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3章 レースチームを立ち上げる中年
第23話 呼ばれなくなった名前
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今日は西野の予定が合わなかったので、北見さんと峠に走りに来たのであった。
私より年上で理論派の北見さんはサイクリストとして勉強になる事が多いからだ。
走り終えた後、いつもの様にロードバイク談義に談笑を始めると思っていたのだが、今日はいつもと違った。
「なぁ、何で中杉君は西野を『ノノ』って呼んでいるのかい?」
北見さんからの突然の質問。
何故、西野のあだ名について聞かれたのだ?
理由が分からないので、私が『ノノ』と呼ぶに至った状況をそのまま伝える事にした。
「シゲさんの店で初めて会った時に、仲間からは『ノノ』と呼ばれていると自己紹介されたからですけど」
「それで初対面なのに『ノノ』って呼んだのかい?」
「呼びましたよ。SNSと同じであだ名で呼び合うのが普通なのだと思ったので。シゲさんも『ノノ』と呼んでいたので違和感を感じませんでしたよ」
「どうして仲間が西野の事を『ノノ』って呼ばないか知ってるか?」
西野を『ノノ』と呼ばれない理由? あだ名で呼ぶのが恥ずかしいからか?
私には理由が思い当たらない。
言われてみれば、西野は親しい仲間が多いのに、あだ名で呼ばれていないのは不自然だな。
「理由があったのですか? 『にしのあやの』だから『ノノ』と自称しているだけではないのですか?」
「『ノノ』の由来は合ってるよ。でもな……その名前を付けたのは西野本人じゃない。古谷蓮……シゲさんのお子さんだよ」
古谷蓮……シゲさんのお子さん! それは知らなかった。
しかも『ノノ』というあだ名は西野本人が考えたのではなかったのだな。
「シゲさんにお子さんがいたとは……知らなかったです」
「知らなくて当然だし、絶対シゲさんに聞くなよ。蓮は3年前に病死してるんだ。まだ26才だった……」
「それはシゲさんには聞けないですね。まだ若かったのに残念な事です」
「そうだな残念だ。俺はな、あの二人は結婚するもんだと思っていたのだがな」
「結婚? 二人は親しかったのですね」
「おいおい少しは驚いてやれよ。周りから結婚すると思われるくらいに親しい男性がいたんだぜ?」
北見さんが呆れた顔をする。
峠に走りに行く時は男勝りだが、一緒にロードバイク用品を買いに行った時は可愛らしい女性だった。
適度に距離感を保って気遣ってくれる性格だから、気負わないで関われる。
結婚を考える男性が現れても普通だと思えるのだがな。
「西野なら、そういう相手がいても驚く事は無いと思います」
「あぁ、そうかい。まぁ、そんな訳で蓮が死んだ後に仲間達が気を使ってだな。蓮が呼んでいた『ノノ』って呼び方を徐々に止めていったのさ」
「それは西野が望んだ事ですか?」
「それは分からんな。でも普通は呼べなくなるだろ? 今の話を聞いても、中杉君は西野を『ノノ』って呼べるのかい?」
「呼びますよ。それがサイクリストとしての彼女の名前だから」
今更何を聞いても、私にとって西野は『ノノ』なのだ。
「そうか……そういう考えもあるのだな」
「今日は色々教えて頂きありがとう御座いました」
「いや、こっちも色々学べたよ。まぁ、俺より年下だけど中年だからシッカリしていて当然か」
結局今日はロードバイク談義はせずに北見さんと別れた。
帰り際に見せた、北見さんの昔を懐かしむ様な顔が印象的だったーー
*
帰宅後、今日一緒に走れなかった西野から電話がかかってきた。
「ねぇ、遠出して行きたい峠があるのだけどーー」
「北見さんに聞いたのだけど、蓮さんってどういう人だった?」
私は思わず西野の誘いの話を遮り、蓮さんの事を聞いてしまった。
北見さんの前では気にしていない態度を見せたが、心の中では無意識の内に気にしていたのだろう。
「全く……あの爺さんは……蓮は私の師匠よ。初めてシゲさんの店に行った時からロードバイクについて教えてくれたの」
「師匠か……東尾師匠みたいな感じかな?」
「少し似てるかな。サイクリストは子供達のヒーローだって言う人だった」
「それは少し恥ずかしいな」
「猛士だってヒーロースーツみたいなサイクルジャージ着てるでしょ」
「赤と黒は定番カラーだと思うけどな」
「蓮と北見が作ったレースチームのジャージも同じカラーだったわね」
「二人が作ったレースチームがあったのか?」
「蓮が亡くなってから解散したけどね」
西野は普通の口調で話しているが聞いている私が辛さを感じる……私は何をやっているのだ?
