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思わぬ展開へ二転三転
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空を飛んでいれば流石に人目につく。
カドらと別れてからの竜は獣のように地上を走っていた。
境界域には遺物が形成する迷宮の他、死地と呼ばれる場所がいくつか点在する。そこは魔素溜まりとも言われ、靄や蛍のように可視化するほど魔素が濃密な場所だ。
そんな場所には異常に強力な魔物や幻想種が存在することが多い。
故に第三層などに挑む高レベルのパーティが低層での力試しとして足を運ぶこともある場所だった。
有象無象の目にも止まらない上、熟練者であれば手助けしてやった覚えのある者も出てくる。竜は彼らの知恵を借りることによって、不治の呪詛使いの情報を穏便に入手しようとしていた。
しかしながら――
「すまんなぁ。儂らもお前さんに恩返しをしてやりたいところなんだが、混成体の身でな。管理局に仕事を貰っている小作人だ。お前さんに下手に情報を漏らした奴は冒険者としての身分を剥奪すると脅されていてな」
強固な甲冑に大盾まで持つドワーフは腕を組んで唸った。
そんな彼はパーティの一員であるウェアラビットのドルイドに目を向ける。
ドルイドの女性は竜の大腿部の傷に魔法をかけていたのだが、やがて疲れた表情でそれをやめる。悩ましそうなその表情が、結果を物語っていた。
「この呪詛、深く食い込んでいるからクラスⅢの私ではとても解呪なんて出来ない。解呪にはあなたのクラスⅤの魔力そのものを解く必要がありそうだから、術者以外には解けないかも知れないわ」
『なるほど。であれば第五層に住む妖精やエルフでも頼る方が堅実であったか』
「あなたの翼でもそこに行くまでにはひと月はかかるのでしょう? この手当てをしたという人の言葉通り、ひとまずは呪詛がかかった範囲をくり抜いて解呪や治癒の術を探るくらいでないと体が先に参ってしまうでしょうね」
『ふむ。そうであったか』
第一層や第二層は飛んでしまえばすぐ越えられるが、海の底や地底世界とも言える第三層以降を進むとなるとそんなに簡単に行き来することは叶わないのだ。
カドの手当ては最適解だったらしいとわかり、素直に感心していた。
好意的な冒険者とはこのように接し、管理局に素直に従っている冒険者は蹴散らした上で脅迫したのだが、やはり情報は手に入らなかった。
竜はそんなことをしながら、アッシャーの街に徐々に近づいていた。
本当であれば情報を仕入れてくるというカドに期待し、遠方で単に待っておけば良かった。
だが、彼の行動には多々不安がある。
それに、彼を助けてみたら期せずして思い出の人物の容姿を受け継いでしまった。人外に対して気兼ねなく近づいてくるところには故人を彷彿させられる。
そんなことから、忘れ形見のように感じられてしまっているのだろう。
竜は彼に何かがあれば助け出してやれるようになんて考えて、敵本陣である街に近づいてしまっていた。
『――ドラゴンさん、立て込んでいてすみません。最後に連絡することがあります』
そんな時、カドはこんな連絡をよこしてきた。
全く、とんでもない人間を助けてしまったものである。
腹立たしくもあり、煩わしくもあり……一方で、思い出の人物が生き返ったかのような錯覚まで感じてしまうので放っておくことなどできない。
『……あの顔を、二度も血に塗れさせては夢見が悪い』
死の間際、血塗れの手で顔に触れてきた故人が思い出されてしまう。
違う人物とはわかっていても、そんなところを見れば平然としてはいられないだろう。
『そも、こんな事態を招いたのは我か』
アッシャーの街に行った時、不治の呪詛による一撃を気取り残ったことで全ては始まった。
そのカドをハイ・ブラセルの塔に招いたのも自分である。
そこに多少の縁があってこうなったのだ。
自分の不始末故、最後まで付き合わなければいけない。竜はそんな事を思いながらアッシャーの街へと駆ける。
『そろそろカドが接触する頃合いか。事が起こるとして、間に合うか?』
並の馬よりは速く駆けているとはいえ、これから麓の廃墟も街中も越えていかねばならない。すぐに決着がついていたとしたら間に合わないだろう。
竜はカドの奮闘を祈りつつ、疾駆するのだった。
□
カドはアルノルドの家から外に出た。
