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悪役を愛するのは(4)
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翌日、約束通りエルバートは朝食を済ませると早速ソフィーの手を引いて外へ連れ出した。
ソフィーが宮殿から一歩外に出るのはこの日が初めてだ。
(綺麗……)
宮殿があるのは中心都市の高台であり、壮大な銀色の湖に囲まれていると、読んだ資料に書いてあった。
どこからか小さな教会の鐘の音が聞こえ、人々の生活と喧騒が微かに感じられる。空は青く澄み渡り、鳥たちが自由気ままに飛び交っている。
遠くにあるのは街だろうか。家々が白壁とオレンジ色の屋根で美しいシルエットを描き、その向こうには遠くの丘が緑に覆われて広がっている。
「気に入った?」
湖と同じ色の髪を靡かせるエルバートがソフィーの顔を覗く。太陽に照らされる青みを帯びた白銀の髪がいつも以上に輝いて見えるから不思議だ。
「はい。私も自分の国を美しいと思っておりましたが、これほどの光景は見たことがありませんでした」
実際、周辺諸国から観光目的で旅行者が訪れるほどベテン王国の景観は有名なものだった。国から外へ出たことがないソフィーも、さすが魔法使いの加護を賜った国だと誇らしかったが、その魔法使いの造った国は次元が違う。
ソフィーの素直な感嘆に喜ぶエルバートは、そっとソフィーの肩を抱く。彼の香りと体温に胸がきゅっと締まる。
「ソフィーはこの国で行ってみたいところはある?」
「えっと……そうですね……あっ、あの辺りに行くことは可能でしょうか?」
「もちろん! あの辺は市場だね。面白いものがたくさんあるよ」
ソフィーが指さしたのは迷路のような道にカラフルな屋根が軒を連ねていて人だかりができていた。
自国でも目的もなく市場に行くなど十年以上なかった。町娘になったようでどきどきする。高鳴る胸に手を当てたソフィーは肩を引き寄せられ、アメジストの瞳と視線が重なったまま唇が触れ合った。
「じゃあ、一発目の魔法はこれだね」
離れたところで待機している護衛が揃って目を逸らしてくれたのがエルバートの肩越しに見える。
羞恥心にその胸をドンドン叩いたら喉で笑うエルバートがようやく離れてくれた。
「……っ、外ではやめてくださいっ」
エルバートの瞳に映る自分の顔が蕩けていて、余計に恥ずかしい。魔法でドレスを町娘風のワンピースに変えられてることに気づいてすごいけど、と押し黙ってしまう。
「キスしないとかけられない魔法なんだもん。町娘姿もすっごく可愛い」
「うそばっかり……」
魔法の仕組みは分からないけれどエルバートのふざけた表情から完全に誂われているとしか思えない。
「嘘じゃないよー。それより、怒るんじゃなくて照れてくれてるんだ?」
「怒ってますよ」
むっと睨みつけるとエルバートはさらに嬉しげな笑みを浮かべた。
「うーん。困ったなぁ。お詫びに市場でソフィーの欲しいものを全部買う、なんてどう? アクセサリーでも香水でもなんでも」
「そういう話しでは――」
ソフィーはそれ以上言えなかった。エルバートはソフィーを抱き上げてそのまま空にふわりと浮いたからだ。
「デート、楽しみだねえ。あ、僕も着替えようっと。見てみて、あそこのケーキ美味しいって有名でね」
「ひっ……あ、あ、あ、あの……っ」
エルバートは魔法でシャツに動きやすそうなパンツスタイルに着替えたようだがそれをしっかりと確認したり、指差す先の店を見る余裕はない。両足が宙ぶらりんで、どこに続いているのか分からないほど青い空が近い。落ちたらとんでもないことになる。
エルバートに必死にしがみついて早く地上へついてほしいと願った。
ソフィーが宮殿から一歩外に出るのはこの日が初めてだ。
(綺麗……)
宮殿があるのは中心都市の高台であり、壮大な銀色の湖に囲まれていると、読んだ資料に書いてあった。
どこからか小さな教会の鐘の音が聞こえ、人々の生活と喧騒が微かに感じられる。空は青く澄み渡り、鳥たちが自由気ままに飛び交っている。
遠くにあるのは街だろうか。家々が白壁とオレンジ色の屋根で美しいシルエットを描き、その向こうには遠くの丘が緑に覆われて広がっている。
「気に入った?」
湖と同じ色の髪を靡かせるエルバートがソフィーの顔を覗く。太陽に照らされる青みを帯びた白銀の髪がいつも以上に輝いて見えるから不思議だ。
「はい。私も自分の国を美しいと思っておりましたが、これほどの光景は見たことがありませんでした」
実際、周辺諸国から観光目的で旅行者が訪れるほどベテン王国の景観は有名なものだった。国から外へ出たことがないソフィーも、さすが魔法使いの加護を賜った国だと誇らしかったが、その魔法使いの造った国は次元が違う。
ソフィーの素直な感嘆に喜ぶエルバートは、そっとソフィーの肩を抱く。彼の香りと体温に胸がきゅっと締まる。
「ソフィーはこの国で行ってみたいところはある?」
「えっと……そうですね……あっ、あの辺りに行くことは可能でしょうか?」
「もちろん! あの辺は市場だね。面白いものがたくさんあるよ」
ソフィーが指さしたのは迷路のような道にカラフルな屋根が軒を連ねていて人だかりができていた。
自国でも目的もなく市場に行くなど十年以上なかった。町娘になったようでどきどきする。高鳴る胸に手を当てたソフィーは肩を引き寄せられ、アメジストの瞳と視線が重なったまま唇が触れ合った。
「じゃあ、一発目の魔法はこれだね」
離れたところで待機している護衛が揃って目を逸らしてくれたのがエルバートの肩越しに見える。
羞恥心にその胸をドンドン叩いたら喉で笑うエルバートがようやく離れてくれた。
「……っ、外ではやめてくださいっ」
エルバートの瞳に映る自分の顔が蕩けていて、余計に恥ずかしい。魔法でドレスを町娘風のワンピースに変えられてることに気づいてすごいけど、と押し黙ってしまう。
「キスしないとかけられない魔法なんだもん。町娘姿もすっごく可愛い」
「うそばっかり……」
魔法の仕組みは分からないけれどエルバートのふざけた表情から完全に誂われているとしか思えない。
「嘘じゃないよー。それより、怒るんじゃなくて照れてくれてるんだ?」
「怒ってますよ」
むっと睨みつけるとエルバートはさらに嬉しげな笑みを浮かべた。
「うーん。困ったなぁ。お詫びに市場でソフィーの欲しいものを全部買う、なんてどう? アクセサリーでも香水でもなんでも」
「そういう話しでは――」
ソフィーはそれ以上言えなかった。エルバートはソフィーを抱き上げてそのまま空にふわりと浮いたからだ。
「デート、楽しみだねえ。あ、僕も着替えようっと。見てみて、あそこのケーキ美味しいって有名でね」
「ひっ……あ、あ、あ、あの……っ」
エルバートは魔法でシャツに動きやすそうなパンツスタイルに着替えたようだがそれをしっかりと確認したり、指差す先の店を見る余裕はない。両足が宙ぶらりんで、どこに続いているのか分からないほど青い空が近い。落ちたらとんでもないことになる。
エルバートに必死にしがみついて早く地上へついてほしいと願った。
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