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5章 2年目の終わり。それは夢の終わり。
第65話 落車の後
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落車で愛車は壊れたけど、幸いな事に怪我は軽微だった。
よく自転車が壊れた時は軽傷で済む、逆に自転車が無事だった場合は大怪我をすると言われているが本当だったな。
愛車が身代わりになってくれたのだろう。
コース脇の係員に声をかけたら、本部テントに行って手当てを受ける様に伝えられた。
案内通り本部テントに向かうと、擦りむいた左の太ももと左肘を消毒してくれた。
「大けがしなくて良かったですね」と優しい声をかけて頂いたが上の空だった。
色々思う所はあるが、今日は一人で来たのではない。
手当してもらうのに結構時間がかかったから、利男と木野さんの二人はレースを終えているだろう。
壊れた愛車を車に積み、破れたチームジャージを着替えて、ゴール付近に向かうと二人が会話をしていた。
レースを終えたのに車まで戻らずゴール付近に留まっていたのは、私がゴールするのを待っていてくれていたからだろう。
「ん、どうした猛士? まさかリタイアしたのか? 完走するだけなら簡単だっただろう?」
近づく私に気付いた利男が声をかけてきた。
利男にそんな風に思われていたのか。
完走するだけなら簡単だなんて嬉しい事を言ってくれる。
だからこそ落車してレースを終えてしまった事を伝え辛い。
「調子が悪かったのですか? 実力が近い僕でも先頭集団でゴール出来たから、猛士さんも先頭集団で完走したと思ってましたよ」
木野さんにも、そう言って貰えるのか。
でも、私にはそれだけの実力が無かったから、無茶をして愛車を失ったんだ。
私には返す言葉がない。
それでも利男と木野さんの二人は興奮しながら話を続ける。
「中切れで集団が割れたからか? 後方に取り残されたら追うのは難しいからな」
「それしか理由がないですよね。猛士さんも一緒に前で走れば良かったと思いますよ。スプリントが苦手な僕でも前を走れたのだから、スプリントが得意な猛士さんならもっと速く走れましたよ」
「だよなー。完走出来なかったのは残念だけど、そんなに落ち込むなよ。次のレースは俺達と一緒に前を走ろうぜ!」
「どうしたんですか?」
会話に混ざらない私を不審に思ったのだろう。木野さんが心配そうな顔をしている。
このまま黙っている訳にはいかないな。
「実はコーナーで無茶をして落車したんだ」
「だだだ大丈夫ですか? 怪我は? 何処か怪我は? あっ、普通に会話してるから大丈夫ですよね?」
「落ち着け正! 猛士、落車で完走出来なかったって事は、自走不可能だったって事か? 自転車の方のダメージがデカいのか?」
流石、利男だな。レース経験が豊富なのだろう。
これだけの少ない情報で的確に状況を把握出来るなんてな。
「利男の想像通りだよ。最終周回まで先頭集団に残れていたから、復帰出来たら完走くらいは出来ていたよ」
「でも猛士さんはコーナリング得意でしたよね。コーナーで落車したなんて信じられませんよ」
「3周目の最終コーナーで先頭集団から少し遅れてね。雨が降って先頭集団の速度が落ちたから、コーナリング速度を上げれば追いつけると思った。だから徐々に速度を上げていったら、最終的に時速40kmで吹っ飛んだ」
「あちゃー。完全にヤバイ走りじゃないか。レースの魔力に惑わされたのか? 普段の猛士の走り方じゃないだろ? いつもの余裕はどうしたよ?」
「そうですよぉ。いつもは安全第一で、負けても気にせず堂々と走ってたじゃないですか。そんなにアグレッシブな走りをするなんてビックリですよぉ」
「そうだな、自分でも驚いている。でも、どうしても追いつきたかった」
コーナーを抜ける度に必死に先頭集団を追いかける興奮。
レース中に他のチームの選手と協力して走った興奮。
遅れたけど追いつけると感じた時の興奮。
あの時の自分には先頭集団に追いつく事しか頭になかった。
自転車のレースはモータースポーツと違って、コーナリング速度で勝負する競技ではない。
レインコンディションではタイヤのグリップが落ちる。
特に降り始めは危険だ。
先頭集団が減速したのは賢明な判断だった。
その状況を利用して追いつこうとしたのは無謀な選択だ。
分かっていたハズなのにな……二人が言う様に私らしくない走りだったな。
「その様子だと他の選手は巻き込んでないんだろ? まぁ、巻き込んでなければ良いって訳じゃないけど無事で良かったよ」
「事故も怪我も無ければ、また走れますからね。早く修理して、またレースに出ましょうよ」