巨大なカメレオンの骨とも言うべきものの上にハルアジスは座っている。
彼がまず目を向けるのは刻限の指定に使った小時計だ。その砂はまだ三分の一ほど残っている。
「こうして出てきたからには、さらに待てとは言うまいな?」
ハルアジスはもう待ちきれないと今にも口走りそうな様子で見つめてくる。
カドはそれに対して頷きも否定もしない。
「説明には実際に小動物を使いたいので、うさぎでも調達できると嬉しいですね。市場に走ってもらう必要もありそうですし、早めに出てきました」
「それならば我が屋敷にいくらでも素材がある。器具も一通り揃っているのだ。そちらに移動すれば問題なかろう」
(おっと、これはまた嫌な展開に……)
最善で言えばここでイーリアスかスコット、もしくはその両方を使い走りに行かせた上でハルアジスを倒しておき、竜と合流してから残りを叩きたいところであった。
だが、その想定はあまりにも甘かったらしい。
これは設定を誤ったが、仕方がない。ここで苦し紛れに拒否しても怪しさが増すばかりなので素直に応じるべきだろう。
ハルアジスの屋敷には弟子が十数人以上は控えている。難易度がノーマルからハードに切り替わった気分だ。
「おっと、待ちな」
ついてこいとでも言うようにハルアジスの乗る骨が進路を変えようとしたその時、イーリアスが割って入る。
「一緒に入ったトリシアの嬢ちゃんはどうしたよ?」
腕を組んで壁に背を預けていた彼は穏やかな顔のまま、急所でも突くかのように問いかけてくる。
何かあるんじゃないか? と勘繰るその質問に、つい彼女の存在を忘れていたらしいスコットもハッとした様子になる。
素性の知れないクラスⅤの魔力を持つ人間ともなればこの程度は警戒されて当たり前だろう。危険に対する嗅覚が鈍っているハルアジスとスコットとは違うらしい。
厄介であろう事を再確認しながら、カドは平然と答える。
「僕、酷く疲労していましたよね?」
「ああ、そうだな。治癒魔法や蘇生魔法はやたらと燃費が悪いから、死人を生かし続けるのも大変なんだろうな。流石はクラスⅤの魔力ってやつだ」
クラスⅤであるから油断ならない存在と再度喧伝するかのようなセリフである。
現状の対応力を万全に活かそうとするというその行動は非常に目障りなところだ。
「いえ、それほどでもないんですよ。あの調子だと満足に対応できそうにもないので、貸しがあった彼女から魔素を貰いました」
「おいおい、お前たちはそんなのまで融通する関係だったのか? てっきりこの街に来たてでフリーだと思ったんだがなぁ。残念……」
「ええい、そのような雑談などどうでも良い! 小僧、邪魔をするならば疾く失せいっ!」
とほほとわざとらしく息を吐くイーリアスに、ハルアジスは目くじらを立てた。
彼からすれば学会を騒然とさせる講演を聞ける間近なのにつまらない邪魔が入っている状態なのだ。腹を立てて当然だろう。
スコットはそんな師の様子を見て、あわあわと取り乱し始めた。
こんな死霊術師の二人だけなら御しやすかったものを、厄介な人間がついてきたものである。
イーリアスは肩を竦めると、家に向かって歩を進めだす。
「パーティメンバーに入れてやるって決まったしな。ここに置いていくのも何だ。俺が連れて行ってやるよ」
そう言って、彼は倉庫に向かうとトリシアを背負って出てきた。
彼女はまだ辛そうだが、意識を保ってこちらを見つめてきている。
「嬢ちゃん、あいつに魔素を融通してやったんだって?」
「は、はい。私は彼に迷惑をかけてしまったことがあるので……」
彼女はこちらの素性については秘してくれるらしい。
竜の仲間と知れ渡ればハルアジスが即座に敵となる恐れもあっただけに、ここは命拾いをした。内心ではほっと息を吐く。
「さて、待たせて悪かった。それじゃ行き――」
「小僧っ、何を勘違いしておるか!?」
カリカリとしていたハルアジスは唾を撒き散らしながら声を荒らげる。
「五大祖の敷居を貴様などに許すはずがなかろうっ。貴様もだ、剣の娘! 無作法極まる貴様らは寄りつくでないわ!」
本当に扱いやすくて感謝の念すら湧く。
じわじわと上がっていた難度がハルアジスの一声でガクッと下がりそうだ。彼に公演する状況によっては各個撃破も望めるかも知れない。
叱責されたイーリアスは「おっと……」と雲行きの怪しさを感じて苦笑気味だったが、後の祭りだ。ハルアジスはフンと鼻を鳴らし、骨を走らせてしまった。
