文字の大きさ
大
中
小
81 / 89
7章 クインス再訪編
13. 方向転換
翌朝ミュラはクインスの王都へと帰って行った。
ミュラはこの世界でできた初めての友達だ。彼女がいてくれたから、私はこの世界で自立して宿をやっていけると思えた。
本当はもっと頻繁に会いたいけれど、それは今のところ難しい。
けれどいつかまた会える。交通手段は発達していないけど、世界は繋がっているのだから。
理沙は馬での移動に苦戦しながらも、クインスでの浄化を無事に終わらせた。
そして、国境を越えてトルゴードに戻ったところで、理沙がホッと小さく息を吐いた、それがとても印象的だった。
いろんな思いを抱えて頑張った理沙を褒めてあげたい。
「お疲れ様」
「上手く言えないけど、一つ肩の荷が下りた気がする」
「よく頑張ったわ。これで浄化もほとんど終わったわね」
まだローズモス行きが残っているけど、あそこは半分遊びだ。
この辺りで一番大きな国だから行ってみたいというのもあるし、ターシャちゃんのお姉さんのお姫様と理沙は仲良く話をしていたから彼女に会いに行くという理由もある。
今までの旅と違って、観光気分がどうしても出てしまう。
でも理沙もあのお姫様と会えるのを楽しみにしているようだから、いいわよね。
トルゴードに戻ってしばらくは、お城でのんびりする。
移動続きでは疲れてしまうし、ローズがこのお城に慣れる必要もある。
ということで、その時間を利用して、絵本を作ろうプロジェクト第一回の会議を行おう。
絵本を作ろうというのは、クインス行きの途中でロニアとターシャちゃんから提案があったことだ。
日本のお話をもとにして読み聞かせの絵本を作り、理沙が絵を描く。理沙が描いた原本は教会で公開し、写本を売るという計画だ。
今日の会議は初回なので、まずは担当者の顔合わせと、スケジュールと、どのお話が使えそうかの確認だ。
私が字の練習がてらお話のあらすじを書き出したものは事前に渡してある。
クインスに行くために中断していた聞き取り調査の場に、王国史などの文章を書くのがお仕事をしている人たちも出席して開催されている。
今回は発案者のターシャちゃんに加え、絵を描く予定の理沙が出席しているので、いつも聞き取り調査をしている人たちも緊張しているのが分かる。
そして会議の冒頭、私が書き出したお話へのダメ出しが行われている。
「オニは魔物のようなものですよね? 魔物が優しいというのは、子どもに誤解を生じさせます」
「あの、この兎の女の子のお話ですが、聖女様の世界では食料の動物もしゃべるのですか?」
「一人で山や川へ行っても危険はないのですね」
まず、鬼とか妖怪が出てくるものはすべて却下。この世界に代わる存在がいないので、話が成り立たない。
それから動物の擬人化も却下。そもそも庶民にはペットが身近ではないし、動物型の魔物もいるので魔物に親しみを持たせてしまうかもしれない。
森とか山が出てくるものは、魔物がいるところへ勝手に行ってしまうと危険なのでダメ。
日常のひとこまをきりとったものは、こちらの日常の話で新しく作ったほうがいい。
川に流れてきた果物の中に赤ちゃんがいたら魔物だと思って討伐すると言われた時には、理沙と顔を見合わせてしまった。
命への脅威として魔物が存在する世界の現実を突き付けられた気がした。
魔物がいるということを除けば、生活水準が違うだけだと思っていたけれど、それはただ表面に現れないので見えていなかっただけで、魔物の存在がこの世界のすべてに影響を及ぼしているのだ。
だからこそ、聖女が特別なのだ。
「私たちの世界は関係なく、子どもが読む絵の多い本として、話自体は独自で作成したほうがよさそうですね」
「そうですね。そこに聖女様に絵を描いていただければ、十分に話題となるでしょう」
子ども向けの本、というものがこの世界にはほとんどないので、それで十分話題になるらしい。
どんなお話にするかは次までにいくつか候補を考えて持ってきてくれることになった。
「試しに絵を描いてみたので、見てもらってもいいですか? こんな絵で大丈夫ですか?」
「とても可愛らしい絵ですね」
