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32.「まだなの!? もう時間がないのよ!」②

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その声は一緒に入ってきた従者らしき男性を矢継ぎ早に責め立てる。
 ニーナとロルフは顔を見合わせた。その声が王妃のものだったから。
 なぜこんなところに王妃がいるのか。王妃は先程ニーナが触れようとしていた赤い花を指さした。声を荒らげる王妃は今のニーナと同じようにどこか切羽詰まっているようにみえる。

「申し訳ございません……使える人材が隣国で摘発される事態が増えておりまして……」
「そんなこと知ったことではないわ……ああ。お前がこんなに使えないとは思わなかった」
「も、申し訳ございませんっ! ああっ、そうです! 仰せの通り国民の不満は全て第二王子へ向くよう仕向けております。赤い満月も近づいておりますし、もう王妃様の邪魔をするものはいなくなるかと……!」
「それは当然よ。なんのために二十五年も大人しく待っていたと思っているの? あんな下手な呪いがなければすぐにでも始末してやったというのに……」

 王妃は地面に両手をついて縋り付く男の腕を爪先でしっとりと撫で上げた。

「いい? 私にはあの香水が必要なの。純粋で高潔な《真実の愛》。あれが私を幸福に導くのよ。やっと本当の愛が手に入るの」

 王妃が微笑むと男はうっとりと目を潤ませて何度も頭を下げる。

「竜の加護は受けられなかった可哀想な私が本当の愛を手に入れたいと言っているのに、お前はそれすら叶えてくれないというの?」
「いえっ! 必ず……必ず私が王妃様の尊い希望を叶えてみせます……!」

 男は両手を組んでまるで神に祈るよう、王妃に誓いを立てる。
 とんでもないものを見てしまった。そう思った。それはロルフも同じようで、ニーナを支える手が震えている。

(それに、どうして王妃様が《真実の愛》を?)

 頭の中で理解が追いつかない。《真実の愛》はニーナの母親が考案したレシピのはずだった。他では聞いたことも見たこともない。そしてそのレシピはニーナが大切に保管しているノートにだけ記されていると思っていた。

 わからないことばかりだわ。時間がないのに。

 焦って身体が無意識に前のめりになったとき、ビリリッと嫌な音が響く。ハッと目をやるとワンピースが破けていた。幹のささくれに引っかかったのだ。
 最悪なのがその音に気付いた王妃と男が一斉にこちらに視線を向けたことだった。
 もう観念するしかない。飛び出してしまって問い詰めてしまおうか。けれど飛び出たのはニーナではなく、リリィだった。

「あれっ、王妃様! 水やりをしていたのですがその花にもあげてよろしいでしょうか?」

 どこからか持ってきたホースから水を勢いよく出してにこっと笑った。

「……お前、いつからそこに?」
「申し訳ありませんっ、水の音で聞こえなくて……今止めますねっ! ってわあぁっ!」

 リリィは水を止めようとして逆に大量に放水してしまい、その水が王妃にかかりそうになる。従者の男が体を張って最悪の事態を防いだ。

「無礼者っ! 王妃様に水がかかったらどう責任をとるつもりだ!?」
「もっ、申し訳ありません!」

 びしょ濡れになった男がリリィを怒鳴りつけ、もうそこに服の破れた音を気にしているような様子はない。リリィが誤魔化してくれたのだ。

「……もう結構。ドレスの裾が濡れてしまったわ。着替えなくては」
「はっ……おい、メイドのお前。その花は王妃様の大切なものだ。水やりは不要だからな。絶対に触れるな」
「はいっ、承知致しましたっ」

  踵を返して足早に植物園を出て行く王妃に次いで男も退出した。
 姿が完全に見えなくなったのを確認すると、ニーナは木陰から飛び出して優しすぎる友達を抱きしめた。

「ごめんねリリィ……私、あなたにずっと冷たい態度だったのに……っ、それなのに……っ」

 ぎゅっと腕に力を込めると体温が伝わってくる。安心して、なんだか涙がでてきた。

「なにがなんだか全然わかんないけど、ニーナが大変そうなのもロルフ様がお優しいのも分かったし……ってだめだよう、わたしまでつられちゃうってばぁ」

 うわーん、と二人で抱き合って泣いて、また目が合ったらおかしくて少し笑ってしまった。
 ひょこっと顔を出したロルフと困り顔のミカエルがというわけで、と切り出す。

「ニーナちゃん。話したいことがあったんだけど……ロルフがしつこくて。話しちゃったから二人で頑張れる?」
「えっ、あの」
「詳細はロルフに聞いて。僕も急がなきゃって思ってるんだ。じゃあまたね」

 そう早口で言い残してミカエルはリリィも一緒にくるよう促して去って行った。

「さて、もう隠し事はなしだ」

 そう言って微笑むロルフの美しい碧眼は、全く笑っていなかった。


また新しい夜がきて、ニーナはレシピ帳の端にペンを走らせる。
 一旦、今までの情報を整理しよう。
 ロルフは魔力を持たずに生まれてきたとされていたが、実際は生まれたとき母親に呪いをかけられ魔力を封印されて、同時に次の赤い満月の日に亡くなるよう呪いをかけられていた。

 赤い満月の夜は二十五年に一度、つまりはあと三日後。
 未だ呪いの解除法は分かっていないが、香水の《真実の愛》が呪いを弱め、短時間の竜化が可能であることから香水にないか重大な解決策が隠されているのではないかということ。
 そしてその《真実の愛》の存在を王妃も認識しており、独自につくろうとしているということ。そして、王妃の言っていた赤い花のエキスだけをこっそり持ち帰り調合してみたものの、酷い刺激臭を放つ薄い媚薬にしかならなかったということ。

(王様のご寵愛を受けているはずの王妃様がなぜ《真実の愛》を求めているの……?)

 謎が深まるばかりで進展がないまま迎えたタイムリミット三日前の夜は、赤い月の光がロルフの髪に揺らめきなんとも胸騒ぎがした。

「ミカエルの奴……これをニーナにやらせようとしていたのか? どういうつもりだ?」

 ロルフに気絶させられた従者が隠し扉の通路に転がる。もうこれで三人目だ。
 あまりの躊躇のなさと手慣れた様子に、極悪王子と呼ばれる理由が垣間見える気がした。
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