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悪役を愛するのは(5)
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着陸した頃には疲労感でぐったりしていたソフィーだったが、エルバートが横抱きのまま市場に歩き出そうとしたので無理矢理おりて手を繋ぐことで妥協してもらった。
さあ行こうと手を引くエルバートに、遠くの護衛がわたわたとなにやら身振り手振りしている。彼はそれに応えるように渋々マントに身を包む。深々と被ったフードから「せっかくソフィーとお揃いにしたのにー」と尖らせる口だけが見えた。
そこでようやく自分が無茶なお願いをしてしまったと気づく。
「申し訳ありません、エルバート様のお立場も考えずに……」
人気の少ない別の場所を提案する前に、エルバートはその手をぐいっと引いて先導した。
「魔法でいくらでも変装できるけど、したくないのは僕だよ。僕我儘だから、ありのままの僕とデートしてほしいんだー」
無邪気に駆け出す背中と、繋いだ手にまた心臓がきゅっと軋む。
彼の言う通り、魔法使いなのだからいくらでも姿形を変えることはできるのだろう。皇帝という立場を考えれば当然のことなのかもしれない。けれど、素顔のエルバートとデートできるという事実がソフィーは嬉しかった。
(ポールのように子どもの姿になられても混乱するし……それだけよ)
遠くから眺めていた市場は入り組んだ石畳の道にあり、多彩な色彩と香りに満ちた屋台がずらりと並んで賑わっている。
甘い果実の香りが漂い、焼き立てのパンの香りが誘惑的に立ち上る。すれ違う人々が皆活気に満ちていて、これほど豊かな市場を自国では見たことがない。
一角では、色とりどりの魔法導具やポーションが陳列され、魔法使いたちが興味津々にそれらを眺めている。神と同等だと思っていた魔法使いと同じ場所に立っていることを改めて実感させられる。目に映るものすべてが新鮮で、ソフィーは密かに胸を高鳴らせる。
突然、立ち止まったエルバートが店先に並べられたチョーカーを指さした。
「これなんてどうかな。ソフィーの瞳と同じ色で綺麗だ」
黒いレースに大粒のエメラルドに似た宝石が輝くそれはいかにも高価そうだ。自分の瞳の色はこんなに美しいとは思えず曖昧に苦笑するソフィーは並べられたアクセサリーの中から一際目を引く、菫色のアンティークなブローチを指さした。
「綺麗というなら、私にはこちらほうがそう見えます」
一見宝石のようにも見えるそれは、よく見ると透明感がありガラスのようだ。自然光を纏って宝石よりも柔らかく煌めいている。
甘く、優しく、透き通ったガラスはなぜか見ていると落ち着く。なんとなく、既視感を覚えてじっと見つめた。
さあっと風が吹いて、屋根の隙間から差し込んだ日差しに目を細め、思わず隣の彼を見上げてしまった。
(まるで……)
身長差から覗き込んだ顔がしっかり見えてしまい、ソフィーは慌ててその店から離れた。
「わっ、どうしたの、そんなに急がなくても」
足取りの間隔を早め、思わず饒舌になってしまう。まさか、不意打ちであんな表情を見てしまうと思わなかった。
まだ、にやりと笑ってくれたほうがこちらも嘘です、と誤魔化せたのにあんなふうに頬を染めてぽかんとされては言い訳もできない。完全に墓穴を掘ってしまった。穴があったら入りたい。
「エルバート様、あちらは洋菓子店でしょうか? 私、あれが気になります」
勢いで駆け寄った洋菓子店の前で、ふと思い出す。
そういえば今更だけれど、シンデレラに結婚祝いを渡していない。
ベテン王国では兄弟姉妹えの結婚祝いに酒や菓子など消え物を送る風習がある。新しい生活の妨げにならないようにという気遣いからだが、悪役の義姉ともなればそれさえも憚られるものがあった。
さあ行こうと手を引くエルバートに、遠くの護衛がわたわたとなにやら身振り手振りしている。彼はそれに応えるように渋々マントに身を包む。深々と被ったフードから「せっかくソフィーとお揃いにしたのにー」と尖らせる口だけが見えた。
そこでようやく自分が無茶なお願いをしてしまったと気づく。
「申し訳ありません、エルバート様のお立場も考えずに……」
人気の少ない別の場所を提案する前に、エルバートはその手をぐいっと引いて先導した。
「魔法でいくらでも変装できるけど、したくないのは僕だよ。僕我儘だから、ありのままの僕とデートしてほしいんだー」
無邪気に駆け出す背中と、繋いだ手にまた心臓がきゅっと軋む。
彼の言う通り、魔法使いなのだからいくらでも姿形を変えることはできるのだろう。皇帝という立場を考えれば当然のことなのかもしれない。けれど、素顔のエルバートとデートできるという事実がソフィーは嬉しかった。
(ポールのように子どもの姿になられても混乱するし……それだけよ)
遠くから眺めていた市場は入り組んだ石畳の道にあり、多彩な色彩と香りに満ちた屋台がずらりと並んで賑わっている。
甘い果実の香りが漂い、焼き立てのパンの香りが誘惑的に立ち上る。すれ違う人々が皆活気に満ちていて、これほど豊かな市場を自国では見たことがない。
一角では、色とりどりの魔法導具やポーションが陳列され、魔法使いたちが興味津々にそれらを眺めている。神と同等だと思っていた魔法使いと同じ場所に立っていることを改めて実感させられる。目に映るものすべてが新鮮で、ソフィーは密かに胸を高鳴らせる。
突然、立ち止まったエルバートが店先に並べられたチョーカーを指さした。
「これなんてどうかな。ソフィーの瞳と同じ色で綺麗だ」
黒いレースに大粒のエメラルドに似た宝石が輝くそれはいかにも高価そうだ。自分の瞳の色はこんなに美しいとは思えず曖昧に苦笑するソフィーは並べられたアクセサリーの中から一際目を引く、菫色のアンティークなブローチを指さした。
「綺麗というなら、私にはこちらほうがそう見えます」
一見宝石のようにも見えるそれは、よく見ると透明感がありガラスのようだ。自然光を纏って宝石よりも柔らかく煌めいている。
甘く、優しく、透き通ったガラスはなぜか見ていると落ち着く。なんとなく、既視感を覚えてじっと見つめた。
さあっと風が吹いて、屋根の隙間から差し込んだ日差しに目を細め、思わず隣の彼を見上げてしまった。
(まるで……)
身長差から覗き込んだ顔がしっかり見えてしまい、ソフィーは慌ててその店から離れた。
「わっ、どうしたの、そんなに急がなくても」
足取りの間隔を早め、思わず饒舌になってしまう。まさか、不意打ちであんな表情を見てしまうと思わなかった。
まだ、にやりと笑ってくれたほうがこちらも嘘です、と誤魔化せたのにあんなふうに頬を染めてぽかんとされては言い訳もできない。完全に墓穴を掘ってしまった。穴があったら入りたい。
「エルバート様、あちらは洋菓子店でしょうか? 私、あれが気になります」
勢いで駆け寄った洋菓子店の前で、ふと思い出す。
そういえば今更だけれど、シンデレラに結婚祝いを渡していない。
ベテン王国では兄弟姉妹えの結婚祝いに酒や菓子など消え物を送る風習がある。新しい生活の妨げにならないようにという気遣いからだが、悪役の義姉ともなればそれさえも憚られるものがあった。
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