お話がことごとくダメだしされてしまったので、理沙も心配になったようで遠慮がちに絵を見せた。
動物の絵は全部使えないから、子どもの絵を描くことになるだろう。けれど私たちは子どもが普段どんな服装をしているのか、家の中では靴を履いているのかどうかも知らない。
絵を描く前に、細かく打ち合わせをしてもらう必要がありそうだ。
絵本計画は出だしから方向転換が必要になってしまった。
今後仕事にしていけそうだと思っていたものがなくなってしまったのは残念だけど、教会に理沙の自由を約束させることはできそうだから、それだけでも十分な成果だ。
いつだって計画通りに行くことのほうが珍しいのだから、気を取り直して、他に私にできることがあるか考えよう。
「おふたりとも申し訳ございませんでした」
「どうして謝るの?」
「提案した時は問題ないと思ったのですが、日本の記憶があるとこの世界では普通ではないということに気づけないものですね」
ターシャちゃんは多少設定を変えればこの世界のお話にできると思っていたので、ここまで全滅になるとは思っていたなかったそうだ。
日本での記憶に引きずられて、ターシャちゃんの常識とこの世界の常識にずれが出ているのだ。
謝る必要は全くないのだけど、気になることがある。
「ターシャちゃん、今日のことをちゃんとジェン君に話して」
「政子さん?」
ターシャちゃんは今までこういう周りとのずれを感じたことが何度もあったんじゃないかな。
ターシャちゃんのお姉さんによるとターシャちゃんはあまり同年代の子たちと親しくしていなかったらしい。もちろん精神年齢の違いが一番だろうけど、なじめない何かを感じて距離を置いていたんじゃないかと思ってしまう。
けれど、今回のことも含めて、誰にも何も言わずに自分の胸の中に閉じ込めてしまいそうだ。
せめて一番身近な人には伝えておいてほしい。
ターシャちゃんとジェン君の関係がどんなものはかは知らないけれど、少なくともジェン君はターシャンちゃんを気遣っているように見えるから、おばちゃんのおせっかいだ。
ミュラはこの世界でできた初めての友達だ。彼女がいてくれたから、私はこの世界で自立して宿をやっていけると思えた。
本当はもっと頻繁に会いたいけれど、それは今のところ難しい。
けれどいつかまた会える。交通手段は発達していないけど、世界は繋がっているのだから。
理沙は馬での移動に苦戦しながらも、クインスでの浄化を無事に終わらせた。
そして、国境を越えてトルゴードに戻ったところで、理沙がホッと小さく息を吐いた、それがとても印象的だった。
いろんな思いを抱えて頑張った理沙を褒めてあげたい。
「お疲れ様」
「上手く言えないけど、一つ肩の荷が下りた気がする」
「よく頑張ったわ。これで浄化もほとんど終わったわね」
まだローズモス行きが残っているけど、あそこは半分遊びだ。
この辺りで一番大きな国だから行ってみたいというのもあるし、ターシャちゃんのお姉さんのお姫様と理沙は仲良く話をしていたから彼女に会いに行くという理由もある。
今までの旅と違って、観光気分がどうしても出てしまう。
でも理沙もあのお姫様と会えるのを楽しみにしているようだから、いいわよね。
トルゴードに戻ってしばらくは、お城でのんびりする。
移動続きでは疲れてしまうし、ローズがこのお城に慣れる必要もある。
ということで、その時間を利用して、絵本を作ろうプロジェクト第一回の会議を行おう。
絵本を作ろうというのは、クインス行きの途中でロニアとターシャちゃんから提案があったことだ。
日本のお話をもとにして読み聞かせの絵本を作り、理沙が絵を描く。理沙が描いた原本は教会で公開し、写本を売るという計画だ。
今日の会議は初回なので、まずは担当者の顔合わせと、スケジュールと、どのお話が使えそうかの確認だ。
私が字の練習がてらお話のあらすじを書き出したものは事前に渡してある。
クインスに行くために中断していた聞き取り調査の場に、王国史などの文章を書くのがお仕事をしている人たちも出席して開催されている。
