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ヒロイン・シンデレラの姉として(1)
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――ソフィーがエルバートに出会ったのは三週間前、お城で舞踏会が開かれる日ことだった。
突如、王城で舞踏会が開催されるという招待状が届いた。
しかも、王子の花嫁選びも兼ねているらしく、国全体の若い娘たちは大慌てで仕立て屋に駆け込み、国中から流行りのアクセサリーが姿を消した。
当然、娘たちとその母親は絶対に我が家から王子の妃をと、殺気立つ胸を美しいドレスに押し込め着飾る当日。
王都の外れに暮らすバルス家の次女・ソフィーだけが静かに手持ちのドレスとにらめっこをしていた。
(ウェストの部分を少し詰めれば大丈夫かしら……?)
生地を摘んでうーん、と唸る。
ソフィーも同年代の女性と比べれば細身なほうだけれど、一歳下の可憐な妹はさらに華奢だ。
(このデザインもシンデレラに似合いそう)
ソフィーが持っているドレスはどれも母の趣味のボリュームのあるフリルやリボンがふんだんにあしらわれ、ピンクや明るいブルーが多い。
色も形もシンプルなものが好きな自分の趣味ではないけれど、どれもこれも亡き義父の遺産を削り、さらには借金までして母が仕立てたものだ。
それが実の娘よりも、目の敵にしている義娘に似合うようなものばかりなのだからやはりこの物語は上手く出てきているなあと思う。
「シンデレラ」
「はい。ソフィーお姉さま」
呼べばすぐ、愛らしい子犬のような仕草で駆け寄ってくる妹のシンデレラは、ソフィーが持つドレスを見て泣きそうな顔をした。
「綺麗なドレスね……いいなあ」
妹の一張羅だったドレスは、母が見つけてボロボロにしてしまった。
ソフィーはぽいっと妹に淡いブルーのドレスを投げる。
「今夜は舞踏会だもの。こんなドレス私着られないから、あなたにあげるわ」
「えっ。でも、こんな素敵なドレス……」
「お母様やお姉様に破かれないように隠しておくのよ。あげたとはいえ、私のだった物が傷つくのは嫌だから」
「嬉しい! ありがとう! ソフィーお姉様!」
くっ。可愛い。なんて無邪気な笑顔なの。
その素敵な笑顔でこの国の王子はイチコロだと心のなかでガッツポーズしてしまう。
けれど、自分の役割を忘れてはいけないと律して、つんとした表情を保つ。
もともとの目つきが悪いから、ただ見ているだけで睨まれていると萎縮させてしまうのだけれど。
「お屋敷のお掃除が終わったら私も舞踏会に行けるって、お母様がおっしゃってくださったもの。がんばる!」
「ふうん」
大丈夫。屋敷の掃除なら明け方前にしっかり終わらせておいた。
一応、階段の隅にホコリを少しだけ残しておいたからそれを捨てればあとはドレスアップに時間をかけられるだろう。
ついでにアクセサリーもいらないからと大量に押し付ける。
靴だけは……サイズが合わないのでどうしようもない。
「シンデレラ。あなた、靴は持っているの?」
「靴……ええっと……大丈夫! なんとかなるわっ」
やっぱり可愛い。でも、なんとかなるといっても限度があるだろう。
どうにかならないか……そう思って部屋中を探したけれど、サイズを調整できそうなものはなにもない。
あれこれしているうちに、あっという間に出発の時間になってしまった。
趣味じゃないドレスに身を包んで、ソフィーは落ち着かず部屋をぐるぐると歩きまわる。
「裸足じゃ踊れないわよ……」
「うんうん。そうだねえ。困るよねえ」
「ええ……え?」
どちら様ですか。自室に知らない人がいる。
しかも、低すぎない声とソフィーの頭二つ分以上は差がある長身といい、男のようだ。
恐ろしくて声も出ない。ただ、目を瞠って男が妙な動きをしないか見張る。
そんなソフィーとは裏腹に黒いマントに身を包んだ男は妙に馴れ馴れしく身を屈めて頷いた。
「さて。どうするソフィー。僕ならあの子にこの世で一番素敵な靴を用意してあげられるよ」
男の声が「どうする?」と言いたげに弛む。
その言葉にソフィーの中の恐怖心は引っ込み、かわりに男のマントを縋り付くように掴んだ。
「あの子って、シンデレラのことですよね」
「うん。そうだよ。それが今のソフィーにとって、一番の望みなら」
優しく笑う、形の良い唇だけが見えた。
お願いします、そう言いかけて少し冷静になる。突然現れた不法侵入者になにを請おうとしているのだろう。
「け、結構です。それにあなた、ひ、人を呼びますよ」
「あっ、まだ警戒されてた?」
「あ、当たり前じゃないですか、ほ、本当に人を呼びますよ」
大声を出すために吸い込んだ空気を唇に指を当てて止められる。
「そっか。自己紹介まだだったもんね。僕はエルバート。エルバート・ヴォルフ。魔法使いだよ。ほら、きみたちのいう神話とかで聞いたことあるでしょ?」
まさか。確かに、この国の神話は魔法使いが主役だ。
希望と奇跡をもたらしてくれる神が偉大な魔法使いと共に創り上げたとされるこのベテン王国では、時折、本当に奇跡が起こる。
例えば、雨のない日が続けば突然地下から水が吹き出したり、他国が攻め入ろうとすれば国境に足を踏み入れた途端に自然災害が発生して一歩も進めなくなるだとか。
もっと些細なことで言えば、貧しい少女のもとに突然大量のパンやフルーツがどこからとなく現れたり。
それを、この国の人々は『魔法使い様の奇跡』と呼んで崇めている。
「ほ、本当に……? 本当にあなたは魔法使い様なのですか?」
突如、王城で舞踏会が開催されるという招待状が届いた。
しかも、王子の花嫁選びも兼ねているらしく、国全体の若い娘たちは大慌てで仕立て屋に駆け込み、国中から流行りのアクセサリーが姿を消した。
当然、娘たちとその母親は絶対に我が家から王子の妃をと、殺気立つ胸を美しいドレスに押し込め着飾る当日。
王都の外れに暮らすバルス家の次女・ソフィーだけが静かに手持ちのドレスとにらめっこをしていた。
(ウェストの部分を少し詰めれば大丈夫かしら……?)
