「エリサ、頑張ってくれたんだね。ありがとう。私は無事だったから泣かないで」
声を出すとしゃくりあげそうで、エリサは黙って首を振った。
エリサには結局何もできなかった。
辺境に生きる、その意味を初めて知った。ジョフリーの覚悟の重さに、やっと気づいた。
自然災害はあるものの暴力とは無縁の世界で生きた記憶を持ち、危険のない王都で育ったエリサは、辺境に住むことを、軽く考えていた。自分に危険はないと、高を括っていた。
きっとジョフリーはそのことに気づいていたはずだ。それでも、自分が守るから危険はないと言って安心させてくれた。実際、そのために城の守りを固めてくれた。
自分の甘さへの反省や、ジョフリーへの申し訳なさ、いろんな思いがごちゃ混ぜで、けれどは言葉にならず、涙になってあふれでた。
危険をくぐり抜けてきたジョフリーを労わなければと思っても、ただ嗚咽をこらえることしかできなかった。
その日は夕食も喉を通らず、早めにベッドに入った。
緊張が切れたのかすぐに眠りはやってきたが、それほどたたないうちに悪夢にうなされて起きた。夢の中、魔物に襲われたエリサをかばって、ジョフリーが倒れてしまったのだ。
「エリサ、大丈夫?」
「ジョフリー様?」
「夢にうなされていると、マリーが知らせてくれたんだ」
部屋の入り口にマリーが控えているが、エリサがうなされながらジョフリーを呼んでいたので、来てもらった。
「ジョフリー様が魔物に」
「エリサ、それは夢だよ。私は生きている」
手を握られて、そこから伝わる体温にジョフリーは生きているのだと安心する。
「こうして手を握っているから、おやすみ」
「ジョフリー様、一緒に寝ましょう」
「いや、それは」
「ジョフリー様もお疲れでしょう」
エリサは魔法陣を書いていただけだ。森へ行き戦闘もしたジョフリーのほうが疲れているはずだ。
温もりを手放したくなくて、放すと眠りも離れていきそうで、エリサはジョフリーの腕を抱き込んだ。そのために、ジョフリーがエリサの上に乗りあげるような格好になっている。今日はジョフリーとの距離がかなり近くなっているけれど、もうすぐ結婚するのだからいいじゃないか。
感じる体温に安心する。ジョフリーは生きている。握った手から伝わる温かさに悪夢が霧散し、目を閉じた。
翌朝起きると、マリーが心配そうにのぞき込んでいた。
「マリー?」
「エリサ様、おはようございます。ご気分はいかがですか?」
「えっと?」
よく寝てスッキリと目が覚めたのだが、何かあっただろうかと思い返して、昨日のことを思い出した。魔物の襲撃の後に、ぐっすり眠れる自分の図太さに、呆れる。
そして、どうしてぐっすり眠れたのか、その後の自分の行動も思い出してしまった。
「あーっ!」
「エリサ様!?」
「やっちゃった。どうしよう、やっちゃった」
やらかしてしまったことを思い出して、ムンクの叫びの絵画を再現してから、ベッドの中に潜り込んだ。
寝ぼけていた。普通ではないことが起きて、普通の精神状態ではなかった。どんなに言い訳しても、やってしまったことは取り消せない。
あれだけがっしりと腕を抱き込んだのだから、ジョフリーは逃げられなかっただろう。
ここでは若奥様という扱いを受けているが、まだ結婚前だ。結婚前の令嬢が男性をベッドに引きずり込むなど、ありえない行動だ。正確には引きずり込んでないが、この世界では似たようなものだ。マナー違反というような軽いものではない。貞操を疑われても仕方がない。ジョフリーも、さぞかし対処に困っただろう。
ジョフリーは明け方前に自分の部屋に戻ったので、ほとんどの人には気づかれていないというが、だからといってやったことがなくなるわけではない。そこまではエリサに付き合ってくれたということだ。
「未遂です」
「いや、そうだけど、そうなんだけど」
マリーから冷静に訂正が入ったが、そうじゃない。
これから、ジョフリーにどういう顔をして会えばいいのか分からない。このままベッドから出たくない。
忘却の魔法陣はないのだろうか。昨日の記憶をきれいに消してしまいたい。
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