今回は発案者のターシャちゃんに加え、絵を描く予定の理沙が出席しているので、いつも聞き取り調査をしている人たちも緊張しているのが分かる。
そして会議の冒頭、私が書き出したお話へのダメ出しが行われている。
「オニは魔物のようなものですよね? 魔物が優しいというのは、子どもに誤解を生じさせます」
「あの、この兎の女の子のお話ですが、聖女様の世界では食料の動物もしゃべるのですか?」
「一人で山や川へ行っても危険はないのですね」
まず、鬼とか妖怪が出てくるものはすべて却下。この世界に代わる存在がいないので、話が成り立たない。
それから動物の擬人化も却下。そもそも庶民にはペットが身近ではないし、動物型の魔物もいるので魔物に親しみを持たせてしまうかもしれない。
森とか山が出てくるものは、魔物がいるところへ勝手に行ってしまうと危険なのでダメ。
日常のひとこまをきりとったものは、こちらの日常の話で新しく作ったほうがいい。
川に流れてきた果物の中に赤ちゃんがいたら魔物だと思って討伐すると言われた時には、理沙と顔を見合わせてしまった。
命への脅威として魔物が存在する世界の現実を突き付けられた気がした。
魔物がいるということを除けば、生活水準が違うだけだと思っていたけれど、それはただ表面に現れないので見えていなかっただけで、魔物の存在がこの世界のすべてに影響を及ぼしているのだ。
だからこそ、聖女が特別なのだ。
「私たちの世界は関係なく、子どもが読む絵の多い本として、話自体は独自で作成したほうがよさそうですね」
「そうですね。そこに聖女様に絵を描いていただければ、十分に話題となるでしょう」
子ども向けの本、というものがこの世界にはほとんどないので、それで十分話題になるらしい。
どんなお話にするかは次までにいくつか候補を考えて持ってきてくれることになった。
「試しに絵を描いてみたので、見てもらってもいいですか? こんな絵で大丈夫ですか?」
「とても可愛らしい絵ですね」
お話がことごとくダメだしされてしまったので、理沙も心配になったようで遠慮がちに絵を見せた。
動物の絵は全部使えないから、子どもの絵を描くことになるだろう。けれど私たちは子どもが普段どんな服装をしているのか、家の中では靴を履いているのかどうかも知らない。
絵を描く前に、細かく打ち合わせをしてもらう必要がありそうだ。
絵本計画は出だしから方向転換が必要になってしまった。
今後仕事にしていけそうだと思っていたものがなくなってしまったのは残念だけど、教会に理沙の自由を約束させることはできそうだから、それだけでも十分な成果だ。
いつだって計画通りに行くことのほうが珍しいのだから、気を取り直して、他に私にできることがあるか考えよう。
「おふたりとも申し訳ございませんでした」
「どうして謝るの?」
「提案した時は問題ないと思ったのですが、日本の記憶があるとこの世界では普通ではないということに気づけないものですね」
ターシャちゃんは多少設定を変えればこの世界のお話にできると思っていたので、ここまで全滅になるとは思っていたなかったそうだ。
日本での記憶に引きずられて、ターシャちゃんの常識とこの世界の常識にずれが出ているのだ。
謝る必要は全くないのだけど、気になることがある。
「ターシャちゃん、今日のことをちゃんとジェン君に話して」
「政子さん?」
ターシャちゃんは今までこういう周りとのずれを感じたことが何度もあったんじゃないかな。
ターシャちゃんのお姉さんによるとターシャちゃんはあまり同年代の子たちと親しくしていなかったらしい。もちろん精神年齢の違いが一番だろうけど、なじめない何かを感じて距離を置いていたんじゃないかと思ってしまう。
けれど、今回のことも含めて、誰にも何も言わずに自分の胸の中に閉じ込めてしまいそうだ。
せめて一番身近な人には伝えておいてほしい。
ターシャちゃんとジェン君の関係がどんなものはかは知らないけれど、少なくともジェン君はターシャンちゃんを気遣っているように見えるから、おばちゃんのおせっかいだ。
感想 93
あなたにおすすめの小説
