こうして僕らは獣医になる

蒼空チョコ@モノカキ獣医

文字の大きさ
1 / 51
第1章 少々特殊なキャンパスライフ

プロローグ 原点

しおりを挟む
 夢を抱くなら、原点は往々にしてある。
 とりわけ獣医師を目指すきっかけは突き詰めると似た状況が多い。

 動物病院で助けられたときの憧れ。
 大切な家族が弱っていくときにただ見ることしかできなかった歯痒さ。

 そういうものが原点となって、この目標に向かって進み出す。
 遅まきながら日原裕司ひばらゆうじにも自分の原点と出会う瞬間があった。

 十四歳の猫で腎不全と聞けば、猫の飼い主はちらほらピンとくるに違いない。
 二十歳の大台まで生きる猫も増えたけれど、高齢猫の三・四割は腎臓を悪くする。

 飲水と尿の量が増えたと気付くのが初期症状。
 それから次第に食欲が減る一方、嘔吐しがちになって痩せ衰えていく。
 それが腎不全というものだった。

 人間では人工透析で腎臓の代替をしたり、腎移植で生き永らえたりするけれど、動物ではほぼおこなわれない。
 事実上、不治の病と言える。

 同じ明日は来るだろうかと一抹の不安を覚えながら、少しでも食欲を持ってくれるように様々なメーカーの療法食を用意し、飲水量は皮下点滴でカバーしてやる日々。
 日原は愛猫のコウと共に過ごしていた。

 けれど、いつかはその日が来る。
 ベッド際のクッションで寝かしつけていたのに、朝目覚めるとコウは横で寝ていた。
 そんな姿が愛らしくて笑みを漏らし、寝返りを打ってその体を撫でる。

 すると違和感に気付いた。
 触れた体にはいつもの温もりがない。
 とろりと目覚めて舌で舐めてくることもなく、手にひやりと冷たさが染みてくるだけだった。

「……あっ」

 胴体が冷えているだけではない。
 脚先はもっと冷たく、関節は曲がりにくかった。

 乾いた鼻先に触れても吐息は感じ取れない。
 半開きの口は、いつまでも閉じられなかった。

 覚悟はしてきた。
 これがどういうことなのかは、理解できる。

「~~っ。……そっか。うん、そうなんだね……」 

 こうしてその瞬間が訪れたとき、悲しみに包まれながらも改めて思うことがある。

 自分はこの子にとって、良い飼い主でいられただろうか?
 自分がこの子にしてあげられたことは、正しかっただろうか?

 大切な家族だからこそ、その死に際して心は大きく揺れ動く。
 獣医師を目指す原点はこんな瞬間に生まれることが多い。

 
 大切な友人が教えてくれた。
 いつか別れの時はくる。
 でも、動物と別れたあとになにも残らないわけじゃない。

 それは普通の飼い主でもそうだし、未来の獣医師ならなおさら。
 自分が優秀な獣医師になればペットの余生を長く、苦しみはもっと少なくしてあげられるかもしれない。

 そして、同じように悩んだ人に多くの選択肢を与えてあげられるかもしれない。
 そう思って獣医師になろうと歩み始める。

 夢に向かって邁進する自分たちにとって、動物と共に過ごした日々は単に思い出が残るだけじゃない。
 全ての経験が自分の中で活きていく。血肉となるのと同じだ。

 獣医師になるならいつも別れにつまずいてはいられないし、死に多少なりとも慣れてしまう。
 でも、自分たちの原点にあったものは、こんな形だった。


 誰でも出会うようなきっかけで始まり、命から学んだものを活かす今日がある。
 だから、自分たちが今日までの歩みを振り返ればきっとこう言えるだろう。
 
 
 
 ――こうして僕らは獣医になる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

【完結】好きって言ってないのに、なぜか学園中にバレてる件。

東野あさひ
恋愛
「好きって言ってないのに、なんでバレてるんだよ!?」 ──平凡な男子高校生・真嶋蒼汰の一言から、すべての誤解が始まった。 購買で「好きなパンは?」と聞かれ、「好きです!」と答えただけ。 それなのにStarChat(学園SNS)では“告白事件”として炎上、 いつの間にか“七瀬ひよりと両想い”扱いに!? 否定しても、弁解しても、誤解はどんどん拡散。 気づけば――“誤解”が、少しずつ“恋”に変わっていく。 ツンデレ男子×天然ヒロインが織りなす、SNS時代の爆笑すれ違いラブコメ! 最後は笑って、ちょっと泣ける。 #誤解が本当の恋になる瞬間、あなたもきっとトレンド入り。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...