「す、すみません! 師を一人行かせてはマズイので、私は彼とすぐに追います。竜討伐の話が進みましたら、ご連絡ください! さあ、行きましょう!」
スコットは慌てて馬を手繰ると、カドに手を伸ばしてきた。
イーリアスの返答を待つ間もない。カドが後ろに乗ると、彼はすぐさま馬を走らせて後を追ったのだった。
カドらと別れてからの竜は獣のように地上を走っていた。
境界域には遺物が形成する迷宮の他、死地と呼ばれる場所がいくつか点在する。そこは魔素溜まりとも言われ、靄や蛍のように可視化するほど魔素が濃密な場所だ。
そんな場所には異常に強力な魔物や幻想種が存在することが多い。
故に第三層などに挑む高レベルのパーティが低層での力試しとして足を運ぶこともある場所だった。
有象無象の目にも止まらない上、熟練者であれば手助けしてやった覚えのある者も出てくる。竜は彼らの知恵を借りることによって、不治の呪詛使いの情報を穏便に入手しようとしていた。
しかしながら――
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ドルイドの女性は竜の大腿部の傷に魔法をかけていたのだが、やがて疲れた表情でそれをやめる。悩ましそうなその表情が、結果を物語っていた。
「この呪詛、深く食い込んでいるからクラスⅢの私ではとても解呪なんて出来ない。解呪にはあなたのクラスⅤの魔力そのものを解く必要がありそうだから、術者以外には解けないかも知れないわ」
『なるほど。であれば第五層に住む妖精やエルフでも頼る方が堅実であったか』
「あなたの翼でもそこに行くまでにはひと月はかかるのでしょう? この手当てをしたという人の言葉通り、ひとまずは呪詛がかかった範囲をくり抜いて解呪や治癒の術を探るくらいでないと体が先に参ってしまうでしょうね」
『ふむ。そうであったか』
第一層や第二層は飛んでしまえばすぐ越えられるが、海の底や地底世界とも言える第三層以降を進むとなるとそんなに簡単に行き来することは叶わないのだ。
カドの手当ては最適解だったらしいとわかり、素直に感心していた。
好意的な冒険者とはこのように接し、管理局に素直に従っている冒険者は蹴散らした上で脅迫したのだが、やはり情報は手に入らなかった。
竜はそんなことをしながら、アッシャーの街に徐々に近づいていた。
本当であれば情報を仕入れてくるというカドに期待し、遠方で単に待っておけば良かった。
だが、彼の行動には多々不安がある。
それに、彼を助けてみたら期せずして思い出の人物の容姿を受け継いでしまった。人外に対して気兼ねなく近づいてくるところには故人を彷彿させられる。
そんなことから、忘れ形見のように感じられてしまっているのだろう。
竜は彼に何かがあれば助け出してやれるようになんて考えて、敵本陣である街に近づいてしまっていた。
『――ドラゴンさん、立て込んでいてすみません。最後に連絡することがあります』
そんな時、カドはこんな連絡をよこしてきた。
全く、とんでもない人間を助けてしまったものである。
腹立たしくもあり、煩わしくもあり……一方で、思い出の人物が生き返ったかのような錯覚まで感じてしまうので放っておくことなどできない。
『……あの顔を、二度も血に塗れさせては夢見が悪い』
死の間際、血塗れの手で顔に触れてきた故人が思い出されてしまう。
違う人物とはわかっていても、そんなところを見れば平然としてはいられないだろう。
『そも、こんな事態を招いたのは我か』
アッシャーの街に行った時、不治の呪詛による一撃を気取り残ったことで全ては始まった。
そのカドをハイ・ブラセルの塔に招いたのも自分である。
そこに多少の縁があってこうなったのだ。
自分の不始末故、最後まで付き合わなければいけない。竜はそんな事を思いながらアッシャーの街へと駆ける。
『そろそろカドが接触する頃合いか。事が起こるとして、間に合うか?』
並の馬よりは速く駆けているとはいえ、これから麓の廃墟も街中も越えていかねばならない。すぐに決着がついていたとしたら間に合わないだろう。
竜はカドの奮闘を祈りつつ、疾駆するのだった。
□
カドはアルノルドの家から外に出た。
巨大なカメレオンの骨とも言うべきものの上にハルアジスは座っている。
彼がまず目を向けるのは刻限の指定に使った小時計だ。その砂はまだ三分の一ほど残っている。
「こうして出てきたからには、さらに待てとは言うまいな?」