「あぁ。そうだな」
私は気の抜けた返事をした。
また走れるか……どうなのかな……
悩んでもいても帰宅の時間が遅くなるだけだ。
利男と木野さんのロードバイクを車に積み込み、帰路についたーー
よく自転車が壊れた時は軽傷で済む、逆に自転車が無事だった場合は大怪我をすると言われているが本当だったな。
愛車が身代わりになってくれたのだろう。
コース脇の係員に声をかけたら、本部テントに行って手当てを受ける様に伝えられた。
案内通り本部テントに向かうと、擦りむいた左の太ももと左肘を消毒してくれた。
「大けがしなくて良かったですね」と優しい声をかけて頂いたが上の空だった。
色々思う所はあるが、今日は一人で来たのではない。
手当してもらうのに結構時間がかかったから、利男と木野さんの二人はレースを終えているだろう。
壊れた愛車を車に積み、破れたチームジャージを着替えて、ゴール付近に向かうと二人が会話をしていた。
レースを終えたのに車まで戻らずゴール付近に留まっていたのは、私がゴールするのを待っていてくれていたからだろう。
「ん、どうした猛士? まさかリタイアしたのか? 完走するだけなら簡単だっただろう?」
近づく私に気付いた利男が声をかけてきた。
利男にそんな風に思われていたのか。
完走するだけなら簡単だなんて嬉しい事を言ってくれる。
だからこそ落車してレースを終えてしまった事を伝え辛い。
「調子が悪かったのですか? 実力が近い僕でも先頭集団でゴール出来たから、猛士さんも先頭集団で完走したと思ってましたよ」
木野さんにも、そう言って貰えるのか。
でも、私にはそれだけの実力が無かったから、無茶をして愛車を失ったんだ。
私には返す言葉がない。
それでも利男と木野さんの二人は興奮しながら話を続ける。
「中切れで集団が割れたからか? 後方に取り残されたら追うのは難しいからな」
「それしか理由がないですよね。猛士さんも一緒に前で走れば良かったと思いますよ。スプリントが苦手な僕でも前を走れたのだから、スプリントが得意な猛士さんならもっと速く走れましたよ」
「だよなー。完走出来なかったのは残念だけど、そんなに落ち込むなよ。次のレースは俺達と一緒に前を走ろうぜ!」
「どうしたんですか?」
会話に混ざらない私を不審に思ったのだろう。木野さんが心配そうな顔をしている。
このまま黙っている訳にはいかないな。
「実はコーナーで無茶をして落車したんだ」
「だだだ大丈夫ですか? 怪我は? 何処か怪我は? あっ、普通に会話してるから大丈夫ですよね?」
「落ち着け正! 猛士、落車で完走出来なかったって事は、自走不可能だったって事か? 自転車の方のダメージがデカいのか?」
流石、利男だな。レース経験が豊富なのだろう。
これだけの少ない情報で的確に状況を把握出来るなんてな。
「利男の想像通りだよ。最終周回まで先頭集団に残れていたから、復帰出来たら完走くらいは出来ていたよ」
「でも猛士さんはコーナリング得意でしたよね。コーナーで落車したなんて信じられませんよ」
「3周目の最終コーナーで先頭集団から少し遅れてね。雨が降って先頭集団の速度が落ちたから、コーナリング速度を上げれば追いつけると思った。だから徐々に速度を上げていったら、最終的に時速40kmで吹っ飛んだ」
「あちゃー。完全にヤバイ走りじゃないか。レースの魔力に惑わされたのか? 普段の猛士の走り方じゃないだろ? いつもの余裕はどうしたよ?」
「そうですよぉ。いつもは安全第一で、負けても気にせず堂々と走ってたじゃないですか。そんなにアグレッシブな走りをするなんてビックリですよぉ」
「そうだな、自分でも驚いている。でも、どうしても追いつきたかった」
コーナーを抜ける度に必死に先頭集団を追いかける興奮。
レース中に他のチームの選手と協力して走った興奮。
遅れたけど追いつけると感じた時の興奮。
あの時の自分には先頭集団に追いつく事しか頭になかった。
自転車のレースはモータースポーツと違って、コーナリング速度で勝負する競技ではない。
レインコンディションではタイヤのグリップが落ちる。
特に降り始めは危険だ。
先頭集団が減速したのは賢明な判断だった。
その状況を利用して追いつこうとしたのは無謀な選択だ。
分かっていたハズなのにな……二人が言う様に私らしくない走りだったな。
「その様子だと他の選手は巻き込んでないんだろ? まぁ、巻き込んでなければ良いって訳じゃないけど無事で良かったよ」
「事故も怪我も無ければ、また走れますからね。早く修理して、またレースに出ましょうよ」
「あぁ。そうだな」
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