16 / 49
キスの先には(2)
しおりを挟む
乱れた夜着からメイドが用意してくれたグリーンのドレスに着替え、ダイニングルームで軽い朝食を摂る。
グリュック帝国に来てから日常となった、いつも通りの朝。
食事は地上の……つまり、ソフィーの国と同じものを再現していることも多いらしく、どれもとても美味しい。
特にパンやヨーグルトは家で食べていたものよりもずっと香りがよくて濃厚でつい食べすぎてしまうくらいだ。
「ソフィーは今日も綺麗だね。そのドレスもよく似合ってる」
「ありがとうございます……近いです」
「あ、このパン好きだよね? この果実もソフィーの口に合うと思う」
全然聞いてくれない。
豪奢で長いダイニングテーブルの端と端で食事をするようテーブルウェアがセットされているのにも関わらず、エルバートは椅子ごと魔法で瞬間移動してソフィーの食事する姿を余すことなく見つめてくる。
正直、ものすごく食べづらいし止めてほしいが、そんな彼を咎める者は誰ひとりいない。
それは彼がこの国の皇帝であり、彼こそがルールだからだ。
(なんて暴君……)
これならまだ自分の国の王のほうがずっとマシなのではと思ってしまう。息子の花嫁探しに大規模な舞踏会を開いて、相手の身分が何であろうと結婚できるよう独断であらゆる法律を改定してしまうような人だけど。
「ソフィー違う男のこと考えてる」
アメジストの瞳がカッと見開かれて、反射的に口角がつり上がった。
「……この帝国についてもう少し勉強したいな、と」
エルバートの野性的な勘に度々驚かされる、というより引く。なんで分かるんだろう。
「ん? この前渡した本は?」
「もう読み終えてしまいました。もう少し詳しい成り立ちをしりたいな、と。なぜ地上の国に軌跡を起こしているのか等興味がありますし」
「んー……それは魔法使いの気まぐれだから本に書いてあるかなぁ。宮殿の書庫のものだったらどれを読んでもいいよ」
興味があるのは本当だ。一週間前まで存在すら知らなかったこの帝国はもちろん、自分を含め国の誰もが神様だと崇めていた魔法使いという存在についても興味がでてきた。
とはいえ、本音は読書に集中しているように見せればエルバートは膝で寝ている程度で、それ以上のことをしようとしてこないからなのだけれど。
さて、と皿に残った果実を食べようとすると、隣でエルバートが口を開けていた。
「……なんですか?」
「あーんってして」
はい? とエルバートを見やる。だって、目の前に同じ果実が沢山あるのだから自分で食べればいい。
けれど、ちらりと周りを見れば控えている給仕たちがなぜか期待を込めた眼差しを向けてきているし、多分拒否権はないのだろうと諦めてフォークに刺した果実……それから微かな抵抗を乗せて目を瞑って待ち構えているエルバートの口に運んだ。
「んっ……んん!?」
「野菜です。偏食はよくありませんよ」
彼の口に入れたのは果実と瑞々しいサラダだ。
エルバートが信じられないものを見るような顔でこちらを見てくるので思わず意地悪に笑ってしまった。
自分でも悪役令嬢らしい、と言われた表情になっていると分かっているけれど、普段余裕に溢れている彼が戸惑う姿が面白い。
エルバートが野菜が苦手なのは見ていてなんとなく知っていた。彼の前に並べられるのは肉や魚ばかりで、ソフィーが見た限り一度も野菜に手を付けていない。
「ソフィー……」
「ちゃんと飲んでください」
綺麗な顔にうっすらと涙を浮かべている。
……嗜虐心を煽るって言葉はこういうときに使うのだな、と思ってしまった。
ソフィー、と強請るような声で再度呼ばれて、フォークを持つ手が握られ、ごくんっ、と白い喉が動く。
「……飲んだから、ソフィーと一緒に本読む……いい?」
後出し、と突っ込みたい気持ちを抑え、冷静にやんわりお断りする。二十三歳とは思えない発言だ。
「エルバート様が知らないことなんてないのでは?」
「忘れた。全部忘れた。ね、いい?」
これも拒否権はないらしい。唯一、静かに過ごせると思っていた時間が終わってしまう。
ソフィーは諦めて、わかりました。と頷いた。そしてついでに、もう一口、フォークに限界まで刺した青い野菜をエルバートの口にねじ込んだ。
グリュック帝国に来てから日常となった、いつも通りの朝。