生地を摘んでうーん、と唸る。
ソフィーも同年代の女性と比べれば細身なほうだけれど、一歳下の可憐な妹はさらに華奢だ。
(このデザインもシンデレラに似合いそう)
ソフィーが持っているドレスはどれも母の趣味のボリュームのあるフリルやリボンがふんだんにあしらわれ、ピンクや明るいブルーが多い。
色も形もシンプルなものが好きな自分の趣味ではないけれど、どれもこれも亡き義父の遺産を削り、さらには借金までして母が仕立てたものだ。
それが実の娘よりも、目の敵にしている義娘に似合うようなものばかりなのだからやはりこの物語は上手く出てきているなあと思う。
「シンデレラ」
「はい。ソフィーお姉さま」
呼べばすぐ、愛らしい子犬のような仕草で駆け寄ってくる妹のシンデレラは、ソフィーが持つドレスを見て泣きそうな顔をした。
「綺麗なドレスね……いいなあ」
妹の一張羅だったドレスは、母が見つけてボロボロにしてしまった。
ソフィーはぽいっと妹に淡いブルーのドレスを投げる。
「今夜は舞踏会だもの。こんなドレス私着られないから、あなたにあげるわ」
「えっ。でも、こんな素敵なドレス……」
「お母様やお姉様に破かれないように隠しておくのよ。あげたとはいえ、私のだった物が傷つくのは嫌だから」
「嬉しい! ありがとう! ソフィーお姉様!」
くっ。可愛い。なんて無邪気な笑顔なの。
その素敵な笑顔でこの国の王子はイチコロだと心のなかでガッツポーズしてしまう。
けれど、自分の役割を忘れてはいけないと律して、つんとした表情を保つ。
もともとの目つきが悪いから、ただ見ているだけで睨まれていると萎縮させてしまうのだけれど。
「お屋敷のお掃除が終わったら私も舞踏会に行けるって、お母様がおっしゃってくださったもの。がんばる!」
「ふうん」
大丈夫。屋敷の掃除なら明け方前にしっかり終わらせておいた。
一応、階段の隅にホコリを少しだけ残しておいたからそれを捨てればあとはドレスアップに時間をかけられるだろう。
ついでにアクセサリーもいらないからと大量に押し付ける。
靴だけは……サイズが合わないのでどうしようもない。
「シンデレラ。あなた、靴は持っているの?」
「靴……ええっと……大丈夫! なんとかなるわっ」
やっぱり可愛い。でも、なんとかなるといっても限度があるだろう。
どうにかならないか……そう思って部屋中を探したけれど、サイズを調整できそうなものはなにもない。
あれこれしているうちに、あっという間に出発の時間になってしまった。
趣味じゃないドレスに身を包んで、ソフィーは落ち着かず部屋をぐるぐると歩きまわる。
「裸足じゃ踊れないわよ……」
「うんうん。そうだねえ。困るよねえ」
「ええ……え?」
どちら様ですか。自室に知らない人がいる。
しかも、低すぎない声とソフィーの頭二つ分以上は差がある長身といい、男のようだ。
恐ろしくて声も出ない。ただ、目を瞠って男が妙な動きをしないか見張る。
そんなソフィーとは裏腹に黒いマントに身を包んだ男は妙に馴れ馴れしく身を屈めて頷いた。
「さて。どうするソフィー。僕ならあの子にこの世で一番素敵な靴を用意してあげられるよ」
男の声が「どうする?」と言いたげに弛む。
その言葉にソフィーの中の恐怖心は引っ込み、かわりに男のマントを縋り付くように掴んだ。
「あの子って、シンデレラのことですよね」
「うん。そうだよ。それが今のソフィーにとって、一番の望みなら」
優しく笑う、形の良い唇だけが見えた。
お願いします、そう言いかけて少し冷静になる。突然現れた不法侵入者になにを請おうとしているのだろう。
「け、結構です。それにあなた、ひ、人を呼びますよ」
「あっ、まだ警戒されてた?」
「あ、当たり前じゃないですか、ほ、本当に人を呼びますよ」
大声を出すために吸い込んだ空気を唇に指を当てて止められる。
「そっか。自己紹介まだだったもんね。僕はエルバート。エルバート・ヴォルフ。魔法使いだよ。ほら、きみたちのいう神話とかで聞いたことあるでしょ?」
まさか。確かに、この国の神話は魔法使いが主役だ。
希望と奇跡をもたらしてくれる神が偉大な魔法使いと共に創り上げたとされるこのベテン王国では、時折、本当に奇跡が起こる。
例えば、雨のない日が続けば突然地下から水が吹き出したり、他国が攻め入ろうとすれば国境に足を踏み入れた途端に自然災害が発生して一歩も進めなくなるだとか。
もっと些細なことで言えば、貧しい少女のもとに突然大量のパンやフルーツがどこからとなく現れたり。
それを、この国の人々は『魔法使い様の奇跡』と呼んで崇めている。
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