蓮さんの話をすれば、蓮さんが亡くなった時の事を西野に話させることになる事ぐらい分かっていただろう。
今更話を止める事は出来ないので、確認したかった事を問いかけた。
「それで『ノノ』と呼ばれなくなった?」
「そうよ……猛士は遠慮なく聞いてくるわね?」
「遠慮していたら分からないからな。西野が今後も『ノノ』と呼ばれたいのか」
「そんな事聞くまでもないでしょ。私の自己紹介覚えてるでしょ?」
西野の問いかけを受けて思い返す。
初めて出会った時に西野は自ら『ノノ』と名乗ったのだ。
そうだよな……呼ばれたくない名前を自ら名乗らないよな……
「覚えている。だから私にとって西野は『ノノ』だ。先輩サイクリストの『ノノ』だよ」
「違うでしょ『先輩』じゃなくて『師匠』」
「師匠が二人いると呼び辛いな」
「だったら今後も『ノノ』だけでいいから」
「分かったよ『ノノ』。それで行きたい峠ってどこにあるのかい?」
私は蓮さんの話と『ノノ』と呼ばれなくなった話を止め、自ら遮ってしまった来週走りに行く話を持ち出した。
西野は今までの会話を気にせず、いつもの調子で来週走りに行きたい峠について熱く語り始めたーー
私より年上で理論派の北見さんはサイクリストとして勉強になる事が多いからだ。
走り終えた後、いつもの様にロードバイク談義に談笑を始めると思っていたのだが、今日はいつもと違った。
「なぁ、何で中杉君は西野を『ノノ』って呼んでいるのかい?」
北見さんからの突然の質問。
何故、西野のあだ名について聞かれたのだ?
理由が分からないので、私が『ノノ』と呼ぶに至った状況をそのまま伝える事にした。
「シゲさんの店で初めて会った時に、仲間からは『ノノ』と呼ばれていると自己紹介されたからですけど」
「それで初対面なのに『ノノ』って呼んだのかい?」
「呼びましたよ。SNSと同じであだ名で呼び合うのが普通なのだと思ったので。シゲさんも『ノノ』と呼んでいたので違和感を感じませんでしたよ」
「どうして仲間が西野の事を『ノノ』って呼ばないか知ってるか?」
西野を『ノノ』と呼ばれない理由? あだ名で呼ぶのが恥ずかしいからか?