食事は地上の……つまり、ソフィーの国と同じものを再現していることも多いらしく、どれもとても美味しい。
特にパンやヨーグルトは家で食べていたものよりもずっと香りがよくて濃厚でつい食べすぎてしまうくらいだ。
「ソフィーは今日も綺麗だね。そのドレスもよく似合ってる」
「ありがとうございます……近いです」
「あ、このパン好きだよね? この果実もソフィーの口に合うと思う」
全然聞いてくれない。
豪奢で長いダイニングテーブルの端と端で食事をするようテーブルウェアがセットされているのにも関わらず、エルバートは椅子ごと魔法で瞬間移動してソフィーの食事する姿を余すことなく見つめてくる。
正直、ものすごく食べづらいし止めてほしいが、そんな彼を咎める者は誰ひとりいない。
それは彼がこの国の皇帝であり、彼こそがルールだからだ。
(なんて暴君……)
これならまだ自分の国の王のほうがずっとマシなのではと思ってしまう。息子の花嫁探しに大規模な舞踏会を開いて、相手の身分が何であろうと結婚できるよう独断であらゆる法律を改定してしまうような人だけど。
「ソフィー違う男のこと考えてる」
アメジストの瞳がカッと見開かれて、反射的に口角がつり上がった。
「……この帝国についてもう少し勉強したいな、と」
エルバートの野性的な勘に度々驚かされる、というより引く。なんで分かるんだろう。
「ん? この前渡した本は?」
「もう読み終えてしまいました。もう少し詳しい成り立ちをしりたいな、と。なぜ地上の国に軌跡を起こしているのか等興味がありますし」
「んー……それは魔法使いの気まぐれだから本に書いてあるかなぁ。宮殿の書庫のものだったらどれを読んでもいいよ」
興味があるのは本当だ。一週間前まで存在すら知らなかったこの帝国はもちろん、自分を含め国の誰もが神様だと崇めていた魔法使いという存在についても興味がでてきた。
とはいえ、本音は読書に集中しているように見せればエルバートは膝で寝ている程度で、それ以上のことをしようとしてこないからなのだけれど。
さて、と皿に残った果実を食べようとすると、隣でエルバートが口を開けていた。
「……なんですか?」
「あーんってして」
はい? とエルバートを見やる。だって、目の前に同じ果実が沢山あるのだから自分で食べればいい。
けれど、ちらりと周りを見れば控えている給仕たちがなぜか期待を込めた眼差しを向けてきているし、多分拒否権はないのだろうと諦めてフォークに刺した果実……それから微かな抵抗を乗せて目を瞑って待ち構えているエルバートの口に運んだ。
「んっ……んん!?」
「野菜です。偏食はよくありませんよ」
彼の口に入れたのは果実と瑞々しいサラダだ。
エルバートが信じられないものを見るような顔でこちらを見てくるので思わず意地悪に笑ってしまった。
自分でも悪役令嬢らしい、と言われた表情になっていると分かっているけれど、普段余裕に溢れている彼が戸惑う姿が面白い。
エルバートが野菜が苦手なのは見ていてなんとなく知っていた。彼の前に並べられるのは肉や魚ばかりで、ソフィーが見た限り一度も野菜に手を付けていない。
「ソフィー……」
「ちゃんと飲んでください」
綺麗な顔にうっすらと涙を浮かべている。
……嗜虐心を煽るって言葉はこういうときに使うのだな、と思ってしまった。
ソフィー、と強請るような声で再度呼ばれて、フォークを持つ手が握られ、ごくんっ、と白い喉が動く。
「……飲んだから、ソフィーと一緒に本読む……いい?」
後出し、と突っ込みたい気持ちを抑え、冷静にやんわりお断りする。二十三歳とは思えない発言だ。
「エルバート様が知らないことなんてないのでは?」
「忘れた。全部忘れた。ね、いい?」
これも拒否権はないらしい。唯一、静かに過ごせると思っていた時間が終わってしまう。
ソフィーは諦めて、わかりました。と頷いた。そしてついでに、もう一口、フォークに限界まで刺した青い野菜をエルバートの口にねじ込んだ。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
81
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる