ホビーレーサー!~最強中年はロードレースで敗北を満喫する~

大場里桜

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5章 2年目の終わり。それは夢の終わり。

第60話 スマートトレーナーの謎

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 走り終わった後はロードバイク談義の時間だ。
 さっそく木野さんが悩みを打ち明ける。

「最近、本格的にスマートトレーナーでトレーニング始めたけど、パワーデータが合わなくて困ってるんですよぉ」

 パワーデータが合わない? どういう意味だろう?

「どのようにパワーデータが合わないのですか?」
「実走の時とスプリントのパワーが合わないのですよ。FTPの250W付近で回してる時は実走と同じ値が出るのですよ。でも、スプリントすると実走は800Wくらい出るのに、スマートトレーナーだと700Wくらいしか出ないのですよ」
「機材差じゃねぇの? 実走とスマートトレーナーで測定形式が違うだろう」

 北見さんが話に混ざる。

「機材差も考えましたよ。でも、全体的に低く数値が出るなら分かるけど、スプリントの時だけなんですよねぇ」
「どこのスマートトレーナーを使っているのですか?」

 南原さんも興味を持ったようで、木野さんに質問をする。

「それ、俺も使ってるけど普通に近い値が出るぞ。故障なんじゃないのか?」
「自分も大体同じですね。スプリントの時だけ100Wも低い値が出る事は無いですね」

 木野さんが教えてくれたスマートトレーナーは一番人気の機種だった。
 北見さんと南原さんも使っているが、木野さんと同じ現象は起きていないようだ。

「まいったなぁ。原因が分からないのが気持ち悪いんですよねぇ」
「私も一応持ってはいるけど、実走が好きだから使いこなしてはいないな。スプリントのフォーム確認には使うけどな」
「それなら中杉君は頼れないな。俺と南原君で解明するしかないな」
「一緒に考えてくれるのですか! 有難うございます」
「頑張ってみますよ。仲間ですからね」

 話込む私達の中心に人影が飛び込む……西野か。

「ちょっと男性陣! 可愛い女子二人を放置してなに話し込んでるのよ!」
「みなさん楽しそうですよね」
「気を許すと調子に乗るから、もっとキツク言わないと駄目よ!」

 そんな攻撃的な事を言わなくても良いのにな。
 本気を出したら、ひまりちゃんは西野よりキツイ性格だぞ?

「なんだよ仲間に入れば良いだろ? ロードバイクが好きなんだから」
「ロードは好きだけど機材オタクじゃないの。スマートトレーナーの違いなんて興味ないわよ」
「申し訳御座いません……」

 木野さんが謝る。

「えっ、あぁ、木野さんが悪いって言ってる訳じゃないわよ」
「木野さんには優しいねぇ。おじさんには厳しいのに」
「北見さんは最年長なんだから、みんなに気を使ってくださーい」
「年齢で差別しないで欲しいねっ。これはチームリーダーの中杉君の責任だ」
「申し訳なかった。次は気を付けるよ」
「何が申し訳なかったの?」

 謎の質問返しをされる。
 これは、謝罪理由が納得いかないと更に怒られる流れだな……
 でも、正解など分からない。
 だからそのまま申し訳なかった理由を述べる。

「みんなの話が楽しくて、ノノとひまりちゃんの事を忘れていた事が申し訳なかった」
「楽しかったなら良いわよ。でも、少しは気を使ってよね」
「あぁ、分かった」

 予想と違って、あっさりと許されて拍子抜けする。

「ひでぇな。俺と扱いが違いすぎるだろ」
「まぁ、そこは……ですよ」
「はいはい。それじゃ俺は木野君の自宅でスマートトレーナー事件の捜査を行うけど、みんなはどうする?」

 結局、男性陣全員が木野さんの自宅に向かって、女性陣全員が帰宅する事になった。
 同じロードバイク好きでも、機材への興味の度合いが違うのだな。

 *

 早速、木野さんがスマートトレーナーにロードバイクを固定して走り始める。
 実走で使用しているパワーメーターのパワー表示と、スマートトレーナーのパワー表示が同時に分かる様にサイコンを2個並べる。

「まずはFTPで走りますね」

 二つのサイコンに250W、246Wと表示される。

「スマートトレーナーの方が若干低めだけど、大体同じ数値だな」
「そうですね。違いが分からないですね」
「それではスプリントしてみます。5秒程度しか持たないのでシッカリ見ていて下さい」

 今度は823Wと711Wだ。確かに100Wくらいスマートトレーナーの方が低い数値が出ている。

「あぁ、本当にスマートトレーナーの方が100W近く低く出ているな」
「うーん、簡単に再現出来るって事は機材差ですかね」
「やっぱり分からないですか……」

 全員、パワーデータの数値が違う理由は分からないようだな。
 でも、私はパワーデータとは全然関係ないが、木野さんのスプリントが気になった。

「木野さん、気になる事があったけど聞いてもらえるか」
「猛士さんは理由が分かったんですか?」
「いや、分からないけど木野さんのスプリントが不格好だったのが気になった」
「ひでぇな、クライマーなんだからスプリントが下手なのは当然だろう」
「まぁ、酷いかどうかは置いておいて、東尾師匠直伝のスプリントを教えるよ」
「予定と違うけど、スプリントを教えてもらえるのは嬉しいですよ」

 木野さんが喜んでくれたので、東尾師匠直伝のスプリントのコツを教える。
 早速、木野さんがスプリントを試してみる。

「あれっ、スプリントが長続きする。不思議な程、足が回りますよ! 猛士さん、ありがとう御座います」
「そういう事ですか」

 急に南原さんが声を上げる。

「何か分かったのか、南原君」
「えぇ、どうやら木野さんはスプリントで力んでバックを踏んでいたようです。実走で使っているパワーメーターはクランク型だから、バックを踏んだ力も測定される。でも、スマートトレーナーは後輪のギア部での測定だから、実際にクランクが回った分の力しか伝わらない」
「なるほど。中杉君の指導でバックを踏まなくなったから、クランクでの抵抗が減って、後輪に効率よくパワーが伝わる様になったのか」
「解決のきっかけになって良かったよ」
「悩みが解決した上に、スプリントも改善出来てハッピーですよぉー」

 無邪気に喜ぶ木野さんを見て良かったと思う。
 そして、日が暮れて帰宅するまで、楽しいロードバイク談義の時間は続いた。
 新型のロードバイクの話、プロのレースの話、今度参加するホビーレースの話……話題は尽きないのだ。
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