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33.「愛しのロルフへ――」

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 計画の邪魔をされるのは嫌だが死人がでるのも嫌だったニーナにとって、ロルフに倒された人が全員気絶しているだけだという事実に内心ほっとする。

「ニーナにそんなものを見せるわけがないだろう。安心してくれ。アイツらはすぐ片付けさせる」

 優しい声と手に頬を撫でられニーナは微笑んだ。そして長い通路を進む背中を追いかけた。
 王太子から渡された情報はひとつ。

 ロルフの呪いを解く重大な鍵が王妃の寝室にあるということ。その鍵の正体までは掴めなかったが
《王妃にとって辛抱しなければならないもの》らしいと言って、ロルフが受け取ったのは王妃の寝室に続く隠し通路の地図だった。その隠し通路というのが驚いたことに王太子の寝室の鏡台裏から繋がっていたのだ。

 なぜこんなところに、そう顔にでていたのだろう。義理の母子といえど成人した者同士の寝室が繋がっているなんてどこか引っかかった。それに、王太子の鏡台は魔力入りの頑丈な釘で絶対に開かないよう閉じられていた。

 そういえば以前、王妃が王太子に向ける視線が妙に気になったことがあった。甘えるようなそれはとても母性とは思えなくて……。
 けれどそんな臆測はロルフに「今は深く考えなくていい」と言われたことと、ロルフの姿を見つけた途端に斬りかかってきた王妃の従者によって掻き消されてしまった。

 五人の従者を片付けた後、ニーナとロルフは王妃の寝室に辿り着いた。
 一瞬懐かしい香りがした気がするが、王妃の部屋など来たことがないため緊張からくる勘違いだろう。
 調度品に溢れる部屋はニーナが今日までに見てきたこの城の中で一番豪華絢爛にみえて目が回りそうになる。この数え切れないほど物が溢れる部屋からたった一つの捜し物を見つけなければならないなんて。

 時間はあまりない。なぜなら王太子が今王妃を引きつけて外出してくれているからだ。この予定調整のために二日間かかったのだから決して無駄にはできない。
 倒した王妃付きの従者達はロルフの忠臣が後片付けをしてくれると言っていたが安心しきるわけにはいかないだろう。
 一刻も早く目的の重大な鍵を探さなければ。

「泥棒もびっくりですね。こんなに宝石やアクセサリーがあるのに目もくれずに…… 探し物なんて……」

 砂をかき分けるようにチェストやワードローブの中に溢れた宝物を退かして正体の分からない鍵を探している。

「情報が曖昧過ぎるからな。鍵とはいえ本当にそのままの意味なのかも怪しい。あの王妃が辛抱しているくらいだから趣味に合わないなにかだろうが……せめてなにか目印になるようなものだけでも分かれば……」
「そうですね……例えばマークとか、香りとか……」

 ニーナはハッとなって目を瞑った。この部屋に入った瞬間から気になっていた懐かしい香り。集中して、部屋に漂う香りを分析する。香水、化粧品、少しのお酒と薔薇……それから《未完成の真実の愛》の香り。

「ニーナ?」
「香りですロルフ様! もしかしたら……きっと、これが答えな気がするんです。この部屋に入ったときから感じていた違和感は香りだったんです」

 完璧で、洗練されていて豪華なものだけを集めたような部屋。そのなかで微かに漂う未完成な愛の香り。
 香りを辿っていくと、辿り着いたのはチェストの奥で無造作に転がっていた小さな宝石箱だった。繊細な細工が施されていて美しいが、王妃の趣味にはみえないし、所々さび付いていて古さを感じる。ニーナはすぐに宝石箱を手にとって開こうと試みるも、鍵が掛かっているらしく目一杯力を込めて引っ張ってもびくともしない。その付近には鍵らしき物は見当たらないし、どうすればいいかと悩むニーナを見かねたロルフがおもむろに宝石箱を手に取った。

「……ここをこうして……よし、開いた」

 どこからか針金のようなものを持ってきたロルフは、それを宝石箱の鍵穴に差し入れて細かく弄る。すると簡単に解錠の音が鳴った。

「わあっ! すごいです! その道具はどこから……?」
「その辺に落ちていたピアスをねじ曲げた。そんなことより中を見てみよう」

 そうだ。と促されて宝石箱の蓋をあける。

「……これは」

 先に驚きをみせたのはロルフだった。続くようにニーナも思わず自らのポケットに入れた香水を触って確かめてしまうほどだった。
 宝石箱の中から現れたのはニーナが母の形見として持っていた《未完成の真実の愛》
 と全く同じものだったのだ。
 そしてその香水瓶には『母から愛しいロルフへ』と刻まれていた。さらに、小さな手紙が添えられている。

「ロルフ様……」

 手紙を開くのを躊躇するロルフの手にニーナはそっと手を重ねる。瓶に刻まれた言葉を読んだとき、これが重要な鍵なのだと二人は確信していた。だからこそ、その先に戸惑うロルフの気持ちがニーナにも伝わってきたのだ。自分を恨み、呪った母親からの手紙。噛み合わないメッセージ。どうかロルフを傷つけるものではありませんように。

「私に読ませてはいただけませんか」

 自分でも驚くほど願うような口調だった。目を瞠ったロルフの手から手紙を解くように受け取る。そして一呼吸置いてから、ニーナは手紙に綴られた柔らかい文字をそっと読み上げた。

「愛しのロルフへ――」

 
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