ハルアジスはもう待ちきれないと今にも口走りそうな様子で見つめてくる。
カドはそれに対して頷きも否定もしない。
「説明には実際に小動物を使いたいので、うさぎでも調達できると嬉しいですね。市場に走ってもらう必要もありそうですし、早めに出てきました」
「それならば我が屋敷にいくらでも素材がある。器具も一通り揃っているのだ。そちらに移動すれば問題なかろう」
(おっと、これはまた嫌な展開に……)
最善で言えばここでイーリアスかスコット、もしくはその両方を使い走りに行かせた上でハルアジスを倒しておき、竜と合流してから残りを叩きたいところであった。
だが、その想定はあまりにも甘かったらしい。
これは設定を誤ったが、仕方がない。ここで苦し紛れに拒否しても怪しさが増すばかりなので素直に応じるべきだろう。
ハルアジスの屋敷には弟子が十数人以上は控えている。難易度がノーマルからハードに切り替わった気分だ。
「おっと、待ちな」
ついてこいとでも言うようにハルアジスの乗る骨が進路を変えようとしたその時、イーリアスが割って入る。
「一緒に入ったトリシアの嬢ちゃんはどうしたよ?」
腕を組んで壁に背を預けていた彼は穏やかな顔のまま、急所でも突くかのように問いかけてくる。
何かあるんじゃないか? と勘繰るその質問に、つい彼女の存在を忘れていたらしいスコットもハッとした様子になる。
素性の知れないクラスⅤの魔力を持つ人間ともなればこの程度は警戒されて当たり前だろう。危険に対する嗅覚が鈍っているハルアジスとスコットとは違うらしい。
厄介であろう事を再確認しながら、カドは平然と答える。
「僕、酷く疲労していましたよね?」
「ああ、そうだな。治癒魔法や蘇生魔法はやたらと燃費が悪いから、死人を生かし続けるのも大変なんだろうな。流石はクラスⅤの魔力ってやつだ」
クラスⅤであるから油断ならない存在と再度喧伝するかのようなセリフである。
現状の対応力を万全に活かそうとするというその行動は非常に目障りなところだ。
「いえ、それほどでもないんですよ。あの調子だと満足に対応できそうにもないので、貸しがあった彼女から魔素を貰いました」
「おいおい、お前たちはそんなのまで融通する関係だったのか? てっきりこの街に来たてでフリーだと思ったんだがなぁ。残念……」
「ええい、そのような雑談などどうでも良い! 小僧、邪魔をするならば疾く失せいっ!」
とほほとわざとらしく息を吐くイーリアスに、ハルアジスは目くじらを立てた。
彼からすれば学会を騒然とさせる講演を聞ける間近なのにつまらない邪魔が入っている状態なのだ。腹を立てて当然だろう。
スコットはそんな師の様子を見て、あわあわと取り乱し始めた。
こんな死霊術師の二人だけなら御しやすかったものを、厄介な人間がついてきたものである。
イーリアスは肩を竦めると、家に向かって歩を進めだす。
「パーティメンバーに入れてやるって決まったしな。ここに置いていくのも何だ。俺が連れて行ってやるよ」
そう言って、彼は倉庫に向かうとトリシアを背負って出てきた。
彼女はまだ辛そうだが、意識を保ってこちらを見つめてきている。
「嬢ちゃん、あいつに魔素を融通してやったんだって?」
「は、はい。私は彼に迷惑をかけてしまったことがあるので……」
彼女はこちらの素性については秘してくれるらしい。
竜の仲間と知れ渡ればハルアジスが即座に敵となる恐れもあっただけに、ここは命拾いをした。内心ではほっと息を吐く。
「さて、待たせて悪かった。それじゃ行き――」
「小僧っ、何を勘違いしておるか!?」
カリカリとしていたハルアジスは唾を撒き散らしながら声を荒らげる。
「五大祖の敷居を貴様などに許すはずがなかろうっ。貴様もだ、剣の娘! 無作法極まる貴様らは寄りつくでないわ!」
本当に扱いやすくて感謝の念すら湧く。
じわじわと上がっていた難度がハルアジスの一声でガクッと下がりそうだ。彼に公演する状況によっては各個撃破も望めるかも知れない。
叱責されたイーリアスは「おっと……」と雲行きの怪しさを感じて苦笑気味だったが、後の祭りだ。ハルアジスはフンと鼻を鳴らし、骨を走らせてしまった。
「す、すみません! 師を一人行かせてはマズイので、私は彼とすぐに追います。竜討伐の話が進みましたら、ご連絡ください! さあ、行きましょう!」
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