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第1章 少々特殊なキャンパスライフ
プロローグ 原点
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夢を抱くなら、原点は往々にしてある。
とりわけ獣医師を目指すきっかけは突き詰めると似た状況が多い。
動物病院で助けられたときの憧れ。
大切な家族が弱っていくときにただ見ることしかできなかった歯痒さ。
そういうものが原点となって、この目標に向かって進み出す。
遅まきながら日原裕司にも自分の原点と出会う瞬間があった。
十四歳の猫で腎不全と聞けば、猫の飼い主はちらほらピンとくるに違いない。
二十歳の大台まで生きる猫も増えたけれど、高齢猫の三・四割は腎臓を悪くする。
飲水と尿の量が増えたと気付くのが初期症状。
それから次第に食欲が減る一方、嘔吐しがちになって痩せ衰えていく。
それが腎不全というものだった。
人間では人工透析で腎臓の代替をしたり、腎移植で生き永らえたりするけれど、動物ではほぼおこなわれない。
事実上、不治の病と言える。
同じ明日は来るだろうかと一抹の不安を覚えながら、少しでも食欲を持ってくれるように様々なメーカーの療法食を用意し、飲水量は皮下点滴でカバーしてやる日々。
日原は愛猫のコウと共に過ごしていた。
けれど、いつかはその日が来る。
ベッド際のクッションで寝かしつけていたのに、朝目覚めるとコウは横で寝ていた。
そんな姿が愛らしくて笑みを漏らし、寝返りを打ってその体を撫でる。
すると違和感に気付いた。
触れた体にはいつもの温もりがない。
とろりと目覚めて舌で舐めてくることもなく、手にひやりと冷たさが染みてくるだけだった。
「……あっ」
胴体が冷えているだけではない。
脚先はもっと冷たく、関節は曲がりにくかった。
乾いた鼻先に触れても吐息は感じ取れない。
半開きの口は、いつまでも閉じられなかった。
覚悟はしてきた。
これがどういうことなのかは、理解できる。
「~~っ。……そっか。うん、そうなんだね……」
こうしてその瞬間が訪れたとき、悲しみに包まれながらも改めて思うことがある。
自分はこの子にとって、良い飼い主でいられただろうか?
自分がこの子にしてあげられたことは、正しかっただろうか?
大切な家族だからこそ、その死に際して心は大きく揺れ動く。
獣医師を目指す原点はこんな瞬間に生まれることが多い。
大切な友人が教えてくれた。
いつか別れの時はくる。
でも、動物と別れたあとになにも残らないわけじゃない。
それは普通の飼い主でもそうだし、未来の獣医師ならなおさら。
自分が優秀な獣医師になればペットの余生を長く、苦しみはもっと少なくしてあげられるかもしれない。
そして、同じように悩んだ人に多くの選択肢を与えてあげられるかもしれない。
そう思って獣医師になろうと歩み始める。
夢に向かって邁進する自分たちにとって、動物と共に過ごした日々は単に思い出が残るだけじゃない。
全ての経験が自分の中で活きていく。血肉となるのと同じだ。
獣医師になるならいつも別れにつまずいてはいられないし、死に多少なりとも慣れてしまう。
でも、自分たちの原点にあったものは、こんな形だった。
誰でも出会うようなきっかけで始まり、命から学んだものを活かす今日がある。
だから、自分たちが今日までの歩みを振り返ればきっとこう言えるだろう。
――こうして僕らは獣医になる。
とりわけ獣医師を目指すきっかけは突き詰めると似た状況が多い。
動物病院で助けられたときの憧れ。
大切な家族が弱っていくときにただ見ることしかできなかった歯痒さ。
そういうものが原点となって、この目標に向かって進み出す。
遅まきながら日原裕司にも自分の原点と出会う瞬間があった。
十四歳の猫で腎不全と聞けば、猫の飼い主はちらほらピンとくるに違いない。
二十歳の大台まで生きる猫も増えたけれど、高齢猫の三・四割は腎臓を悪くする。
飲水と尿の量が増えたと気付くのが初期症状。
それから次第に食欲が減る一方、嘔吐しがちになって痩せ衰えていく。
それが腎不全というものだった。
人間では人工透析で腎臓の代替をしたり、腎移植で生き永らえたりするけれど、動物ではほぼおこなわれない。
事実上、不治の病と言える。
同じ明日は来るだろうかと一抹の不安を覚えながら、少しでも食欲を持ってくれるように様々なメーカーの療法食を用意し、飲水量は皮下点滴でカバーしてやる日々。
日原は愛猫のコウと共に過ごしていた。
けれど、いつかはその日が来る。
ベッド際のクッションで寝かしつけていたのに、朝目覚めるとコウは横で寝ていた。
そんな姿が愛らしくて笑みを漏らし、寝返りを打ってその体を撫でる。
すると違和感に気付いた。
触れた体にはいつもの温もりがない。
とろりと目覚めて舌で舐めてくることもなく、手にひやりと冷たさが染みてくるだけだった。
「……あっ」
胴体が冷えているだけではない。
脚先はもっと冷たく、関節は曲がりにくかった。
乾いた鼻先に触れても吐息は感じ取れない。
半開きの口は、いつまでも閉じられなかった。
覚悟はしてきた。
これがどういうことなのかは、理解できる。
「~~っ。……そっか。うん、そうなんだね……」
こうしてその瞬間が訪れたとき、悲しみに包まれながらも改めて思うことがある。
自分はこの子にとって、良い飼い主でいられただろうか?
自分がこの子にしてあげられたことは、正しかっただろうか?
大切な家族だからこそ、その死に際して心は大きく揺れ動く。
獣医師を目指す原点はこんな瞬間に生まれることが多い。
大切な友人が教えてくれた。
いつか別れの時はくる。
でも、動物と別れたあとになにも残らないわけじゃない。
それは普通の飼い主でもそうだし、未来の獣医師ならなおさら。
自分が優秀な獣医師になればペットの余生を長く、苦しみはもっと少なくしてあげられるかもしれない。
そして、同じように悩んだ人に多くの選択肢を与えてあげられるかもしれない。
そう思って獣医師になろうと歩み始める。
夢に向かって邁進する自分たちにとって、動物と共に過ごした日々は単に思い出が残るだけじゃない。
全ての経験が自分の中で活きていく。血肉となるのと同じだ。
獣医師になるならいつも別れにつまずいてはいられないし、死に多少なりとも慣れてしまう。
でも、自分たちの原点にあったものは、こんな形だった。
誰でも出会うようなきっかけで始まり、命から学んだものを活かす今日がある。
だから、自分たちが今日までの歩みを振り返ればきっとこう言えるだろう。
――こうして僕らは獣医になる。
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