「お姉様の刺繍は素人ね」と笑った義妹の婚礼衣装——裏地を見た女官十二人が、一斉に針を置いた
歩人(あゆと)「お姉様の刺繍は、素人の手習いに見えますわね」――王太子妃となる異母妹アデリーナは、王宮女官たちの前で姉ローゼを笑った。翌週の婚礼の朝。式典装の最終確認のため、十二人の女官が衣装の裏地を検めた瞬間――一人、また一人と、針を置いた。裏地に縫い込まれていたのは、女官たちが十二年間ずっと探していた一筆の銀糸。即位式の絹外套、二人の王女の婚礼ドレス、亡き王太后の弔意の喪服。王家儀礼衣装のすべての裏地に、同じ手で、同じ糸で、同じ銀の花が縫い込まれていた。「アデリーナ様、これは――あなた様の手では、ございません」縫い手は、ずっと一人だった。それを十二年間、誰の名でも呼べなかっただけのこと。
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
52歳のおっさん、異世界転移したら下水道に捨てられた――下水の汚物は宝の山だった
よっしぃ【祝!3/22~25 ホットランキング第1位獲得!】
皆様の熱い応援、本当にありがとうございます!
ファンタジー部門6位獲得しました!感謝です!
【書籍化作家の本気作。まず1話、読んでください】
電車でマナー違反を注意したら、逆ギレされて殴られた。
気がついたら異世界召喚。
だが能力鑑定は「なし」。魔力適性も「なし」。
52歳のおっさんに、異世界は容赦ない。
結論――王都の地下下水道に「廃棄」。
玄湊康太郎。職業、設備管理。趣味、健康管理。
血管年齢は実年齢マイナス20歳。
そんな自慢も、汚物まみれの下水道じゃ何の役にも立たない。
だが、転んだ拍子に起きた「偶然の浄化」が、すべてを変えた。
下水には、地上の連中が気づかない「資源」が眠っている。
捨てられた魔道具。
長年魔素を吸い続けた高純度魔石。
そして、同じく捨てられた元聖女、セシリア。
チート能力なし。異能なし。魔法も使えない。
あるのは、52年分の知識と経験、そして設備屋としてのプロ意識だけ。
汚物を「資源」に変え、捨てられた者たちと共に成り上がる。
スラムから始まる、おっさんの本気の逆転劇。
この作品には、現代の「病気」と「健康」に対する、作者の本気のメッセージが込められています。
魔力は毒である。代謝こそが命である。
軽い気持ちで読み飛ばせる作品ではありません。
でも、だからこそ――まず1話、読んでください。
【最新情報&著者プロフィール】
代表作『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』(オリコンライトノベル部門18位記録)の著者が贈る最新作!
◆ 2月に待望の【第2巻】刊行!
◆ 現在、怒涛の展開となる【第3巻】を鋭意執筆中!
◆ 【コミカライズ企画進行中】!
すでにキャラデザが完成し、3巻発売と同時に連載スタート予定です。絶対的な勢いで駆け上がる本作に、ぜひご期待ください!
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
【完結】異世界に召喚されたので、好き勝手に無双しようと思います。〜人や精霊を救う?いいえ、ついでに女神様も助けちゃおうと思います!〜
月城 蓮桜音仕事に日々全力を注ぎ、モフモフのぬいぐるみ達に癒されつつ、趣味の読書を生き甲斐にしていたハードワーカーの神木莉央は、過労死寸前に女神に頼まれて異世界へ。魔法のある世界に召喚された莉央は、魔力量の少なさから無能扱いされるが、持ち前のマイペースさと素直さで、王子と王子の幼馴染達に愛され無双して行く物語です。
※この作品は、カクヨムでも掲載しています。
99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える
ハーフのクロエ 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。
主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。