私には理由が思い当たらない。
言われてみれば、西野は親しい仲間が多いのに、あだ名で呼ばれていないのは不自然だな。
「理由があったのですか? 『にしのあやの』だから『ノノ』と自称しているだけではないのですか?」
「『ノノ』の由来は合ってるよ。でもな……その名前を付けたのは西野本人じゃない。古谷蓮……シゲさんのお子さんだよ」
古谷蓮……シゲさんのお子さん! それは知らなかった。
しかも『ノノ』というあだ名は西野本人が考えたのではなかったのだな。
「シゲさんにお子さんがいたとは……知らなかったです」
「知らなくて当然だし、絶対シゲさんに聞くなよ。蓮は3年前に病死してるんだ。まだ26才だった……」
「それはシゲさんには聞けないですね。まだ若かったのに残念な事です」
「そうだな残念だ。俺はな、あの二人は結婚するもんだと思っていたのだがな」
「結婚? 二人は親しかったのですね」
「おいおい少しは驚いてやれよ。周りから結婚すると思われるくらいに親しい男性がいたんだぜ?」
北見さんが呆れた顔をする。
峠に走りに行く時は男勝りだが、一緒にロードバイク用品を買いに行った時は可愛らしい女性だった。
適度に距離感を保って気遣ってくれる性格だから、気負わないで関われる。
結婚を考える男性が現れても普通だと思えるのだがな。
「西野なら、そういう相手がいても驚く事は無いと思います」
「あぁ、そうかい。まぁ、そんな訳で蓮が死んだ後に仲間達が気を使ってだな。蓮が呼んでいた『ノノ』って呼び方を徐々に止めていったのさ」
「それは西野が望んだ事ですか?」
「それは分からんな。でも普通は呼べなくなるだろ? 今の話を聞いても、中杉君は西野を『ノノ』って呼べるのかい?」
「呼びますよ。それがサイクリストとしての彼女の名前だから」
今更何を聞いても、私にとって西野は『ノノ』なのだ。
「そうか……そういう考えもあるのだな」
「今日は色々教えて頂きありがとう御座いました」
「いや、こっちも色々学べたよ。まぁ、俺より年下だけど中年だからシッカリしていて当然か」
結局今日はロードバイク談義はせずに北見さんと別れた。
帰り際に見せた、北見さんの昔を懐かしむ様な顔が印象的だったーー
*
帰宅後、今日一緒に走れなかった西野から電話がかかってきた。
「ねぇ、遠出して行きたい峠があるのだけどーー」
「北見さんに聞いたのだけど、蓮さんってどういう人だった?」
私は思わず西野の誘いの話を遮り、蓮さんの事を聞いてしまった。
北見さんの前では気にしていない態度を見せたが、心の中では無意識の内に気にしていたのだろう。
「全く……あの爺さんは……蓮は私の師匠よ。初めてシゲさんの店に行った時からロードバイクについて教えてくれたの」
「師匠か……東尾師匠みたいな感じかな?」
「少し似てるかな。サイクリストは子供達のヒーローだって言う人だった」
「それは少し恥ずかしいな」
「猛士だってヒーロースーツみたいなサイクルジャージ着てるでしょ」
「赤と黒は定番カラーだと思うけどな」
「蓮と北見が作ったレースチームのジャージも同じカラーだったわね」
「二人が作ったレースチームがあったのか?」
「蓮が亡くなってから解散したけどね」
西野は普通の口調で話しているが聞いている私が辛さを感じる……私は何をやっているのだ?
蓮さんの話をすれば、蓮さんが亡くなった時の事を西野に話させることになる事ぐらい分かっていただろう。
今更話を止める事は出来ないので、確認したかった事を問いかけた。
「それで『ノノ』と呼ばれなくなった?」
「そうよ……猛士は遠慮なく聞いてくるわね?」
「遠慮していたら分からないからな。西野が今後も『ノノ』と呼ばれたいのか」
「そんな事聞くまでもないでしょ。私の自己紹介覚えてるでしょ?」
西野の問いかけを受けて思い返す。
初めて出会った時に西野は自ら『ノノ』と名乗ったのだ。
そうだよな……呼ばれたくない名前を自ら名乗らないよな……
「覚えている。だから私にとって西野は『ノノ』だ。先輩サイクリストの『ノノ』だよ」
「違うでしょ『先輩』じゃなくて『師匠』」
「師匠が二人いると呼び辛いな」
「だったら今後も『ノノ』だけでいいから」
「分かったよ『ノノ』。それで行きたい峠ってどこにあるのかい?」
私は蓮さんの話と『ノノ』と呼ばれなくなった話を止め、自ら遮ってしまった来週走りに行く話を持ち出した。
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