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4章 人間領と獣人領と砂界の三つ巴

19-2 外法をそそのかす悪魔

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「素晴らしいぃっ!」

 機先を制したのは、全く場違いな言葉だった。

 エリノアはにんまりと笑顔を浮かべ、受け入れるように腕を広げている。

 魔法を使う気配も、攻撃的な魔力圧も感じない。


 これは一体、どういう趣きだろう。

 僕もテアも目を丸くして意図を測りかねた。

「先の遅延呪文といい、今の時空魔法といい、なんだその精緻さは!? 君と、隣の彼女の仕業だな? ああ、返答なんぞはいい。状況が変わらないよう、三十秒で問答をしよう」

 前情報によると、エリノアは錬金術師の派閥に籍を置いている女性学者という形だったはずだ。

 その褒め方には確かに教員のような印象も受ける。

「も、問答を……?」

 けれども正直、会話を求められるとは思わなかった。

 火の勇者やこちらの認識のように、互いが不倶戴天の敵と思って疑わなかった。

 そう。

 獣人領の襲撃、略奪、奴隷化という非道を数百年と続ける国家だ。

 それこそ、騙し討ちのブラフと思う方がまともな捉え方だ。


 挟み込むような位置にいるテアも動きを止めている。

 ――困惑、というわけじゃない。

 彼女はいつ攻撃するか、僕の様子から機を窺っている。

「会話くらいなら拒絶するものじゃありません」
「ああ、そうだろう? 君たちにとっては時間稼ぎでカイゼルが衰弱した方がいいし、損ではないだろう。それだけの技巧を持つんだものね。理知的で助かるよ」

 当然、こっちの狙いも見透かされている。

 会話に無駄がないし、下手な嘘も時間稼ぎもいい手段とは言えなそうだ。

 赤竜の攻撃も熱波や爆風がこちらにまで届くこともある。

 これが不意打ち狙いの時間稼ぎだとしても、長引かせるのは得策じゃない。

「オレの望みは君たち二人と魔法について語り合うこと。これは是が非でも、だ! 正直、後ろのカイゼルはどうでもいいが、より確実に話をするためには協力してクソトカゲを殺してからというのも一考の価値がある。そちらはどうだろうか?」
「正直、迷います。僕らにとっては獣人領を脅かす勇者が敵ですから。人間領の聖杯がある限り、敵は敵です」

「ふむ、なるほど。オレも君たちの価値は図り切れていないし、立場もあるからいきなり寝返るわけにはいかない。しかし、勇者の首と交換なら君と語り合うのは難しくないということでいいかな?」

 彼女は頬に指を当て、考える素振りを見せる。

 声色といい、振る舞いといい、友和を示したがっている空気は見て取れる。

 だが、それ以上に頭が回りそうな空気も感じるので、おいそれと手を取るのははばかられた。

「そんなことをしてあなたに何のメリットが?」
「勇者をやったところで魔法の技術開発はどん詰まり。栄光も寿命に従って数十年程度のものだ。しかし、君の技量には可能性を感じる。新たな身に転生して生き永らえることも含め、神造遺物に迫る理論と偉業を作り上げられると確信した」

 と、語ったところで大きな爆発の余波が襲ってきた。

 パチンと彼女が指を弾いた瞬間に地面から突出した岩壁が僕らを炎と煙から守ってくれる。

 それこそ小さな丘ほどの隆起だ。

 もしこれが攻撃に転用されていたとすれば僕らも無事では済まなかっただろう。

 エリノアの余裕顔は嘘なんてつく必要がないことを示していた。

「おっと、すまない。オレの方が興奮して話を長引かせた。さて、改めて聞こう。勇者並みの戦力でも手に余るクソトカゲ。かくも怪しき勇者の一角。君たちはどちらと手を取りたいね?」

 稀代の錬金術師であり、地の勇者。エリノア・ハイムゼート。

 彼女は外法をそそのかす悪魔のように薄笑いを浮かべて手を伸ばしてくるのだった。
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