58 / 101
5章 2年目の終わり。それは夢の終わり。
第58話 嫌われても伝えた想い
しおりを挟む
南原さんから速く走れなくなったと打ち明けられた翌週、相談があるとひまりちゃんを走りに誘った。
峠を上った後、山頂で休憩しながら話を始めた。
「猛士さんが私を呼ぶなんて珍しいですね。相談があるって言ってましたけど、忘年会の開催についてですか? 年末近いから」
「忘年会は木野さんが張り切ってるよ。今日相談というか、話を聞きたかったのは南原さんの事なんだ」
「堅司の事? どうして?」
私が南原さんの話を始めたのが、ひまりちゃんにとって意外だったようだ。
不思議そうな顔をしている。
「先週一緒に走った時に速く走れなくなった、レースを走る気持ちが無くなったと打ち明けられてね。理由をはっきり言ってくれなかったけど、チームも辞めようと思っているようなんだ」
「ふーん。その原因が私だって事?」
ひまりちゃんが急に不機嫌な顔になる。
今の話の流れで、私が疑っていると感じたからだろう。
不快に思われるのは悲しいが、機嫌を気にしていては話が進まない。
彼女は勘が鋭いようだから、誤魔化さず正直に話す。
「原因って言い方が合っているか分からないけど、切っ掛けではあると思っている」
「それで注意しようと思ったの?」
「注意なんてしないさ。ただ、南原さんが悩んでる原因を解消してあげたいだけなんだ」
「ハッキリしないわね。要するに私がグルメライドとかに連れ出してるから堅司が遅くなった。私が誘わなければ原因解消って事でしょ!」
予想通りだな。これが南原さんが言っていた、乗ってはいるが速く走ってないって事なのだろう。
でも、誤解されたままなのは良くないな。
速く走る事がロードバイクの全てではない。
私は彼やひまりちゃんにレース以外でも、ロードバイクを楽しんで欲しいを思っているのだから。
「そうではない。そうなった事くらい把握出来ている。元々彼は活躍出来るレースが少なくて、レースを続ける事を悩んでいたんだ。だから、レース以外のロードバイクの楽しみを知る切っ掛けになって欲しいと思って、ひまりちゃんを南原さんに任せたんだ。レースなんて関係ない。私は彼に堂々とロードバイクを楽しんで欲しいんだ」
「そんな事言われても困ります。レース会場で教えてあげるとか知らない男性が寄って来て迷惑だったかから。男避けの為に体格がよい彼や貴方を利用しようとしただけだから!」
ひまりちゃんが言っているのは、今年最初のレースで出会った時の事だろう。
そんな事はおっとりしている木野さんへの態度や、遠巻きに見ていた人達の状況で分かっていたさ。
仕事上でも同様の事態は起きる。
その度に嫌われながら対応する事も、部長としての私の務めなのだからな。分かっていて当然だ。
「私は多くの部下を預かる身だ。それくらい最初から分かっていたさ。それでも彼に任せた。それが二人にとって良いと判断したからだ。楽しそうに走るひまりちゃんなら、南原さんにレース以外の楽しさを教えられると思った。誠実な彼はひまりちゃんが安心して走れる様にエスコートしてくれると思った」
「猛士さんの正論だらけなところ、私は嫌いです!」
「私は嫌われても構わない。上に立つという事はそういものだ。だけど、これからも南原さんを頼むよ」
「貴方に頼まれる事じゃない!」
「その通りだな。無理強いは正しくない」
「そういうのが駄目なのよ! 正しいかどうかじゃなくて、どうしたいかでしょ!」
ひまりちゃんが私と会話を進める度に苛立ち始める。
これも中年の宿命か……若者の感覚と合わないのだろう。
「そういうものか。それなら今まで通り南原さんと仲良くして欲しい。私の我儘だけどな」
「分かったわよ。本当、貴方を好きになった人は苦労するわね」
「分かってくれたのは有り難いが、何故私を好きになった人の話しになるのだ? まぁ、私を好きになってくれる人がいないから問題は起きないけどな」
「駄目ね、このオッサン」
「オッサンか。事実ではあるな。それに、今の話し方の方がひまりちゃんらしいな」
「可愛くなくて御免なさいね」
ひまりちゃんが大分荒っぽい話し方になったが、今までの可愛い話し方より自然だと感じる。
今日は苛立たせて怒鳴られてばかりだったけど、少しは打ち解けられたのだろうか。
言葉の粗さとは逆に、表情の険しさはなくなっていた。
結果は分からないが、私の想いは全て伝えきった。後は二人の問題だ。
話を終え、峠を下った所でひまりちゃんと別れた。
そして、自宅に帰った後に南原さんと連絡を取った。
私からの突然の連絡で驚いていたが、私の想いを全て話したらスッキリしていた。
レースは引退する事になったが、チームは辞めない事になった。
予定が合えば私達の応援に来てくれるそうだ。
一緒にレースを走れないのは少し寂しいが、これで南原さんも大丈夫だろう。
峠を上った後、山頂で休憩しながら話を始めた。
「猛士さんが私を呼ぶなんて珍しいですね。相談があるって言ってましたけど、忘年会の開催についてですか? 年末近いから」
「忘年会は木野さんが張り切ってるよ。今日相談というか、話を聞きたかったのは南原さんの事なんだ」
「堅司の事? どうして?」
私が南原さんの話を始めたのが、ひまりちゃんにとって意外だったようだ。
不思議そうな顔をしている。
「先週一緒に走った時に速く走れなくなった、レースを走る気持ちが無くなったと打ち明けられてね。理由をはっきり言ってくれなかったけど、チームも辞めようと思っているようなんだ」
「ふーん。その原因が私だって事?」
ひまりちゃんが急に不機嫌な顔になる。
今の話の流れで、私が疑っていると感じたからだろう。
不快に思われるのは悲しいが、機嫌を気にしていては話が進まない。
彼女は勘が鋭いようだから、誤魔化さず正直に話す。
「原因って言い方が合っているか分からないけど、切っ掛けではあると思っている」
「それで注意しようと思ったの?」
「注意なんてしないさ。ただ、南原さんが悩んでる原因を解消してあげたいだけなんだ」
「ハッキリしないわね。要するに私がグルメライドとかに連れ出してるから堅司が遅くなった。私が誘わなければ原因解消って事でしょ!」
予想通りだな。これが南原さんが言っていた、乗ってはいるが速く走ってないって事なのだろう。
でも、誤解されたままなのは良くないな。
速く走る事がロードバイクの全てではない。
私は彼やひまりちゃんにレース以外でも、ロードバイクを楽しんで欲しいを思っているのだから。
「そうではない。そうなった事くらい把握出来ている。元々彼は活躍出来るレースが少なくて、レースを続ける事を悩んでいたんだ。だから、レース以外のロードバイクの楽しみを知る切っ掛けになって欲しいと思って、ひまりちゃんを南原さんに任せたんだ。レースなんて関係ない。私は彼に堂々とロードバイクを楽しんで欲しいんだ」
「そんな事言われても困ります。レース会場で教えてあげるとか知らない男性が寄って来て迷惑だったかから。男避けの為に体格がよい彼や貴方を利用しようとしただけだから!」
ひまりちゃんが言っているのは、今年最初のレースで出会った時の事だろう。
そんな事はおっとりしている木野さんへの態度や、遠巻きに見ていた人達の状況で分かっていたさ。
仕事上でも同様の事態は起きる。
その度に嫌われながら対応する事も、部長としての私の務めなのだからな。分かっていて当然だ。
「私は多くの部下を預かる身だ。それくらい最初から分かっていたさ。それでも彼に任せた。それが二人にとって良いと判断したからだ。楽しそうに走るひまりちゃんなら、南原さんにレース以外の楽しさを教えられると思った。誠実な彼はひまりちゃんが安心して走れる様にエスコートしてくれると思った」
「猛士さんの正論だらけなところ、私は嫌いです!」
「私は嫌われても構わない。上に立つという事はそういものだ。だけど、これからも南原さんを頼むよ」
「貴方に頼まれる事じゃない!」
「その通りだな。無理強いは正しくない」
「そういうのが駄目なのよ! 正しいかどうかじゃなくて、どうしたいかでしょ!」
ひまりちゃんが私と会話を進める度に苛立ち始める。
これも中年の宿命か……若者の感覚と合わないのだろう。
「そういうものか。それなら今まで通り南原さんと仲良くして欲しい。私の我儘だけどな」
「分かったわよ。本当、貴方を好きになった人は苦労するわね」
「分かってくれたのは有り難いが、何故私を好きになった人の話しになるのだ? まぁ、私を好きになってくれる人がいないから問題は起きないけどな」
「駄目ね、このオッサン」
「オッサンか。事実ではあるな。それに、今の話し方の方がひまりちゃんらしいな」
「可愛くなくて御免なさいね」
ひまりちゃんが大分荒っぽい話し方になったが、今までの可愛い話し方より自然だと感じる。
今日は苛立たせて怒鳴られてばかりだったけど、少しは打ち解けられたのだろうか。
言葉の粗さとは逆に、表情の険しさはなくなっていた。
結果は分からないが、私の想いは全て伝えきった。後は二人の問題だ。
話を終え、峠を下った所でひまりちゃんと別れた。
そして、自宅に帰った後に南原さんと連絡を取った。
私からの突然の連絡で驚いていたが、私の想いを全て話したらスッキリしていた。
レースは引退する事になったが、チームは辞めない事になった。
予定が合えば私達の応援に来てくれるそうだ。
一緒にレースを走れないのは少し寂しいが、これで南原さんも大丈夫だろう。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる